最近は特に大きな問題もない。このまま平穏に、時が過ぎるのを期待しちまうのは当然だろう。
だがおそらく次の大きな戦争が目前に迫っている。それにナミは間違い無く、参加したいと願うだろう事もわかっているんだ。
「自分からは、言い出せねェよな……」
どう考えても、ナミから俺に言い出すのは無理がある。そして、放置した場合俺達の隙をついてナミは1人でも助けに行こうとするだろう。
ここでもし彼等に何かあれば、世界の均衡はそれこそ情け容赦無く崩れる。時代の暴走を止めるには、予想される戦争で彼等が勝つ必要があるのだ。
……頭冷やしてくるか。起こすのも悪いしな。
表に出れば朝日が登ろうと微かな光を放ち始めた所で、朝と呼ぶには少し早いなと思いながら蜜柑畑へと足を進める。そこで、おそらくナミを待っているのだろうニュースクーを発見して声を掛けた。
「おはよう。……手に入れて欲しいもんがあると言ったら、引き受けるか?」
「クー?」
「ナミにな、無事で居てもらう為に贈物をしたいんだ」
「クー!!」
「ありがとう。俺としてはな……」
こうしてみると、案外何を言いたいのか分かるもんだなと思う。ナミがよく会話してるのを不思議に思っていたが、これだけ分かりやすい反応されれば誰でもわかりそうだ。
そうして俺の求める物を理解してくれたニュースクーに、金額を交渉して依頼を完了させる。そうする頃には朝日が戻っていたから、新聞を買ってナミのいる部屋に戻って行った。
しかし部屋に居る筈の存在が無ければ、どういう事だと慌てたのも無理は無いだろう。透明になれる道具でも使ってナミを誘拐した奴が居るのだろうかと焦り、俺は何も考えられなくなりつつ駆け出した。
そしてベックの部屋を叩けば、ベックに頭をスパコーン!と殴られて、落ち着いた。……扱いは酷いと思うがな。
「ナミに何かあったか」
「部屋に居なかった」
「蜜柑畑か風呂だろ」
「……あ、そうか」
見聞色の覇気を使えって?
あのな、覇気ってのは冷静じゃないと使えないものなんだよ。戦闘中に冷静に攻撃力高めたり、相手を探ろうとする為の能力なんだから。
と、脳内で言い訳してみる。つまり、ナミに何かあった時、俺は余程の緊急時以外は覇気を使えないって事だ。
「その新聞、読まないなら置いてけ。他の候補だと図書室だな。1通り見て居なけりゃ、部屋に戻ってるか、戻って来るだろ。帰省本能は備わってんだから」
「ベックの中でナミは動物かよ」
「可愛い絶滅危惧種だな」
そう言って笑いながら、ベックは俺から新聞をもぎ取り部屋の中へと姿を消した。俺は廊下で1人溜息を落として、仕方ねェかとナミを探して船内を歩き、見つからずに部屋にとぼとぼと帰ってみる。
すると窓の外を眺めている呑気な姿を発見した。怪我は……無さそうだな。
「やっと見付けた」
俺の声に反応して、驚きを隠さずに振り向いたナミは少し幼い。そのままキョトンとした顔で俺を見て、小首を傾げたり窓の外を見たりする。
「あのな、早朝なのに部屋に居なかったら何かあったかと思うだろう」
「……誰かさんが無理させるから、身体は痛いし、ベタベタしてるしで、シャワー浴びたかったの!!」
そうして思い出すのは、突然船を止めて海にナミを抱いて飛び込んだ事だ。肌に張り付いた服が、何も来てない時よりエロかったのを思い出して、なんとも得した気分で謝罪すれば困ったような顔でナミは許しの言葉を放つ。
「薬は飲んだし、もう大丈夫よ。所で、忘年会やりたいから協力して」
「そう言う話なら大歓迎だ。まず何から話し合うつもりなんだ?」
問い掛けた瞬間、目が潰れるかと思う程の清らかな微笑みが返され、俺は俯き心を落ち着かせる為に息を吐き出した。そんな俺に不安そうな声で問いかける無邪気な存在に、俺が勝てる日は永遠に来ないだろう。
「どうしたの?」
「ナミにだけは、永遠に勝てる気がしない」
「勝てた記憶が、無いんだけど……?」
本気で言ってるらしいそれに脱力しかけるが、それよりも早く気を取り直したらしいナミが胸元から紙とペンを取り出して、キリッとした顔で俺を見た。決める事は沢山あるの!と書かれた顔を見たらもう、笑いが止まらなくなったのは言うまでもない。
「楽しそうで何よりだわ。……何が楽しいのかわかんないけど」
「ナミが可愛くて楽しい」
「それ、褒めてんの?貶してんの?」
ムスッとした顔で俺を見るナミをそっと抱き寄せて、その耳元に唇を寄せる。それだけで赤く染まる耳が、本当に可愛い。
「なんだ、期待してんのか」
「その良い声無駄に使わないでくれる!?」
「良い声だと喜ばれる事はあるが、良い声だからと文句言うのはナミ位なもんだぞ」
「五月蝿い!!シャンクスのばぁか!!」
キリッとしたナミが消えて、幼い俺の妻が顔を覗かせる。それが嬉しくてにやけちまえば頬を抓られるが、そんなもの痛くも痒くも……って、痛ェ!?
