偶然の遭遇(光源氏14)side
その仕事を終えてブリュレに連絡を取ろうとした矢先、小船と見えない船が俺の船の横を通過しようとした。それを気にして見ていれば、その大きな船が割れて沈むのが見える。
この規模の船が簡単に沈むとは思えず、何が起きようとしているのかと視線を向けていれば、見えていた通りに船は沈み、代わりに少女が樽で浮き上がってきた。海水塗れのその姿で尚も流血が分かる状態にあり、それでも理性的な光を宿すその瞳に魅入られる。
ほぼ無意識でその樽に能力を使い引き寄せると、少女は驚いた様子でありながら器用に樽の上でバランスを取っている。甲板に降ろせば少女は視線を動かして旗を確認してから、俺に視線を向けて少し考えるような仕草をした。
そして慌てた様子で樽から降りると真っ直ぐに俺を見た。その瞳は揺るぎなく、逸らされる事がない。
「……お助け下さりありがとうございます。私はナミと申します。助けて頂いたところ恐縮ですが、私にはそれに応えられる物がありません。人並み程度の技術しか御座いませんので、お菓子でお礼ともいかず、どうしたら良いのか判断に留意しております」
「詳しいな。元々新世界の出身なのか?」
「いいえ、私は
その言葉に多少の不快感を抱き少女を睨むが、少女は怯える事も無く、当然のように微笑みを浮かべて、頭を下げる。お世話になりましたと言って。
その足元に溜まる水は、海水ではありえない色をしているというのに……。強がりにも、程があるだろう。
「……船も無しにどうやって移動するつもりだ。東の海だな、丁度用がある。乗って行け」
「そこまでご迷惑は「その傷では明日まで生きられん。大人しく治療を受けろ」」
俺が言葉を遮れば少女は俺を見て、ありがとうございますと微笑んだ直後、立ったまま意識を失った。意識を失っても尚立ち続けるその姿に、警戒心の塊となっているのが伺えて、どんな生き方をすればこうなるのかと考えたところで、妹達を思い出す。
守ってくれる存在は居なかったのかと問いかけようとして、それ以前にと治療を始めさせる。それから半日後少女が意識を取り戻したと報告を受けた。
その際肩に刺青があった事と、その刺青の示す海賊団についての情報を渡される。魚人族だけの海賊団に人間の少女となれば、囚われているのは分かりきっている。
だが、こちらも慈善事業では無い。その辺に打ち捨てるべきだ。
頭ではそう分かっているのに、何故かそうしたくないと思ってしまう。……厄介な話だ、相手は末近い弟妹達と同じ位だろうに。
船は東の海に到着したところで、話を聞くのに都合もいいかと部屋に足を運ぶ。少女の部屋に入ると消毒液の臭いが強く、少女が着ていたのだろう物は布切れのようになって落ちている。
「痛むか」
「おかげさまで、ありがとうございます」
痛まない筈もないのに、微笑むその姿は大人よりも凛としている。見た目が幼いだけで実は大人なのかと、その様子を伺う。
だがそれよりも先に、包帯が巻かれているとはいえ何も服を着ていない事に気付く。流石にそれは問題だろうと、白衣を近くの棚から取り出すととりあえずそれを羽織らせる。
「ありがとうございます。所で目的地はどちらですか?そこで降ろして頂けるのでしょうか」
「……ナミだったか。お前は、どこへ?」
「身動きの取れぬ母と姉が、私の帰りを待っておりますので、実家へ。これ以上はご勘弁を」
「ビッグ・マムに情報は与えたくない、か?」
その瞬間少女の気配が剣呑なものに代わり、明らかに殺気立った。成程、知識は相当あると見て間違い無い。
俺は近くの椅子に腰掛けると、少女に敵意は無いと両手を上げて示す。それに対して少女は殺気を抑えると、小さく息を吐き出して、俺の言葉を待つように無言で見つめて来た。
「……やる事は終えた。ついでだから送って行こう。他意は無い。何かあった時、その島には手を出さぬようにすると約束しよう」
