私が誘拐されてから2年、レイさんは私を鬼のような勢いで指導してくれた。それには本当に感謝しか無い。
強くなったと褒めてくれたし、実際多分私は相当強くなったと思う。その上で、ほとほと呆れたようにレイさんは言った。
「ナミに戦いは向かないな」
「それは……私がまだまだ未熟って事ですよね。ごめんなさい」
「……実力だけならば、既に大将二人程度なら同時に相手できるだろう。問題は、その優しいを越えて甘いとしか言えない性格だな」
そんな事を言われても、こればっかりはどうにもならない。そう思って、でも言えなくて……私はそっと息を吐き出した。
それにこの言い方は、勝てない事を示している。相手はできても、勝てるとは言わなかったもの。
つまりは、足止めとか程度がせいぜいって事。私……せっかくレイさんに鍛えて貰ってるのにとおもえば落ち込みもする。
そんな私にレイさんは珍しく、共に出ようかと言ってシャッキーさんの元へと案内してくれた。けど、その翌日からレイさんはふらりと姿を消してしまい、私はシャッキーさんの元で2ヶ月程滞在しつつ新聞を見ては1喜1憂する生活を続けている。
シャッキーさんがいるのに、寂しい気がするのはどうしてなのかな。そんな風に物思いにふける私に、シャッキーさんは楽し気に笑った。
「ナミちゃんは、モンキーちゃんのファンなの?」
そう言いたくなる気持ちも分からなくはない。だって、私はどうしたってルフィの記事を見つけては大喜びしたり、落ち込んだりしているのだから。
ルフィ、エース、サボの記事を見付けてはコロコロと表情を変えている自覚はある。その中でも特に問題ばかり起こしては、紙面を賑わせ続けているのがルフィなのよね。
「ルフィは、私の弟なんです」
「あら、ならナミちゃんもモンキーちゃんなの?」
「……血の繋がりはありません。ルフィ達三兄弟を弟として、共に過ごした期間があるだけですから」
ふふふと笑いながら答えれば、シャッキーさんは成程ねなんて言いながら新聞を差し出して来た。それを見てしまえば、血の気が失せて倒れそうになるのも不可抗力だと思う。
エースがインペルダウンに……。どうしたら、いいの?
戸惑う私の後ろでドアが開き、海賊達が呑み始めた。私が絡まれそうになると、即座にシャッキーさんが対応してくれたので私は思考の海に沈んでいられる。
その時ドアが再び開かれて、カランカランと音が聞こえて来た。それと同時に随分久し振りに聞く声が私の体を少し緊張させたけれど。
「レイリー、シャッキー、いるかー」
「いらっしゃい。何にする?……あら?はっちゃーん!?」
「ニュー、ご無沙汰してんなーシャッキー」
「そうよ、もう十年ぶりくらい!?……あ、そういう事、ね。……いいわ、とりあえず座って待ってて。今この子達から法外なお代をぼったくってた所なの」
そんな会話を聞きながら、脳内はフル稼働している。レイさんがあの時ハチだけ逃がしてしまったと言っていたけど、ここにハチがいるのならば……。
首を少し動かして見れば、チョッパーとブルック、人魚とヒトデ、ハチと……ルフィがいた。ルフィとハチ以外は初対面になるからと、素知らぬ振りでカウンターに向き直る。
動揺するなと自分に言い聞かせていたら、私の横の席にブルックが座り、当然のように煮豆を食べ始める。流石にそれは予想外すぎて、何を言えばいいのかもどうしたらいいのかも分からなくなってしまう。
そう言えば、シャッキーはロジャー海賊団が表舞台に出る頃には既に海賊から足を洗ってたのよね。だとしたら、シャッキーさんはレイさんと同じ船に乗ってたって訳でもないのかな。
「……まさか、ナミか?」
突然かけられた声に私は冷たい視線を向ける。流石に簡単に許してあげられる程、私も寛大じゃない。
「久し振りね、ハチ。4年ぶりかしら?」
「あの、ナミ、その、悪かった!やり過ぎたとは、思ってて……」
「何人……死んだと思ってるの?レイさんが居なかったら、更に多くの人が死んでたわ。確かにあんた達が直接殺した訳じゃないし、あんた達と手を組んでた以上その責任は私にもある。それでも、馴れ馴れしくされる謂れはないわ!」
今も……ベルメールさんは歩けない。私は、故郷に帰れない。
その時、ハチが突然跪いて日本人でも出来ないかも知れない勢いで土下座して来る。……分かってる、ハチはそんなに悪い奴じゃなかったって。
分かってるのよ、ハチは……過去の事を思えばあの程度の事、許されて然るべきだって。それでも……そう思って視線を上げれば、そこには怪訝そうな顔をしたルフィと、心配そうにハチを見る皆の姿がある。
見知らぬ女に土下座するハチに、戸惑っているのだと分かる。そうだわ、皆を私が知っていても、彼らは私を知らない。
「……ナミ?」
「ルフィね。久し振り」
怪訝そうな顔のままルフィが問い掛けてくるから、私はそれに笑って頷く。その瞬間、ルフィは満面の笑みで私に飛び付いてきた。
