結婚式を来月には行うと突然言われたのは、今朝の事。それに逆らうつもりは、当然無いと断言もできる。
それでも気になる事はある。ナミを家族に出来る事を褒められ、それに安心していたと言うのに、暫くはナミに結婚の話は黙っているように言われたのだ。
……そう、気になると言うより既に、不満だ。それだけが納得出来ん。
驚かせてやりたいと言い出すママの言い分や気持ちは、分からなくもない。本気でナミを気に入り、大切にしているのもわかってはいる。
だからこそ式にはナミの家族として、いつも気にしている様子を見せる4人を招待する事になっているとも聞いている。それを迎えに行くのは監視ではなく護衛を兼ねて、なんとペロス兄だとの話なのだ。
そこまで来れば、大切にしているのはよく分かる。だが、だからこそドレスは本人に選ばせてやれと思う俺は間違っているのだろうか。
そんな気持ちを押し殺すしかないのが、何とも情けない。心中で愛しい婚約者へと、小さく詫びてからママに海図を差し出す。
「ママ、これが前回行ったナワバリの重なってる辺りの海図だ。それと、今回の所については、今ナミが描いてるから数日待ってくれ」
「あァ、待つともさ!ナミの描く正確な海図はナワバリを広げるのに有効だからね!焦らないように伝えてくれ!」
上機嫌なママに俺は、ナミからの手紙を差し出す。お茶会やパーティが好きなママならば喜ぶだろうと踏んだのだが、反応はどうか。
時に予想外の反応をされるから、気が抜けない。それでもナミからの情報だと言うだけでママの機嫌は良くなる傾向があるのだから、何事もない確率の方が高いが……まァ、油断さえしなければどうにかなるだろう。
ママはナミの書いたそれを読むと楽しそうに笑い出した。その流れで、楽しいパーティにしようじゃねェかと両手を広げて宣言する。
仮装等はしなくても、初めから仮装しているような家族達だ。だが、恐らくは思い思いの姿に仮装してお茶会に集まり、そのお茶会では南瓜をふんだんに使用した、菓子や料理が提供される事だろう。
俺は溜息を落としつつ、ママに背を向けて歩こうとした所でママからふさふさとした耳をかたどった物と、1着の衣装を投げ渡されてそれを受け止める。視線を向ければ、お前とナミの分だと言われては、これの他に仮装する物を選ぶ事など許されはしないだろうと理解出来た。
「ありがとう。きっとナミは喜ぶ」
「明日の夜はお茶会だが、それまでは好きにしてな!それにしても楽しみだねェ!」
そう言って笑うママに、俺はもう視線を向ける必要を感じずに歩き出す。部屋を出た瞬間に、弟達が他の海賊が攻めて来たと騒いでいるのに気付いた。
それの対処に向かう事になれば、ナミとゆっくり過ごす事は中々に難しい事だと痛感させられる。俺が帰らない事を心配するナミが、目に浮かぶようだ。
「それを片付ければ、明日はお茶会が開かれる。楽しみにしていると良い」
「兄さんの結婚式も近いって聞いたよ!おめでとう!」
「流石は兄さん〝宝玉〟をモノにするなんて!」
弟達はそう言うが、落されてモノにされたのは寧ろ俺の方だろうと思う。だが、それを口にする事は許されず、無言で頷くに留めれば後は勝手に喜んでくれる。
実際にナミの前でだけは、全てをさらけ出しても問題が無いのだから、気持ちが楽になっている。常に気を張り続けている事は、意外にも疲れるのだと言う事を最近知った気がする。
ペロス兄や、同じ三つ子の兄弟達は俺の素顔を知っているが、やはり……な。ブリュレを守れなかった俺に、ナミを守りきれるだろうかと不安になる時もある。
……その道を選んだのが例え俺自身だとしても。だが、そんな俺をナミは微笑みながら強がりよねと言いつつも認め受け入れてくれるのだから、手放せなくなってもおかしくはないだろう。
