それは偉大なる航路にある、とある島での事。誰の縄張りでもない筈のその島で、私は呆れ返っていた。
だってそうでしょう。バカンスだとシャンクス達は言っていた筈なのよ。
なのに……海岸からは随分離れた森の中でパラソル立てて、サマーベッド用意して……酒盛りしてるんだから。本当に、阿呆としか言いようがないわ。
この島の地図を描き上げた瞬間に聞こえて来たのは、情けない声。それに肩を竦めてしまったのは、不可抗力として許して欲しい。
「ナミー……お頭がァ……」
「今度は何したのよ?」
「ベンさんの秘蔵の酒飲み尽くした」
「……1度、締め上げられたらいいと思うの」
私は久々にのんびりできるからと、酒盛りの初日は付き合ったけど、今日は海図や地図を描いて楽しく過ごしてる。なのに、泣きつかれてしまってるのだから理解に苦しむわ。
どうしてシャンクスは、自ら死地に飛び込もうとするのか。そして、どうして私がそれを助けなければいけないのかしら?
「そんな事言わないで!な!?ベンさん怒ると怖いんだ!!」
「知ってるわよ。私も何度か怒られた事あるし、本気で戦った事もあるわ。……まぁ、でも、家出してやる!!って空の樽抱えたら許してくれたけど」
「それはナミだけが使えて、許される必殺技だぞ……?」
そんな馬鹿な事ある訳ないわ。何言ってんのよ。
ベックは誰にでも優しいし、面倒見も良いじゃない。樽で出ようとしたから、心配して怒るの辞めてくれただけよ。
そう思って笑えば、わかってねェ!!なんて髪を振り乱しながら叫ばれたけど、そこは無視する。でもその直後に禍々しい気配を感じてしまい、その後に情けないシャンクスの悲鳴まで聞こえてくれば仕方ないかと立ち上がったのもわかって欲しい。
流石に愛しい旦那様が、大好きで敬愛する兄に殺される所は見たくない。こんな時いつも、どちらに味方するべきか悩まされるのだけど。
「ベック、その辺にしたら?呑んだものは返らないんだし」
「腹を引き裂けば返る……」
「シャンクスの中身ごと出てくるからやめた方が良いわよ。その代わり、シャンクスからそれの代金奪い取って良いから」
「だがナミ!!」
ベックが本気で怒ってる姿は貴重だけど、流石に旦那様の内臓が飛び出すのは見たくない。まぁ、本気じゃないのもわかってるけどさ。
でも、確かにこれは酷い。珍しいお酒だわ。
あれ、でもこれって……。良かった、解決できそう。
「相手の言い値で良ければ、同じお酒手に入れられるわ。シャンクスに支払わせたら良いでしょ」
「え、待てナミ!!そんな事をしたら俺、次の島で遊んだりする金が……!!」
「それはシャンクスがベックのお酒呑んだのが悪いんだから、我慢しなさい!」
うー……と呻きながら私に縋ろうとする夫。……そんな潤んだ眼差しで見られても、捨て犬みたいな顔されても、これは許しちゃいけないやつ。
だけど……半額なら出してあげても……いい、かな?
そう思って唇を開いた時、ベックが頷いた。その為に私の言葉は、発せられる前に消えたけど。
「ナミ、それでいこう。それも呑んだら……お頭、その時は俺もお頭の大切な〝蜜柑酒〟を飲み干してやるからな」
「に、二度とやりません……。ごめんなさい」
「その時は本気で落としにかかるから、覚悟しとけ……」
「いやぁぁぁ!!ベックマン様、おやめ下さい!俺が全て悪ゥございましたァー!!」
ベックに取縋るシャンクスに仲良しねと思って笑いながら、お酒を手に入れる為に手紙を書く。1本二百万ベリー位で、多分譲ってもらえるでしょう。
それにしても蜜柑酒かぁ。結構珍しいわよね、私も呑んでみたい。
「シャンクス、蜜柑酒なんて持ってたんだ。今度呑ませてね」
「え?……あ、あァ、次、開ける時は、な」
「……本当にナミは可愛いな」
曖昧な返事をするシャンクスと、驚いたような顔をした後で笑いながら言うベックに首を傾げると、ルーとヤソップが耐えられないとばかりに笑い出した。そんな不思議な時間を過ごした翌日、お酒が届けられたのを受け取っていたら転がるようにシャンクスの元へ駆けていく人の姿を見る。
どうやら、お客人らしい。お酒を抱えてベックの元へ向かえば、ベックはそれを嬉しそうに受取り何故かシャンクスの元へと私を突き飛ばすから、私はシャンクスの胸にダイブしてしまった。
「うぶっ!!」
「色気がねェぞ、ナミ。そこは〝ダーリン、ぎゅっとして〟とか言いながら飛び込むところだろ」
「馬鹿ね。そんな事言った記憶1度も無いわ」
「似たような事は何度も言わせたがな」
「そ、れは、強制的に……!!もう、シャンクスの馬鹿!!」
そうしてジャレていた次の瞬間、シャンクスの気配が変わる。ハッとした時にはシャンクスのコートの内側に隠されていて、シャンクスの胸しか見えない状態になっていた。
「か!!か!!か!!頭ァー!!」
「ん?」
反応したのはシャンクスでは無くベックで、なのに誰も何も突っ込まない。いや、お頭なのはシャンクスだよね?
