偶然の遭遇(光源氏14)side
難破船が発生させた独自の海流による衝撃に、否が応にも巻き込まれそうになりながら呑気に船を動かしていた。その時その海流の起こした奇跡なのか、手を伸ばせば触れられそうな位置に若いお嬢さん……と言っても若すぎる子が樽と共に浮かび上がってきた。
その横顔は真剣で、意識をしっかりと保っているのが分かる。それはまるで、海と戦っているようにさえ見えて興味が唆られた。
近くに漂う木材の破片を拾って樽を船替わりにして器用に進む姿は、現実感が無い。何しろここはパラダイスとは言えども、偉大なる航路なのだから。
樽を追いかけて行けば、地図に載っていない上にログも貯まらないだろうと思われる無人島に到着した。少女は樽を引き摺りながら、ふらつく足取りで浜辺の奥へと向かう。
満潮になっても水が来ないだろうその場所に到着した少女は、バタリとその場に倒れて動かなくなった。流石にその倒れ方はと思って近付けば、今まで動いていたのが寧ろおかしいとしか言えないような大怪我である事に気付く。
このまま放置すれば、確実に命はないだろうと判断できる。抱き上げれば足の所に硬いものがあると分かり、それに手を伸ばせば短剣が足に装着されていた。
その短剣で樽と少女を繋ぐ紐を切って足に戻すと、見殺しには出来まいと自分の船に乗せる。位置的にクロッカスが健在ならばと考えて向かえば、相変わらずクジラと戯れている姿が視界に飛び込んで来た。
「久しぶりだな!」
「なんだ、生きてたのか!」
爺ィ2人のどうにもならない会話をしている場合でも無いので、クロッカスの所へ少女を抱いて行けば、何処から攫ってきたと言われる始末。それでも何も言わずに治療を開始してくれて、これで助かるだろうと安堵する。
クロッカスの腕は、信用にあたいする。何年の時が流れたとしても腕が鈍るとは思えないくらいには、信頼しているのだ。
そうして過去に思いを馳せながら待てば、治療を終えたらしいクロッカスが姿を見せる。すると珍しく渋面を作っていたので、どうしたのかと声を掛けた。
「あの娘、どこぞで拷問を受けたようだな。死んでも構わないと言う性質の拷問で、良く生きていたものだと感じる有様だ。それと……肩に刺青がある。最近のものではないから、1般人では無いとだけ注意しておく」
「樽で偉大なる航路を渡っていたから、それはそうだろうと思っていたが……意識が戻ったら話を聞かなくてはな」
今更民間人じゃないと言う事を理由に、お嬢さんを警戒する必要は無い。寧ろ、あの容姿では民間人でいるのは不可能だろうと思えば、仕方の無い話でもあろうと思う。
「……あんたも厄介事が好きだな」
「ロジャーのせいでそうなったのかもな」
そんな軽口を言い合いながら、互いにそれからは酒を酌み交わして、昔話に花を咲かせる。そんな時に、治療を終えてからさほど経っていないにも関わらず、少女がふらりと姿を見せた。
血の気の失せた顔で、動ける筈も無い体で動いている少女は、まるで生きた屍のように思える。夜遭遇したら、それなりに驚かされそうな雰囲気だが、少女は私とクロッカスを見て驚いたような表情をしてから、クスリと笑った。
「……私、死んだか夢を見てる、のね。成程、あの怪我で助かる筈無いものね」
「……夢だと判断した理由を教えてくれるかな?」
全身の痛みや倦怠感もあるだろうに、生きている事を実感できないとは余程だと思って声をかければ、少女は可笑しそうに笑った。それは本気で夢か何かだと思っている様子で、こちらが間違っているような錯覚さえ起こしそうになる。
「夢に決まってるわ。憧れの人が元仲間と酌み交わしてる現場に遭遇出来るとか。現実感無さすぎて笑える」
「……憧れの人?」
「そう、シルバーズ・レイリー。冥王レイリー。ゴール・D・ロジャーの右腕。私は彼と白髭にずっと憧れて来た。だから、こんな都合のいい夢を見たのね」
「……どちらも老い先短いただの老耄だろう」
「レイリーさんの姿で、彼を貶めるような事を言わないでよ。2人とも、イイ男よ。……だいたい、夢なら夢らしく、楽しそうにしてる姿だけ見せてくれたらいいのに。ケチね」
この子はジジイ専門とかなのかと、どうでもいい事を考えて眺めていた。だが、その足元に血溜まりが出来ているのに気付けばそれどころではなくなる。
「クロッカス!傷が開いた!」
「……そうだろうな。このタイミングで動いたんだから」
「クロッカス!」
「五月蝿いヤツだな、まったく」
