激し過ぎる風の音が、俺の女神を起こしちまったらしい。それに釣られるように目を覚ました俺にナミは気付いていないらしく、モゾモゾと動きながら微かに甘えるように頭を預けて来た。
普段はなかなか素直に甘えられないナミだから、俺が寝てるとこんなにも素直なのかと思えば愛しさが増してしまったとしても当然だろう。口元が勝手に歪みそうになるのを抑えていた時、突然腕から逃げようとするからつい力を入れちまった。
起きてるのがバレたかと思ったが〝困った人ね〟とばかりに笑ったナミは、器用に俺の腕から抜け出してしまう。これはもう、ある種の特技だろうと思うんだが、それは俺の気の所為だろうか?
自分の代わりにだろうが、枕を差し込まれると、それからナミの香りがして少し落ち着く。成程、いつもナミがシャワーを浴びに行く時に俺が起きないのはこれの為か。
完全に離れてから目覚めるのは、こうなれば不可抗力だと分かる。そうして納得している間に、俺に毛布をフワリとかけたナミは、優しく俺の頭を撫でるから……このままベッドに引きずり戻して、またニャンニャンと鳴かせたくなっちまう。
生えてる間は尻尾も耳も敏感な上に、見た目も可愛かったなァ。その能力者を見付けたら、クルーに迎えたい程だ。
そんな事を考えていたら、ここ数日生えなくなった耳と尻尾を気にしつつ着替えるナミがいて、姿が戻ってもTバックで構わねェぞと内心で告げる。ミニスカートも、触りやすくて大変結構だったのにな。
部屋を出て行ったナミを引き止めなかったのは、あまり襲うとナミが寝込むからだ。っとに、ナミは体力無さすぎだろう……と、幹部が聞いたら袋叩きにされそうな事を本気で思う。
その後俺も着替えを済ませてから甲板に出れば、呑気な顔したナミがいた。正確には顔は見えてないが、もう無い筈の尻尾が楽しそうに揺れているのが見えそうな程に、楽しそうに島を見ている姿を見ればそう判断しておかしくない筈だ。
朝日が漸く登り始めた位の時間帯に何してんだと、そう声をかけようと思いつつ足を向けた時吹き抜ける強風。微かに眼を眇めた時、ナミの肩にあったショールが舞い上がる。
慌てた様子で手を伸ばしたナミは、海へと手を伸ばし今にも船縁を乗り越えそうに見える。このままでは落ちると判断して、甲板を蹴って向かったのは飛ばされるショールの元。
このまま海へと落ちれば、落ち込むのはわかりきってる事だからな。ショールを手に甲板へと戻れば、ナミは呆然と俺を見詰めていた。
それ少し呆れちまうのは、無防備な顔をしているからだろうか。それとも、この程度の事で本気で驚かれたからなのかと自分でも不思議に思う。
とりあえずその答えは置いとくとして、風から取り戻したショールを返してやろうとナミの首に巻き付ける。その時、もう飛ばないようにとしっかりと縛ったが……なんだ、これ?
ショールの端に入っているのは、赤髪海賊団のマークだ。それだけならば、クルーであるナミが身に付けてても不思議はないんだが……。
それに加えて隣に小さくナミの大切な、蜜柑と風車が入り、まるで赤髪海賊団のマークが蜜柑と風車を守ってるように見える。寄り添うふたつのマークは、ただ海賊団のマークだけでは誰の物か分からなくなるかも知れないからという理由だったのかも知れない。
だが、俺には俺に寄り添うナミにしか見えなくて、なんだかこそばゆい。それに対して、これは俺がモチーフかと聞く事も難しいから、困りものだ。
「あ、ありがとう……」
「海に落ちなくて良かった」
俺は、俺にとって大切な人さえ無事なら、他は平等にどうでもいい。どうでもいいからこそ、優しくもなれるし、残酷にもなれる。
だが、大切になればなる程に、俺は弱さしか見せられなくなるし、何かあった時抑えが効かなくなっちまう。だからどうか、無事でいてくれと小柄な少女に祈るように願っちまうんだ。
「ふふ……」
「ん?」
俺の不安をかき消すように、笑うナミの姿。俺は、ナミと言う存在に明らかに依存している。
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
明らかに、俺の方が甘えている。だからこそ俺は、ナミに甘えられたい。
そんな事を思って手を伸ばしたタイミングで、またもや突風が吹き付ける。ショールはもう飛ばされねェだろうと思ったら、まさかのナミが浮かび上がり……慌てて抱き締めた俺に、ナミもまた抱き着いてくれた。
スカートならばまだ分かるが、ズボン姿で飛ばされるって……やっぱりもう少し色々食わせるしかないか。そう思ってじっと見詰めると、キョトンとした顔をされちまう。
「軽すぎる」
「いやいやいや!この風が強すぎるのよ!!見てよ!あの巨木だって傾いてるじゃない!」
「傾いてるだけで、飛ばされてねェ」
「巨木と同じ体重になれと!?」
叫ぶように言うナミが可愛くて、抱き締めたまま唇を奪えば静かになる。俺に何化された時、即座に受け入れ体勢に入っちまうのはナミの可愛いところだと思う。
まァ、だからこそ
