この作品には、ヒロインの年齢設定がございません。
ビッグマム海賊団の縄張内を測量の為に航海するのは、ナミにとってみればよくある事だ。当然俺やペロス兄等の戦える誰かが護衛としてついて行くが、誰の船に乗ろうともナミの測量士としての腕と優しいその性格故に、本当に大切にされている。
今回も当たり障りのない平穏な航海であった筈だ。だが、その途中でナミが見付けた島に寄る事になった時、俺は何故か嫌な予感がして全員に船を降りるなと命じた。
そして、この島について調べるように指示を飛ばした直後、ナミが島へと降りてしまう。それに慌てて手を伸ばしたが、どういう訳か捕らえる事が出来ずに、上陸を許してしまった。
「……急いで調べろ!」
俺の気迫に慌てて部下達は動き出す。ナミ、1体お前に何が起きている?
見た事の無い島だ。ナミが興味を持つのは理解出来る。
だが……俺の言葉を無視してまで降りる事が理解出来ねェ。何かある筈だ。
フラフラとした足取りであった事も、不安に拍車をかける。これでシャキッとしていれば浮気のひとつも疑ってみても面白いが、ナミは驚く程に真っ直ぐで他に見向きもしないから有り得ないと分かっている。
それにだ……あれだけ真っ直ぐに愛情を向けられて疑えという方が無理な話だろう。そんな事を考えていると、部下の1人が1冊の本を持って来た。
中を確認するとその本には、女を呼び植物を育てさせる島があると書かれている。女の愛情で植物は育ち、その為に女を拘束し、男を拒絶すると。
女に愛される為に最愛の存在に擬態し、3日で別れる。本来ならば他愛ない話だろうが、相手がナミでは他愛なくもない。
3日でどれ程深く愛してしまうか。俺に擬態しているだろう子供に愛情を注ぎ、その後の別れでナミは壊れないだろうか。
そう考えた俺の目の前に、ナミが帰ってくる。愛しそうにお包みに包まれたものを抱いて。
その表情を見た瞬間、これは不味いと直感するが既にどうにもなりはしない。俺は己の不甲斐なさに泣きたいような気持ちになる。
「カタクリ、あのね……お願いがあるの!」
帰ってきて第一声がそれか。分かっている、育てたいのだろう。
捨てさせる事も出来ないのは分かっている。だからこそ、どうしたらいいだろうかと思う。
「それは、植物で3日しか共にはいられねェが……それでも、育てるか?」
「え?そうなの?……でも、育てたい。1緒にいたいわ」
「ナミが望むなら、ママに連絡を入れてくる。その間は甲板で寛いでたらいい」
そう言って頭を撫でてはみたが、本当に壊れてくれるなよと祈るように願うしか出来ないとはな。将星だ、最強の男だと言われていというのに……情けない話だ。
俺やママが大切にしていて、他の兄弟達もナミに甘いからか、部下達は命じてもいないのに俺がママに連絡を終えて甲板に戻る頃には、ナミが過ごしやすいように環境を整えていた。そんなナミの腕の中で、口が裂けていれば間違いなく俺だとしか思えないような子供を抱いて、慈しむナミがいる。
本当に子供が産まれるならば、ナミに似て欲しいもんだと思いながら近付くとナミは俺に視線を向けて、子供に向けていたのと同じような眼差しで笑う。その空気は穏やかで優しく、暖かい。
どうしてこんなにもナミは暖かいのか。ナミは、本当に花のようだと思う。
弱く儚く、それでいて周りを癒す。必ず守ろうと誓いを新たに手を伸ばしたら、腕に抱かれている子供が俺に噛み付いてきた。
……まさか、こう来るとは思わなかった。素直に攻撃を受けたが、痛くは無ェな。
ただ、気分も良くねェがな。俺の陽だまりを奪い、俺に向けられるべき視線を横取りしている癖にと思うから余計に。
「ジュニア、ダメよ!」
「そうだぞ、ジュニ……ジュニア?」
「カタクリの小さい姿だから、とりあえずジュニアって呼んでるの。不味かった?でも、カー君だと烏とかみたいだし……他の呼び方が良い?」
キョトンとした顔で見上げられて、俺は言葉を失う。これは……危険すぎる。
これとの別れにナミが耐えられるとは思えず、だからといって引き離せもしねェ自分が憎い。ジュニアは俺をギロりと睨み付けて来て、それからナミに甘える。
待てお前、俺に喧嘩売っておきながらナミに甘えるな。海に落とすぞ。
「カタクリも小さい時、こんな感じだったの?ヤンチャで可愛いわね」
「可愛いか?これは可愛いのか!?」
憎たらしいだけだろうが!とは言えず、言葉を飲み込むと自然な流れで双方睨み合う。そんな俺とジュニアを見たナミは、楽しそうに仲良しねと笑う。
どうやらナミには俺とジュニアが、見つめあっているようにしか見えないらしい。甘やかなナミらしい解釈に、溜息が落ちる。
海賊船とは思えないような、穏やかで暖かな空間に見せかけて、俺とジュニアは対峙する。たった1つしか存在しない温もりをどちらも求めているのだから、争いが起きるのは仕方ない事だろう。
「……カタクリ、まさか、ジュニアと喧嘩してる?」
「だとしたらナミはどうする?」
お前は俺とこのチビのどちらの味方をするつもりなんだと睨めば、困ったように笑われてしまう。それは本当に、俺にはナミ以外の誰からも与えたられた覚えのない優しさ。
「カタクリと似てるから、ジュニアは愛しいのよ。でもね、こんなにも小さいのだから、守ってあげたいの。少しだけ……許して」
その言葉で、ナミも分かっているのだと理解する。別れは来るのだと、理解している事を告げて来る。
だがな、頭で分かってるのと、心が理解しているのとでは全く異なるんだぞ。そう言いかけて、俺はスカーフを用意させるとジュニアの口周りに巻き付けてやる。
似ているから愛しいのだというナミの意見と、俺に噛み付いてくるその口を封じたかった。それと、俺に擬態しているのならば、口元を隠す方が心も穏やかだろう。
「この方が似ているだろう」
「……確かに、似てるわ。パパの真似っ子してるように見えて可愛い」
そう言って幸せそうにジュニアへと笑いかけたナミは、そのまま愛しげにジュニアをその胸に抱いた。その姿は神聖なもののように思えて、俺は少し近付く事に躊躇いを覚えてしまう程。
そんな中でナミは俺を呼ぶ、まるで当然のように。その温かな空間が俺の居場所であるかのように。
その日の夜、ジュニアを寝かし付けたナミは俺に笑いかけた。そして、困った様子で言う。
「……別れが来る事は分かってるのに、本当に愛しくて仕方ないのよ」
「ナミ……なら……」
俺は、何を聞こうとしたのか。〝俺の事はどう思っている〟か?それとも〝俺と本当に作りたいと思うか〟か?