「近づけは沈めようとして来る馬鹿がいるので、敵対行動と取られてもおかしくありません。なので……そのお話はありがたいで「なら、このまま俺に拐われるか?」」
静寂が辺りを包み、ナミは暫くの間呆然としていたが、直後に顔色を真っ白にして首を横に振る。それは必死な様子で、それは困ると言うので、送らせるな?と確認すれば悔しそうに頷いた。
そう、俺はただ、もう少しナミと話をしていたいだけなんだ。決して、疚しい気持ちでは無い。
そんな俺の葛藤も知らず、ナミはつらそうに自らの島の名を告げる。その場所へ部下を派遣してナミについて調べさせれば、想定外の状態にあるとわかる。
殺気立った瞬間のナミを思い出せば、成程と思う。だが、それ程に母親とは大切なものだろうかと疑問を抱く。
いつ殺されるかと、いつ奪われるかと気が気では無いからなのか、母親として見る事の出来ないママと言う存在を思い出して、小さく溜息をついた。そんな俺をナミは、気遣うような視線で見つめて来る。
「どうした」
「……つらそうに見えたので、ごめんなさい」
「寧ろつらいのはナミだろう。その傷でよく生きている」
「慣れてますから」
……慣れてるのか。いや、慣れてたら不味いだろう。
とりあえずと運ばせた食事を、こちらに気付かれないようにさり気なく、けれども確実に毒等が入っていないか確認している様は、平穏に生きて等居なかった証。確かに慣れている様子のそれに、無性に腹が立つ。
3口程食べただけでナミはその手を止めて、顔色を悪くする。そんな状態で、偉大なる航路を小船や樽で渡る気だったらしいと分かれば、殴りたくなる。
だが、殴れば恐らく死ぬだろうとも分かるのでそれに耐え、ナミを捕らえている魚人族を始末すると決める。皮肉なものだと、食事も取れない程に痛めつけられて尚、家族を守ろうとするナミを見て思う。
俺達は実の家族に嘘をついて、隠し通して、疑って、気を許す事も出来ないでいると言うのに。血の繋がらない家族であるナミはその愛を守り抜こうと、1人でも戦おうとする。
申し訳無さそうに、食べ切れないと言ったナミの食事を下げさせる。すると、ナミはホッとしたように笑ってから、困ったように問い掛けてきた。
「……カタクリ将星は、お食事なさらなくて大丈夫ですか?必要ならば、私は寝ますので、気にせず食べてくださっても」
「誰から、聞いた?」
俺が人前で食事をしないのは、家族くらいしか知らない筈だ。いくら情報を集めるのが得意と言っても、行きすぎだろう。
俺の声は自然と低くなり、威圧的になっている筈なのに、ナミは困ったように笑う。それから何となく、食事中は無防備になるから人前で食べない方も多いと聞いてるのでと言う。
その言葉に確かにと思わされるが、同時に何かあるなと思ってしまった。子供にしてはと言うよりも、大人として見てもナミは賢過ぎる。
それからは、可能な限りナミを見張るという名目で傍に居たが、ナミは特に何をするでもなく存在していた。迷惑をかけるつもりも、問題を起こすつもりもありませんと微笑むそれに、生きている人間らしさは無い。
そして島迄後少しという時、俺を狙った敵……とは言っても、先日始末した奴を慕う者達が俺を狙って来たようで、敵と呼ぶには雑魚すぎる数だけの相手。問題はそいつらがナミを標的にした事だった。
けれども傷も治り切っていない筈のナミはそれを軽くいなして、猫のように攻撃を躱して行く。野生動物のような動きに驚いたのは相手も同じようで、動揺が広がる。
そこに突然先読みが発動して、俺を庇うように立つナミが映る。何が起きるのかと警戒した時、嫌な気配のある銃口がいくつか同時に向けられた。
それにビーンズを投げて対応していたが、対応し損ねた銃弾が近付くのが分かり、避けようとした時その銃弾の前にナミが自ら飛び込んで来た。それはナミの左肩に命中し、けれどもナミは何事も無かったかのように、それに雷を落として見せる。
