プリンが必要な案件だったからと共に行動していたら、俺ではなくプリンが狙われるのは分かっていた。だが、プリンより格上の敵だったようでプリンは攻撃を躱す事が困難な様子だった。
その為に、当然のようにそれを庇いながら戦った為か、返り血で汚れ過ぎた。プリンは無事な様子だから、それ程大きな問題は無いだろうが……。
折角ナミに貰ったネックウォーマーに血が染み込んでいないか。そればかりが気掛かりではある。
プリンに何かあればそれこそ代わりはねェし、ナミがプリンにかかり切りになるのは目に見えている。俺もプリンは可愛いが、ナミはプリンに甘い。
無事で良かったと安堵の溜息を落としつつ、部屋のドアを開ければナミが飛び出して来た。その身は時に恐怖を感じる程に小さく、儚い。
何だ、黒き彗星でも出たか。それとも怖い夢でも見たのか。
「逢いたかった……」
「俺もだ」
思わずナミの言葉にそう返したが、そう言えば三日ぶりか。長かったな。
部屋の掃除は終わっている様子で、それに少し安堵する。本に埋もれて、いつかナミはそれが理由で死ぬのではないかと心配していた。
足に抱き着いているナミをひょいと抱き上げて部屋に戻れば、食材が用意されている。それを見て年末年始だったと思い出す。
「カタクリ、私これから蕎麦を……」
「どうした?」
不自然に言葉を止めたナミはその瞳を細めて、ぴょんと俺の腕から降りると脱衣所を示した。その表情は呆れとも怒りともつかない感情を表しているが、瞳に案ずる色がありありと浮かんでいる。
「お風呂に入ってきなさい!服は纏めて置いて。血は早くしないと落ちなくなるから」
「落ちるのか?」
「早ければ落ちるわよ。私、それ用の洗剤作ったから」
「……ナミは、何を目指しているんだ」
俺を案じての言葉であるのは分かっていたから、嬉しく思いながら聴き始めた。だが、聞き逃さない単語が混ざっていて突っ込めば当然のように言葉を返してくるナミに嘆息する。
思わず本音を呟いた俺はおかしくない筈だ。
だがナミはよく分からないとでも言うかのように、小首を傾げるばかり。それから少し強めの口調で俺に平然と言葉を向けて来る。
「戦いがなくても、女は血液汚れとの戦いが起きるのよ。お気に入りの洋服とかだと悔やんでも悔やみきれないから、それ用に作ったの!そんなのどうでも良いから、早くお風呂に入る!」
妻とは母親の代名詞なのか。ナミに急かされつつ風呂に向かえば、俺がお湯を使う音を聞いて脱衣所に来たナミが衣服を回収して着替えを用意したのがわかる。
その場で少し安心した様子で息を吐き出したのを感じ取れば、返り血だけなのか、俺が怪我をしていないのかを確認したかったのだとわかる。素直に心配して言葉を口にする事は、俺の実力を疑う事に通じるとでも思っているのか、中々それを言葉に出そうとはしない。
だが、だからこそ細やかなこんな気遣いが俺の心を暖かくする。ナミの愛情に溺れて、俺はもう浮かび上がる事は出来ないだろう。
それにしても洗剤とは作れるものなのか。いや、作れるから販売されているのだろうが、1般家庭というかで作れるのが普通なのかそれが甚だ疑問だ。
問いかければ永遠に語られそうだと気付きそれ以上尋ねたりするつもりも予定も無いが……。そう考えて、目の前に置かれている三本の蜜柑洗剤、シャンプー、リンス、ボディソープだったかが作れるのだから今更かと気付く。
風呂から出ればバスローブが用意されていて、この先の予定によって自分で選んで着替えろとの意味だと気付く。可能なら今日は、この後1日中ナミとのんびり過ごしたいところだ。
脱衣所を出ると甘い匂いと蕎麦の匂いが漂って来て、何事かとナミに視線を向ける。すると蕎麦を茹でつつ甘酒を作っているのが分かり、成程と思う。
天麩羅は種類を多くして、数は少なめとしてあるのが分かり、楽しそうな様子を眺めているとそれだけで俺も嬉しくなる。そんな視線に気付いたのか、ナミはほんのりとその顔を赤く染めてから唇を動かす。
「そんな……視線だけで愛を伝えて来ないで……」
「それは、仕方無い事だから諦めろ。愛しい相手を見れば、自然と伝えてしまうものだろう」
「うっ……!私、心臓が持たないかも」
「それは困る。ナミは、俺を幸せにしてくれるのだろう」
結婚式の当日に言われたあの言葉は衝撃的だった。だからこそ、そう言ってやれば精進しますと返された。
清水の舞台から飛び降りるような顔で言われては、俺の方が対応に困る。俺はナミの方へと歩み寄り、キッチンに大漁の食料がある事に気付く。
「なんだこれは」
「お正月料理よ。あ……!もしかして、出かけちゃう?」
「出かける時は連れていくから、心配するな。だが、そうか……これを2人で食べるのか」
「味は、多分大丈夫だと思うのよ。見た目はイマイチだけど」
