数日前から船内は騒がしい。本人に気付かれないように準備を進めているからと言うのが、やはり大きいのだろう。
「イッカク、それなんだ?」
「ナミが喜ぶかと思って、蜜柑のショートケーキを作ってみたんだけど……形が……」
そうか、それはケーキだったのか。既にそれが何であるのかの判別さえつかなかった俺としては、驚くばかりなんだが、流石にそれは言えない。
言えば殺されかねねェ事は自覚してる。……ん、待てよ?
「なら、その当日のケーキ、俺が用意しようか」
「……え、コラさんが火を使うとか、駄目に決まってるじゃないですか!!」
「……恋人の誕生日だぞ?」
暫し睨み合うように見つめ合い、折れたのはイッカクだった。結果、鬼のような顔をしたローとペンギンによる徹底的な監視の元、俺の楽しいケーキ作りが始まった。
正直言って、奴等が本物の鬼に見えるような数日だった。だが、誕生日当日の朝、だいたいの準備は整った状態となったのだから、文句を言う権利は無いだろう。
その間もナミはナミで忙しくしていて、あまり顔を見ていない。そんな事を考えていたら、ナミの歌声が聞こえてきた。
優しい声で歌われるそれは、なぜだか切なくなる。……そうか、ナミが故郷を想って居るからだ。
そう分かれば、足は自然とナミの元へと向かう。足音を忍ばせているのは、歌声を中断させたくなかったからだ。
優しい顔で歌うそれは、どうにも幸せそうに見える。歌の終わりと同時に水をあげ終わったらしい。
その細く小さな体をそっと抱き締めれば、すんなりと、当然のようにその身を預けてくれるナミに心が震える。このままずっと抱き締めていたいと願うのは、我儘なのか。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
キョトンと見上げてくるその瞳に嘘は見受けられない。だが、俺は寂しくて、失う気がして、そっとナミの唇を奪うように重ねていた。
俺のそれを受け止めて、ナミは小さく笑う。どうしてこう、キスだけで全て理解しちまうんだろうな。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間でそう言われてしまえば、なんとも表現しきれない感情が胸の中で乱れて、抱き締める腕の力が強くなる。それによりナミが苦しそうに喘ぐのに気付き、だが、抵抗しないナミに、少しは抗えよと思う。
俺が力を入れすぎればそのままその命を奪っちまうってのに、ナミは俺にされるがままだ。……なァ、ナミも知ってんだろ。
俺が元天竜人だって。なのにどうして、そんなにも穏やかに全てを受け入れてくれるんだ。
言葉に出来ない問い掛けを胸に秘めて、俺はナミを強く抱きしめる。それに苦しそうにな声を出しながらも、やはりナミは抵抗しようとはしなかった。
その後ナミにローが仕事を頼み、俺の傍からナミが居なくなれば本番の開始だ。蜜柑アイスを元にした、アイスケーキを作るぞと気合いを入れて作り始める。
だが、問題はケーキ作りでは無い所で発生した。ケーキを冷凍庫に入れた所で、俺が何も無いところで転び、メインの料理をひっくり返しちまったんだ。
その瞬間、色々な意味で阿鼻叫喚の巷と化して、俺は頭から料理を被った状態で暫く固まった。その事態にローがコメカミをひくつかせ、それから溜息を落とすと俺に風呂へ行けという。
「だが、俺の責任だ。俺が何か作らねェと!」
「これ以上被害を拡大させたくない。ここは俺に任せてコラさんは風呂に「風呂には入るが、責任は取らせてもらいたい」」
暫しローと視線を交わし合えば、折れたのはローだった。結局ローは俺に甘い。
それに、責任は取らない訳にもいかないと言う事を長く海に生きるからには、分かっているのだ。例え、責任を負わせない方が皆楽なのだとしても、仲間でいる為には、それも必要な事だと皆が知っている。
