いつものようにサイクロンを予見したナミの指示に従い、俺達はそれを躱す。それを遠目に見ながら有難いよなと話していた時、ふとナミの気配が消えた。
おかしいと慌てた俺とベックが蜜柑の樹まで移動すると、そこに倒れている姿を確認して抱き起こす俺と、その額に手を当てるベックがいて、その動作はほぼ同時に行われていた。そして俺達は互いに顔を見て頷くと、俺は即座に部屋へと運び込みベックはクルーに指示を出してから後を追って入室した様子だ。
ベッドにナミを寝かせると、ナミが微かに身じろいだ。心臓が痛い程に脈打つのは、ナミが心配で気が狂いそうだからなのだと言う事は自覚している。
「んっ……ぅ……シャン、ク……ス?」
「あァ、俺だ。ナミ、いつからこの体調だったんだ」
「んー……?」
会話が成立しない状態に、これは楽観視出来ねェなと思った時、慌てた様子で医療道具を抱えた船医が飛び込んで来た。ナミの様子を見ただけで泣きそうになるのは、それだけこの船においてナミの存在が重要だからだろう。
……いや、違うな。ナミが可愛い妹だからだろう。
「ナミ……どうしてお前は倒れるまで言わないんだ!」
正確には倒れても言わないんだが……そんな突っ込みを今、船医に入れるのは不味いだろうな。とりあえずは、また誘拐されたとかでは無かっただけ良しとするしか無いだろう。
この強がりで誰かを頼る事を得意としない女は、俺の愛妻だ。結婚しても尚、誘拐されたり、記憶を失ったりと色々あったが、それでも手放せない程には溺れている。
日々美しく育つその姿に、俺はいつも不安になるんだ。どうして、俺の女神は誰をも魅了するのに、自己評価がこんなにも低いのか。
「ナミ……」
「シャン……く、ス?どこ、か、ぃたい?」
意識だってハッキリしてねェ癖に、ナミは俺の頬にその手を伸ばすとふわりと微笑む。そして、大丈夫よと囁くように言ったのだ。
俺は思わずその手を掴んで見れば恐ろしく熱い。それに泣きそうになりながら、俺はその掌にキスをする。
そんな俺にナミはその瞳を優しく細めたが、その呼吸は時と共に荒くなっていく。ナミの苦しみを俺が代われたら……。
「お頭、少し避けてくれ。診察できねェ」
「ナミが……」
「っとに本当にこの人は、ナミが居ねェと朝も夜も明けねェなァ」
船医が俺を笑うけど、そんなもん仕方ねェだろ。ナミは俺の全てなんだ。
そう思いつつ少し避けて、でもナミの手を握っていたら船医にやりにくいとブツブツ言われたが、仕方ねェだろう。俺はナミから離れられねェんだから。
「シャンクス……迷惑、かけちゃ、ダメよ」
「俺の手はナミから離れねェ仕様になってる」
「はじめて、知ったわ」
そう言って、苦しそうな呼吸の途中で笑ったナミに泣きたくなる。いつも人の事ばかりで、自分を蔑ろにしやがって……。
そもそもナミは、俺の愛妻である自覚が足りねェ。兄馬鹿なベックが俺の真後ろで腕を組んだまま微動だにしてないのが、ナミが無理ばっかりして心配かけてる証拠だろうが。
「ナミ……」
「だいじょうぶ、よ」
「ナミは嘘吐きだな。……いつから、この体調だった?」
「んー?わかんない」
「……熱いとか、怠いとかあったろ?」
俺が問い掛けると、不思議そうにナミは俺を見て、何故か視線を逸らした。その瞬間、ベックが俺の後ろ頭を殴り付けてくる。
何すんだ!?と振り向くと、そこには鬼がいた。それに何かしたか?と考えるが、最近は大人しいもんだから怒られる要素なんぞない筈なんだが……。
「ナミはアンタに抱かれて熱くなってるのも、その後に体力不足で怠いのもいつもだから、気付かなかったと言ってんだよ。……加減しろって何度言えば覚えるんだ!!」
「ベック、やめて、恥ずかしい……」
「ナミも、甘やかすなと言ってるだろ。拒め!」
「無理よ、シャンクスに抵抗なんてできない……」
「……シャンクス……」
地を這うような低い声がベックから聞こえた。ただ、名を呼ばれただけで冷や汗が出る。
いや、待て、仕方ねェだろ。だって、ナミが美味そうなのが悪い!
