切っ掛けはプリンにナミが、誕生日プレゼントを渡しているのを見た事だった。妻となってそれなりの期間が経過したにも関わらず、ナミの誕生日を俺は知らない事に気付いたのだ。
毎年俺の誕生日には口周りを自然に隠せるような物を見繕い、時には手作りで俺に渡してくる。それに俺は感謝していたと言うのに、そうだ……俺は何故ナミの誕生日についてその時に聞かなかったのか。
ナミの誕生日以外は、全てのイベントを共にやっていたと言うのに。どうして……。
俺が42歳の時に14歳のナミと出逢い、44歳で16歳のナミを俺のモノにした。いや、ナミのモノになったのかも知れねェが、そこはいい。
そんな事を考えて居たが、その後いくら聞いてもナミは誕生日について答えず、良くないとは分かっていてもプリンに協力を頼む。それにごねるかと思っていたが、プリンは迷い無く頷いた。
「ナミの過去ね。私も知りたかったから、良いわよ」
そうして誕生日を知る為に見た過去のそれは正に壮絶。東の海に居るだろうナミを傷付けた海賊団のそれをいちいち記憶しながら、拷問されているナミの記憶に吐き気さえして来そうになるのを耐える。
その中でナミが守ると決めた村人達からの冷たい対応に、その心が悲鳴をあげているのが分かる。そうなれば、何故そう迄して守っていたのかと思わされるのも当然だろう。
その中で確かに1度たりとも誕生日を祝う瞬間が無い。だが……アーロンと呼ばれる魚人との会話の中で誕生日について答えているのを見つければ、目的は達成される。
「誕生日はいつだ?祝ってやるよ、幹部だからな」
「そんな物ないわ」
「あ?産まれてきてんだから、あるだろ」
「……そうね、正確には知らないのよ。私に戸籍が無いのは、アンタも確認してるでしょ」
冷たい、ナミとは思えないような声が聞こえる。それにプリンは泣きそうな顔をするが、それは声だけが理由ではないだろう。
冷めた瞳に感情を持たぬ無機質な表情。この期間を超えても尚、慈愛を持ち続けたナミをよく知っているからこそ、この状態にあるナミを見ているのが苦しいのだろう。
「戦災孤児でね、でも、私は当時1歳前後だったの。だから、名前も誕生日も正確には分からないのよ」
「なら、お前はいつ年齢を加算してるんだ」
「……7月3日よ。海に纏わる日で、その辺で産まれただろうって話になってはいるみたい。だから、祝わなくていいわ……あァ、それとも、あの村をプレゼントしてくれるって言うなら祝われてあげても良いわよ?」
それにシャーハッハッハッハッハと笑う魚人のそれを見ながら、記憶のフィルムを戻したプリンは体を震わせる。そして、涙に濡れるその瞳に怒りに似た色を乗せて俺を見た。
「カタクリお兄ちゃん……盛大に祝うわよ!ママにも言って、盛大に!!」
「そうだな。……誕生日ケーキと言えばショートケーキだったが、その果物は蜜柑をメインに葡萄なども入れて作れば喜ぶだろ」
「フルーツケーキね。いいと思うけど、それはシュトロイゼンに伝えれば良いの?」
「日もそれ程無い。ママも絡むならシュトロイゼンにはメイン料理を作って貰う必要があるだろうから、プリン……シフォンと、俺とで作らないか?」
俺が提案すると突然声が割って入って来た。見ればブリュレで、1緒に作るという。それに俺が頷くと嬉しそうに笑うその顔は、幼い時から余り変わらないと俺は思っている。
ブリュレの軽く頭を撫でてから、記憶を見られた事で意識を失っているナミを抱き上げてベッドに寝かせると、シフォンも呼んでのケーキ作り会議が始まった。準備は恐ろしい速度で進められ、話を聞いたペロス兄が飴でHappy birthdayを形作り最後に乗せようと言い出したりして大騒ぎとなる。
果物の下にクッキーを入れると良いなんて言い出したクラッカー迄もが加わり、ナミの誕生日ケーキは時と共に豪華になって行く。俺の妻だからでは無く、ナミの誕生日だからと動く兄妹に俺は抑えきれない笑みを向ける。
それを見てナミと結婚して良かったなと喜んでくれる彼等を、俺は守って行きたい。そうしてケーキの試作品が完成して、後は当日だと手に手を取り喜び合う。
満足の行くケーキが出来るまで、何度作り直したか考えるのも嫌になる程だ。それでも、ナミを祝いたいのは俺達の身勝手なのかもしれないが。
その間にナミはナミで海図を描いたり、地図を描いたり、執筆したりと相変わらず忙しそうにしていて、俺から甘い匂いがすると言って首を傾げる他は特に変わった事も無かった。
大人になんかなりたくないと歌いながら音を確認して、何か違うわと首を傾げる姿はなんとも無防備だ。ナミは基本的に、本気では中々怒らない。
怒るのは誰か大切な人が傷付けられた時と、幼い存在が危険に晒された時だ。他は大概なんでも許してしまうのだから、困ってしまう。
先日記憶を見る為に意識を奪われた筈のナミは、俺が覇気の調整を間違えたと言えば、笑って気にしないでと言うくらい怒らないのだ。だが、だからこそあの過去は分かっていた俺でさえ衝撃的であり、ママがやっている事を気付かせてはならないと思わされる。
