※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

22 / 284
地雷(光源氏18/誘拐)side

 俺にも地雷と言われるものはある。仲間であっても、家族でなければ俺を愛称で呼ぶ事はされたくは無いのが恐らくはその地雷に該当するだろう。

 それが仲間であれば不機嫌になるだけで済むが、嫌いな相手やそれに準じる相手、もしくは初対面だったりした時が問題だ。そんな無関係とさえ言える相手から、勝手に愛称で呼ばれる事が俺は昔からそれに耐えられなかった。

 まだ〝どんな我儘も許されていた頃〟に、他の家の人間が俺を愛称で呼んだ瞬間に暴れた。その為に、後に母上に泣かれた記憶がある位には幼い頃からそうだったと思う。

 

 「ロシー?」

 

 なのに、俺は初めからナミに愛称で呼ばれる事に抵抗感が無かったんだ。多分、1目惚れだったのもあると思う。

 会う度に初めましてな相手と、3度目にはじめましてと言った後はずっと共に生きて来た。誰にも奪われないように、隠して守り続けて来たんだ。

 だと言うのに小さな村が1つあるだけで、大半は森に覆われた島で……それは起きた。水の補給と暫しの休息を兼ねて、村から少し離れた岩場に船を泊める。

 海の側は漁村に、森近くは農村となっている様子で、人口も僅か数十人と言う島に俺達は顔を覗かせる。警戒する村人にナミが話し掛けて、子供達と戯れる姿に警戒心を解いた大人達から作物や干物になっている海鮮物達を買付けた。

 ナミは村の様子をじっと見詰めていたかと思うと、突然村人達に泥水を濾過する装置の作り方を教え出す。それにより、井戸からの汲み上げがキツくなったと言う老人達に感謝されて戸惑いを見せる。

 滑車を付けてやっても、幼い子供は落ちるかも知れないと心配したナミが、川の水を簡単に飲めるようにと考えたのだ。それに感謝する村人達は本当に穏やかで、いつかこんな所に皆で落ち着いて住む事が出来たらと思っちまう程。

 子供達に懐かれたナミを残して、俺達はそれぞれ買った物を船に積込みに向かう。それが終わり村に戻った時、その場所にいるべき人物がいない事に気付く。

 村人達も大半が大怪我をしていて、僅かな時に何があったのかと思えば……。偉大なる航路の途中に、のどかな村があって襲われない方がおかしかったと遅れて気付く。

 村を襲った海賊とナミが戦い、女子供は無事に隠れさせる事に成功した。だが、男達は打ちのめされ、その命を奪わない事を約束してナミが連れ去られたのだと……。

 

 「コラさん!!待て、まだ情報が足り……「ナミに、触れる事は……許さねェ」」

 「チッ……!!悪く思うなよ、コラさん!!」

 

 そうローが言ったと思った直後に、俺は足を奪われてその場に文字通り崩れ落ちる。それでも這って動こうとしたら、腕も取られて落ち着けと繰り返された。

 その直後カモメが慌てた様子で飛んで来て、それから差し出された手紙をロー達と確認すれば、カモメが悔しそうにしているのが見えた。よく見れば傷があり、ナミを助けようとして奮闘してくれたらしいと気付く。

 

 「クーちゃん、だったか。ナミを助けようとしてくれたのか」

 

 それに1度クー……と鳴いて力尽きた様子でその場で潰れたそれを見て、ローが俺に手足を返す。すると、カモメの治療してから追い掛けると言う。

 自分を助けようとしたカモメが帰ったら死んでたなんて事になれば、ナミは嘆くだろうからそれに頷いた。そうでなければ、ローとてすぐに行きたかっただろう事は分かる。

 呼び出し状には、ナミの所属する所の船長1人と書かれていた。だが、ローは1人で先に行けと言ってくれる。

 タイミングを見て、告げたいと願っている言葉は例え捕まった先で何が起きていても変わりはしない。だが……ナミは気にするだろう。

 誰にでも優しく、どんな事でも許し、受け止めるナミ。だと言うのに、自らに対してのみ恐ろしく厳しい上に、潔癖に近い程お堅いその性格が今回のケースでは心配になる。

 俺しか知らないナミは、強要されれば舌だって噛みかねねェ。頼む……生きていてくれ!