無謀にも攻め入って来た海賊団は1個隊では無かった様子で、成程だからこんな内部まで入り込めたのかと思えば納得出来る。その海賊団1つが、妙な言葉を口にしたのを俺の耳は聞き逃せず1瞬動きを止めてしまった程だ。
それは明らかに宝玉を狙っていると分かるもの。俺からナミを奪えると思っているとは、随分幸せな奴らだとビーンズを弾きながら様子を見る。
「〝宝玉〟だけでも持ち帰れば、後は遊んで暮らせる!盗み出せ!」
「だけどよ、宝石のように言われてるけど本当は人間なんだろ?」
「それはそうらしいが……どうやら戦えもしねェ、美女だって話だ。繋いで飼い慣らせば、金も生む良い道具になるだろうさ」
「…………その〝宝玉〟を守る鬼が居るという話を、お前達は知らないのか」
下卑た笑いに耐えられなくなり思わず口を挟んだ俺に、視線が集中するのが分かる。だが、その直後にビーンズで迷う事無くその命を刈り取れば、その場は刹那の時さえおかずに静かになった。
コイツらの所有していた情報量を鑑みれば、こいつらだけでここまでは来られなかっただろう事は容易に想像がつく。他に黒幕に該当する海賊が居る筈だと、覇気で辺りを伺う。
それから近くに居た海賊を1人残らず殲滅して、黒幕に該当する誘導した海賊を確認した。だが俺は、この情報をどう扱うかと考えながら部屋に戻る。
下手にママに告げるべきでは無さそうな相手が、今回の黒幕と知ってしまったからだ。何となしに空を見上げればそこには消えかけている月と、登り始めた太陽が同居していて不思議な気持ちにさせられる。
あァ、俺とナミを現してるように感じているのかも知れないと、ふとそんな感傷に苛まれつつ部屋に戻る。ドアを微かに開けただけで柑橘類の香りがしてきたので、体調が良くないのかと気付く。
香りが強いのは、風呂上がり等を含めた熱が高い時の特徴だ。……たかだか寝不足程度で熱は出さんと知っているが、何かに集中し過ぎればその限りでは無いとも知っている。
部屋の中では時の経過が分からない程に動きの見えないナミが机に向かっているが、近くに干されている海図が時間の経過を物語る。恐ろしい程の量の海図を描いた事が1目で分かり、もう十分だとその手を掴む。
俺に視線を向けたナミは、少し驚いたような顔をしてからはにかむように笑いかけて来た。その無邪気な笑顔に心にあった暗いものが昇華されるような、そんな気持ちにさせられる。
「カタクリ、お帰り。……お風呂にでも入る?」
「……先に入るといい。俺は後で構わない」
「甘やかし過ぎよ?」
そう言ってクスクスと笑うナミを風呂に追い出した。それから、脱衣場にママから受け取った衣装を置いておけば、やる事は終わったとソファに寝転ぶ。
ソファの近くには冷めてはいるが、ナミが久しぶりに作ってみたのなんて言っていたクッキーが、まだ少量とは言えない位に置かれている。それを1枚摘んでみれば、バター多めのそれに笑みが零れた。
作り手に似るのか、甘く優しい味がして、共に置かれているお茶に手を伸ばしてそれを楽しむ。その時ナミが出て来て俺の姿に微笑みを見せたが、俺としては童話の中から抜け出してきたようなナミの赤ずきん姿に驚きを隠せない。
随分と色気のある赤ずきんだなと思いながらナミを手招けば、手招いているのが狼だと分かっていて笑顔で近付いてくる無防備な赤ずきん。初めから俺に、勝ち目など無いのだ。
「Trick or Treat」
「今、食べてるじゃない」
そう言いながらも可愛く笑う。だから俺は、その体を強く抱き締めてとりあえず今は寝て、起きてから色々と楽しもうかと耳元で囁く。
Trick or Treat……狼と赤ずきんの恋物語、そんな夢があってもいいのでは無いか?と、狼は赤ずきんに囁いた。
楽しい夜はこれからやって来るのだと、狼は隠された口元で小さく微笑んだ。