余りの暑さに耐えかねて、イッカクが叫べば他のクルー達からの視線が俺に集中する。つまり、俺にローとナミの意識をこちらに連れ戻して来いと言う事だ。
あの二人は、困った所が良く似ている。何かに集中すると全ての身体の機能が麻痺してんじゃないかって状態になり、潜水艦の中が50度を超えても気付かないところだ。特にナミは、そんな中で水分補給さえ忘れるから困りものだ。
2人は当然のように部屋で書類と戯れていて、2人の前からインク壺を没収してからペンを奪い取り、ペンを求めて伸ばされた手を振り払う事でローは帰って来た。そして即座に状況把握をすると、船長として動き出してくれたが、ナミはペンがなくても出来る仕事を始めようとするから仕方なくその両腕を抑え込んで風呂場に運び、浴槽に沈めた。
悪魔の実の能力者にこれをやると死ぬが、ナミは普通に泳げるので問題無い。まァ、服が張り付いて目の毒ではあるので、俺の方が大丈夫じゃないんだがな。
「ゲホッ!な、にす……!!」
「4日、飲食睡眠してねェからこのまま風呂入って、出たら水分補給な。その後1度寝てくれ」
俺の言葉にナミは状況把握をしたらしく、誤魔化すようにてへっと笑うから、それにより仕方ないなと許しちまう俺の甘さ。これが知られたら、ペンギン辺りにまたどやされるだろう。
そんな事のあった翌日。海上で船内の空気の入れ替えをしつつ、甲板の掃除をしていたら歌声が聞こえて来た。
それにつられるように部屋に向かうと、窓に向かって歌うナミが居て、久々に聞いた歌声に少し頬が緩む。ただ、その背中が哀愁を漂わせているから、どうしたのかと思う。
母親や姉を思ってるそれとは、空気が違うんだよな。なんか、もう二度と逢えない人を思うような……?
髪が風に揺らされて靡く姿が、雪の中で俺達を庇い戦っていたそれを思い起こさせる。蜜柑の香りは、あの時も今も変わらずにナミから発せられていて、胸が苦しいような気持ちになった。
歌が終わると同時に、驚いた様子で振り向いたナミが、何故か泣いているように感じた。だから思わず手を広げて笑いかけると、即座に飛び込んで来る小さな身体。
微かに震えるその身体を、傷付けないように抱き締めると甘えるように擦り寄ってくれる。でも、本当に何があったんだろうか。
「何かあったか?シャチが何か壊したか?はっ!!まさか、それとも俺か!?」
焦る俺の顔を見て、ふわりと笑う。その顔が少し無理してるのがわかって、でも俺の為に笑ったのも分かるから俺からも笑い返す。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
言葉を口にしながら落ち込んだ様子を見せるから、その頭を撫でながら当たったのだろう重箱のセットに視線を向ける。食器は確かに人数分ないが、艦内には他にも幾つか弁当箱やタッパーはある筈だ。
食器の色だとかが揃ってないといけないなんて決まりは無い。最近陸に上がってないから、花見を出来れば喜ぶだろうと判断して頷く。
「花見が出来るように、ローに1緒に掛け合ってやる。そろそろクルーのガス抜きもしたいしな」
「でも、予算が余りないのよ。この間レントゲンの機械修理したでしょ?それのお金私が出そうとしたのバレて、船のお金使ったから、あんまり余力無くて……」
「なら、その春島で食料調達を各自させてやれば良いだろ。焼肉やBBQならコックの負担にもならねェだろうから、野菜とか主食を弁当箱や重箱に入れてさ」
俺の言葉に小さくナミが、ロシーはトラウマになってないのねと笑う。それに首を傾げたらなんでもないと言うように、首を横に振るナミ。
「……ありがとう」
「本当に、珍しいな」
ナミが甘えてくれる事が嬉しくて、その頭を撫で続ける。今までナミが歌っていた窓から桜の花弁が舞い込むのを見て、どうやら春島が近いらしいと分かれば相談もしやすいと笑みがもれたのも仕方ないだろう。
暫くナミを抱き締めていたら、背後から頭を殴られて誰だと思って振り向いたらローだった。なのでこれ幸いと事情を説明すると、ローが妙に優しい顔でナミに言う。
……いや、その前に俺に謝れよ。なんで殴ったんだ?