少女は朦朧とする意識の中にある筈なのに、私に手を伸ばすと笑った。そして、夢でも会えて光栄ですなんて言うから調子が狂う。
海賊に憧れるとか不味いだろう。それも過去の遺物と化してるような我々では、特に。
クロッカスの指示に従い少女を運び寝かせれば、治療をクロッカスがしてくれる。その時少女が朦朧とした意識の中であるからだろうか、ポツリポツリと語り始めた。
それは誰かへの謝罪から始まった。こんな夢を見ているなら、多分死んだか死にかけなんだろうなと言ってから、人の名を呼び、謝り続ける。
それの合間に、せめて死体だけでも帰れば皆は殺されないのにと呟いたのを聞いて、私とクロッカスは視線で会話をした。その会話により、このまま事情を聞き出すべきだと判断した我々は言葉を向ける。
クロッカスは治療があるので、私が問い掛ける。すると少女は、朦朧とした意識の中で微かに笑って、レイリーさん本人なら、言えないけどと前置きしてから、アーロンに支配されてるのだと呟いた。
どういう事かと根気よく話を聞けば、アーロン率いる魚人海賊団に島が占拠され、海軍は買収されていて使えないと語った。更には少女自身も奴隷でありながら、肩書きだけ与えられているのだと。
それを聞きながら、何故私には話せないと言ったのかと続きを促せば、少女は語る。金で村を買い戻せる契約になってる代わりに、逃げた時は村人が全員始末される事になっていると言い……それを行う魚人海賊団、その幹部に、ハチが居るのだと。
あいつはまったく困った事をと思うのは、この少女がただ家族を含む村人の事を助ける事だけを目標に、生きているのを感じてしまったからだろう。誰かを頼れば、その人が死ぬか傷付くから、1人で解決するしかないと言う。
初対面の時は油断していてくれたから、勢いで押せたけど今は元の腕力と体力が違い過ぎてあの数を1人で対応する事は出来ないと、悔しそうに呟く。もっと強ければと嘆くが、そもそも魚人に人間の少女が1人で勝とうというのに無理がある。
九蛇の者達ならばいざ知らず。生まれ育った環境が東の海では……。
そう言って慰めていたら、シャンクスに覇気を習ったのだと言い出す。それなのに、勝てなかったと。
シャンクスと言われて思い出すのは、当時バギーと共に騒いでは、私に拳を貰っていた少年。彼が人を……少女を助ける為に時間を使ったと知り、何処か懐かしく同時に成長したのだなと思わされる。
少女は自分は情けないと嘆き、言葉を紡いでいく……傷付ける事さえ躊躇い、殺すなんて出来る筈もないと。それでも、殺らなければ殺られるのだと。
でも覚悟を決めて力を入れてみても、失敗すれば村人が見せしめにされると分かっていて、逆らえないままにその拳を下ろすしかなくなるのだと。……優し過ぎるのだろうと思えば、不憫でならない。
夢ついでにと言って、少女はクロッカスに探していたルンバ海賊団は確かに病気の為に半数が離脱、残りの半数は海に残ったものの敗北し死亡したけど……と言葉を連ねる。それにクロッカスが手を止めると、少女は優しい笑みを微かに浮かべた。
その表情のままで、ブルックが1人で今も約束を果たそうとしてるから、後10年位待ってあげて欲しいと言い出す。それを聞けばクロッカスは治療の動きを再開した。
私としてもこの子はいったい何者かと、問いただしたい気持ちになる。少女の話の裏は、情報が入って来た今なら取れるだろう。
この子の妄想でないとするならば、それを知る少女の価値はいかばかりか。この容姿で真実を知る能力があるのならば、利用されるのも致し方ないだろう。
白髭さんの病気、今なら治せないかな。治せたら不幸の連鎖止められるのに……なんて言いながら意識を失ったのを見れば、巫女か何かだったのだろうと妙に納得出来た気がした。
「……どのくらいでこの子を動かせるようになる?」
「……大人しくしていてくれるなら、船に乗せるだけで働かせないならば、3日でどうにかなる。が、働かせるなら10日は待て」
私は名も知らない謎の少女を、どうにか助けたいと思い始めていた。まだ幼い少女が1人で背負うには重すぎる案件な上に、その加害者の中に私の友人が混ざっているのだから、責任を感じるというもの。
ハチは会ったら殴って説教だなと思うが、その程度で済ませていいのかとも思う。とりあえずはこの少女が動けるようになるまで、付き添う事を決める。
それからは可能な範囲で側に居たからか、少女と会話をする時間はそれなりにあった。だが、少女はベッドから動かずにいたと言うのに日が経つにつれて少女の顔色が悪くなっていく。
