いつの間に寝ていたのか。風が動いた事で目が覚めて、窓が開いてるのに気付く。
蜜柑の香りが風に乗って部屋に広がる。だがナミはその場で動きを止めていて、それが奇妙に思えた直後に駆け出すその背中。
待てこの馬鹿と叫ばなかっただけ、俺は自分が偉いと思う。どうして先に俺を頼らなかったのかと苛立ちながら、状況把握の為に飛び出したのは理解できちまうからそこまで強く言う事も出来ない。
それでも霧に包まれたナミが苦しそうに、それを払おうとしているのを見れば気が気ではない。そのまま蹲るように倒れるのを見れば、支えるのは当然と言えるだろう。
だと言うのに、俺を拒むように離れようとするから強く抱き締める事でそれを防ぐ。……だから、自覚が足りねェってんだよ。
俺の妻ではなく〝愛妻〟である自覚を持て。そう思いつつも、苛立ちから声はどうしても尖る。
「この程度、甘えには入らない」
だが、泣きそうな顔を向けられれば罪悪感が苛立ちを上回り、少しばかりキツく言い過ぎたかとナミを抱き上げながら反省する。弱ってるのだけは間違いないのだから、休ませてやりたい。
俺が部屋に入るのと同時にナミセンサーがついてるらしい相棒が入室すれば、溜息の1つ位当然だろう。そんな俺を無視してベッドに降ろしたナミを心配そうに見るベックは、完全にシスコンの兄貴だ。
問題はそのシスコンがヤバい域に行ってる為に、世界さえ本気で滅ぼしそうなところだろうか。ナミが俺の味方で良かった……。
「近くの島に向かおうかと思う」
「あ?……不要だろう。物資は充分にある。そう遊んでばかりでは流石に他にし「ナミの体調を鑑みて休ませてや」そうだな。すぐに航海士に言って向かわせよう」
ちょっと待てよ。……おい、ベックマン君、お前さん俺が最初に言った時は完全否定したよな!?
これが俺の自慢の相棒です。……いじけてやる。
「ふふ、相変わらず仲良しね」
「ナミ!?俺は今虐められてただろ!?」
「シャンクス、無駄よ。本当に許せないなら、シャンクスはイジけたりして遊ばないわ。……でも、折角島に行くならやりたい事があるの」
珍しいそれに俺とベックが首を傾げると、本当に反応が似てると笑うそれが無邪気で、心がホンワカする。だが、その顔色が悪いのは誤魔化せないといい加減気づいて欲しいところだがな。
それでもベックはまずは航海士に話を通してくると部屋を出て行くので、俺が1人で話を聞く事になった。1人残った俺を困ったように見るナミは、本当に自分の価値を欠片も分かってねェ。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
楽しそうで結構だが、本当に何を言ってるんだろうな。本当に言葉が分からねェ。
「〝うぇぶ〟ってなんだ?」
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「まァ、ベックに見せて相談はするが……ナミがやりたいと言えば、世界を手に入れるのも厭わないメンバーしか居ない事を自覚しとけ」
「そんな大それた事じゃないわよ!?卵料理とか、卵に絵を描いて飾り付けしたり、兎を食べたりするイベントなだけよ!?」
混乱してる様子で言葉を紡ぐナミに、つい笑っちまう。そんな俺に少しむくれた様子を見せるから、悪かったよとその頭を撫でてやる。
その時妙な感触があり驚いて手を離せば、そこから現れたのはナミを表す動物論争を過激にさせそうな物だ。兎か猫かの無意味な論争の火種になるようにしか思えないそれは、けれども恐ろしく似合っている。
だが待て、本当に生えてるのか?
俺の妄想か、疲労による願望とかの可能性もあるよな。現実的に考えて耳が頭上から生えてくるとか、有り得るのか?
