どうしても欲しい物があると言われて仕方無く船に乗せて来たが、本当に航海士や測量士として優秀だと舌を巻く思いにさせられる。これだから、島に閉じ込めておきたくなるのだ。
……美しいと言うよりはまだ愛らしいと評するのが正しいだろう容姿とは違い、知的であり同時に恐ろしい程に我慢強く気位が高い。出来ない事等何も無い完璧人間に見せかけておきながら……何処か抜けていていつもハラハラさせられる。
そんなナミが欲しい物があると珍しく言ったから連れて来たが、求めた物は新作のインクとペンだと言うのだから気が抜ける。しかもそれを選ぶだけで、数時間かかった。
それが落ち着いて帰る途中の今、折角だからと近くの島に立ち寄る事にしたら私の存在を忘れたかのように海図と向き合っている。こうなったナミには何も聞こえないのは、これまでの経験から分かっているのだ。
だが……気に入らない事に違いは無い。それでもどうやら、1応私の存在そのものを忘れた訳では無いらしく、手紙が置かれている事に気付いた。
手紙を見てみるともうすぐ島に着く事と、イベントをやりたい事、そのイベントの概要等が書かれている。やりたい事や、やっても良いと思えるものに合わせて準備を頼むと書いてあり、様々な部分で私に1任するとある。
食べたい物があれば材料を揃えてくれと言う事かと理解すれば、我儘なのか優しいのか微妙な所だなと思う。だが、暇潰しには丁度良さそうだと思いなおしてゆっくりと立ち上がった。
それにしても、今のこの様子では私が居ない時ナミはほぼ寝て無いと考えて、間違いはなさそうだな。そう気付けば、少しばかり心配になる。
強がりだからね、ナミは。恐らくは今も過去の記憶に蝕まれている筈なのに、私にもそれを見せようとはしない。
弱さを見せる事で迷惑をかけると思っているのは理解しているが、歳若い恋人に弱さを隠されるのは正直少しつらいものがある。甘えさせてやりたいと常日頃思っているのと同時に、まだそれだけ心の距離があるのだと突き付けられているような気分にさせられるからだろう。
船を陸につけると、手紙にある中で興味のわいたものだけ用意してくれとあったので、それに従ってみるかと動き出す。食べてみたいと思った料理の材料を購入しつつ、薄絹に植物がまとわりついているような衣装を購入する。
噂では天使と言われているナミだが、私から見れば天使と言うよりドリュアディスなのだから仕方無い。姿を見せるも隠すもドリュアディスの心ひとつで、植物を愛する植物に住まう精霊。
恐らくナミが本当にドリュアディスならば、蜜柑の木に宿っているのだろう。そんな阿呆な事を思わされる位には、希少な生き物に思える。
攻撃力が無く、逃げ隠れするのばかりが得意な所が良く似ている。美しい容姿である自覚を持たずに、ただ大切な木の中に住み、木から木へと移動する時と気が向いた時だけ姿を見せる森の精霊であるそれは、稀に人を愛すると言う。
……ナミならば素で行けるだろうと思いつつ勝手に零れる笑みに、らしくないなと思う。若く有名な昔馴染みよりも、私と共にいたいと言ってくれる甘く暖かな温もりが、私の心を縛り付ける。
船に戻ると相変わらず何かを描き続けていて、困った子だと笑いながら無事であった事にホッとする。僅かな時でさえ傍を離れるのが怖いとは……情けない話だ。
覇気を使えば、何処にいるのかなどすぐにわかると言うのに。どうして……これ程不安になるのか。
船を即座に動かして、いつもの島へと帰る為に波を割って進む。早く蜜柑の木まで帰らせなくては、私が心労で倒れそうだ。
船を動かしていようが泊めていようが、何かに集中していようと眠っていようと、天候に何かあれば飛び出して来ると分かりきってるナミが居る。それだけで、この海の難易度が恐ろしく下がるのだから、末恐ろしい。
今では四皇と呼ばれているリンリンが巷では天候を操る魔女と呼ばれているが、実際それはナミにこそ似合の文言だろう。昔はリンリンも美人だと騒がれていたが、時とはなんと無情なものか。
