3日程寝る暇もメリエンダをする時間も無かった俺は、帰宅と同時にメリエンダを済ませる。そしてそのまま、ナミしか居ないこの部屋でゆっくりと眠りに入った。
そんな俺が寝やすいようにと、子守唄を小さな声で歌いながらナミは何かを描いている様子だ。それが海図だと気付けば、机に向かう時間が長すぎるだろうと少しでは無い苦笑が浮かぶ。
それでも歌声に誘われるように疲れていた俺は深く眠り、その途中目覚めるとナミが飲み物を差し出して来た。それを口にすれば、もう少し寝てて平気よなんて甘やかしてくるそれに身を任せてしまう。
目覚めた時に不快感が無い事から、恐らくはナミが寝てる俺を拭いたりしてくれていたのだろうと分かる。体のサイズが違い過ぎるのに、どうやっているのか……。
随分寝ていたような気もするが、同時に僅かな時間でもあった気がする。それでもそろそろ起きて問題ないなと思った頃、ナミが俺の頭を撫でている事に気付く。
「愛してるわ」
優しいその声に続き、そっと触れる程度のキスを額にして来たナミ。そのまま俺に抱き着くと、甘えたように擦り寄って来た。
それは、ある種の衝撃で……俺が寝てる時はこんなにも素直なのか。そう思えば、照れ屋な所も可愛いがこうして甘えてくれる方が嬉しいと内心で呟く。
「お休み」
そう言って俺の上で寝てしまうナミに、この愛しさをどうやったら上手く伝えられるだろうかと考える。そう言えば、バレンタインとホワイトデーは共に過ごしたが、次の14日には何も無いのだろうか。
ナミを起こさないように気を付けつつ、ナミのネタ帳や日記のある棚に視線を向けて、眠るナミに心でスマンと謝ってから勝手に開く。手帳にはみっちりと予定が書き込まれていて、そう言えばナミが何時だったか、手帳は未来日記なのよと言っていたのを思い出す。
ネタ帳の方にはオレンジデーと言う記載があり、もう1度手帳を見れば確かに14日にその記載が1度はあった事が分かった。だが、手帳もネタ帳も、どちらのオレンジデーの記載を見ても二重線で消されている。
……無かった事にしたのか?
どういう事かと手帳を片付けてからネタ帳を探せば、オレンジデーに関する事を走り書きしてあり、俺はそれを手に少し笑う。成程、だから消したのか。
まるでナミの為にあるようなそれを埋もれさせてなるものかと、ネタ帳を片付けてから電伝虫に手を伸ばしかけ……辞める。ママに知られてパーティになったら、ナミが妹達に取られる未来しか見えねェ。
それに今声を出せば……起きちまうかも知れねェからな。そう思って眠るナミを抱きしめられる今に感謝しながら、俺はそっと笑みを浮かべた。
もう少し……このまま2人で居たい。俺は、何時でもナミに飢えている。
それから数日後、粉大臣の肩書きを持つ俺だが戦いが優先されてきた為に、料理の腕が鈍ってないかと不安になりつつも揃えた物で簡単な菓子を作る。作るそれはロールケーキで、ナミの蜜柑をクリームの中に入れる事にしたが、甘煮にするかそのままにするかで少し悩む。
……そのままでいいか。その方がナミは喜びそうだ。
そうして作ったフルーツロールケーキ、ただし蜜柑のみを試食して腕が落ちたなと思う。……作り直すか。
何度か作っては食べを繰り返した俺は、納得出来る状態になるまで挑戦し、そして14日を迎えた。朝食を共にした後、昼には戻ると言って席を外した俺は、急いでロールケーキを作り始める。
その為に態々ナミの蜜柑をスムージーに絞ってもらい、ジュースを用意したのだ。スポンジ部分もナミの蜜柑で作るこれは、ナミならば気付いて喜ぶだろうと思えるからこそ作り甲斐もある。
そうして完成したロールケーキを手に戻ればナミは部屋で1人オレンジ色の石を眺めていた。何をしているのかと思ったら、それを見ながら何やらカードに文字を書いていて……俺用か?と気付く。
「ナミ?」
「ひゃい!」
……なんだ、ひゃいって。可愛い過ぎるだろう。
「お、お昼に戻るって言ってたから。驚いて、ゴメンね。あの……」
「何を書いてたんだ?」
俺の問い掛けに顔を赤く染めたナミは、仕方ないかなんて言ってから、座ってなんて言うので素直にソファに腰を降ろす。その直後にナミは俺にそっと抱き着くようにして、小さな石のネックレスを付けてきた。
「メッセージカードと1緒に渡すつもりだったのに、帰ってきちゃうんだもん。メッセージカードは無しよ!」
「これは?」
「今日はね、オレンジデーって日で、大切な人にオレンジ色かオレンジの食べ物か、そんな物を贈る日なの。……皆に知られたら、気を使わせそうだから、言わなかったんだけど……カタクリには、何かあげたくて……。愛してるわ、カタクリ」
その言葉だけで十分に思えた俺は、なんて手軽なんだろうか。それからそのオレンジの石がサードオニキスだと知った俺は、石の持つ意味は分からなかったがナミなら何か意味を持ってくれたのだろうとわかるので、ありがとうと笑いかける。
それにナミが笑って頷くので、オレンジティーを二人分入れてくれるかと頼み、その間に隠し持って来たロールケーキの準備をしておく。紅茶が出されるのと同時に、俺はナミにそのロールケーキを差し出して、驚くナミに成功した事を悟る。
「俺からも、オレンジデーの贈り物だ」
「……まさか、カタクリが作ってくれたの?」
「粉大臣だぞ。それくらいなら簡単だ」
何度も作り直して、最近ロールケーキばかりを食べていた事は死んでも言わん。そう思いながら口にすると、ナミは嬉しそうに笑って頷いた。
「それで最近カタクリから甘い匂いがしてたのね。ありがとう」
「……気付いていたのか」
「匂いは、気付いてたけど、仕事かなって思ってたの。……私の為だとは思わなかったけど、嬉しいわ」
妻に隠し事なんざ出来ないものだと、この時俺は初めて知った。ロールケーキを口にしたナミが、その瞳を大きく見開き、嬉しそうに口元を抑えて笑うので、良かったと心から思う。
「カタクリ……ありがとう。このケーキの蜜柑……」
言葉を詰まらせるナミに、ゆっくり食べろと言ってその頭を撫でれば小さく頷かれたので、苦労した甲斐が有ると内心で呟いた。……こんなにも喜ばれるのならば、また、たまに作ってやるか。
Happy orange day……穏やかで暖かな時間が2人の間に流れて行く。サードオニキスの石言葉は〝夫婦の幸福〟である。