「そうだな。ナミの好みはコラさんの方が分かってるだろうし、この場合仕方ねェ。……やるぞ!」
そうして作り直すに辺り、ロールキャベツならぬ、ロール白菜豆腐入りを作る事を提案する。それにローは訝しげな様子を見せるが、ナミは多分喜ぶ。
「あまり胃に重いものばかりだと、ナミは夜中迄仕事してるからキツイだろ。そうなるとロールキャベツが良いのは分かるが、俺がキャベツを好きだからとナミはいつもキャベツメニューを提案するから、たまに変わった物を出してもいいと思うのと、キャベツよりも作るのが簡単なんだ」
「まァ、蒸さなくても作れるか。良いだろう。指示をくれ」
そうして俺はローの協力の元、ロール白菜を作って行く。豆腐の水抜きをしつつ白菜は軽く茹でて貰う。
その間に俺は挽肉や根菜、茸類を刻み乍ボウルへと入れて行く。するとそれを見ていたローが溜息を落とした。
「本当に、コラさんは火や水に関わらなけりゃ、ドジが殆ど発生しねェんだよな」
「銃器や刃物でのドジはやった事ねぇな、そう言えば」
俺の言葉に他の手伝ってくれてるメンバーも笑う。そして、火を使わない所を俺に任せてくれた。
そうして作り上げたロール白菜は、味付けを3種類用意しておく。ひとつは王道の鶏ガラスープの味付けで、他にミルク仕立ての物と、トマトベースの物だ。
それを何とか用意して、外を見れば暗くなっていた。どれだけ時間かけてんだよと自分に突っ込みつつ、俺はロー達に視線を向けて、風呂へと向かう。
流石に入らないと不味いだろうからなと、自分の姿に少し苦笑しちまう。そうして俺が風呂から出るとナミもそのタイミングで呼ばれたようで、Birthday partyが始まる。
「え?なに、今日何かのイベント?」
「お前の誕生日だろうが。コラさんが去年聞き出さなきゃ、今年もまた祝えない所だったじゃねェか」
「え、でも、この世界って誕生日を祝う習慣無いんじゃないの?」
そう言って首を傾げるナミに、俺は何とも言えない気持ちになる。〝この世界〟か。
それの意味は、なんだろうかと少し考えて、ナミは答えないだろうなと思う。アレで頑固だし、口固すぎるんだよな。
魚人にやられてた事の影響ってだけじゃなくて、多分元々気位が高いんだ。そんな事を考えながら、その頭を軽く撫でる。
「色々考えずに祝われとけ。……宴の口実が欲しいだけかもしれないだろ」
「あ、そっか!でも、ありがとう!」
愛らしいその笑顔に、俺達は総じて笑み崩れる。ただ、俺達はナミが愛しいだけなんだ。
用意した食事とケーキ、受け取り切れないプレゼントにナミは泣きそうな顔をする。祝う事は好きな癖に、自分がその対象になる事を苦手とする位自信が無いのはどういう事なのか。
プライドが高いってのは本来なら、自信の現れなんだがな……。そう思いながらナミ1人ではプレゼントを持ち帰れないだろうからと、半分程俺が持って部屋まで送る。
それにより嬉しそうに笑ったナミと、他愛ない話をしつつ部屋にプレゼントを積み上げてやれば、残す所は俺からのプレゼントだけだ。俺はタイミングとか何とかは無理だと判断して、即座になんの石も付いてないプラチナリングをナミに差し出す。
「虫除けに、付けててくれないか。今はまだ、右手で良いからさ」
「ロシー……」
「産まれてくれて、愛してくれて、守ってくれてありがとう。仲間としても、男としても、今後はナミを守って行きたい」
「ロシー……!」
「ナミ、愛してる」
そうして自然と抱きしめ合えば、そのまま2人が離れる事はない。部屋には今、2人を祝すように蜜柑の香りが充満していた。
Happy Birthday ナミ。そう囁く男は、小さなその体をそっとベッドに縫い付けた。