年末には顔を見せると言いながらギリギリになってしまったが、ナミは怒っては居ないだろうか。……いや、寂しがっては居ないだろうか。
怒ってくれるならば、その方が良いんだがねェ。ナミは怒る事も無く、基本的に諦めたように笑う事を私は知ってしまっている。
訪問者は私の他には動物と敵だけという環境に居る事を思えば、寂しくない筈も不安にならない筈も無い。それでも恐らくナミは少し寂しそうに笑い、何でも許すのだろう。
私の姿を見れば、いつものように嬉しそうにはにかみながら笑い、遅くなった事を謝れば笑顔で許すのだろう。そして、私から見えない所で寂しそうな色をその瞳に宿すのだと……そうと分かっていて謝るのだから、私は随分と卑怯者だ。
ドアを開けると中から蜜柑の妖精が転がり出て来た。蜜柑色の髪と、蜜柑の香りがする世間的に見ても明らかなる美少女。
こんな獣の他に何も居ないような森の奥地に隠されているべきでは無いと、知っているし分かってもいる。それでも、表に出す事が出来ない程に希少な生き物であり、それ故に他の守り方が分からないのだ。
隠していて尚、幾度と無く攫われたりした儚き存在。容姿だけでも充分すぎる価値があるというのに、何故こんなにも多才なのか。
抱き締める腕に自然と力が入れば、ナミは僅かに身じろぐ。そして、心配そうに私を見詰めてくるのだ。
自らの事は蔑ろにするのに、いつも私は自らの家族を心配している。心優しい事だけがウリのような、民間人としか思えない思考の持ち主だ。
「レイさん、何か悲しい事でもあったの?」
「何故、そんなふうに思うんだい?」
「だって……泣きそうな顔してる」
そう言ってナミはそっと私の頬に触れる。その温もりに自然と眼を伏せれば、ナミがそっと私の首に腕を回して唇を重ねて来た。
1瞬触れただけで離れてしまうそれに、今度は私の方から唇を重ねれば、どれ程深く口付けようとも抵抗せずに受け入れてくれる。私が満足して唇を離す頃には、力無く崩れ落ちてしまいそうなナミがいて部屋に抱き上げて連れ込めば、ベッドに下ろした瞬間に待ったがかけられた。
「今日は大晦日だから、駄目」
「あァ、1日も含めて駄目なんだったか」
「そうよ。それに、新年はちゃんとシャッキーさんと過ごして」
「シャッキーはナミちゃんの所に行けと言っていたが?」
「え?……なん、で?」
顔色を変えたのは、私との関係を知られてシャッキーを傷付ける事が怖いからだろう。だが……アレは敏い。
とうの昔に知られているだろうが、ナミの性格を考えて何も言わないだけだろうと嫌でも分かる。これでこの2人の仲が良すぎるのが、ある意味問題かと苦笑が浮かぶ。
何かあった時に責められるのは私だろうなと、共に戦い抜いた時代からの怖さを知る私としては戦慄に似たものを覚える。無言になった私にナミは不安そうな顔をするから、頭を撫でながら優しい嘘を紡いでおく。
「シャッキーはナミを私が〝保護〟している事と、家族から引き離している事を知っているからな。1人にするなと言われたよ」
「それなら、シャッキーさんも来てくれたら良かったのに……」
「……私だけでは、不満かい?」
「シャッキーさんを、1人にしたくないの。私のせいでって……どうしても、思うから……」
この子は海賊と関わらずに、政府とも関わらずに、本当に穏やかに民間人として生きるのが幸せだろうという性格をしている。何事も無ければ、孤児院でもやっているのが恐らく似合っているのではなかろうか。
辺境の地で、もしくは荒廃した土地で、ナミが身寄りのない子供達に文字の読み書きを教える姿が自然と浮かぶ。だが……それさえ許されない程に、ナミは優秀過ぎる。
「所で、食材はあるのかな?年越しを1人だからと、まさか何も食べずに過ごす予定だったとかは言わないだろうね?」
「前回レイさんが来た時、本の整理を真面目にしなさいって怒ったから、さっきまでそれをしてたのよ。食材は昨日買ったのを届けて貰って作ったわ」
「だとするならば、1人用かな?」
「2日か3日になってからレイさんが顔見せに来るかなって思ってたから、多目に作ってあるわよ。1人なら凍らせて置くつもりでいたけど、来てくれたんだから1緒に食べて欲しいわ。けど……レイさん、苦手な物ってある?」
例え苦手でもナミが作ったのならば食べるつもりだが、はてさて何を作ってあるのか。興味を持って中に入ると、鍋が幾つも並べられていて、成程確かに数日どころかナミ1人なら10日は引き篭れそうだと理解する。
その時ナミがそっと私から離れて、キッチンに向かうから大人しく座って様子を眺める事にした。座ってみれば確かに、本が積み重なっていた空間がスッキリとしていて、部屋が広くなった気がする。
キッチン、食事スペース、ベッド、机、他はこれでもかと並べられた天井迄の本棚。その中にはキッチリと隙間なく本が詰め込まれており、次に増えたら片付ける所がないと気付く。