因みにシャンクスは、現在大変不機嫌でもあったらしい。理由は言わずもがな、二日酔いだけど。
「よぅ〝鷹の目〟こりゃ珍客だ。俺は今、気分が悪ィんだが……勝負でもしに来たか?」
「ふん……片腕と言って差し障りのない貴様と、今更決着を着けようとは思わん」
「……まさか、鷹の目のミホーク?」
思い返してみれば、尽く会う事が無かった。もう、作為を疑うしかない程に。
シャンクスの友人なのに、どうして会えないんだろうって不思議だったけど、まさか、本物?
そう思って顔を出そうとしたら、頭をシャンクスに押さえつけられてしまう。何すんのよと暴れても力で適う筈も無いので、諦めた私はその胸にフッと息を吹き掛け、そのまま胸に吸い付いて跡をつけてやる。
「ちょっ!?ナミ辞め……!!」
「シャンクスが抑え込んだんじゃない。私は暇だから遊んでるわ。後は好きにしてて」
そう言って胸に吸い付いたり舐めたりしてやればシャンクスがコラと言うけど、知りません。そんなやり取りの中で、鷹の目は言う。
「面白い海賊達を見付けたのだが、ふとお前が昔していた話を思い出した。ある小さな村の……面白いガキの話……」
そうして手渡された手配書を見たシャンクスの腕が拘束を緩めるから、私もコートから顔を出してそれに視線を向ける。その時幹部達が、そして当時を知るメンバーがまさかと反応するのも見て、とうとう原作が動き出したのだと気付く。
それと同時にシャンクスがお頭らしい声を出すから、それに背筋がゾクリとした。……カッコイイなんて、言ってやんないんだから!!
「来たか、ルフィ」
「ふふ。手配書なのに、可愛い顔してるわね」
「ナミはルフィに甘過ぎる。俺に甘くしてろよ」
「あら?さっき私が甘えたら辞めろって言ったじゃない」
「ああいうのは、二人の時にだな「それは、なんだ?子供か?」」
鷹の目の言葉に私が顔を上げると、その視線とかち合う。画面越しに見ていたそれよりもずっと綺麗で、本当に鷹を思わせるその瞳。
シャンクスはただの髭面だけど、ミホークはその瞳のおかげで美術品でも通りそうな程。鑑賞物としての価値は、明らかにミホークが上よね。
「綺麗……」
「おいこらナミ!?お前が見惚れるべきは俺だろ!?」
「いつも1緒にいるのにいちいち見惚れてたら、会話もままならないじゃない。それに……心はずっと、シャンクスのものよ」
「……ナミっ!!」
「あー……鷹の目、アレはナミ。お頭の愛妻だ」
ぎゅうぎゅうと締め上げてくるシャンクスと戦っていたらベックが簡単過ぎる紹介をしてくれるけど、その〝愛妻〟ってのはやめて欲しい。普通に妻で良かろうに。
「新婚か」
「いや、2年も前に結婚してる」
「呼ばれなかったが?」
「お頭が、愛妻を見せたくなかったらしい。悪いな」
「あの日は泣いたな……。ナミがお頭に言った言葉が忘れられねェ!!」
突然泣き出したヤソップにルーが頷き分かるぞなんて言ってるけど、そろそろ忘れて欲しい。恥ずかしいんだけど!!
……て、見せたくなかったのは、やっぱり私が子供だから……?
私では、まだシャンクスの隣に立つのに相応しくない?
「シャンクス、私そんなに子供っぽい?」
「ナミが子供なら、心配しねェよ。巫山戯んな」
「シャンクス……」
「ナミ……」
照れたように、不貞腐れたように言うシャンクスに、不安が溶けていく。自然と互いに手を伸ばしあい、そっと触れ合う。
そのままシャンクスが私の後頭部に手を回して、あ、キスされる……と思ったその瞬間、シャンクスの頭に空の酒瓶が飛んで来た。それにより正気に返った私が、シャンクスを突き飛ばしてベックの元に逃げたのは不可抗力だろうと思うの。
そっと抱き締めてくれるベックに、シャンクスがぁ!と言えばいい子だと頭を撫でてくれる。絶対的な信頼を持って甘える私に、ベックが優しく笑ってくれたのでそのまま身体を預けてしまう。
「おい、皆!!飲むぞ!!宴だァ!!」
「飲むっても、あんた今飲みすぎて苦しんでた所じゃねェか!!」
「馬鹿野郎っ!!こんな楽しい日に、飲まずにいられるか!!鷹の目、お前も飲んでけ!!な!!」
帰ろうとしていた鷹の目を捕まえてそんな事を言うシャンクスに、仲良しさんねと笑えば鷹の目が私を真っ直ぐに見据えて頷いた。何が起きてるのか理解出来ない。
私の顔に何かついてるのか。芋けんぴか?