蜜柑の香りをフワフワと漂わせて、可愛く微笑んで、俺にだけ甘えてくるんだぞ!?
それに何より俺の妻だ。愛妻を食って何が悪い!?
そんな俺の心の声が聞こえたかのように、ベックは低く言う。残酷な言葉を。
「……切り落とすぞ」
「お前っ!同じ男ならそれがどんな刑罰より酷いの分かるだろうが!!」
思わず叫んだ俺にベックは冷ややかな視線を向けて、嫌なら自重しろと言われるが、難しいだろうと心から思う。日々蠱惑的に成長するその身体と、変わらず可愛い顔と、誘うように香る蜜柑の香りがあるんだぞ!?
無論、今それを言えば本気で切り落とされそうなので言わないが。そんな時船医が軽い調子で言った。
「体力不足による風邪だな。お頭、連日寝かせないのは辞めてやれ」
「……仕方ねェだろ」
「お頭、ナミは確かに普通の女よりは体力もあるが、10日連日でされれば体力が持つ訳ねェだろうが」
「朝には解放してるし、昼間は手を出してねェぞ?」
4日籠って休みなく抱いてたのとは違うんだからと思って言葉を口にしたら、ナミが俺の手を微かに強く握る。それによりナミに視線を向けると、少し青ざめた顔で俺の後ろに視線を向けていて……。
ギギギ……と、音を立てそうな勢いで首を動かすと、微笑むベックがいる。微笑んでるとか、逆に怖ェよ。
「お頭……。ナミは昼間中ずっと働いてるよな。いつ寝るんだ」
「え、ほら、それは……俺も同じで……」
「体力馬鹿なアンタと1緒にするな。次に連日手を出したら、容赦無く切り落としてやる」
ベックの声に本気の色を感じ取り、とりあえず謝罪する。するとベックは病気が治るまで、手は出すなよと言って部屋を出て行った。
それにホッと息を吐き出すと、船医からも似たような事を言われて、薬は打ったから2、3日安静にさせとけと言われちまう。
「そんなに……?」
「1週間にしとくか」
「すみませんでした!」
即座に頭を下げる、船長である俺。それに対して、抑揚に頷いてみせる船医。
俺、船長なのに立場弱くねェか?おかしいだろ。
そう思うが、いつもは助けてくれるナミも、今は苦しそうな息をするばかりで反応が鈍い。俺を見て、譫のように俺の名を呼び、俺が何か言えば大丈夫と繰り返すばかりなのだから、助けてくれる筈も無い。
「お頭、今度は何したんだ?」
そう言いながら入って来たヤソップの手にはトレイがあり、その上にはクリーム系の雑炊っぽいものがある。何か、美味そうだな。
「病人に手を出すなって釘さしてただけだ。飯か……。ナミが食えそうなら食わせてやってくれ。また夕方頃薬用意するが、体力付けさせるには、食って寝るのが1番だからな」
「おー、そうだろう。その為にルーの奴が張り切って作ったミルクリゾット、チーズ抜きだ」
そう言って見せて来たそれは、ほうれん草や牛乳で米を煮込んで作られた物のようで、確かにこれなら食えるだろうと思えた。なのでナミに声をかけて身体を支えながら起こしてやると、ヤソップがお前は誰だと言いたくなるような顔でナミにスプーンを差し出した。
「はい、ナミ。あーん」
「あー……」
妙に素直に口を開けたナミに、もしかして似たような事たまにやってんのかとヤソップを見るとふふんと笑われる。……どうやら、たまに何か餌付けしてたらしい。
なんだと餌付けされるんだ?蜜柑か?
それだと共食いか。なら、人参か?