「船に関わる高額の物を、クルーの1人が負担するのは不味いから金を出させなかったが、だからと言って宴を全て拒否する程には逼迫してねェよ」
「でも、特に誰かの誕生日でも無いし……」
「今は花見の時期だろ。花見は毎年の事なんだから、やらない方が問題だ。……春島は近いのか?」
それに俺とナミが頷いて、窓から花弁が舞い込んだ事を伝えるとすぐに準備するよう動き出してくれた。実際多少逼迫した状態にあったとしても、ローはナミの願いなら叶えるだろう。
……なんと言っても、初恋だもんな。例えその相手がこのナミでは無かったとしても、弟か息子としか見てなかったと知っていても、惚れた相手に変わりは無い。
もし立場が逆でも、きっと俺もナミには甘くなるのがわかる。あの日、助けようとした俺達を視線で制して、俺達が見つからないように自ら兄上に囚われたナミを思い出す。
その時の絶望に比べたら、無力感に比べたら、どんな事でも耐えられる気がした。捕まった後でナミが生きていられた保証は無いからこそ、今ここにいるナミを全力で愛し抜きたいと思っている。
到着した島で、憂さ晴らし兼ねて食料調達に向かって行くクルーを見送り、薪を並べて焼肉等を出来るように準備して行く。その途中で俺に火が燃え移ればナミから水が放たれて、俺は濡れ鼠になっただけで済んだ。
「ある意味、それ特技よね」
「何だと!?わざとじゃねェんだぞ!!」
「……だから、特技なんじゃない。わざとなら特技じゃなくてM男よ。迷惑かける男でM男」
そんな風に笑いながらも、本気で心配してくれてるのはわかる。ふと見ると焼肉用の鉄板でピザを焼いてるのが居て、なんでそんなもん焼いてんだと本気で思う。
でも、ナミはそれに参加して1緒に食べていて、俺はそれをふて腐った気持ちでおにぎりを食べつつ眺める。桜の花びらが風に乗り舞い散る中で、食料調達として狩られた肉を捌きながら食べる様子はある意味異質。
それでも全員生きて、この場に揃っている。その奇跡に俺は、少しでは無く泣きそうになった。
「……コラさん」
「ん?どうした?」
珍しく、戸惑った様子でこっそりと声を掛けてきたローに首を傾げると、スっと封筒が差し出された。中身を確認してみると、宿泊チケットが入っている。
「……ナミが、隠し持ってた。コラさんから、誘ってやれ。多分、ナミは俺達に遠慮して言えねェからさ」
「ロー……。いいのか?」
「ナミが、桜を見上げる度に溶けて消える気がするんだ。ちゃんと、現実に引き留めておいてくれ。……ここじゃない時代に、行っちまわないように」
それに続く事のなかった言葉まで、俺には聞こえた気がした。それはきっと、俺も共通した思いでもあるからだろうけどな。
〝ナミが生きていてくれるように〟
〝ナミが、傍にいてくれるように〟
ローの言葉に頷いて、俺はリンゴを食べてるナミに近付く。俺に気付いて振り向いたナミの髪に絡まってる花弁に、そっと手を伸ばす。
「俺のナミに勝手にくっつくなって、花弁相手に思っちまうくらいには、俺も心が狭いらしい」
「……ロシー、言ってて恥ずかしくない?」
「何がだ?」
質問の趣旨が分からなくて首を傾げたら、ナミは目元を赤く染めて桜が目に入らなくなるぐらいに魅了して来る。なのにその唇が紡ぐのは、天然タラシと言う謎の言語。
「……ローから、受け取ったから行くぞ」
何を言えば良いのか分からなくて、理性を総動員させてナミにチケットを見せながら言えばナミは慌てたような顔で飛び付いてくる。咄嗟に受け止めようとしてコートを踏んで転んだ俺は、結果的にナミに押し倒された形になっていた。
状況を理解出来ずに混乱して謝るナミの身体を抱き締めていたら、空から舞い落ちる桜の花弁が降り注ぐ。桜に埋め尽くされそうだと思いつつナミを抱いたまま立ち上がれば、怪我してないかと心配そうに聞いてくるナミがいる。
「怪我してないかは、その宿で確認してくれ。今は、花にナミを奪われたくない」
「意味がわかんない」
「桜に嫉妬してるって言ってんだよ」
俺の言葉に真っ赤になったナミが、声も出せなくなっているのを見て笑う。愛しいこの温もりを、誰にも渡すつもりはねェんだ。
舞い散る花がナミに絡む。俺だけのナミだと言うのに、全てに愛されるナミは、目を離せば即座に奪われちまうだろう。
花より団子とよく聞くが、花さえも俺には寧ろ敵に思える。敵じゃない花なんてのは、俺にはナミしか映らねェようだ。