……そもそも泥棒猫との呼び名も、謂れを聞けば不快でしかない。何が心をも盗む猫のような女だ。
島に着く頃には朝日が登っており、荷物を家まで運んでから少し寝るかと思ったがナミが徹夜で海図を描いていたと分かれば、まず先に叱る必要が出る。どうしてこんな所ばかり幼子のようなのか。
好きな事をしていると全てを忘れてしまう可愛い恋人の姿を見て、問答無用で顎を掴み唇を重ねる。簡単に私に翻弄されてその身から力を抜いてしまうナミは、この場で食べたくなる程だ。
「んぁ……レイ、さ……」
「黙って……これは罰だよ」
その言葉に従うように抵抗の言葉を辞めて私に全てを委ねる姿は健気で、少しばかりの優越感に浸る。この愛しい恋人が、私以外に触れられる事に怯える事を知っているからと言うのもあるのだが、全てを委ねてくれる事で色々なものが昇華される。
たっぷり楽しみ終える頃には、軟体動物のように力の入らなくなっているナミの耳元に囁く。とうに身体は火照っていると分かっていて、だ。
「部屋まで運んであげるから、少し寝なさい。イベントは夜からだろう」
今は、その熱を持て余して過ごす事が、何度言っても徹夜する事を辞めないナミへのお仕置きだと気付いたようで、顔を俯かせる。恥ずかしがり屋なナミは自らそれを助けてくれと言えないと分かっていて、首筋に軽く跡を遺すような仕打ちをする。
少しはこれで反省したらいい。私をいつも不安にさせて……悪い子だ。
「レイ、リー……。ごめん、なさい」
抱かれてる時だけ呼び捨てにする癖のあるナミのその言葉に、精一杯の誘いだと分かっていて気付かないフリをして額に口付けを落とすと、部屋までさっさと運んで寝かせてしまう。切なそうに私を見るナミは可愛いが、これは私にもキツいものがあるのだと言う事に恐らくナミは気付いていない。
それから小さく、お休みなさいと呟いたナミは大人しく眠りに落ちる。普通の人間よりは頑丈だが、私達から見ればまだまだか弱い少女でしかないのだから、無理はして欲しく無いのだ。
暫くして目覚めたナミに入浴をすすめて、衣装を渡せば仮装するの?と少し驚いたような様子を見せるので笑ってしまう。意外な選択だったらしい。
「ナミが可愛い精霊となるのを楽しみにして居るよ」
「なら、レイさんは?」
「私は、森の王だからこのままさ」
「えー、私だけなの?狡いわね」
そんな事を言いながら、クスクス笑ってナミは入浴しに向かう。それを見送り新聞を眺めているが、変わった事は特に書かれていない事を確認して息を吐く。
新聞が必ず正しいとは思わないが、変わらない海というのも何とも言えない気持ちにさせられる。そうしているうちに出て来たナミは透けて肌の色を伝えるのに、大切な所だけ見えないような状態にあった。
それに本人は気付いていないのか、私の前に迷わず進み出て微笑む。これは、思っていたよりも卑猥な衣装だな。
「レイさん?何かおかしい?」
「いや、似合いすぎて言葉を失っていただけだよ。ナミ……Trick or Treat?」
「ちょっと待って!流石に何か用意する暇なんて無かったわよ!」
「なら、その身を捧げなさい。言葉の通りにね」
我慢の限界は、私が先に迎えたらしい。ナミの折角の衣装を脱がす事無く布の上からその身に触れれば、あえかな声をもらすナミ。
何処も彼処も甘いナミは、本人が何よりも美味しい極上の菓子だ。甘い蜜を滴らせておきながら、縋る事さえ出来ない気位の高さがナミを苦しめ追い詰める。
だが……私の方がもう持たないな。私はこの蜜柑の精霊に、酔わされている。
「ナミ、来なさい」
命じれば逆らう事なくソファに座る私に自ら抱き着くようにして跨るナミは、脱がせない私を少しもどかしそうに見つめてくる。そんなナミに小さく笑いながら、深く唇を重ねた。
折角精霊らしい姿をしているのに、脱がせては着せた意味が無いだろう。そう思いながら、ナミの柔らかい肉へと食らいつく。
Trick or Treat……森の王に森の精霊が勝てる筈など無いのだから、素直に全て提供しなさい。2人の夜は、甘い声と共に今……幕を開けたばかりだ。