海賊なのだから、多少の悪どい行為は黙認されて然るべきだが、ナミは看過できないだろう。そう思ってしまうくらい、ナミは善良だ。
そうして迎えた誕生日当日。ケーキを焼く為にナミの傍を離れる際に、そっとその小さな体を抱きしめると擽ったそうに笑い、気を付けてねと見送ってくれた。
その後ケーキ作りは恐ろしく順調に進み、それぞれがこれ迄の数倍良い出来の物を作り上げてくれたおかげで試作品の数倍良い出来のケーキが完成した。わざわざナミの実家から蜜柑を仕入れたのもあり、喜ばない筈はないと断言出来る。
それを会場に運ぶように指示をしてから、俺達はそれぞれ風呂に入る為に1度解散する。そうして風呂から出た俺は、ナミが部屋に居ない事に気付く。
夜ならば星を見ているのだろうと思える。船上ならば海等を見に行ったのだろうと。
だが、ここは陸だ。ナミが行く場所等……そこまで考えて、ナミだからこそ行く場所は1つだと思い至る。
蜜柑畑へと足を進めれば、風に乗ってナミの声と蜜柑の香りが届く。楽しそうに歌うナミの声に惹かれてフラフラと近付けば、水をやっているのだと分かる。
武器として使う事の多いクリマタクトだが、蜜柑の水もそれでやっていたのかと小さく笑うが、その歌に少しばかり不安になる。帰りたいのだろうか。
そっとナミを背後から抱き締めると甘えたようにその身を預けるから、その温もりを離したくなくなる。本当は、ナミを呼びに来た筈だと言うのにな。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
不思議そうな顔で俺を見上げるナミをそっと抱き上げて、その唇に己の唇を降らせる。抱き上げても尚、ナミと唇を合わせるにはそれくらいしなければならないのが、何だか不思議な気持ちだ。
ねっとりと絡んだ舌の感触と、蜜の味が広がる。1秒ごとに、いや、その1秒の間も待てないと言わんばかりに深くなって行く口付けは、ナミだけを求めている証だ。
吐息と1緒に零れ落ちる微かな喘ぎに、煽られる。自分の半分も生きていない少女相手に、俺は余裕を持つ事が出来ないでいるのだ。
その1息さえ逃すのが惜しい。僅かな疑いで揺らぎそうになる弱い心さえも、ナミは絡めとるようにして笑う。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間でそう言われれば、小刻みに震える腕でナミを抱きしめる他何も出来なくなっちまう。この腕を離したくはない。
ずっと傍に居ると、幸せにすると笑う美しい慈愛の女。人助けも、自己犠牲もまるで息をするように自然にしてしまって、自分を蔑ろにして、だが、それがナミと言う生き物なんだと知っている。
赤の他人の為にその命も体も平然と投げ捨ててしまおうとするのを、やめろと言うだけ無駄なのだ。だからそれをされても喪わないで済むように守るのが、俺のやるべき事だ。
「ナミ、愛してる」
「私も、愛してるわ」
「なら、少し俺に付き合ってくれ」
俺の言葉にナミは小さく頷くと、不思議そうにしながらも俺に抱き着くその腕に力を入れた。小人のような愛しい妻を連れて行けば会場の準備は既に整っている。
視線が1気に集まり動揺するナミに、そっと囁く。逃げるなよと。
その直後、始まるバースデーソング。そして、中央に用意されたケーキには『Happy Birthday ナミ』の文字。
困惑するナミに、家族達がおめでとうと口を揃える。カタクリを頼むなと、兄とこれからも幸せになと、義姉として認められているのが伝わる言葉を向けていく。
「……カタクリ、私……こんなに、幸せで、良いのかしら?」
「不安か?」
「うん、だって、本当は私、存在しちゃいけない存在なのよ……なのに、こんなに愛されて……」
何を1人で抱えているのか。そう思った直後、存在する事を否定され続けながらもその能力だけは求められ続け、搾取された過去を思い出す。
それにより、あの魚人が囚われている獄を破壊しようと決める。俺は、大切な愛妻を過去であれ傷付けられて、許せる程寛大じゃねェんだよ。
「ナミ、産まれ来てくれてありがとう。これからも傍で生きて、俺を幸せでいさせ続けてくれ」
「カタクリ……」
「ナミ……」
2人の世界に入っている間に目の前に用意されたケーキを後に、何気ない様子で口にしたナミがハラハラと大粒の涙を流し、ママでさえ焦る事になる。それ程に、この家族は身内には甘いのだ。
Happy Birthday ナミ。本人の知らぬ間に四皇の1角を本気にさせたと知らず、ケーキに喜ぶ女。
女は監獄の1つがこの世から抹消される事を知らずに、涙の残る笑顔を浮かべている。そして、それを教えるつもりのない優しくも恐ろしい家族からの、深い愛情を受取りまたそれを惜しげも無く返し続けていた。