「俺以外の奴から、身体にモノ入れられてるなよ」
思わず口にしたその言葉にヤソップは般若を思わせる顔に変わり、ナミは噎せた。どうやら伝わったらしい。
「シャンクス!誤解をうむ事言わないでよ!」
「ハイハイ。んで、ルーの愛は美味いか?」
「シャンクス!」
「……まァ、意識がハッキリしてきたみたいで良かった。怠い時や熱っぽい時は、今度から教えろ。そうすりゃ手加減するとか、休ませるとかちゃんとするから」
怒っていたナミも俺のその言葉には素直に頷き、甘えるように頭を預けて来たのでそっと抱き締める。そんな俺を無視して、ナミにだけ優しい顔を向けたヤソップがナミにお椀の半分程それを食わせてから、水分を取らせると、残りをサイドテーブルに置いた。
「鍋もあるから、残りはお頭が食っとけよ。どうせ、動かないんだろうからな」
「バレたか」
「基礎はクラムチャウダーだから、魚介の栄養成分も出てる。バランスは良いから、残すなよ。あ……お頭の分のパセリは生で良いよな」
「は!?ナミのは乾燥したのを少しずつスプーンに直接乗せて食べさせてただろ!?」
思わず叫ぶように言った俺に、ヤソップは面倒そうな顔をする。本気で嫌そうな声で、言葉を口にしながら、本当に生のパセリをトレイに乗せたヤソップは鬼だと思う。
てか、どこに持ってたんだよ。なんでせめて乾燥してるのを置いていかないんだ?
「ナミにはな。だが俺は、可愛くもない、しかも男で、健康な人間にそんな事してやる義理はねェ」
「俺、船長なのに!?」
「船長ってのはな、お頭……。何もセンチョーって言われてる位の生き物なんだ。つまり、敬う必要も大切にする必要もねェ」
「ひ、酷でェ……!」
そんな俺とヤソップの会話に、ベッドの中で蓑虫のようになっているナミが笑う。それに俺とヤソップは顔を見合わせると、勝てねェよなァと思う。
何せナミは俺とヤソップのやり取りで、仲良しさんねとか思ってるのが伝わるからだ。本気で喧嘩してる時でも、ナミのこれを見ると皆喧嘩を辞めていつの間にか仲直りしてるんだから、重要な役割だよなと改めて思う。
大切な人には、愛しい相手には笑っていて欲しい。喧嘩してるのが本気だとなれば悲しませちまうから、だからお互い妥協点を模索してナミに笑っていて貰おうとするんだ。
「お頭、後でルーがタオルとか持ってくるから、拭いてやれよ。あ、わかってると思うが襲うなよ」
「信用ねェな」
「ある訳ねェだろ。この野獣が!」
ウチの幹部を筆頭に大半のクルーはナミの兄貴を気取ってるからか、こんな時いつも俺は悪者だ。まァ、間違っちゃいねェんだけど。
ヤソップが出て行った後で、静かに眠ったナミを眺めつつリゾットを口にすれば確かに美味い。少し塩分が強めなのは、熱で汗かいてるナミ仕様だろうな。
水だと思ってたそれは果実水で、蜜柑で作られたらしいそれに笑いながらとりあえず土鍋の中身を空にしておく。何だかんだと言いながら、クルーが俺の事も気にかけてくれてるのが、分からない筈も無い。
「俺は、幸せ者だな」
思わず呟くと寝てたはずのナミが、微かに瞼を痙攣させるから、起こしたかと様子を見守る。すると瞳を見せたナミが、俺を見て、繋がってる手を見て、ふわりと笑う。
「ずっと、繋いでたの?」
「言ったろ。ナミから離れられない仕様になってるって。つまりは不可抗力。仕方ねェ事だ」
俺の言葉にクスクスと笑い、ありがとうと言ったそれがあまりにも可愛くて……キスだけなら許されるよなと、そっとその唇を奪った。直後に盥に水と氷、タオルを入れて持って来たルーがドアを開けるなんて、気付けない位には、ナミしか見えていなかった。