雑魚を1掃した後ナミを見ると、肩は赤く染まる。それをナミは何でもない様子で服の裾を切り裂いて処置を始めるが、恐らく中に銃弾があるのに何を考えているのか。
船医を呼び治療させるが、弾を抜く際も暴れたりする事無く耐える姿がそこにあった。それを見て、不謹慎にも痛みに耐える表情が、妙に色っぽく映り息を呑む。
「……何故、庇った」
「余計な事をして、すみません。庇わなくても大丈夫だろうとは、思ったのですけど……助けて頂いたご恩返しにと思い、行った事で余計にご迷惑を」
「……本来ならば敵だろう」
「助けて頂いたのですから、敵とは限らないでしょう。カタクリ将星は強いけれど、強がりですから心配になるのです。早く帰って、ゆっくりお休みくださいね」
そう言ってナミは微笑む。俺はそれに我慢が出来なくなり船医が消えたのを見て、自らの口を晒す。
微笑むな、俺の心に入ってくるな。そんな思いで見せた口を見ても、ナミはキョトンとした様子で怯えも嫌悪もその瞳に宿らない。
「少し、蒸してますか?それとも、着替えでもなさいますか?」
「……怖いとか、気持ち悪いとか、無いのか」
絞り出すように発した声が掠れている。それに対してナミは手長族は手が長いように、そういった種族なのではないのですか?と、何でもない事のように言う。
口先で言うのは簡単だが、実際それを何の気概もなく言えるのはどれだけ貴重な事か、きっとナミは知らない。だから……俺はこれまで見せなかったその口で、ナミの唇を奪い尽くすように重ねていた。
それに驚いた様子で抵抗するが、その力は弱く攻撃性は無い。俺に翻弄されるナミは、苦しそうな表情となり、それが欲情を煽る。
この苦しそうな表情に、妙に唆られるのは何故なのか。答えは出ないが、俺はナミがくったりとして動けなくなるまで、その唇を堪能して、囁きを落とす。
「……俺の側にいろ。もう、手放すつもりは無い」
「私には、価値なんて」
余計な事は言わなくていいと、その唇を吐息ごと奪えば微かに喘ぐような声が漏れる。何度か角度を変えて唇を堪能してから、足にある短剣を示して言う。
「俺と共にいるのが嫌ならば、それで俺を刺せ。刺さないならば、拒絶は聞き入れない。俺の女として、側にいろ」
「カタクリ将星……?」
怪我人を抱くつもりも無いし、もう少し時間をおくつもりではいるが、ここで手放すつもりは無い。戸惑い俺を見るナミの瞳は微かに揺れていて、だが、短剣に手を伸ばす素振りさえ無い。
それに安堵して、俺はナミの首筋に食らいつくようにして跡を遺す。それに喘ぐナミは充分に色気があり、怪我人でなければ歯止めが聞かなくなりそうだと自嘲する。
身体の至る所に跡を残して、その途中で気絶するように眠ったナミを俺の部屋で寝かせると、目的地にいる小さな障害を取り除く。そうしてナミの家族だと言う者達から必要な物を受取り、ナミは俺を庇い怪我をしたので休ませていると説明しておいた。
それから、嫁に貰っていくと話せば動揺が村中に走るが、問題の海賊を片付けたからか1人を除き騒がれる事もなかった。何故か蜜柑の木を含む荷物を託されて、俺はナミを連れて帰還する。
さて、政略結婚に使われる事の無い立場になってるとはいえ、どうやってママを説得するかと頭を悩ませた時、ナミの荷物に同じ作家の本が大量にあるのを見てそれのファンかと思って眺める。しかし荷物をよくよく見聞していたら、書きかけの原稿を見付けてもしやと思う。
それを見た瞬間、ママが大喜びで受け入れる姿が思い浮かび、俺は布の下に隠した口をニンマリと歪めて、大声で笑いたくなるのを耐えた。何が価値がないだ。
寧ろ価値しか無いような女じゃないかと、眠るナミを見て思う。俺の唯一の弱点になるであろう存在は、唯一の癒しともなるだろう事は想像にかたくない。
泣いて抵抗しようとも、逃がすつもりは既に俺の中に無かった。……今だけは、安らかに休めとその額に唇を落として、俺はブリュレに連絡を入れる為に立ち上がった。