机にその時必要な資料を置けるスペースは取り付けてあるが、そこから本が消えているのを初めて見た気がする。……ナミを1人にしておくのは危険過ぎると、遅ればせながら思い知らされた気がした。
金を稼いでいて、それを使いニユースクーに必要な物を頼んでいるのだから、欲しい本はいつでも手に入る環境に居るのだ。こうなってもおかしくは無い。
インクや紙、ペンはこだわりがあるらしく自分で買いに行くが、他は基本的に……ニユースクーが届けられない物で欲しい物と言うのは、何かあるのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かぶ。
「ナミ、何か欲しいものはあるかい?」
「……本棚、かしらね」
「これ以上何処に置くつもりだね?」
既に置けそうな所は見当たらない。寧ろ壁が見えない状態だと言うのに、何を言うのか。
この子は本を食べて生きているのでは無いかと、少しばかり不安になる。それ程に本を好む上に生み出してさえいる。
「ベッドの枕元と壁の間にこう、背中合わせにしてベッドが部屋の内側に来る感じにしたら寝てる時に潰される事も無いし、いいと思うのよ。と言うか、壁沿いの本棚を人1人が通れるスペース残して全てそれにしたら、図書館みたいになっていいと思わない?」
「全く思わないね。ナミは阿呆なのか」
「なら、2階を増設しても良い?」
……本の為に2階を作るのか。床は抜けないだろうか。
身振り手振りで本棚について話をするナミに、だが2階に本を置かせたらそれこそ危険な気がしている。困ったな……1蹴する訳にも行かない所が余計に困る。
「1度ゆっくり設計図でも描きながら考えてみようか」
「なら、すぐにでも!」
「今何か作ってるだろう。後にしなさい」
この子は、危険だ。何か考えてやらなければと、本気で思わされる。
それでも調理中も含めてその手首に光る物を見れば、愛情を疑う気にはなれない。だが、本と私のどちらが好きなのかなどと問いたくなる日が来るとは思いもしなかった。
無論口に出して問うつもりは無い。だが、脳裏を掠めるくらいは許されるだろう。
お年玉代わりに何かと思ったが、壮大な事になりそうで少し胃が痛い。シャッキーを1度連れて来て話をさせてみるか……いや、シャッキーはナミの味方だろうな。
そうなれば背水の陣か。シャッキーはナミが喜ぶならば、2階だろうが地下だろうが造るように言うだろう。
そんな事を考えていたら、目の前にお茶と和菓子……おはぎか?が出された。見慣れないお茶に何かと思って視線を向けると、梅昆布茶だと言われる。
「和菓子と合う塩っぱめのお茶よ。飲んでみて」
「……ナミが、作ったのか?」
「えぇ、だって他に作る人居ないでしょ?」
当然のようにそんな言葉を口にするが、おはぎと梅昆布茶を作れるのか、ワノ国出身でも無いのに。その時点でおかしいと気付いて欲しい。
キッチンに戻ったナミは蕎麦を茹でていて、天麩羅も用意されていた。外を見れば成程、そろそろ深夜と呼ぶに相応しい時間帯だと知る。
年越し蕎麦を作る間の繋ぎに用意してくれたのかと思えば、有難く頂く事にする。食べて、飲んで、恐ろしく合うそれに何だこの組み合わせはと思わされた。
危険だ、これはいくつでも食べられそうな組み合わせだ……と思いながら用意されたそれを食べ尽くす。蕎麦をその間に用意し終えたのか、ナミは楽しそうにそれを盛り付けて運んで来る。
「少し早いけど、食べる?」
「そうだな。この組み合わせで食べていては際限なく食べそうだ」
「そうでしょ?甘い物と塩っぱい物って、魔の組み合わせなのよ。でも、基本的に和菓子は太らないからダイエットの味方よ」
「ナミはこれ以上痩せるな。寧ろ少し太りなさい」
「嫌よ!この間も気に入ってたワンピースが入らなくなって……私、もうどうしたらいいのか……」
確かに年齢と共に胸が成長しているから、入らなくもなるだろう。だが、その細腰は変わっていない。
そうなれば……多少の責任を感じる。寧ろその腰は私のせいで、細くさえなっている気がしているのだから。
「……今度、2人で服を買いに行こうか。今はまだ成長期だ、気にする事は無いよ」
「成長期の子供に手を出して良いの?レイさん」
「今更だろう?」
海賊に道徳心等を求めて貰っては困る。そう思って笑えば、ナミは顔を赤く染めた。
年越し蕎麦を黙って食べ始めたナミに倣い、箸を手にして食べ始めれば、本来私を呼ぶ為の鐘を動物達が鳴らし始めた。除夜の鐘のつもりかと思えば笑いが自然と零れる。
どれ程鐘が響こうとも、私の煩悩は消える事は無いだろう。全ての煩悩が向かう先に、ナミが居るような気がする時さえあるのだから。
Happy new year……たまには何ともないようなこんな時間を過ごすのも悪くは無い。2人で笑える時が、今年も長く続けば良い。
幸福とは、愛しい人の姿をしているのだと、教えてくれた君と共に。新たなる年を愛しい幸福と共に過ごして行きたいと心から願う。