久々に浮上した潜水艦の甲板にて、ラベンダーの飾りがついた帽子を被り、植木鉢を切なそうに見ている恋人に俺は言葉を向ける事が出来ない。潜水艦で育てるのは無理があるのかなぁなんて呟いている姿は、弱っている植物よりも弱々しい。
……まさか、蜜柑の折れた枝から必死で育ててそろそろ苗木になるとも言えずにいる。それに気付いたのは、ナミとハーブ園から帰って来てすぐの事だった。
弱ってると呟いて泣きそうな顔をしながらも、頑張って回復させる!と植木鉢の目の前で奮闘している姿を見て、ナミに笑って欲しいと、元気になって欲しいと思った。その為に食べた蜜柑の種から育てようとしたら……種が存在しないと言う現実。
仕方無くて風で折れた枝から育て始めたら、水に枝を挿していただけで翌日には根が出て来たので、蜜柑って成長早いんだなと思わされたのだ。それを即座に土に植え替えて、精魂込めて育てている。
甲板ではシャチとペンギンが釣りをしていて、ベポを枕にローが寝ていて、ナミは蜜柑の木を世話している。俺はそれを眺めながらローを真似るように甲板に転がり……気付いたら寝ていた。
蜜柑の香りがして、優しく撫でられる感触に母上か、ナミかと朦朧とする意識の中で思う。そう言えば父上が頭を撫でてくれた事は少なかった上に、撫で方が少し雑で母上に叱られて戸惑っていたのを思い出す。
あァ……そう言えばあの頃は兄上もよく、頭を撫でてくれたな。「弟を守るのは当然だえ」と言いながら、いつも……あの地獄にあって尚俺を庇ってくれていたと思い出す。
「愛しているわ」
そのたった1言により、その後に続いた地獄のようなその情景が1瞬にして塗り変わる。必ず守ると言って微笑む優しいお姉さんの姿が見えて、直後に薬を飲んで迄誘ってくれた愛しい恋人にそれを変える。
優しくしないでなんて言いながら俺を受け入れる小さな体は、心配になる程に熱かったから相当に苦しかった筈なんだけどな。そんな事を思い出していたら、ナミが俺の体に抱き着いてきて、そろそろ起きるかと思わされる。
まずい、今思い出してた所にナミの体をすり寄せられたら襲う!そう思った俺の耳にナミからお休みと囁く声が届いて……結局俺は何も出来ずにナミが寝るのを待つ事になった。
それ程の時を待たずしてナミが寝息を立て始めれば、その艶やかな髪指を絡ませつつそっと撫でる。愛しいナミを、このまま暫く寝かせてやろうとベッドになっていたらシャチがまさかの海王類を釣り上げて、ローが呆れた様子でそれを切り刻む。
そんな賑やかな甲板で、けれども俺の腕の中には普段は眠りが浅い癖に俺の腕では深く眠る愛しい温もりが、幸せそうにしている。それにはクルー達が思わず苦笑してしまうが、これはしかたないだろう。
クルーの面々から見れば最年少である事に間違いは無く、賢く優しく皆を守り、航海士としての腕は勿論執筆活動で金を稼ぐと言う奇跡の存在は、弱いのに強がりで……そんな彼女が安心した様子で眠っているのだ。そうなれば皆がその姿を見て、嬉しくなり笑ったとしてなんの不思議があるだろうか。
そんな時にベポが呟くように口にしたそれが、辺りを騒然とさせた。それは、ナミの小さなミスであり、俺達から見れば有難いミスだ。
「ナミが海図の手直ししてくれた時に、書きかけの原稿が混ざってたんだけどさ。それに〝オレンジデー〟って日があるのが書かれてて」
「見せてみろ」
ベポの言葉にローがそう言えばベポはそれを素直に差し出して、それを読んだローが全員に簡単に説明してくれる。バレンタインからの引き続きのイベントで同じく14日に〝大切な相手〟に〝オレンジ関連の物〟を贈る日なのだと。
これはオレンジを使った物でも、色でも良いらしい。そうなればその日にあの苗木を渡したら、喜んでくれるだろうか。
初めは種からと思ったが、蜜柑に種が無くて少し調べた時にナミの実家で育てていた蜜柑は挿し木で増やす他増やす方法は無いらしいと知った。オレンジと蜜柑は正確には違う種類の果物であるとか、そんな事もそれには書かれていたがそんなのはどうでもいい。
ただ、実が安定して収穫出来るようになるのには5年はかかるとそれにはあったのに、既に随分立派に育っているのだから不思議には思っている。俺の育て方が良いのか?