 俺の音を消し去り駆け抜けた先で、先に集めた情報から気の強い美女を捕らえたと喜ぶそれが入る。長い事、闇で手配されていた女と共通点が多過ぎるのも理由で、金になると言う事がわかる。

 そこでまさかと思う。……そう、だ。

 あの時俺達の為に捕まったナミが、その後どうなったのか俺達は知らない。俺達に年単位で追手が掛からなかった理由を、俺達は知らないんだ。

 あの後、兄上に……ナミが何をされたのかを。それどころか、どのくらいの期間共に過ごしていたのかを知らない。

 そして同時に、俺達の生きる未来へと逃げて来られたのかを知らない俺は、いつも不安を抱えている。時を遡ってまで俺と家族、そしてローを救い守ってくれたのは……今のナミと同じ姿をしていた。

 つまり、いつ消えちまうか、過去の俺達を助けに行っちまうか分からねェ。そうなった時、ナミが帰って来てくれる保証は無い。

 俺の記憶の通りだとしても実際の所どうなるか分からないってのに、ナミの未来を俺は確実に変えちまった。ナミにとってここは過去で、俺にとってあの頃が過去だ。

 あの頃のナミは、憎らしくなる程に〝ルフィ〟と幾度も繰り返していた。それを思えば、今俺の恋人でいるナミが助けに来たのではないのだろう。

 その場合、今ここにいるナミは、俺の元から消えずに居てくれるのか……分からないんだ……。そんな中で明らかに兄上がナミを探し続けていると分かり、そんな兄上にナミを売ろうとしてる奴らがいる。

 許せる筈もない。ドス黒い感情が抑えられなくなる。

 俺の大切な存在を傷つけるものなんか、存在しなくていい……。俺の大切な、俺だけの天使……。

 能力を解除して音を出しつつ姿を見せれば、驚きの視線が集まるのが分かった。途中で張り巡らされていた音の出るトラップは、俺の能力で無効化されていたから当然だが。

 音の出るトラップのある所は、即ち目視で確認する事が難しい立地であるという事。だからこそ、至近距離に来られても気付けないのだ。

 

 「ナミは無事か?」

 

 俺の問い掛けに息を飲んだ男達は、直後にゲスな笑みを浮かべる。それにより何を言うのか、聞く前に分かった気がしたのはこういった奴らを相手にする事が多かったからか。

 狂気の海賊、破壊の申し子と呼んだが……なァ兄上。今なら、その気持ちがわかる気がする。

 もしもナミが治療不可能な状態になっていたり、立ち直れない程に傷付いていたのならば、俺は兄上と同じ事をしないとは……言えないと気付く。こんな思考は良くないのだとわかっていても、抑えられそうにねェ……。

 

 「あァ……いい子にしてるぜ?この後、売る前に可愛がってやるつもりだから安心しろよ!!」

 「……ナミに、何をした?」

 「五月蝿ェ!!船長が来たらその首で名を上げて、来なきゃただ売る。どちらにしてもいい儲けだと判断しただけだ!お前の首にしか用はねェんだよ!!」

 

 なら、今の所ナミは生きているらしい。それでも、嫌な予感がする。

 大人しくナミが捕まっててくれるなんて想像も出来ねェんだから、ある意味当然だが。ローがたまに俺やナミを怒らせる事は、兄上を怒らせるよりもずっと怖いと言っていたのを思い出す。

 俺にも地雷はある。大切に想ってる相手に危害を加えられれば、鬼にも夜叉にも修羅にだって身を落す事を抑えられねェし、抑えるつもりはもう、ない。

 俺が理由で起きる音が全て消える状態で動けば、それだけでも位置や状況を把握するのが難しくなる。暗殺等に向いてる能力であり、戦いの時は五感をフル活用するからその1つでも欠けた相手は戦いにくいものよと笑うナミを思い出す。

 俺に携わる事の大半を教えたのはナミだ。言葉遣いも、演技も、ナミに教えられた。

 戦い方も、生き抜く術も、人を信じる心も……全てナミが教えてくれたんだ。今の俺は、ナミにより形作られたと言っても過言じゃねェ。

 優しく微笑むナミのそれが失われていないか、そんな事が気にかかる。無理に笑うナミだから、誰かの為ならば演技をする事を厭わないナミだから、そんな事させたくない。

 早く、助け出さないと……。それにしても、なんだか臭いな……。

 何も考えずに降り注ぐ赤い物を躱す僅かな時間さえ惜しくて、急所だけを狙って全員を1撃で倒していくが、次第に剣が使い物にならなくなる。倒れる海賊の腰から剣を奪い取りそれを手に暴れ回るのは、こういう場所では常套手段だ。