そんな事を思いつつ、もう少し位良いよなと判断して唇を貪っていたら腰に入った蹴り。何すんだよと睨んでも、犯人たるルーは何処吹く風だ。
更にはベックまで呆れを隠さずに立ってやがる。肩を竦めて、けれども俺の味方では無いらしい。
「ナミ、そのままでいると永遠に貪られるぞ」
「う、ごけない、の……」
俺に抱き締められ、真っ赤に染まったナミの愛らしさは筆舌に尽くし難い。微かに震えるそれは、照れから来るものだろうか。
動けなくしてるんだと言う言葉の代わりに、全力でナミを落としにかかる。俺の愛しい女神を満喫したい。
「動かなくていい。もう少しこうしていよ「ナミは回収させて貰う。誰かさんのせいで、昨夜も食ってねェからな」」
俺の言葉を遮り、ベックは俺から女神を奪い去る。当人も少し恐縮した様子を見せながらも逆らいはしないのだから、酷いものだ。
この場合ベックから取り戻すには、ナミに自分から戻ってもらう他ない。ならばと拗ねて見せれば、効果は覿面だ。
「ナミの浮気者……」
「シャンクス!?」
「ナミは、俺よりベックのが良いんだな……?」
「そうじゃな「相手しなくていいから、飯食え。倒れるぞ」」
ベックは安定の保護者である。これ以上騒げば鉛玉が飛んで来るのは想像に硬くないので、今回は大人しく従う事にした。
そのまま共に食堂へ行けば、ナミだけ特別メニューで、ルーがナミを特別待遇してるのは明らかである。まァ……確かに、最近は俺がベッドから殆ど出さなかったんだけどな……。
だが、そんなにダメな事をしたつもりはねェぞ。ナミは俺の愛妻だし、数日前までは俺の愛猫だったんだからよ。
飯を終えたナミは、相変わらず忙しそうに動き出して、俺は暇を持て余して見張り台と言う名の広い休憩スペースで転がる。そこからなら、船内にいる時は無理でも他の場所にいる時のナミは眺めていられるからな。
心地好い風が吹き抜けると、島から花びらが舞い込む。今日はルーを筆頭にした数人が買い出しに行ってるので、俺とナミは船番と言う名のお留守番だ。
俺達とベックと休みが揃う事は案外少ない。まず大抵ベックが備品の買出し兼ねてナミの測量に付き添い、その翌日にナミと俺の休みが来るのだ。
その辺は俺の裁量に任せて貰えず、いつもの事となっている。俺がナミを連れて何処かに篭っても、ナミが帰ると同時に描きあげる地図とベックの得て来た知識で救出できるようにという理由だと前に言われた。
溜息が自然と落ちて、そんな俺に皆はゲラゲラと笑うばかり。その時船内から飛び出して来たナミが見えて手を振れば、嬉しそうに何かを抱えて駆け寄ってきた。
「シャンクス、これあげる」
「ん?」
「さっき助けてくれたから、お礼に作ってみたの」
そう言って差し出されたのは、細い赤い物体が大量に積まれた物。なんだ、これ?
初めて見る形状のそれに、思わず首を傾げる。そんな俺に思考を読んだのか、ナミは簡単に説明してくれた。
「〝カラムーチョ擬き〟なんだけど……多分シャンクスは好きよ」
「へ?」
「……昔住んでた所で売ってたスナック菓子なんだけど、ジャガイモを唐辛子とコンソメを合わせた物で味付けしてあるの。シャンクスってキムチ炒飯が好きでしょ?それなら多分、これ好きよ」
そう言いつつナミは、当然のようにココナッツミルクを差し出して来る。とりあえずナミが作ったらしいそれに手を伸ばしてみれば、ピリ辛で美味い。
少し食べてるだけなら辛く感じなかったのに、大量に口に入れたり、時間と共に口の中が辛くなって来てつい眉を寄せる。すると即座にココナッツミルクを示されて、それを飲めばスッキリするので、また手が伸びちまう。
……なんだ、この永遠に食えそうな物は。癖になりそうだ。
「ふふ、助けてくれたお礼にって思ったんだけど、こんなに喜ばれるなんて思ってなかったから嬉しいわ」
「これ、美味いな。菓子は甘いのが多いから、それを苦手にしてる奴らも喜びそうだ」
「なら、コックさん達にレシピ渡しておくわね。たまに作って貰っても良いかも。……私が作るより、美味しいと思うし」
本気で言ってるらしいナミに、呆れそうになる。料理レベルが相当高い事を、ナミは自覚してねェんだよな。
まァ、俺に手料理を作ってくれるなら自覚なんざあってもなくても構わねェけどよ。そう思って皿にあったのを食い尽くしてグラスも空にした時、その食器を手にしたナミが風に煽られて見張り台から落ちそうになる。
慌ててナミを抱き寄せて膝に座らせれば、微かに震えていて……怖かったにしろ、寒いにしろ、ここにいればいいと強く抱き締める。俺は何からだって守ってやると決めてんだ。
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からナミを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるナミだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。