島の周りをゆっくりと移動して、外からそれを見たナミは測量してくるわねと言って船を降りた。最近ナワバリになったばかりのこの島の地図は無く、ナミが測量するのをママを筆頭に多くの家族が待っている。
だからこそ行かせたが……遅い。ナミが測量しながら歩く時は1般女性の歩行速度と同じ程度で歩くのだとは言っても、この程度の面積ならば既に帰っていなければおかしい。
測量している事を考えれば異常な速度で移動しているのだが、ナミにその自覚は無い。そんなナミは心配かけない為に、何か買い物したいというような時も先に1度帰ってから誰かを伴って出かけ直しているのだ。
だから、今帰っていないと言う事は相当危険な状態にある可能性も否定は出来ない。何が……起きている?
その時島にて雷が落ちたのを確認する。しかし空を見ても、雷雲は近くに存在しない。
ゴロゴロの実はナミが言うには、空島にいる男がその身に有している筈だ。ならば……ママでは無いのだから犯人はナミでしか有り得ない。
急いで現場に向かえば既にナミの姿は無く、木に女は預かったと言う誘拐の定型文が貼り付けられているだけだった。だが、それにしても雷が落とされる迄に時間がかかりすぎている。
少しでも情報が欲しくて見聞色の覇気で辺りを探れば、目には見えないように隠されている少女がいる事に気付いた。よく見ればその付近だけ、ぬかるんだり雷が落ちたりした形跡が無い。
……守っていたのか。そして、自らは囚われたか。
ナミらしい行動であり、恐らくは正しい行動だろう。それでも何故か、褒めたくは無いなと思わされたが。
「……子供、髪の長い女が居ただろう。どっちへ行った?」
俺の問い掛けに姿を隠されている少女は何も答えない。それにより少し困る。
コレを保護しなければナミは泣くだろうか。だが、俺では怯えさせるだけだろう。
簡単に風を起こして少女の姿が見えるようにしていると、少女が怖々とした様子で話し掛けて来た。だがそれは、少し予想外とも言える言葉だった。
「……おにいさん、あのおねえさんの、たいせつなひと?」
「ん!?」
「おねえさん、おおきくて、つよくて、こわそうだけど、やさしいひとだからって……たすけにきてくれるからって……」
そう言って子供が差し出してきたのは、俺との結婚指輪で……。捕まっても俺との繋がりが分からなくなるようにか、それとも自分が保護しようとしていたと伝える為か……。
どちらにしても俺かこの少女の為だろう。そんなに、守りたかったか。
指輪を受け取ると俺は部下を呼び保護と治療を命じた。その時少女が真っ直ぐに1つの山を示す。
「あのやまに、アジトがあるってはなしてたよ。おねえさんのこと、たすけて!おねえさん、なにもいわなくて……こえも、ださなくて……」
呻き声の1つさえ出さないか。ナミらしい。
そういった行動や態度が、欲望に忠実な海賊には落としたくなる行動だと未だ理解できないのは、俺が守り続けているからか。それともナミがそういう意味で鈍すぎるからなのか。
「あァ、迎えに行ってくる。教えてくれてありがとう」
「……ほんとだァ」
「ん?」
「わらうと、とってもやさしいおかおになるって、いってたの!おねえさん!」
「……そうか」
少女を落ち着かせるためだろう。だが、その話題として俺の事を話してくれていたのかと思えば多少ではなく照れもするし、嬉しくもなる。
だが今はそれよりも……愛妻を奪い返さねェとな。俺が歩き出せば、誰もついて来ようとはしなかった。
アジトの入口らしき場所には、雑魚が群がっていたがナミの姿は見当たらねェ。……何処だ?
「ほ、本当に1人で来やがった!」
「言ったろ!アレが妻だろうって」
「体格差考えろよ!」
五月蝿い会話を辞めさせる為に俺は口を開く。どうしてやるべきかと考えながら。
「……ナミは、無事だろうな」
「ん?あァ……元気にしてるだろうぜ」
その時笑いが起きる。その下卑た笑いに眉間にシワが寄るのを抑えられねェ時点で、冷静さを失いそうになっている時点で、俺を倒せる可能性はゼロでは無くなったなと思う。
俺のナミに、何をした……!