どちらにしても、ナミは笑うのだろう。分かっているからこそ、聞けずに口篭る俺にナミは腕をそっと伸ばして口付けてきた。
「……不安にさせた?大丈夫、私はカタクリを愛してるわ。勿論、家族皆も愛してるけど、愛の種類が違うのよ」
「……俺には、同じに思える。ナミは、俺にもそれへ向けるのと同じ視線を向けて来るだろう」
「当然じゃない。ジュニアはカタクリなんだから」
笑うナミに、不安が払拭される。俺はいつでもナミに……心を守られているのだと気付かされた。
結局泣き出したジュニアの為にナミは俺から離れてしまったが、それでも心は随分と満たされた。翌日からはメリエンダの時間も含めてずっとナミと共に過ごしたが、俺とジュニアが打ち解ける事はなかった。
妻の愛を求める俺と、母の愛を求めるジュニアがナミを挟んで啀み合う姿は、部下達に何故か微笑ましいものとして受け入れられていた。だからこそ、聞こえてくる会話も好意的だ。
「カタクリ様はナミ様に対してのみ、余裕がありませんからな!ナミ様の不思議なお力です!」
「いやいや、ナミ様は〝宝玉〟でありビッグマム海賊団が誇る航海士、その上測量士でもあられる。更にはこれだけお美しいのですから、大切に想われるのも分かろうというものです!」
そんな会話の中で、ナミは困ったように俺の為にお世辞を言ってると笑う。ナミは家族や部下の言葉を信用しようとしないが、俺は本気で言ってるのだろうと思うぞ。
そんな日々が過ぎて、とうとう迎えた別れの日。分かってると言いながら、頭に花を咲かせた俺を強く抱き締めて、手放そうとしないナミにどうしたものかと考えさせられる。
「ナミ」
「カタクリ……分かってるのに、離したくない」
「……子供の独立を邪魔する事は、親として許されないだろう。離してやれ」
「カタクリ……うん、そう……よね。分かって、る」
声と体を震わせるナミに、俺はそれ以上かける言葉を見つけられず、ただ、ナミの心が砕けないように見ている事しか出来ない。俺が居るだろうと、言いそうになり言葉を飲み込みナミの邪魔にならないよう、強く拳を握る他何も出来ない。
その時、ナミがジュニアを手放し、愛してるわと言って笑った。それは、俺には大き過ぎる衝撃となる。
笑えるとは、思わなかった。苦しそうに泣きながら砕けるんじゃねぇかと思っていたんだ。
なのに、母親の顔でナミは笑う。
子供に心配かけまいとして、いつもと同じように。子供はそんな、ナミに振り向き笑った。
俺も……あんな顔で笑っているのかと思えば、少し気恥ずかしくなるような、そんな笑顔で。
「まー!あ、ううあー!」
「うん、またね。ちゃんとパパみたいに大きくなるのよ!」
「うあ!」
何故か最後の〝うあ!〟が当然だと言っているように思えて、最後まで俺に敵対するジュニアに溜息を落とした直後、ジュニアは光に包まれて植物へと変じた。その場に残ったのは、力強く根付いた植物だけ。
その瞬間、ナミは俺を振り向き、泣きながら飛び付いてきた。その涙があまりにも美しくて、1瞬呼吸を忘れる程。
「……ナミ、好きなだけ泣いていい。今は、思うがままに泣け」
「っ!……カタ……クリ……!」
「よく、耐えたな……ナミは最高の、母親だ」
留まる事を知らないかのように、ナミからは大粒の涙が零れる。今は代わりの命を与える約束をするよりも、きっとただ泣かせてやるのが正解だろう。
「俺はずっと、そばに居る。だから、俺には我慢せずに泣いて見せろ」
俺に抱きついたまま、ナミは泣き続ける。枯れる事の無い泉のように、湧き出続ける涙はナミが泣き疲れて倒れるようにして眠るまで流され続けた。
……ナミがもう少し落ち着いたら、ナミの臨む未来を共につくろうと決めて、船へと帰る。ナミを待つ他の家族に、ナミの無事を伝える必要もあるからな。
そう遠くない未来、ナミはきっと新たな命をその腕に抱き、俺はそれとまた争うのだろう。ナミがそれを見て困ったように笑うのを、俺は今か今かと待っている。
後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
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