記憶喪失事件から少ししたある日、私はいつもの様に皆と時を過ごしていた。ただ、縄張り内にある島に居るのもあり、私は酒場で望まれるままに演奏したり歌ったりしていたのがいつもとは少し違うところだろうか。
「ナミ」
「シャンクス?」
「……少し休め。もう2時間歌い続けてるぞ」
「そんなに?なら、少し休もうかしらね。でも……」
リクエストされた曲はまだ演奏が終わってなくて、どうしようかと逡巡しつつ次の曲の楽譜に視線を向ける。するとシャンクスがそれを手にして、何故か面白そうに口元を歪めた。
なんだろうとその様子を見ていたら、シャンクスが代わってやるなんて言うので妙な声を出してしまう。余りにも想定外だったから。
演奏とか出来るのかと驚いて視線を向ければ、シャンクスはじっと歌詞を見詰めて小さく何かを呟いた。聞き取れなかったそれを問おうとして、けれどもシャンクスからハッキリとした音量の声で言葉を向けられれば、それに抗う事は出来そうにない。
「流石に初見で歌いながらってのは無理だから、先に何度か演奏する時間が欲しいところだな。その間にナミは、ゆっくり飯でも食え」
どうやら食事をする為の時間を提供してくれる予定らしいと分かり、私は素直に頷くとカウンターへと移動する。そこで果物を幾つか貰い、飲み物と共にピアノが見える席へ移動すると、果物を食べながらシャンクスに視線を向けた。
ピアノの前に座ってるだけで絵になるとか、いっそ憎いわ。時々うーんと唸りながら練習兼ねて演奏してる姿が可愛いとか言ったら、夜酷い事になりそうだから黙ってるけど、何度か繰り返されたそれはわかりやすく精度を増していく。
冗談抜きに上手いわ。歌声の入らないそれは、バックミュージックに向いているのか皆楽しそうに過ごしていて、シャンクスの演奏なんて言う貴重な物なのに誰も気にしてないと言う現実に驚かされる。
いや、なんて言うか、ピアノって色気製造機ですか?
そう言いたくなる程に、シャンクスの演奏する姿は、妙にエロい。……違う、ピアノのが悪いんじゃなくて、シャンクスが色気垂れ流しすぎなのよ。
そんな事を考えながらサクランボを器に入れてシャンクスの元へ歩み寄ると、サクランボを1つその唇に押し当てる。それにシャンクスは迷い無く口を開いて受け入れると、当然のように食べるから何だか負けたような気分にさせられてしまう。
「んー。手が使えない時も食べられて良いが、種が邪魔だな」
「ほら、ペッしなさい。ペッ」
ティッシュを口元に持って行って言えばシャンクスが可笑しそうに笑って素直に吐き出したので、私もサクランボを摘みながら問い掛ける。充分休ませて貰ったし。
「演奏、交代しましょうか?」
「……歌だけだとつまらねェだろ。この曲だけ、弾きながら歌ってやる」
何か、変わった歌だったかな?
そんな事を思いながら、なら任せるわと笑えばピアノの横に居てくれと言われるから、それに従う。思い出した曲を適当に出版してるから、この曲がどんなだったかイマイチ思い出せない。
「Promise」
シャンクスが妙に良い声で題名を口にしたと思ったら、演奏を始めた。Promiseって、約束って意味よね。
「ーーー」
歌い出しを聞いて、ラブソングだから私に向けてって思ったのかななんて、呑気に思う。まぁ、シャンクスが歌ってるだけで破壊力ヤバいんだけどさ。
「ーーー」
英語の歌詞を脳内で日本語に直訳する。そして……美しく訳すなら〝今も永遠に、刹那の時も逃さず、この愛を誓う〟とでもなるのかなと気付き顔が赤くなった。
私、なんて歌を歌おうとしてたのか。そして、シャンクスが歌うそれに、全身が湯だりそうになる。
「ーーー」
続く英語の歌詞が、私の心臓を狙っているとしか思えない。流し目付きなのが質が悪い。
「ーーー」
シャンクスは、分かってて歌ってるんだわ。〝私は1生そばに居る。私達は家族になる。私と結婚してくれますか?私の心は永遠に貴女のものです〟
英語を訳せばそうなる筈だと思えば、その美声の効果もあってどうしたらいいのかと挙動不審になる。……シャンクスは、狡い。
「ーーー」
英語の歌詞が終わり、私は少し息を吐き出す。これ、シャンクスが歌うからこの破壊力なのよね、きっと。
「ーーー」
切なそうな眼差しで私を見ながら歌うそれに、辞めてくださいと本気で思う。何も知らない小娘みたいに、全身が心臓になったみたいになるから。
「ーーー」
この歌詞にあるような事を、私とシャンクスはたまにやる。私が突然ストレス発散の為に海に飛び込むからだけど……。
それに付き合ってくれるだけ優しいと取るべきか、それともシャンクスも楽しんでるから単なる性格と見るべきか。どちらにしても、私は随分と甘やかされて大切にされていると痛感する。
「ーーー」
きっと出逢ったあの瞬間から、奇跡のようなこの運命は始まっていた。私はもう、シャンクスから離れられない。
「ーーー」
神なんか信じてない癖に、平気な顔で誓うと嘘をつけるこの人を、それと分かっていて愛してしまった。だから、私も同じように、信じてもいない神に誓うわ。
「ーーー」
今の生が終わっても、何度でもきっと私はシャンクスに恋をする。私に、戸籍上の家族ができる日が来るなんて……考えても見なかったのよ。
「ーーー」
私も見つめていたい。そして、見つめていて欲しい。
「ーーー」
永遠に続く愛なんて無い事を知ってる筈なのに、期待してしまうのは……相手がシャンクスだから。私はシャンクスによって作り上げられたようなものだもの。
戦い方も、この世界の
「ーーー」
私も、約束するわ。今も、この先も永遠に……私の全てはシャンクスのものだと。
「ーーー」
望むだけ無駄だと思って諦めていた、愛する家族という繋がりをこの世界は私に与えてくれた。それを守りたいと願い、足掻いたら、新たな家族まで得られるなんて、少しも考えていなかったの。
「ーーー」
私の心は、永遠に……シャンクスだけのもの。だからどうか、私とこれからも共に生きて下さい。
「ーーー」
四皇のクルーを名乗るには私は弱過ぎて、それでもいいと言ってくれるのは、出会った頃からずっと、私が弱いなりに戦う事を諦めないからなのかな?