「覇気纏うか!?普通!?」
「ふーんだ!」
そうして去って行ったナミは、恐らくベックかルーの元へ向かうのだろう。そう思たら笑えて来て、今日は平和だとのんびりとした時間を楽しむ事にした。
その日の夜は、少しばかり意地悪したがそこは大目に見て貰うさ。ほら、俺は〝馬鹿〟だから、ナミが何されると嫌なのか分からなくてさァ!!
……結果、翌日の昼頃からベックに縛り上げられ、ルーによりマストに吊るされ、ヤソップに輪ゴムバシバシ当てられてます。俺は可哀想だと思う。
「それで、大丈夫か?」
「うん、じっとしてればなんとか……」
「お頭に付き合える体力のある女が実在するとしたら、ビッグマムとその娘達位だろうな」
ベックの言葉に、案外ナミ体力あるぞって思ったが、賢明にも口を噤む。俺は賢い。
そんなベックにナミはスクスク笑ってから、小首を傾げる。少しだけ悪戯な瞳を輝かせながら。
「なら、可能性あるわね。私、実母知らないし」
「言われてみれば、髪質が近いか?」
「あら、知らない内に四皇同士の同盟成立ね!!」
そんな物騒でありながら恐ろしい会話を繰り返す俺の左右の腕達は、その後真剣な顔で宴について話し合いを開始した。その会話を聞き流しながら、いつになったら降ろして貰えるのかな……と素直に落ち込んでいる。
その日の夕刻、そっとナミが近付いてきて、俺を解放してくれる。それからそっと俺に耳打ちした。
「ベックに分かっちゃう位の意地悪はしないで。恥ずかしいし、シャンクスが怒られちゃうんだからね」
「分かった。今夜は優しくする」
「反省は!?」
「したから優しくすんだろ」
そんな事を言った俺を突き飛ばして去って行くナミを見送り、ニュースクーを出迎える。間に合って良かった。
受け取る所見られたら、なんか情けないからな。そう思ってニュースクーに支払いを済ませると、完成品をしっかりと確認する。
これで少しでもまた楽しんで貰えたら嬉しいと思って受け取った物を撫でた時、足音が聞こえてそれを服の中に隠した。そしてニュースクーを捕まえて振り向けば、呆れ顔のナミがいる。
「クーちゃんを虐めないで」
そうしてニュースクーと戯れ始めたナミを見守り、その日の夜は仕事だろうと諦めの溜息を落とす。ナミは仕事を愛し過ぎだと思う。
そんなこんなで数日後、宴は開始された。俺は何もしなくても良かったので何が起きるかは不明である。
酒を呑み、歌や特技を披露する仲間達を見ていたが、ナミの姿がなくてそればかりが気になっちまう。その時ルーにほらよと口の中に卵焼きを押し込まれ、何かを問う事も許されなくなれば睨んだのも当然だと思うんだよ。
その時突然騒がしくなった舞台に驚いて、ふっと視線を向ければパンツスタイルなのにドレスだと分かるデザインのナミの姿。マレットドレスに揃いの色のパンツを合わせたか。
素直に美しいと思う。だが、その腰に下げている細身の二振りの刀剣が気になってはいるが。
そして始まったのは、剣舞。使われる曲は、剣の舞。
「……やられた……」
何度、堕とせば気が済むのか。呼吸さえ忘れそうになる。
誰一人、声を出せない。魔性でなくとも、魅入られると表現して良かったんだろうか。
そんな事を思いながら舞を終えるナミを見詰めて、呆然とした心持ちのままそっと立ち上がれば視線が俺に集まった。その状態の中で俺は舞台に上がる。
「ナミ」
「シャンクス?」
「見事だった」
「ありがとう。場を盛り上げられたなら良かったわ」
笑うナミが本当に美しくて、俺はこっそりと渡す予定だった贈物をナミに差し出す。それに首を傾げて、でも素直に受け取るナミの仕草は妙に洗練されている。
「今回の褒美だ。使うといい」
「……ありがとうございます。大頭」
そして取り出した中身を見て、ナミは優しく微笑む。海楼石で作られた笛をそっと撫でて、ありがとうと微笑みだけで伝えるそれに耐えられなくなったのは俺の方だ。
どんな理由であれ、その涙を誰にも見せたくはなかった。いくら忘年会でも、皆にナミの綺麗な涙は忘れては貰えないだろうからな。
そう思って強く抱き締めると、それも含めて演出と思われたのか拍手が沸き起こった。その中で俺に甘えるように身体を預けたナミを、俺はそっとコートの中に隠しちまって、それにより皆が集まって来る。
大切で愛しい人達に囲まれて、嫌な事も悲しい事も忘れる宴に酔いしれる。最愛の人を腕に抱いて……。