 どうせもう、元の持ち主は使えないんだから、貰った所で問題は無いだろう。そう思えば多少雑な使い方をしても、武器の換えは幾らでもあるからと俺は自らの腕を、足を、身体を動かし続ける。

 刀とは違い、剣は打ち砕く事に秀でている。切れ味が悪くなった分痛みや苦痛は増すだろうが……今は気に入っていた刀がどうこうと言うより、目の前にある障害物の撤去が最優先だ。

 骨の砕ける感触はあるのに、音は無い。俺が原因でのそれは、吹き出す音も、倒れる音さえ失わせる。

 それでも呻きや叫びの声は時に聞こえるが、それが耳障りに思えた俺が首を狙うようになってからはそれさえ殆どしなくなった。……コートが黒くて、良かった。

 返り血が染み付いていたら、俺が怪我をしたと勘違いしたナミが心配する。俺が人を傷つけた事で、心を傷付けていないかと、身体に怪我がなくとも心配するのはわかり切ってんだ。

 本当に、ナミこそ海兵に相応しい。俺は結局兄上と同じ血筋なんだろうな。

 残る1人になった時、それはその場で意識を失い倒れちまったので、そのままにしておいた。他にも数人生きてる奴もいるが、生きてさえいるのならローが上手くやるだろう。

 俺が歩くとその後に赤い足跡が残る。本来ならば、びちゃびちゃと音もするのだろうか。

 ドアを端から破壊して行くが、ナミの姿が無い。どこだろうと思った時、奥の方で妙に頑丈な施錠がなされた扉を見付けて、安否確認をするのに必要だろうと能力を解除してからドアの施錠を破壊する。

 ポタン、ピチャンと俺が動かなくてもするその音が、俺が奪った命の量に比例しているのはわかっているが、罪悪感のひとつさえない。軋んだ音をたてて開かれた扉の向こうに、真っ白なワンピース姿で吊るされたナミがいた。

 まだ俺の為にも着た事の無いウエディングドレスを思わせるそれに、どくりと心臓が脈打つのを感じた。俺に視線を向けたナミは、動きが妙に緩慢で、その瞳が戦う意志を強く見せるのが妙にアンバランスだ。

 凛とした空気を纏い、それ迄の弱りきった様子を隠すとその場に現れたのは歴戦の戦士を思わせる気高い女帝の姿。何をされようとも屈する事を良しとしない、孤高の姿だ。

 俺達を庇う為に敵を前にしたナミは、確かにこの声を出していた。これは、ナミが何かを守る為に戦う時の声だ。

 

 「まだ何か用?無駄だとそろそろ諦めた方がいいんじゃないかしら?……執拗い男はモテないわよ」

 「意識はあるな。怪我はないか?」

 

 俺だと言うよりも先に問い掛けたのは安否を気遣うからか、それともその演技を辞めさせたかったからか。俺だとその声だけで認識したらしいナミの表情が変われば、もう大丈夫だとその細い身体を抱き締める。

 そうして吊るし上げている鎖から解放していたら、村人達の安否を気遣うナミに、ロー達が残り対応していると告げる。それだけで力が抜けた様子で笑い、よかったと言いながら意識を失った姿は整い過ぎているが故にかえって作り物めいて見えた。

 俺の赤がナミの白い服へと移り、ナミまで赤く染まるのを見れば、ロー辺りが誤解して暴れそうだなと今更冷静になった俺は思う。それでも、それを訂正してやるつもりは無いが。

 

 「もう少し、寝ててくれよ。着替えはイッカクに任せるからさ」

 

 敵の苦痛さえ悲しんでしまうナミに、惨劇の広場と化している場所を見せたくはない。そう思って言葉にしたそれはナミに届く事は無く、ただ静かに呼吸を繰り返している。

 その後船に戻る俺がロー達に遭遇するも、赤く染まった服を纏い、血の気の失せた状態で意識を失っているナミにクルーが暴れ出したのは語るべくも無い。俺はナミが使われたと思われる薬の瓶をローに見せて、治療に入って貰う事になった。

 俺も治療に加わろうとしたが、血を流して来いと叱られて泣く泣く傍を離れる事となる。そっと振り向けば、意識の無いナミの右手には、俺が贈ったリングが輝いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。