「馳走になろう。赤髪の所では変わったメニューが出ると聞いている」
「そうなんだよ、俺の愛妻が色々なメニュー考えてくれるからコック達が腕を奮ってくれるんだよ!食ってけ!飲んでけ!!」
「……赤髪の女神、宝玉……か。天候を操る魔女とも呼ばれているらしいな。……大仰な事だ。四皇の通り名と重なるようなそれを持つとはな」
その視線と言葉から、まだまだその名を受けるには力不足だと言われてると分かる。でも、私が自ら名乗ったものなんてひとつもないわ。
馬鹿にされる謂れもないし、貶される覚えも無い。言いたい事があるなら、はっきり言いなさいよと無言で睨み返せば、鷹の目は面白そうにその口角を上げた。
「俺も四皇なんだぞ、鷹の目?」
「そんな女神が、こんな小娘とは……世界政府も随分過大評価したものだ」
「過大評価じゃねェぞ!ナミは俺のアキレス腱だからな!!」
「それとも……何か他にもあるのか?」
「鷹の目、お前俺の言葉尽く無視するの辞めねェ?」
ションボリと落ち込むシャンクス。その横から鷹の目が私の方に手を伸ばすと、それをライフルで払い除けて私を抱く腕に力を込めたのはベックだ。
「……俺の妹に、手を出さないで貰おうか」
「ふむ、それでか」
「あ?」
何かに納得した様子を見せる鷹の目と、それを不愉快そうにするベック。……何だろう、この二人どこか反応が似てる気がする。
そんな事を、呑気に考えていた時期もありました。だってまさか、誰にも話してなかった事を暴露されるなんて思わないじゃない!!
「前髪の1部、耳の目の前にあるそれだけ長くして下ろしているから気になっていたが、兄と揃えたか」
「……っ!!そ、れは、偶然、で!!」
まさか言えない。ベックとお揃いにしてたなんて今更言えない!
子供の頃からずっと、ベックのそれを見て何か少しでもあやかれたらって、前髪のそれを伸ばしてたなんて……。今更言える筈無いじゃない!
でも、どうやら、赤くなってしまった私の反応からベックにはバレたようで……。珍しく目を見開いて、その後耳を赤くしたベックが視線を私から逸らした。
は、恥ずかしいんだ、けど。鷹の目、どうしてくれるのよ!?
思わず鷹の目を睨めば、鷹の目は面白そうに笑った。そして、妙な事を言う。
「血の繋がりは無いか。成程な。……赤髪」
「なんだ?」
「コレを寄越せ。気に入った」
「誰がやるか!!俺の愛妻だって言ってんだろ!?」
「愛でるだけなら他にも居るだろう。適当なのを見繕ってやる」
「巫山戯んな!!俺の愛妻で俺の大切な仲間だ!!それにナミはな、サイクロンを予知する天才航海士だぞ!!測量士としても操舵手としても天才の領域だ。宝玉でもあり、俺が鍛えた戦闘力を持ってる美味しい果実を……どうして他の男に渡すと思うんだ!!」
前半だけで良かった。後半の惚気と自慢混ぜたそれ、いらない。
脱力する私の頭をベックが撫でてくれる。だけど、鷹の目はシャンクスのそれを受けて頷いてくれたので、私はホッとして身体から少し力を抜いた。
シャンクスはこれを狙って阿呆な事を言ってくれたのね。そう思えば、嬉しくもなる。
「ふむ」
「お、わかってくれたの「尚更欲しくなった。ナミが手に入るなら赤髪と1戦交えても構わぬ」」
「……悪いが、ナミに手を出すつもりなら……赤髪海賊団は総出で戦うぞ」
私を抱き締めるベックの腕に力がこもる。ただの愛玩動物では無い、大切な仲間の1人として見ていると示すように、ベックやヤソップ、ルーが私を庇うように前に出てくれた。
それにより鷹の目は残念そうに息を吐き出すと、肩を竦めてみせた。分が悪過ぎると、そう言って。
「酌はしてくれるだろう。〝愛妻〟どの?」
「駄目だ!ナミは俺の……って、そういや何でベックに甘えてんだ。コッチ来いよ。な、ナミ」
「ハイハイ。ベック、また後でね」
「お頭のお守り、いつも悪いな」
「……旦那様、だもの」
少し俯いて言えばベックは笑ってくれる。そして小声で、お頭をそう呼んでやれば喜ぶぞなんて揶揄われてしまう。
それにより真っ赤になって、口を無駄にハクハクと動かす私の頭をベックは可笑しそうに笑いながらも撫でてくれた。その時、ベックにヤソップがボソリと、お揃いの前髪……なんて、語尾にハートマークつけて言う。
それを聞いたベックが、固まった。石像を思わせる勢いで。
そして、その直後にベックとヤソップが喧嘩を始めれるのだから、お酒の席はこれだからと肩を竦めるのも仕方ないだろう。シャンクスの腕の中で皆の盛り上がる姿を見ていた私は、鷹の目がどんな様子で私を見ているのか気付いていなかった。
そして更に、この数日後……私が誘拐されるなんて事は、予想だにしていなかったのだ。その誘拐事件の話は、また別なお話ではあるのだけれど。