そんな日々の中で、俺はこっそり育てている蜜柑に水をやりつつその葉に触れてみる。厚みのあるその葉にホッと息を吐き出したけど、なんだろうな頑張って育てた娘を嫁に出す様な気分にさせられるのは。
「蜜柑、お前をお母さんに会わせてやろうと思うんだが……どう思う?蜜柑を見たらお母さん、喜んでくれると思うか?」
当然ながら蜜柑は答えない。だがタイミング良く揺れた枝に、何やら返事を貰えたような気分になり俺は少し嬉しくなった。
そうして迎えたオレンジデー当日。朝からナミの周りには人集りが出来ていて、驚きを隠せないナミはそれでも嬉しそうに笑っている。
あの笑顔は可愛いけど、近寄れねェな。そう思った俺はそっとその場を離れて部屋に向かう。
「蜜柑、先にお母さんの部屋に行こうか。驚かそうな」
蜜柑の木と呼んでいいのか分からないそれに笑い掛けてから、でも苗木と呼ぶには育ち過ぎた蜜柑を抱えて歩き出した。そしてそっとナミの部屋の片隅に置いた時、ドアが開いてナミが部屋に入って来て驚いた様子を見せる。
「ロシー……?あら、その子……見た事ない子だわ」
分かるのか。蜜柑の苗木の区別がつくのか!?
ナミの蜜柑への愛を甘く見ていた。駄目か、喜ばないのか!?
「うわぁー……可愛い!元気だし……でも、あれ?ベルメールさんの蜜柑よね、この子」
「ナミの育ててる蜜柑の木の枝が折れた時、悲しそうにしてたろ。その本体の方が腐らないようになんか処置してた間に枝回収して、育ててたんだ。……弱ってるって、気にしてたから……少しでも、ナミが元気になればと」
「ロシーって、本当に優しいわね。ありがとう……でも、驚きの成長速度だわ。何かした?」
「水あげながら話し掛けてただけだぞ?」
「……まさか、ロシーって緑の手の持ち主!?」
言われて自分の手を見るが、どう見ても緑色では無い。だからそれを告げようとしたら違うからなんて言われる。
何も言う前に気付かれた俺の言い分に対して、ナミは緑の手は植物を育てる才能が有り余ってる人だと告げる。微妙に酷い説明だと思うが、どうやら本来ならば蜜柑の成長に関しては本に書いてあった5年で実をつけるのが正しいらしく、挿し木してそれが根付くかギリギリの期間でこれだけ成長するのは異常らしい。
「ナミに、オレンジデーのプレゼントだ。貰ってくれるか?」
俺の言葉にナミは小さく笑ってから、そっと俺の手をとり爪の先に触れる程度のキスをして来た。それから俺を見上げてそっと唇を開く。
「ロシー……お願いがあるの」
「ん?」
「蜜柑ちゃんを、1緒に育てて!ロシーが1緒に育ててくれた方が、もしも本当にロシーが緑の手の持ち主ならいいに決まってるもの」
その言葉を聞いた瞬間、俺は吹き出した。だってさ、偶然だとは分かってるが、俺もこの苗木を蜜柑と呼んでいたから。
だがそんな事を知らないナミは不安そうにするから、俺は笑ってナミに視線を合わせる為に膝を着く。そんな俺にナミは戸惑いを見せる。
「……ロシー?」
「いや、悪い。俺もこの苗木を蜜柑って呼んでたから……ならさ……俺からも提案」
「なぁに?」
キョトンとした顔で首を傾げたナミに、共に名前を考えようと言えば、それなら他の子にもねと言ってナミが育てていた5本の蜜柑の木も含めて名を付ける事になった。枝に決まった名の書かれた札をつければ、何だか今までより可愛く見える。
「末っ子だから、お仕舞い……舞……マイなんてどう?」
「良いな。可愛い響きだ」
「パパが優しくて、良かったわね、マイ」
ナミはそう言ってマイに話し掛けて、俺は顔が赤くなるのを抑えられない。偶然だが、ほら、俺もナミをマイに〝お母さん〟と言っていたから。
突然赤くなった俺を見て、言葉を反芻したらしいナミが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「や、あの!まだそんな事考えてないから!ただ、その、名前っ!2人で決めたから、何となく……子供みたいだなって、そう思って……だから」
これ以上聞いていたら、俺は羞恥で死ぬとそう判断してその唇を塞ぐ。そこからはもう、言葉なんて必要無いだろうとそっとベッドに運び〝蜜柑のお母さん〟から〝俺の彼女〟に変わってもらいたいと願う。
耳に、首に、肩にとそっとキスをしながら産まれたままの姿へと変えていけば、生まれた時とは違い真っ赤になっているその素肌に愛しさが増す。俺の可愛い蜜柑の花は……その香りや眼差しで俺の理性を打ち砕く。
Happy orangeday……2人きりで蜜柑に囲まれながらその心を結び合う。それは勿論、体も同時にではあるようだが、それはまだまだ付き合い始めとしか呼べない2人には当然とも言える事だろう。
少しでも楽しんで頂けていれば、幸いです。