バレンタインの直後、剣に石がついている事に即座にシャッキーは気付き、煙草の煙と共に言葉を吐き出した。それは、本当になんでもない様子でありながら確信的な瞳で、けれども責めるような色は少しも無い。
「それ、ナミちゃんからのお守りね?」
「何故……」
そう思うのか。そう続けようとした私に、シャッキーは艶やかに笑うと酒を継ぎ足した。
「貴方を〝案じる〟人が他にいる訳が無いでしょ?それで、私にも何か受け取ってきたんでしょ」
「お見通しか」
案じる事は無駄であると、近しい者達は分かっている。その中で私を案じるのは、恋人かどうか以前にナミだけだ。
そうしてナミから渡されていた緑色のピアスを差し出せばシャッキーは笑って、本当に可愛い子なんて呟く。シャッキーが言うにはそれはダイオプサイドと言う宝石で、道標、信頼の意味を持つ物らしい。
「それで……いつまで隠しておくの?ナミちゃんは世界地図を描くという夢が有るでしょう」
私がナミを手放さずに、閉じ込めているのだとシャッキーは言う。ナミはどこに居ても私を愛するだろうと平然と言いながら、だから手放せと言う。
「だがシャッキー……あの子は、狙われている。簡単に手放せる筈が「それをいつまで言い訳に使うつもり?……失望させないで」」
ナミを恋人とした事も、隠して守っている事も知っていてナミを責める事も、私を責める事もしないシャッキーが珍しく怒りをその瞳に宿した。臆病になって閉じ込めて、それで守ってるのだと自己満足してるだけだと強く叱ってくるシャッキーに、私は反論出来ない。
「レイさんが野たれ死のうと、何処かで女囲ってようと、性病貰って苦しもうと私は気にしないけど」
「心配はいらないが、気にはしてくれ」
「甘える相手は私じゃないでしょう。その甘さを、レイさんはナミちゃんに求めたんだから」
「シャッキー……」
「ナミちゃんを泣かせる事は、許さないわよ。レイさんがどうなろうと勝手だけど、ナミちゃんを巻き込まないで」
それから私が離れ難いと思っているだけなのだと、世界を1度見せてやる位の度量を持てとシャッキーは言う。強い眼差しに迷いは無く、シャッキーはナミを可愛がり、ナミもまたシャッキーを慕っている。
不思議な関係性だと思うが、私がどうこうと言う問題では無い。嘘偽り無く、シャッキーはナミが可愛いらしいとこんな時思い知る。
憎しみ合われたり、罵り合う関係性よりはずっと良いとは思うが……私よりも私の女達の方が仲が良い気がする時があるのは不可解だ。だからこそナミに関してのみ、シャッキーは私を叱る事も多いのだと知っているが、私は……。
そんな会話あってからすぐに、シャッキーにお返しだと言って箱を持たされた私はそれを理由にしてナミの元へと向かった。私だとて本当は分かってはいる。
それでも……喪いたくないと、手放せば喪うのではないかと不安になるのだ。ならば鍛えてあげればなんて言うが、こんなにも穏やかな笑顔を見せるナミに、戦いなど似合いはしない。
部屋に入るとカモメと戯れているナミが居て、優しい顔をしているのが見える。カモメを見送りそれからは、いつもの様に当然私の方を見ると思っていたのに、ナミは箱を開けて中身を見て笑うばかりだ。
何が起きているのかと思ってみれば、送り主がナミの姉で体から力が抜ける。血の繋がり等無い筈なのに、本当に良く似た表情をしていた事を思い出す。
そんな時ナミがそっと私に触れた。それは唇にであり、その触れた理由は私の口に何かを押し込む為であるようだ。
甘い味が口の中に広がり、その正体がナミの姉からのプレゼントであると知る。そう言えばマシュマロなんて物は、これ迄食べた経験が殆ど無いな。
それでも1応礼を伝えれば、得意気に笑うナミに確かにこのままには出来ないかとも思う。だが、下手な事を言えば、捨てるなら殺してと泣かれるのは分かっている。
そう、だな……ロジャーのような男がいたら、ロジャーを越えそうな男が居たら、その旅に暫く貸し出してやる形ならば海に出してやっても良いだろうか。そして、ナミに何かあった場合に限り、助けに行こう。
そうと決まれば幾つか準備をしなくてはと立ち上がる。それにナミは不思議そうな顔をしつつも呼び止める事さえ無いから、日陰の身にした事をこんな時に悪かったと思ってしまうのだ。
「ナミ」
「なぁに?」
「シャッキーから、ありがとうと、ナミへの礼だと言われた」
そう言って差し出した箱をナミは大切そうに胸に抱いて、私は幸せ者ねと笑った。こんな状態に追い込まれても、ナミは私やシャッキーがいれば幸せなのだと笑うのか。
私はそんなナミに軽くキスをしてから、また来ると言って帰る。それから数日後、私はナミの元を訪れていた。
大切なナミだからこそ、いつか来る別れの為に、巣立ちの為に、準備して来た。私が来た事に気付いたナミは私にオレオ擬きよなんて言って、ビスケットの間にマシュマロが挟まったものを差し出して来る。
摘んでみれば塩っ気のあるビスケットに挟まれたマシュマロの甘みで、絶妙なバランスを保ち美味しく感じられるが、飲み物が大量に欲しくなる味だ。その上大量に用意されていて、手が止まらなくなる。
……違う!美味いが違う!