それの理由が分からず、何か変な後遺症でもあるのかと考えればどうにも気掛かりだ。クロッカスに確認しても怪我の治りは順調で、痛みに耐える強靭な神経を持ち合わせているから、問題ないと言われてしまう。
だが……本当に問題ないのならば、なぜ日々少女……ここ数日に名前を聞いたらナミと答えた……は血の気の失せた表情をするのだろうか。あれ以降ナミは魚人について頑として口を割らず、ただ、寝ている時にだけ帰らないとと魘されている。
裏切ったと思われれば村人が殺される、か。そう思っていた時、ニュースクーが飛んで来てクロッカスが新聞を買うと今度はこちらに移動してきた。
珍しいと思っていたら、ナミの所へ来て気遣うようにその顔を覗き込んでいる。ニュースクーは1つの団体に1度新聞を売れば即座に飛び立つのが普通だというのに、これは教育にミスのあった個体かと眺めているとナミが瞼を痙攣させた。
どうやら起きるようだと思っていたら、目覚めた瞬間ナミが見た事もないような優しい顔で微笑んだ。
「……クーちゃん?そっかクーちゃんなら、ねぇ、少し時間くれる?」
ニュースクーはそれに頷き待機している。……何だ、この異様な光景は。
ナミは自分の荷物をガサゴソと漁り、真っ黒な封筒に何か書いたものを入れてニュースクーに手渡した。ニュースクーはが器用にそれを受け取ると、少女は掠れた声で言葉を紡ぐ。
「ベルメールさんと同じ村に、私のもう1つの家があるのわかる?そこの主人にこの封筒渡して欲しいの。できる?」
ニュースクーが頷くと、ナミはありがとうと言ってその頭や羽根を撫でる。それから気を付けてと言って見送ったのを見て、言葉が出て来なくなった。
……何だったのか。
けれどもそれが当然であるようにナミは新聞を読み始めており、聞くに聞けなくなる。いや、昨今のニュースクーは、ああいったことが普通なのか?
時代は変わったものだ。そう思っていたら、何故かクロッカスに背後から殴られた。
「現実から目をそらすな。アレは色々規格外だ」
「……巫女の能力とかかね?」
「儂が知るか」
それもそうだと納得したら、それも気に入らないと言われてしまう。それから更に数日が経過すると、ナミはお世話になりましたと言って、自力で船を調達しようとし始める。
送って行くと言っても聞かず、寧ろ怯えたような表情をされる。そこ迄来て、どうやら、夢だと思って話したのが現実だと認識してしまったらしいと気付いた。
どうするかと考えて、少し誘惑してみる事にした。無論効果があるとは思っても見なかったが、ものは試しだ。
「ナミ、私に隠し事が出来ると思っているのかい?」
「っ!……レ、レイリー、さん……それは、あのっ!」
「ナミは、私を困らせないでくれるだろう?」
視線を合わせて問かければ、顔を赤くして混乱しているのが伝わって来る。どうやら、憧れ云々は事実だったらしい。
「ナミ、君の家は何処かな?」
「あ、の……それはっ!…………言えません」
強情な。そう思うのに、反応が可愛くてついその髪を弄べば、ナミは抵抗するという概念が無いかのように固まっている。
その耳に吐息を吹き掛け、そっと抱き締めれば……茹だって倒れてしまった。……これは、楽しい。
そう思った時点で、私もまだまだ枯れていなかったのかと笑いがこみ上げるが、クロッカスからの視線は鋭く冷たい。
「子供で遊ぶな。聞いたところによると、まだ14歳だそうだ」
「14歳?随分大人びているな、もう少し上かと思っていたが」
「経験の問題だろう。あまり虐めてやるな。それとだがな……この海軍船が沈んだ辺り、これまでにも何度か似たような事が起きているぞ」
示された記事に視線を向ければ、コノミ諸島近海と書かれている。村は分からなくても、これなら何とかなりそうだ。
「感謝するよ、クロッカス。この子の事は後は私が請け負う」
「……手を出すなら後2年は待て。言動や対応が大人なだけで、体は成長を精神が阻害して遅れている。ストレスから解放されて2年もあれば、1気に成長するだろうと考えられるから、それまでは医者として手出しする事に異議を唱える」
「…………クロッカス、何故そんなに私への信用が無いのか、教えてくれないか?」
「基本的な所は信用しているが、色々な意味で手の早さにも定評があるだけだ」