「ーーー」
私が成長した以上に、シャンクスは人として、海賊として大きくなった。その腕に守られるばかりでは、いけないと思うのに、私はシャンクスの腕から動けない。
「ーーー」
シャンクスの視線が私を貫く。歌詞も相俟って、初めて熱を交わした日を思い出してしまう。
「ーーー」
私が勝手に、泣いたのに。私が勝手に、シャンクスを想っていたのに、こんな……歌で伝えて来るなんて狡い。
「ーーー」
これ以上守らなくていいから、神に誓わなくても良いから、ただ……仲間の1人として愛してくれたら充分。足りない分は私が愛するから。
「ーーー」
貰った指輪を強く……抱きしめるように握ると、歌いながらシャンクスが微かに笑った。それにより顔だけでなく全身が赤く染まる。
「ーーー」
何だか、2度目のプロポーズをされてるみたいで、私はもう口から心臓が飛び出すんじゃないかって状態になってる。なのに、シャンクスは何だか嬉しそうに笑って歌っているから、それが悔しい。
「ーーー」
元々知っていた私と違って、シャンクスなんてこの歌を聞いた事も無かった筈なのに、当然のように弾きながら歌うんだから不公平な位に優秀だと思う。私は結局、シャンクスには何1つ及ばないのかな。
「ーーー」
海に、住んでると言えるのかな。幾千の星が降る夜が、晴れてさえいればいつでも見られる世界。
「ーーー」
いつまでも、私も貴方のそばに……叶うならばその隣にいたい。貴方は私の最愛の人……。
「ーーー」
そうして最後のサビに入る。繰り返される愛の約束。
「ーーー」
歌いながら私に微笑みかけるシャンクスに、何故か涙が零れてしまって、慌てて俯くとシャンクスの歌声と演奏が止まった。そして、私をシャンクスがそっと抱き締めるから、どうしていいのか分からなくなる。
「途中で悪いが……どうやらプロポーズは成功したようなので、このまま連れ帰っても良いだろうか?」
シャンクスの言葉に、皆が口笛吹いたりしながら許可を出す。私だけ状況についていけなくて、動き出したシャンクスに置いていかれないように慌てて縋るように力を込めると、軽々と抱き上げられてしまった。
私が目を白黒させてる間に、その場を当然のように後にしたシャンクスは船に戻ると私を部屋まで問答無用で連行する。その顔が少し怒ってるようにも見えて、不安になってしまう。
「ナミ、俺以外の奴に……泣き顔を見せるな」
「シャンクス……ごめんなさい。嬉しくて、恥ずかしくて、でも、幸せで……」
「……言葉で、返事を貰っても良いか?」
「私……シャンクスと結婚して良かった。これからも、ずっと傍にいさせて」
「ナミ!」
そうあるのが当然であるかのように重なる体。互いの熱を、直接感じたいと願うように飢えた獣のように互いに互いの熱を求め合う。
まだ日も高いのにとか、演奏途中なのにとか、色々な事が脳裏を掠めるけど、今は目の前にいるこの愛しい人しか感じたくない。貪り合うように互いの熱と、汗とを触れ合わせ、交わらせる。
「ナミがあの日、俺を忘れただろ。それでな……もう1度プロポーズしておきたかったんだ。だが、2度目のプロポーズなんて何をしたらいいか分からなくてな」
「それで、歌にしたの?」
「……歌詞を見たら、丁度いいと思い立った。ナミが歌ったら、俺がプロポーズされてるみたいになるか、ナミが不特定多数にプロポーズしてる感じになるだろうが。……そんなもん、歌わせられるか、馬鹿」
シャンクスの言葉に息を呑む。そして、やっぱり私はシャンクスの事が好きだなと、愛しいなと再認識させられるのだ。
この先何があっても、離れたりはしないと言葉ではなく体で伝え合いながら、互いの瞳を見ればそれだけで想いさえ伝え合える。今も、明日も、その先も……私はきっと、シャンクスしか見えないし、求める事は無いだろうと、無条件で信じてしまっていた。
「「愛してる」」
重なり合うのは、言葉だけではなく想いと体もだったけど、それでも足りないと互いに何も考えずに全てをぶつけ合う。このままひとつに溶けてしまえたらなんて、そんな事を願いながら、互いに互いへと溺れて行った。
……正確には4度目のプロポーズですがな。