どうしたら良いだろうかと思うような時間に、島に着いてしまった。いくらなんでもナミだとて、寝ているのではないだろうか。
けれども建物に近付いてみれば歌声が聞こえて来て、本当にナミは歌う事が好きなのだと知る。暇さえあれば何かを歌っているか、何かを書いているかで、そう言えば寝ている姿は見た覚えが殆ど無いと気付く。
窓から中を覗いてみれば調理中の様子で、手元は危なげなく何かを作り続けている。いつだったか料理の本も出しているのだと聞いた事を思い出せば、本当になんでも出来るのだなと笑ってしまう。
歌声は低く響き、森の動物達も聞きたいのか集まり始めている。やけに動物に好かれるたちのようで、ナミの周りにはいつも動物で溢れているのだから、ここは平和だなと思う。
女に先立たれ、その女と似た花を見て嘆く男の歌であるようで、月光を集めるという夢物語を歌うそれは、海賊が見えない宝を追い掛けるのと何処か似ている気がした。独り遺される事への苦痛を歌うその声に、本気の色を感じ取れば、年齢的な意味で私において逝かれる事に怯えているのだろうかと思い至る。
時折ナミはこうして、私を泥沼の中へと誘導する。逃がすまいとするかのようなそれに、私は笑ってしまうのだ。
それでいて自分の事は喪った時、泣かなくていいと微笑むのだから始末が悪い。忘れないでとか、必ず守ってとかくらい言ってくれてもいいだろうと思うのだが、ナミは私になかなか甘えて来ない。
いつの間にか歌声はやみ、静寂の中でナミが何かを持って外へと出て来た。月明かりの中へとその姿を晒して、用意されている椅子に腰掛けたナミは、テーブルに何やら酒と食べ物を置いた。
「……何を作ったんだい?」
声を掛けてみれば驚きを隠さずに私を見て、それから嬉しそうに破顔した。その威力が如何程のものかナミは知らないのだろう。
「……ナミ、逢いたかった」
「嬉しいわ。月が見せた幻では無く、本物なのでしょう?」
「あァ、本物だよ。ナミに逢いたくて、こんな時間に来てしまった」
「いつでも来てくれたら嬉しいわ。レイさん、大好きよ。逢いたかったのは、私も同じだもの」
言葉遊びのようなそれに真実しか無い事は双方理解していて、クスクスと笑うナミがいつも何処か諦めたような眼差しで私を見ている事にも気付いている。その不安の理由も、自信がない理由も分かってはいるが、それを解決する方法がわからない。
私に妻が居る事、その妻とナミの仲が良い事がこの事態を引き起こしている。いや……そもそもの原因が私である事は分かっているのだが……。
だからこそ、シャンクスの件の後はやけにナミは私を甘やかす。それでも、自分の価値は底辺に置いたままだ。
「レイさん、月見酒でも如何ですか?」
「……貰おうか」
「お酒のアテは団子だけどね」
悪戯に微笑むナミが差し出してきたのが、先程作っていた物だと分かれば成程と思う。それに笑うとナミは胸元からお猪口を取り出して差し出してくる。
何処に入れてるんだと思った直後に、まぁ仕舞うには便利そうだなとその膨らみを見て思う。それを素直に受け取れば、当然の事として注がれる酒。
酒は良い物だったらしく、中々に美味い。月光がナミの太陽のような髪を照らしているのが、太陽を恋うているようにも思えて苦笑する。
なんだと言うのか、この感傷は。これだから、歳は取りたくないのだ。
「……月見酒って、どちらの月を見てるのが正しいのかしらね」
「私が思うに、より美しい方を眺めるべきだろうと思うよ」
言いながら団子を口に運べば、異様に美味い。ナミは何を極めようとしているのか。
隠して大切に守っているというのに、勝手に輝きその存在を世界から隠す事を難しくする。どうすれば守り抜けるだろうか。
「難しい事を言うのね……。レイさんの隣で見る月ならば、どちらにしても美しいのに」
当然のように呟かれたナミの言葉に、団子を喉に詰まらせかける。中々素直に想いを伝えてくれないナミからのこれが、どんな意味を持つのかは、ほんのりと色付いたその
「……確かに、それもそうかもしれないが……何より美しいのは、月をその手に抱いているナミ本人だろう」
口に出したのは、本音であり中々にくさい言葉だったと気付いたが既に手遅れ。1度口から発せられた言葉は、取り戻す事等出来はしないのだから。
その証拠に
そのアンバランスな所に、魅入られる。いつまでも何処かあどけないナミに、心が囚われている。
……ずっと蜘蛛のつもりで居たのだがね。美しい蝶を捕らえて、食い散らかしていた筈が、いつの間にやら蝶に見せ掛けた妖精に手を出していたらしい。
「月が綺麗ね、レイさん」
「そうだな。だからこそ……月よりも美しいものを、食べたいと思うのだが……ここと、中とどちらがいいと思うかね?」
向けられた言葉を利用した私からの問い掛けに、ナミは自ら私へとその腕を伸ばして、照れを隠すように抱き着いた状態で小さく答えを囁いた。どれ程月がナミを恋慕おうとも、ナミの全ては私のものだと月に見せ付けるように唇を合わせる。
今宵はナミを眠らせてはやれそうにないなと、微かに自嘲しながら。それでも、辞めてやるつもりなど私には皆無だ。