ホワイトデーのお返しに来た筈が、持て成されてどうする!
「ビスケットは今朝焼けてね。粗熱取れたから、冷凍保管しておこうかと考えてたんだけど、丁度いい所に来てくれたわ」
「……美味いな。止まらなくなる」
「簡単に作れるのよ。ビスケットか薄焼き煎餅の間にマシュマロ置いて、加熱するだけだから。……それより、飲み物飲んでね。喉が渇くでしょ?」
そう言って注がれる暖かな飲み物は、蜜柑の香りがする。香りはするのに甘くないから、蜜柑のドライフルーツを茶葉に混ぜ込む形で作ったのだろうと理解した。
だが、目的はこれではない。渇きを訴える喉の為に茶を口にしながらナミを手招けば、小首を傾げつつ近寄って来たのでその左手の薬指にそっとキスをする。
ビクリと揺れる体と、戸惑う瞳。ここに私が指輪を嵌めてやる事は出来ないからと、代わりに右手を取り用意して来た指輪を嵌める。
「ナミ、愛している。右手で悪いとは思うが、許してくれるね?」
私の狡い言葉にナミの素直な瞳が涙を浮かべて、静かに頷くから……だからそっと細いその体を抱き締める。いつ折れてもおかしくないような、か弱いその体を強く抱き締めてみれば震えているのがどちらなのか既に分かりはしない。
卑怯な聞き方をしたのに、責めるどころか幸せそうに微笑み、涙さえ浮かべるのだから私に勝ち目は無いだろう。本当に、手放したく等は無いのだが……1度は世界を見せておくのも必要だと分かる上に、私が居てはそれこそナミが狙われるリスクが高まるばかりだ。
「ナミを、海軍大将にも負けない程に強くしようと言ったら……どうする?」
「え?素直に嬉しい」
「……私は、そういう意味では優しくはないぞ」
「レイリー……私は、もう何も諦めるつもりなんて無いの。でもね、レイリーが言うなら意に沿わなくても……私が邪魔になったとか、死ぬ時殺してくれるつもりが無くなったとか、そういう話でさえ無ければ、なんでも受け入れるわ」
決意に満ちたその瞳に嘘はなく、贈った指輪にそっとキスをしたナミは儚く微笑んだ。こんな微笑みを浮かべるには、早すぎるだろう。
「私はもう、充分すぎる程に満たされてるわ。こんなに嬉しい贈物をされるとは思わなかったし」
「ホワイトデーのお返しでもあるが……。ナミは私に、シャッキーかナミのどちらかを選べとは言わないのか?」
「言わないわよ。レイリーにはどちらも必要でしょ」
普段は抱かれてる時だけ呼び捨てにするにも関わらず、不意に違う時に呼ばれるそれに、ナミは賢いなと苦笑する。その上ナミはそう言ってから、シャッキーと良く似た顔で笑ったのだ。
それにドキリと心臓が鳴り、動けなくなった私にナミがそっと口付けてくる。微かに震えているのは、羞恥が理由だろうか。
甘やかなそれは1瞬で離れようとするから、無意識で追いかけるようにその唇に食らいつく。頭をしっかりと押さえて逃げられなくして、そのまま深く激しく口内を貪ればナミからは微かな声がもれる程度となる。
唇を離さないままにベッドへと運び、服の中に手を入れるがナミは抵抗する様子さえ見せない。そっと唇を離して、問い掛けたのは不安が理由だろうか。
「抵抗は、しないのか?」
「恥ずかしいのは変わらないから、して欲しければするけど……レイリーになら、私は殺されても本望よ。あ、でも……」
「でも?」
「……他の男に譲るとか、売るとか、誰かに見られるような所でってのは死んでも嫌よ。そんな事になったら、迷わず死ぬわ」
「ナミが他の男のめにふれたり、腕に抱かれるなど、この私が許す筈が無いだろう。その指輪は、ナミが私のモノだと言う所有の意味で贈ったのだからね」
私の言葉にナミは泣きそうにその瞳を歪めて、私に抱きつくと〝好きにして〟と囁いた。今日は優しくできそうにないと思っていたから好都合だが、どうしてナミはいつも私を甘やかすのか。
世界がナミを狙うというのならば、狙ったとしても得られぬ程の強さを与えよう。そして、私が守れなくなったその時には、共に逝こうと決めてしまった。
ホワイトデーに想いと共に贈物を……ならばプロポーズしてみた所で、本来ならば問題は無い。けれどもそれをこの二人の場合許されはしないからと、ただ離れる事を拒むようにその身を絡ませ心を繋ぐ他の選択肢はなかった。