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
微かに震える声を自覚しながら問い掛けたそれに反応したナミは、即座に鏡の方へと駆け出した。その姿が、やはりその耳の動物を連想させる。
そしてフルフルと身体を震わせて、泣きそうな顔で俺を振り向いた。その姿が可愛くて、とりあえず泣かせない方向で話を持っていく事を決める。
イザとなればベックとヤソップが、どうにかしてくれるだろう。ルーもナミの為なら不可能を可能にしちまうから、問題は無い。
「シャンクス……私、耳が!あるの!」
「そうだな。耳が無かったらビックリだ。安心していい、ちゃんと人間の耳も残ってるぞ」
「安心出来ないわよ!!兎の耳が!頭上に!!なんなのこれ!!」
「どう見てもうさ耳だな。尻尾もあるみたいだが、感覚はあるのか?」
怒ってた筈なのに、俺に問い掛けられた瞬間に素直に返事を返すナミ。こういう変に真面目な所が心配になるんだよなァ。
乗せられやすいと言うか、流されやすいというか。まァ、どうやらある程度親しい相手に限定される特性みたいだけどな。
「うん、感覚あった……。ねぇシャンクス、私、これから、どうしたらいいの?」
「俺に愛でられていたらいい」
「冗談言ってる場合!?」
「冗談?ナミが世界一可愛い事は冗談じゃなく、真実だろ」
俺の言葉にナミが、これみよがしに溜息をついた。その直後に仕方ないなぁって感じの顔で笑うから、どうやら俺が可愛いとしか言わない理由に気付かれたらしい。
ナミは気づいて欲しい事には気づかない癖に、それ以外は基本的に賢い。それ故に危ういんだかな。
「甘やかさないで」
「ナミを甘やかすのは、俺の趣味だ。それに、随分虐めたりもしたからな。たまにはじっくり甘やかせろ」
そう言ってナミを抱き締めて、どちらが甘えてるんだか分からないような状態で笑い合う。そうしてナミの様子が落ち着いて来た頃、様子を見に来たベックがナミの頭上にあるものを見て固まった。
その表情があまりにも傑作で、笑い転げた為に命の危険を招いた現実は割愛しておこうと思う。……ベックを怒らせてはいけない。
休ませる為にと向かった島でナミに言われた物を買いに行くクルーを眺めつつ、ナミに頼まれたからと卵の殻にペイントしていくごつい男達に、ゲンナリする。見ていても何も楽しくない。
野太い声で、卵のペイントできたぞー!なんて言われて誰が楽しめるのか。その上ナミは姿が見えない。
「なんだ、お頭そんな所で腐って……ナミに三行半でも突きつけられたのか?」
ルーの言葉に、そんな事になったらナミを部屋に繋いでると言えばその頬が引き攣ったのには納得いかないが、まァ……間違いなくやるだろうな。俺はナミを手放すつもりなんてねェから。
「ナミは男の趣味が悪いな」
「何か言ったか、ルー?」
「んー?あァ!ナミがお頭を呼んでたぞ。キッチンで」
「それ早く言えよ!」
慌ててかけて行くと、ナミが俺を見て笑った。そしてさえ箸で摘んだ物を差し出して来る。
「味見して?」
……それは、俺の目の前にいる兎の味見で良いのか?
そんな事を思いながらも、口を開けてナミからのそれに舌鼓をうてばナミが不安そうに俺を見て来た。うん、もう少し味が濃い方が好きかもな。
思ったままに伝えると、わかったと嬉しそうに笑い味付けをし直す姿が微笑ましい。だが、今のは何だったんだろうか。
「今の料理何だったんだ?」
「卵の味噌漬け。後でピータンも出すわね」
「ピータンって、そんな短期間でできるものか?」
味噌漬けも短時間じゃ無理な気がするが、ピータンは最短で数ヶ月単位だったと思い出す。それとも、俺の知らない作り方があるのだろうか。
「……前々からピータン食べたくて挑戦してたから、今回タイミング的にも出すのにいいかなと思って……。あ、ピータン苦手だったりする?」
「いや、大丈夫だが……」
「なら、良かった」
安心したように笑うナミが、次に差し出してきたのはペースト状になった卵だ。それをパクリと口にすると、食パンを示すからサンドイッチにするつもりなのだと気付く。
マスタード使うか、辛子マヨネーズにするかと問いかけて来るから、水っぽくならない為の対策を俺が好きな物を元に考えてくれてると気付いて、気恥しいような気持ちになる。そういや、ナミの手料理って貴重だよな。
普段はプロに頼んだ方が美味しいって言って、作ってくれねェもんな。そんな事を考えつつ、ニヤけそうになるのを耐えて返事をする。
「辛子マヨネーズがいい」
「わかったわ。皆の分が完成したらお酒のない宴にしましょう。たまには二日酔いのない宴もいいと思うの」
「夜は兎も食べたいから、それを許可してくれるなら酒無しでも良いかもな」
俺の言葉に首を傾げてから、ハッとした顔をして赤くなったナミに、ニンマリ笑う。それから小さく頷いたナミに、数日は籠る事になりそうだなと自分の未来を思った。
Happy Easter……。カモネギなんて言葉では表現出来ない程に、立派に料理を作る兎をどうやって食べようかと男は画策する。
卵料理が並ぶ健全なイベントの間中熱い視線を送る男に、兎が泣きそうな顔で抗議したのは当然とも言えるだろうが……。それは単純に、男を狼に変貌させる結果に終わった模様だ。