珍しくこの日だけは会いに来てなんて甘えるように言ったナミの言葉に従い来てみたが、森の方まで漂って来る甘い匂いに本当に何をしているのかと思わされる。今日は私とナミのどちらも誕生日では無かった筈だ。
ではこれは何なのかと考えて、途中の街で恋人のイベントだと言って騒がれていた物を思い出す。それであるならば、分からなくもない。
途中で寄ったその街の雰囲気に呑まれて、気付けば買っていたプレゼントの箱を手に部屋に入ると、エプロン姿のナミが私に視線を向けて嬉しそうに微笑んだ。優しい1般家庭のような雰囲気に、1瞬私は声を詰まらせてしまう。
「本当に来てくれるなんて思わなかったわ」
「珍しく言ってくれたお願いだからな。私の誕生日には、絶対に来ないように言うくらいの子が、来て欲しいなどと言えば、何を置いても駆け付けるさ」
「ありがとう。本当に嬉しいわ」
そう言いながら可愛く盛り付けられた料理やシャンパンの置かれたテーブルに丁度完成した所らしいケーキを運ぼうとするのを見れば、それを受け取り運ぶくらいはさせて貰わねばと思う。ナミの手はなんでも生み出す。
小説も、歌も、資料も、料理や裁縫さえ器用に行うナミに生み出せない物は無く、本来ならば海を股に掛けて海図や地図を描きたいのだと言う事も知っている。だが私には、それを看過出来そうにないのだよ。
海の危険度も知っている。それに私が付き添う事は可能だろうが、現役で居続けている同期や後進達から必ず守り切れるかと言われれば不安も残る。
どうしたって年老いて、衰えて居る事は己が1番良く分かっているのだから。それ故に私よりも弱いナミを海に出す事は看過出来ず、かと言って共に行くとも言えない。
私が共に行けば、それが理由で掛かるであろう懸賞金の額を思えば閉じ込める他の選択肢は存在しない。こうなってはもう、ナミに夢を諦めさせるしか、方法が無い。
「レイさん、どうしたの?」
「どれも見覚えの無いものだと思ってな」
「クリスマスレシピだから、そうかも知れないわね」
笑うナミに、けれども心の内を明かせぬ私は卑怯なのか。時折空気に溶けてしまうような恐怖にかられる程、透明な雰囲気を醸し出すナミを腕に抱き込めば不思議そうに私を見つめ、けれども抵抗はしない。
それどころか私の様子を心配して、そっと顔を覗き込んで頬に手を添えてくる。それから、小首を傾げて唇を動かすと真実を見透かす様な事を口にする。
「何が、怖いの?」
怖い……?
言われて、漸く理解した。そうか、私はナミを失う事が怖いのかと。
「ナミを、失いそうで怖いと言ったら……どうする?」
「そうね……。それなら、ずっと側で守ってくれてても良いのよ?私の……っ!なんてね。冗談よ」
初めは素直に悩む様子を見せて、次の瞬間には悪戯な瞳で妖艶に微笑みを浮かべて言葉を紡いでいたナミ。それが突然、自嘲的な笑みを浮かべ乍泣きそうにその瞳を潤ませてそんな言葉を口にする。
日陰の身に落とした私に責任があるかと、その様子から思う。それでももう、手放す気は無いのだがね。
罪深い私は、捕らえた蝶を逃がす気などないのだから、最低との謗りを受けるのも致し方ないだろう。だがナミは私を責めないのだから、さて……どうしたものか。
泣かれても、嘆かれても、手放せない。傷付けるばかりだと分かっていて、それでも求め羽根を引きちぎってでも閉じ込める。
この凶暴な私をそれでも甘やかすように受け入れるナミは、優しいと言うより既に愚かなのでは無いかとさえ思う。とは言え逃げようとしたところで、海の果てまで追い掛けて、捕らえた瞬間に今度はその足を引きちぎるだろうと自分で分かっているのだから救えない。
「ナミ」
私がその名を呼ぶ。ただそれだけで、ナミは私に逆らえなくなる。
そんな甘いナミを、それ程にわかりやすくも暖かな愛を向けてくれる少女をどうして手放せるというのか。そっとナミの頬に触れると、ナミは静かにその瞳を閉ざす。
