静かな夜等この島には存在しない。それでも、隣にあるべき温もりが無ければ、それはある意味で静かな夜と表現してしかるべきなのでは無いだろうか。
どこへ行ったのかとナミを求めてふらりと動き出した俺は、こんな事で使うのもと思いながら見聞色の覇気を行使する。それによりキッチンにいるらしいと分かれば、足は自然とそちらへ向かう。
近付くと歌っているらしいと気付き、近くにいるホーミーズはそれに合わせて体を揺らしていた。随分とこの島に馴染んだなと思う。
先日漸く想いを互いに知ったばかりで、体格差もあり無理はさせられないと思っている俺に、兄弟やママは早くモノにしろと騒がしい。ナミを欲しくないと言えば、嘘にはなるがな。
壊れたら取り返しがつかない大切な存在だと言うのに、家族達は逃げられる方が困ると言うのだ。だが……こうして歌う姿を見聞きすれば、その言い分にも納得してしまう。
声が変わり、低く歌い出したそれに瞳を伏せて聞き入る。ナミを花に例えると何になるだろうかと考えて、どんな花もナミには遠く及ぶまいと気付く。
月明かりの眩しい夜に、ナミは1人何をしているのか。故郷に帰りたくなったのだろうか。
どれほど泣き叫ばれたとしても、俺はナミを手放せはしないだろう。俺の力を持ってすれば、監禁する事も軟禁する事も容易く、俺からナミが逃げ切る事等万に1つも有り得はしない。
それでも家族がナミに逃げられるのではないかと思うのは、きっとこうした姿を見ているからなのだろう。浮世離れしたその姿は、海賊というよりどこぞの貴族でしか無い。
戦災孤児だと笑うナミだが、ならばそのテーブルマナーを含む礼儀作法の完璧さはどう説明するつもりなのか。あの魚が教えていたとは考え難いというのも有り、深く溜息が落ちる。
歌い終えたナミが1人外へ出て行くのを、我知らず追い掛ける。月明かりにナミが照らされるとそれは、まるで月光が太陽を恋るように見える。
呼吸さえ忘れそうな程に、その姿に魅入られる。ナミは、どれだけ俺の中に住みつけば満足するのか。
「ナミ」
声を掛ければ驚いた様子で振り向くナミに、気付いていなかったとは随分と無防備な事だと思う。いくらホーミーズに囲まれていても、解る者にはナミがこの島の重要人物である事は分かる。
家族には知れ渡っている以上、確実に安全とは言えないと言うのに。ナミが無防備に、この凶悪な家族を信じているのがわかるからやるせない。
この島を出さないから、写真を撮られていないだけで既にナミが宝玉であり俺のアキレス腱だという事は、情報収集の得意な者達には知れ渡っている。容姿の噂は1人歩きを始めていて、それでもその噂に違わぬ姿をしているのだから十分に気をつけて欲しい所だ。
プリンやブリュレと異様に仲が良い為に、何かの時にはあの2人が全力で守るだろうとは思う。二面性のあるプリンの両面を笑顔で受け入れるナミに、プリンは既に陥落している。
「カタクリ……起こしちゃった?ごめんね」
「勝手に部屋を出るな。心配する」
俺の言葉に小さく笑みを浮かべて、手にしていた団子を見せてくる。それから視線を月に向けて、今日は中秋の名月だからと呟いた。
よくわからないが、ナミが時折こうした事を行うのは知っていたので近くに寄って腰を下ろしてから、膝にナミを座らせる。そしてその手にある団子を見て囁きかける。
「ここでは、食えん。部屋に行くぞ」
俺の言葉にナミはそうねと言って笑うので、そのままナミを抱き上げて部屋に戻れば窓から見える月を眺めながら、団子を口にする。いつものドーナツとは違うが、ナミの作る甘味もまた美味い。
団子を食べていたらナミが胸元からお猪口を取り出して手渡してきて、それに酒を注ぐ。手馴れた様子に、ナミは酒が好きだよなと内心で笑う。
「ススキは無いけど、他は揃えたのよ。お月見、楽しんでね」
「月よりナミの方が綺麗だというのに、何を楽しめば良い?」
無意識の内に呟いたそれに、ナミの顔が赤く染まる。それから俯き体を震わせるから、しまったと思う。
「揶揄わないで!カタクリの馬鹿!」
本心だと言っても信用しない事はこれまでの経験で分かっているから、月を見てその場を誤魔化そうと目論む。こんな時、何か気の利いた事でも言えれば良いが、残念な事に何も思い浮かばない。
「……今夜の月は、妙に綺麗だな」
言いながら酒を口にすると、何故かナミが横で蹲った。なのでそれに視線を向けると、潤んだ瞳で俺を見つめて来る。
「わ、たしも……同じ気持ち、よ」
震える声でそう返され、何事かと思った直後に思い出す。あァ、そういう事かと。
恥ずかしがり屋な可愛い婚約者に俺は手を伸ばして、その小さな体を抱き上げる。早く俺の全てを受け入れられるようになってもらいたいものだと、そっとその唇を奪えばナミは抵抗する事なく受け入れる。
僅かな隙間から吐息を漏らすと、ナミははにかんだように笑った。そして、微かな声で言葉を紡ぐ。
「月が綺麗ね、カタクリ」
月になんぞ頼らなくても、いつかナミから直接聞ければ嬉しいのだがと贅沢な事を思いながら、鬼に捧げられた供物のように見える小さな婚約者を堪能する。月がどれ程に恋い慕おうとも、ナミは俺の婚約者だと月明かりにさえ悋気する程に……俺は、ナミに溺れている。