「ナミ!会いたかった!こんな所で会えるなんてよ!なァナミ、1緒に冒険しよう!俺の航海士はナミって決めてんだ!」
「ルフィが、私より強かったらね」
今は覇気も使えない筈だから、多分私の方が強い。その位には、レイさんに鍛えてもらったもの。
月歩も剃も使えるし、クリマタクトで隠れられるから本気で逃げようとした場合の私を捕まえるのは案外難しいってレイさんにもお墨付き貰ったのよね。ただ、それでも何故かいつもレイさんには捕まるんだけど。
つまりは難しいだけで、不可能では無いっ事なのよね。レイさんは優しいけど、残酷な程に正直だわ。
「そうね、ナミちゃんより弱いんじゃ、流石に任せられないわ」
シャッキーが私の言葉に続くように言えば、ルフィ以外の全員が驚いたような顔をする。そして、納得行かない様子でルフィと私を見比べるから、つい笑ってしまう。
それによりハチが顔を上げる。だから、人魚に視線を向けて私は気持ちを切り替える事にした。
「私は多分、簡単にはハチを許す事はできない。でも、もう憎んでもいないわ。あいつらの中では、ハチだけが無害に近かったもの」
「ナミ……すまねェ!本当に、すまなかった!」
「ハチ、お前ナミに何したんだよ。ナミが謝った相手を許さねェとか普通ならねェぞ」
「それは……」
ハチは私に視線を向けて言い淀む。それに対して助け舟を出すつもりは無い。
話されて困る事ではないけど、不幸自慢なんてしたって仕方ないからとルフィに視線を向けて、懐かしいその帽子につい頬が緩む。シャンクスにもこの帽子似合ってたけど、ルフィの方が色々な意味で見慣れてるから何だか懐かしくなってしまう。
「その帽子、大切にしてくれてあり……え?ちょっとルフィ!?何このボロボロ!?貸しなさい!直してあげるから!」
「おぅ!ありがとな!」
ルフィは自然に帽子を差し出して、私はそれを手して即座に直しに入る。それをルフィは嬉しそうに見ているけど、私は直すのに必死でその視線を気にしてる余裕は無かった。
私が帽子を直している間に、ルフィ達はどうやらレイさんに用事だと分かり、困ったなと思う。だってこの2ヶ月、私やシャッキーさんでさえレイさんの姿を見ていないのだから。
「また女でも作って転がり込んでるんだろうから気にしてないけど、まァ……ナミちゃんもいるからこの島からは出てないと思うわよ」
「シャッキーさん、レイさんを少しは心配してよ」
「無駄な事はしない主義なの。それに、レイリーをどうこう出来る存在がいると思うの?」
その言葉に私がうっと言葉を詰まらせれば、シャッキーさんは楽しげに笑った。そうしてルフィにレイさんを見付けて説得出来たら1緒に行くわと笑えば、私が直した帽子を手に大張り切りで飛び出して行くのを見送る。
「あんな事言って……ナミちゃんは本当にレイリーから離れられるの?」
「レイさんが認めたら、ね。私も自分の目で見た世界地図を描くって夢があるもの」
「そうね、ナミちゃんも若い今の内に世界を見て来るのもいいと思うわよ。あんな何も無い島で、お金だけ貯めててもしょうが無いでしょうし」
そう言って優しく頭を撫でてくれるシャッキーさんに、多分今のルフィでは許可は降りないだろうなと思う。それに、多分……私はルフィと1緒には行けない。
だって、ここでルフィ達は1度1味が崩壊する事になった筈だから。その説明の為に、多分熊がここに来る。
そうなったらきっと私は、エースを助ける為に熊と共に向かうだろうと自分でちゃんと分かっている。私は、エースを死なせたくない。
それから私とシャッキーさんは少し話をしつつ、レイさん達を待つ事にした。今ここで、私が動く意味は無い。
この場所にきっと、レイさんを含む全員が集まる筈だから。私はその時を待ちながら、少しだけ帰ってくるのが怖いなと思ってしまっていた。
レイさんにも、シャッキーさんにも、私は何も言わずにエースの元へ向かうつもりだから、だからこそ怖い。生きて帰れたとして、2人がいるこの場所へ私が帰って来ても良いのか……それが分からなくて。
「ナミちゃん、深刻な顔してるわね」
「多分、ルフィは天竜人と揉めるから……」
「あら……私、そういう子、大好きよ」
シャッキーさんの言葉に笑った時、窓辺に『号外』の札を着けたクーちゃんが姿を見せて、私は息を飲んだ。嫌な予感がしながらも手にしたソレには『火拳のエース公開処刑決定』との見出しがあり、意識がふっと遠のくような気がした。
直後に飛び立ったクーちゃんを見送る余裕も無く、そんな私をソファに移動させながらそっと新聞を手にしたシャッキーさんは、少し休んでいなさいと言ってホットミルクを差し出して来た。それを無意識で受け取りながらも、飲む事も出来ずに、私は空を見上げている事しか出来なかった。
今はまだ、誰の足音も聞こえず、レイさんの帰宅を報せるベルは鳴っていない。心配そうに私を見詰めるシャッキーさんに、なにか反応する事さえ、今は出来そうになかった。