クロッカスの嫌味に適当に笑っておいて、私はナミを船に乗せて出発した。それから数時間後に意識を取り戻したナミが私の船の動かし方が怖いと言って舵を取り、嵐を察知して避け、その内私の存在を忘れて何処かの島へ到着した。
到着した時に声を掛けると、漸く存在を思い出したらしく、焦った表情から困った表情に変わり、それから何故か泣きそうな顔で島の中へ案内された。そして、村を避けて歩く姿を見てもしやと気付く。
……そこまで完全に存在を忘れられるとは、いっそ清々しいな。
案内されたのは村外れの家で、ここにいてくださいすぐに戻りますと言って、中にいる住人と少し話をしてから出て来た。言われるままに家に入れば、どうやらナミの実家らしい。
蜜柑と茶を提供されて、それに手を出すとナミはごゆっくりと言って姿を消した。だが……私の覇気なら島全体が把握できる為、ナミが何処に向かっているかも分かってしまう。
裏切っていないと〝ご主人様〟に言いに行ったか。仕方ない、助けに行くかと思い席を立つと、姉だと言う少女が私に言った。
「ナミを助けてくれて、ありがとうございました。ですが、これ以上ナミに関わらないでください!苦しめないで、ください」
「苦しめるつもりは無いよ。関わるだけで苦しめると言うなら、それについて話してくれないか?」
「……わかりました」
そう言ってから少女が語ったのはナミの天賦の才と、壮絶な過去。これは……軽い説教では済ませられんぞ、ハチ。
内心でそう言ってから、少女に声を掛ける。……顔は似てないなと思いながら。
「これでも昔はそれなりにならしていたものでな。ナミの事を助けたいと思う」
「だからそれは!」
「ナミは強い。それに助っ人がいれば、解決するのではないかな?」
「……ナミと、同じ位の強さはあるの?」
「少なくとも、ナミよりは強いよ」
私の言葉に少女は驚愕の視線を向けて、それから勢いよく頭を下げた。よろしくお願いしますと言って。
どうやら相当な暴れ方を過去にしたらしいとわかり、解決したら拾って帰るかと、猫の子を拾うような感覚でナミを思う。あの容姿と能力では、ここで埋もれさせては貰えないだろうというのもある。
更なる厄災に目をつけられる前に、隠してしまいたい。今は魚人達が自らが隠れる為にナミも隠されているが、それが終わればナミの特異性は狙われる要因にしかならない。
航海術、操舵技術の高さは尋常では無い。その上サイクロン等を予見してしまう才能と、豊富過ぎる知識とくれば……あの甘いくらいの優しさと、この村が足枷になるのは分かりきっている。
「……助けた後だが、放置すればナミは恐らくまた更に強い相手に狙われるだろう。それを防ぐ為にも、こちらで匿いたい」
「……ナミより、貴方が強いのならば、そしてナミの事を苦しめないなら……私は、止めません。恐らくは母も」
その言葉に頷いて、私はナミを苦しめる馬鹿の教育に向かう。私の姿を見ただけで逃げ出したハチは後で捕まえてとっちめるとして、他は適当に始末して縛り上げてからこの近海でまともな海兵は誰だったかと考える。
そして最近話題のスモーカーと言う若者にでも、1報しておけば間違いないだろうと思う。無論近場に居るという、海軍の問題児についても含めて話しておくつもりだが……。
そうして立ち尽くしていたら、建物からナミが驚いた様子で出てきたので、少し建物から離れるように言って中に入る。中を見分すれば置かれていた状況が嫌でもわかり、ナミが建物から離れているのを確認してから、それを崩壊させた。
表に出ると心配そうな顔をしたナミがいて、私の姿を確認すると嬉しそうに笑って飛び付いてきた。
「良かった無事で……。怪我は!?建物が崩れて、レイリーさん中にいたから!」
「落ち着きなさい。私が破壊したのに、怪我をする筈ないだろう」
「……良かった……シャッキーさんに顔向けできなくなるところだった……」
その言葉により、これはすぐに連れ帰るしかないか……と後始末はこの島の駐在に任せてナミを連れ去った。だが、その駐在がナミの親代わりだったと知ったのはそれから間も無くの事。その直後に、シャボンディ諸島では3日と持たずに死にます宣言されて、私の隠れ家の1つに匿う事になった。
隠すに当たって必要な物を揃えてやったら、いつの間にか隠れ家のある島には蜜柑の木がはえて、農地開拓されて、別な場所へと改造されていく事になるとは、この時の私には予想も出来ない事だった。更には数ヶ月後、この少女を本気で隠し通すと決意をさせられる事になるとは、この時の私は欠片も思って居なかった。