猫耳も尻尾も既に無いが、あの時買った衣装は今もある。当然使われてみればナミもあの時ベックが辞めておけと助言した意味を理解したが、時すでに遅し……だ。
俺が満足する迄貪ったのは当然で、ナースやメイドは特に楽しませて貰った。その影響なのか、ナミは現在迄の三日間机に齧り付いて離れない。
だがこの事をベックに告げ口しようものならば、その前に俺がやった事がバレちまうのは必然。そうなれば夫婦間のそれなのに、過保護な兄貴に俺がボコられるのは確定事項だ。
「お頭……これ、ナミに届けてくれ」
「んあ?」
「もう三日何も口にしてねェだろ。顔みてないから、それくらいは分かる」
ルーの言葉に頷いて差し出された物を受取れば、そこにはホットミルクと蜜柑がある。ここでスープじゃないのは、冷めても飲めるようにという配慮だろう。
それに、スプーンなどのシルバー系を使う必要がある物は無意識に口に運べないから、俺が置いたとしても口に運ばれる事は無い。それを思えば、仕方ない判断と言えるだろう。
「届けて来る」
「戻ったら〝からむぅちょ擬き〟出してやるから、悪戯せずに戻れよ」
先日風に飛ばされかけたナミが作ってくれた辛い菓子の名を告げられた俺は、わかったと頷いて歩き出した。そっと机の端に置いて、けれども無駄と分かりつつ声をかける俺に、反応は返らない。
顔がいつもより少し赤っぽいのは、徹夜の影響か、それとも……俺が原因での体力切れか。どちらにしても、早目に寝かせてやりたい。
とりあえずは菓子をもらってくるかとルーの元へ戻れば、飲み物と共に菓子を渡される。どうやら俺がナミの傍に居たい事は、昔からの仲間達には筒抜けらしい。
ロリコンでも構わないと思っちゃいるが、今の年齢なら若い妻を貰った幸運な男ってだけに普通はなるだろうと思うのは、俺が甘いんだろうか。それともナミが幼少期としか呼べない時に、唇を奪ったのが理由で言われているのだろうか。
思い返してみれば、昔のそれは皆が見てたからなと小さく笑いつつ、部屋に戻れば机に潰れて寝ているナミが居た。これでは休めないだろうとその身体を抱き上げれば、妙に軽い。
考えてみれば、現在までに三日と少しの期間飲食してないのだから当然か。起きたら、とりあえず何か食わせよう。
そう思い眠る妻をベッドに寝かせて、頭を撫でてからフワリと毛布をかける。ナミ考案のスナック菓子は、赤髪海賊団で現在大流行しているが、そのうちの少しを貰ってきたからとそれを口にして笑う。
ナミの出した本は、本当に多岐に渡るがこの菓子については載ってる物を見ていない。その内未発表のそれ等を纏めて出版されるのだろうと思えば、今の内に誰かに自慢してやりたい気持ちになっちまう程に気に入っている。
部屋から出ずに過ごし、そのまま共に寝て、睡眠不足が祟ってるナミが起きないのを仕方ないかと苦笑したのは当然だろう。ベック曰く、睡眠負債と言うものらしい。
モゾモゾと動いたナミが、窓の外へ視線を向けて、突然飛び起きた。そんな動きすると、飯食ってねェんだから目眩起こすぞと思うが、医学的な事は分からないので賢明な俺はそれを口に出したりはしない。
「うそ!?もう夕方!?」
「朝焼けだ。……眠れたみたいで安心した」
だが、日を跨いだ為にこれで飯を四日食ってない事になる。ホットミルクと蜜柑がどれ程の効果を与えてくれているのかが、重要な鍵となるのは間違いないだろう。
そんな事を考えてる内に、ナミはカレンダーを見て焦ったような顔をして、それから何かを考え始める。少し伺うように俺を見て、細く息を吐き出してから朝らしい挨拶がその唇から放たれた。
「おはよ」
「……ああ、おはよう」
船長である俺が許している以上、何日仕事をしなかったとしても問題にはならない。むしろ働き過ぎなナミには、この際暫くペンを持つのを辞めてもらいたい位だ。
そんな事を思いつつ見詰めていたら、ナミが少し言いにくそうに何かを言おうとして辞めた。それから、幼い子が怒られるかなと思いながら言葉を選ぶような表情を俺に向ける。
「そう言えば、朝ごはんって……」
「食わないって選択肢は無いからな」
そう言ってから、四日食ってないのだと伝えれば焦った様子で笑うナミ。それにより誤魔化されてやるべきか考えたが、流石にそれはベック以前にヤソップにさえ許されはしないだろうと気付く。
心を鬼にして誤魔化されてはやれない事を告げれば、ナミはえへへと笑うのでそれに苦笑を浮かべつつ、待っててやるから行くぞと声を掛ける。それを受けて、ナミは俺にありがとうと告げてからシャワーを浴びに向かった。
待ってる間暇なので、ナミに着て欲しい服を見繕っていたが……シャワーから帰ったナミは既にいつもの服に着替えており、目論見は潰えてしまう。なんと言う事だろうか。