「ナミは永遠に逃げられない。私のモノなのだから、そんなに悩まなくともいい」
「え?」
その瞳を驚きに見開いたナミは、私を真っ直ぐに見詰めてくる。それにより少しばかり、いつもより幼く見える。
「ナミの全ては、私のモノだからな。それは即ち、私の事を独占する権利をナミももっているという事だよ」
「レイさん……?」
「クリスマスだったか、このイベントは」
「えぇ、聖なる夜を大切な人と過ごすって言うものよ。そして大切な人に、贈物をするの。……聖なる夜には、良い子の元にはサンタクロースと呼ばれる妖精のお爺さんが、プレゼントを運んでくれるのよ」
雰囲気を変えようとしたのか、ナミは最後に少し明るく言葉を付け加えて見せた。だがね、それならば今宵は離す訳にも、逃げる訳にもいかないな。
「なら、良い子であるナミには、後程プレゼントをするとして……その前に、大切な人であるナミにこれをあげよう」
そう言って私が差し出した1つの箱を素直に受取ったナミは、中身を見る前に泣きそうな顔で微笑んだ。まるでずっと探していた、大切な物を見付けたかのような雰囲気を纏って。
「レイさんが、何かをくれるなんて思わなかったから……」
「今宵はクリスマスだからね」
まるで分かっていたかのように口にしてみたが、真実なんてものはバレなければそれでいいのだ。箱を震える指先で撫でたナミは、開けていい?なんて聞いてくるから、それに頷いてやれば細くしなやかな指先が、丁寧に箱を開ける。
中身を見たナミは、その中身をそっと取り出して何も付けていなかった右手首にそれをそっと嵌めた。ブレスレットならば今もしているから邪魔にならないかと思ってのものだったが、左手に追加させるのだと思っていたから少しばかり驚いてしまう。
「レイさん、ありがとう。この石……私の誕生石ね。それもピジョンブラッド……」
「ナミに半端な物は渡したくないからな。気に入って貰えたかな?」
「えぇ、大切にするわ」
そう言ったナミは私に今度は箱を差し出して来て、それを受取り開けてみると中からは眼鏡が出て来た。それをかけてみると恐ろしくよく見える。
「これは……」
「この間、割ったでしょ?だからその欠片持って行って作って貰っておいたのよ」
「成程。ありがとう、ナミ」
笑って言った時ナミの視線が窓の外に向けられたのに気付き追いかけて見ると、外では雪がチラつき始めている。それを見て小さく、ホワイト・クリスマスねと呟いてから、ナミは悪戯な瞳を向けて来た。
「ねぇ、レイさん?いい子な私へのプレゼントってなぁに?」
「それは食事を終えて、夜寝てから枕元に……だろう?」
「教えてくれないの?ケチね」
そう言ってクスクスと笑うナミに、いい子への贈物は返品不可能な私だから心ゆくまで食べてあげようと言うのは、もう少し夜が深まってからだろう。眼鏡を片付けて、何よりも美味しそうなナミではなく、私の為にと用意されているご馳走を共にと席に着く。
贈物が凶暴なケダモノだとしても、プレゼントされた側が喰われるだけなのだとしても、抵抗する事は許さない。もしも抵抗するならば、ナミをリボンで縛ってしまおうと内心で笑いながら食事をする。
そんな私の考えを知らずに、ナミは笑う。私が傍に居るのならば、それだけで良いとでも言わんばかりに。
「ナミ、Merry Christmas」
島の音は全て雪に掻き消され、暖かな空間ではただ幸せな恋人達が刹那の逢瀬を楽しんでいる。これが永遠には続かない事を知りながら、だからこそこの1瞬を大切にしようと互いを強く求め合うのだろう。
Merry Christmas……これは許されぬ恋だと女は呟くけれども、男が女を手放す事は有り得ない。それ故に、2人の聖なる夜はこれから長く続く事となるだろう。