〝カタクリを幸せにしてみせるわ〟
〝だって、この子、迷子みたいなのよ……〟
〝新作作ってみたんだけど、味見してくれる?〟
脳裏でナミが優しく微笑んだり、困ったように笑ったり、照れたように笑ったりする。それにより冷静さが戻る。
今、迎えに行く。時間はかけねェ。
覇気でその場にいる全員が泡を吹いて倒れるのを見て、俺はその倒れている男達を辿るように奥へと歩いて行く。戦う時間さえ、今は惜しい……。
自らの足音の他は何も聞こえない中を進めば、奥に微かに動く者を見聞色の覇気で捉える。それがナミだろうかと考えて足を進めた。
もしそれがナミだとしたら、よく俺の覇気で倒れなかったものだと感心する他ないだろう。それぐらいには、手加減無しで覇気を放った。
身じろぐ程度の動きだが、それの元に向かい無駄に頑丈なその扉を破壊すれば中には吊るされているナミがいる。つま先が僅かに触れる程度で吊るす事で多少動けるようになり、その為に体力をより多く奪える典型的なそれだ。
縛られている手首からは、抵抗したのだろうか血が流れていて着ている物が赤く染っている。その上薬が使われた形跡があっては、1瞬理性を失いそうになった俺を誰も責めはしないだろうと思える程。
そんな状態でも、部屋に人が入ったと理解したらしいナミは、緩慢な動きで俺に視線を向けて来る。それは焦点など合っても居ないというのに、戦う意志を失っては居らず……決してただの弱者ではないのだと痛感させられる。
そうだ……俺は、この瞳に囚われたんだ。優しく穏やかな姿も、愛らしく無邪気な姿も愛おしく想うが……この凛とした姿に、折れる事さえ出来ないそれに……魅入られたのだ。
あの時は家族と村人を守る為に。今は恐らくあの少女と……俺を、守る為に、こうして戦おうとしている。
「……何も、話さないわよ。私は、なにも「ナミ」」
名を呼んだ瞬間、その表情が泣きそうに歪んだ。そして、ホッとしたように笑うと音もなく唇の動きだけで俺の名を呼ぶから、咄嗟にその体を抱き上げ肩への負担を消すように努力する。
「ナミ、痛むか?」
鎖を解いてやり、手首にある傷を見て問えば静かに俺にその身を預けて来る。そして、微かに震える声で言葉を紡ぐ。
「大丈夫、安心したら、力が抜けただけだから……。それより、女の子は、無事?他の島から、連れ去られてきたみたいなの……親元に、返してあげたくて……。ね、カタクリ」
「ん?」
「助けに来てくれて、ありがとう」
「妻を助けるのは、至極当然だと思うが?」
言えばナミは笑みをその表情に浮かべたまま、意識を手放した。薬は専門外だが、あの薬の瓶にあるスマイル印には嫌という程見覚えがある。
ママにシーザーとのそれを打ち切るように進言したくなる程度には、見覚えもある上に嫌だと思わされる。腕の中にいるナミの呼吸は普段より荒い。
……よく、生きていてくれた。よく、無事で居てくれた。
帰ったら全て治してやると心に誓い、二度とこんな目には合わせはしないと決める。ナミの力の抜け切った姿に己の不甲斐なさを痛感させられる。
何が最強の男だ。1番大切な、1番守りたい存在を守れずにこれ程弱らせて……。
心の底から、ナミの意識が無くて良かったと思う。これから俺が起こす惨劇を、見せなくて済むからな。
使われたであろう薬の入れ物達を回収しつつ、船へと歩く。その途中〝もう二度とナミに手を出せない〟ようにして行く俺は、もうナミ無しでは生きていけない事を思い知らされていた。
その時の汚れがナミにつかないよう、ナミを囲うような形で守りながらではあったが……それを手間だとは思えねェ。それ程に俺はナミが愛しい。