そう言って笑ったナミが、味見してみる?なんて言うから、気になるものをいくつか味見させてもらう。甘い物だと黒豆とか、栗きんとんとか……なんて指折り教えてくれるが、甘いものが好きという訳では決して……まァ好きな方だが。
恐らくだがナミは少し勘違いをしている。猫舌の甘党であると。
それは少し違うのだが……まァ困る程の勘違いや間違いではないから、構わないか。幾つか味見をさせてもらいつつ、食事が甘いのは不思議だと思い質問すれば楽しそうに笑いながら、手を動かすナミがいる。
「ミリンと砂糖両方使うのが和食としては1般的だけど、そうすると甘くなり過ぎるから、私はミリンの代わりに辛口の日本酒使うようにしてるけど……ミリン使って甘くする?」
「いや、この位で充分だ。それにしても……似合うな」
料理の為に髪を纏めているのは気付いていたが、その纏めるのに使っているのは俺がクリスマスの日にやった髪飾りだ。少しナミが動く度に涼やかな音がして、俺の目と耳を楽しませ心を和ませてくれる。
「……ありがとう。頑張って、練習したんだけど、変じゃない?」
「変なら似合うとは言わない。綺麗だ」
「カタクリ……」
「ナミ……」
そっと互いに見つめ合い手を伸ばした所でヤカンがピーと甲高い音を立て、ナミがあらあらとか言いながら移動して行く。この時俺は物質に対して、憎いと初めて思わされた。
それから振り向いたナミが当然のように言葉を口にする。それに少し低い声が出たのは、憎きヤカンが脳裏から離れないからに他ならない。
「年が明けたら、お餅用意してくれる?1緒に食べましょう」
「あのヤカンを餅にすれば良いのか」
「ヤカンが無くなると地味に困るから辞めて。どうしたの?」
何かヤカンに不都合があるのかと不安そうにするナミに、まさか邪魔されたのが憎いからとは言えずに冗談だと笑う。年越し蕎麦を夜中に食べたら、朝はお雑煮でしょ、それからその先はお節ね。なんて指折り数えているナミは楽しそうだ。
いくらでも餅なら産み出せるから構いはしない。ペロス兄等は飴を子供達に配ったりしている事もあるし、自分でも良く食べているから特に問題がある行為でもない。
だが……妙な気分ではある。クラッカーもそう言えば、サクサクのクラッカーを用意して食べたりしていたな。
「カタクリー!そろそろ時間だから、食べましょう」
「あァ、そうだな。食べようか」
年越し蕎麦を2人で食べながら、煩悩を祓う気もない癖にイベントだけはやりたがるママにより鳴らされている除夜の鐘を聴く。そうして蕎麦を食べ終えると、洗い物を済ませたナミが祝箸よと言って変わった形の箸を差し出して来た。
「祝箸?」
「基本的に参賀日は洗い物もしないから、箸は各自自分の分の祝箸を使い続けるのよ。誰のか分からなくならない為に、祝箸の袋に名前や印を書いておくのが1般的に多いわ」
「そうか、分かった」
言ってから鏡餅の絵を描いてやればナミが楽しそうに笑い、自分のそれには猫が背中に袋を背負ってるコミカルな絵を描いた。成程〝泥棒猫〟かと笑えば意外と可愛いでしょなんて笑う。
「あァ、本当にナミは可愛い」
「私!?今、絵の話してなかった!?」
「可愛いものを可愛いと言って何が可笑しい」
俺の言葉に真っ赤になるナミは、もう知らないもんとか言いながら俺に背を向けるとベッドに逃げ込みそのまま眠ってしまう。ずっと忙しそうにしていたナミだからと、そのまま寝かせてやろうと思いながらナミの眠るベッドに入れば、甘えるように擦り寄ってくる。
眠っている時の方が素直だなと思いながらも、そんなナミを全てから守るように抱き締めて俺も眠りに入る。日が登った後でのそのそと起きると、既に起きていたらしいナミが明けましておめでとうと言いながらお餅頂戴なんて言う。
望むままに餅を出してやれば、それを用いて雑煮を仕上げて運んでくれた。良い香りのするそれを俺の目の前に置きながら、ナミは笑う。
「今年も、よろしくね」
「当然だ。ずっと共に居よう」
共に笑いながら雑煮を手にして食べる。中にある具材が可愛く切られているのは、ナミの趣味だろうか。
「餅に味付けをしては駄目か?食べにくい」
「なんの為に具材があると思ってるのよ。具材と食べてよ」
「汁と具材はもう食べ切った」
「何故、そうなるの!?」
そう言いながら慌てた様子で鍋を運んで来たナミは、俺の器に汁や具材を追加してくれる。困った人ねと笑うナミに、甘い餅を食べたいと言えばお雑煮の後でねと笑われた。
突然苛まれる過去の記憶に振り回され、苦痛に胸が痛んでも、傍でナミが笑ってくれる限り俺もまた笑う事が出来るだろう。餡子、きな粉、磯辺のどれがいいなんてキッチンから声を掛けるナミに全てと答えたら、腹を抱えて笑い出した。
Happy new year……どんな我儘だとて笑いながら叶えてくれる存在に、どれ程救われているかきっと本人は自覚していない。甘い甘い大切な人を、俺もまた慈しもうとその笑顔に誓いながら、甘い食材が運ばれてくるのを今か今かと待つ事にする。