「……これから食事って言ってるのに、バニースーツ着ろって頭大丈夫?」
「男としては、至って正常だ」
「ふぅん?なら、ベックに確認してみるわね」
そう言って俺の持っていたバニースーツを器用に盗み取ると甲板へと駆け出していく背中に、焦ったのは当然の事だろう。確かに泥棒してたとは聞いたが……まさか俺から盗み取れると誰が思うってんだ。
何より、それをベックに見せられたら、俺のかわいい息子さんは切り落とされる気がして慌てちまう。だが甲板に出たナミは、見えて来た島に意識を取られているのか微動だにせずにいる。
「ナミ?」
「あの島……」
「ん?」
「ミホークさんが、あの島にいるわよ」
突然の言葉に、そんな馬鹿なと笑い飛ばす俺。だがナミはそれを気にした様子もなく、笑う。
「なぁんてね。今日はエイプリルフールだから、言ってみましたー」
「成程。他には何かを嘘ついてみないのか?」
「思い付かないのよね」
元来、人を騙したりというのは苦手なナミらしいと言えばその通りだろう。だがとりあえずは朝食をと思って、食堂へ向かえば食事中にナミが思い付いた!って顔に書いたので何か嘘をつくらしい。
「シャンクスに、キズ物にして欲しいわ」
「喜んで」
「嘘だって言ってるのに!」
「俺には本気に取った方が得だ」
そんな会話を聞いていたらしい船医がナミを手招き、それに従ったナミは〝キズ物〟にされて帰ってきやがった。本人は妙に嬉しそうだけどな。
「仮としてと消毒を兼ねて詰物してあるが、小一時間もすれば普通のピアスして大丈夫だから、なんかお頭にねだって来い」
「おう!嘘でも本当にしてやるから、出掛けるぞ」
「むー……それなら、たっかい宝石のついたピアスにしてね。安物なんか興味ないから」
「任せとけ!」
婚約指輪と結婚指輪がそれぞれ指に嵌められたままになってはいるが、揃いで持ってる物は案外少ない。そう考えれば、ナミと揃いのピアスも悪くねェかもなと思わされる。
俺もナミも髪の色が明るいから、ピアスは落ち着いた色が良いだろうか。耳の下で揺れると邪魔だろうから、垂れ下がらないタイプにしたい。
そう思っても希望通りの物があるとは限らないが、見て回るのはそれだけでも楽しいだろう。そんな事を思いながら二人で雑貨店や宝石店を冷やかしていれば、ナミが宝石をハートに加工してあるピアスの前で動きを止めた。
見ればそれはサファイアで、悪くは無いと思うが赤に青だと目立ち過ぎないだろうか。それならばダイヤの方が良いようにも思える。
「ナミの髪色ならば、白系の方が似合うだろうと思うが、どうだ?」
突然割って来た声に視線を向ければ、同じようにハート型にカットされた宝石を示される。……鷹の目から。
「お前っ!」
「あ、こっちもハートだわ」
「色がナミの希望に関係無いなら、確かに白透明が俺もいいとは思うが、なんで鷹の目が普通に参加してんだ?」
「ナミが見えたからな」
なんだその、海があるから船を出したみたいな理屈は。そう思うが、俺が鷹の目に口で勝てる筈も無いので戦いは早々に諦めてしまう。
「これなんて、どうだ?」
ハートに加工してあるピアスの中で、白透明の物を見ていてダイヤとは違うそれに思わず声が出た。それに反応したナミは、小さく頷くから即座にペアになるように用意して貰い、1セットは帰ってから俺も穴を空けて貰ってつけようと決める。
だがもう1つは即座にナミにつけてやりたくて、じっとしてろと言いながらその耳に触れる。ナミはそんな俺に笑いながらも任せてくれるから、自然と頬が緩み……互いに見つめあっちまう。
「……シャンクスは、この宝石が何か知ってる?」
「ん?……サファイアみたいだなと思ったが、違ったか?」
「そうだけど、サファイアって青のイメージ強いから、気付かないと思ってたわ」
「海賊歴は、ナミより長いもんでな」
俺の言葉にナミはクスクスと笑う。その笑顔に見惚れていれば、割って入る声。
「ナミには似合うだろうな。赤髪にも良かろう」
「あ?」
「〝知恵の石〟と呼ばれる宝石だ。赤髪には必要であろう。……持っているだけで洞察力が研ぎ澄まされ、負のエネルギーをプラスに変えてくれる効果があるとも言われる物故、ナミには良い効果となろう」
「……って、ナミの軽い嘘の筈が本当に居やがるし、その上妙に饒舌だしよ」
思わずブチブチ言っていれば、ナミが俺を宥めるようにそっと腕をとり、小首を傾げた。それに視線を向ければ、小悪魔的な笑みを向けられちまう。
「どう?似合う?」
「このまま隠しちまいたいくらいにはな」
「……隠して」
妖艶な空気を出すナミに、それが演技だと分かっていながら惑わされちまう。本当にナミは、俺を甘やかすのが上手すぎる。
どんな嘘でも、もしもナミが望むなら、それは現実にしてやりたい。俺は嘘偽りなく、どんなナミでも愛していると断言出来るのだから。