新聞を手にして、私は思わず叫びそうになった。それは私だけではなく、シャッキーも同様だ。
私にとっても、シャッキーにとっても、彼女の存在は大きい。知らぬは本人ばかりなりとは、ナミの為にあるような言葉だと思う。
歳若い恋人の成長の為だと思えばこそ、手放したくもないのを耐えて島を出したと言うのに……。無論、最初に行く島が魚人島である為に、ナミが傷付くのはわかっていたが……何をどうすれば、天夜叉君の七武海脱退と共に今回の件で七武海を辞めた青年と同盟を組む事になると言うのか。
ルフィに預けたのが不味かったのか。ルフィはアイツと良く似ているからと預けたが、そんな所まで似なくていい。
闇ではナミに値がつけられている上に、魚人島から挨拶に来たジンベエ君の話に拠れば……愚かな者がナミの心を傷付けた様子。もう、放置もできないと決断して、私はナミが向かうだろうと思われる天夜叉君の島へと船を進めた。
その途中、遠回りでもしていたのか想定外の場所で何とか目立つその船を発見して飛び乗れた。すると、甲板で真っ暗な海とも空ともつかない場所を見詰めるナミを発見できてホッと息を吐き出す。
僅かな時しか離れてなど居なかった筈なのに、どうしてこれ程までに懐かしいのか。やはり、手放すべきではなかったのだろう。
まさか、1人だから眠れないという事は既に無い筈だ。私は島に居た頃から、ナミと共に居ない日の方が多かったのだから。
それでも、もしも私が傍に居ない為に眠れずに居るのならば、キッチンの片隅でも良いからとルフィに話をつけなければならないだろう。そんな事を考えている間に昇り始めた太陽は、恐らく初日の出と呼ばれるものだろうと理解はしている。
だが私はそんなものよりも、白と橙の間のような光に照らされたナミが、その光に同化して居るように見えて、そのまま消えるのではないかという焦燥感に襲われてしまう。天女は下界の者について全てを忘れて消えると言うが、さて……ナミはやはり天女だったのだろうか。
声をかけるかと思案する私の耳に届いたのは、ナミの静かな声。それはさながら、どこかの神殿にいるシスターのような清廉さを持ち合わせている。
「あけましておめでとう。今年も1年、平和でありますように」
「ナミ」
海賊らしくない願いを口にするナミに声をかければ、驚きを隠す事無く振り向かれる。そしてそのまま瞳を潤ませるから、そっと手を広げてやるだけで後は自ら飛び込んで来る温も、り……?
「寒かった……」
「そのようだね。こんなに冷えて……ほら、これを羽織っておきなさい」
動揺してしまう程に冷たいナミの身体に、自分の着ていた物を即座に脱いで着せれば、ナミはありがとうと笑う。カタカタと身体を震わせるそれは、寒かったからだけではなさそうで……やはり、この旅に私もついて行くべきだろうかと思わされる。
私が傍にいたとして、ナミの見聞を広げる邪魔にはなるまい。そうすれば、ナミの安否を気にして胃痛に悩む事も無くなるだろう。
そうしてナミの震えが落ち着くのを待てば、ナミが私に作った笑みを向けるからそれに呆れてしまう。私を騙そう等とは、千年早い。
「部屋は、どこだね?」
問いかければ女部屋と言われたので、コーティングした時の経験から即座に理解して部屋へと運び込む。けれども部屋には誰も居らず、ニコ・ロビンは何処へ……と思わなくもない。
だが、そんな時にナミがクスリと笑ったので首を傾げてしまう。何かおかしな事でもあったのだろうか。
その時私を見上げたナミは、ゆっくりと唇を動かした。そして音も無く告げられたのは、愛らしいもの。
それに私も〝お仕置〟をしてやろうと、精一杯の優しさと甘さで抱き締める。この腕から逃がして等やるものか。
私の天使がこれ以上誰かに害されないように、守ってやりたい。せめて、私の腕が届く限りは。
「もう、寒くないか」
「うん、ありがとう」
幸せそうに笑うナミを見て、図書室のソファでも借りられれば良いと思いつつ、その決定がされる迄、ナミを誰にも渡すつもりは無いと強く抱き締めていた。それが普通に考えればナミには痛みを伴うと、理解する事もできないままに。
そんな折、聞こえて来たのは宥めるようなナミの声。優しく、包み込むようなその声は、私を気遣っているのがよく分かる。
「レイさん……私、消えたりしないわよ」
「壊されるかも知れない」
「簡単に壊れないわよ。心配性ね」
「どれ程強くなろうとも、ナミは優し過ぎるからね」
誰かを傷付けるくらいなら、己が傷つく事を願う。そんなナミだからこそ、心配になる。
その上本気でナミは鈍い。こと、恋愛に限っては幼児以下だと言う事はよくわかっているのだから不安にもなるというものだ。
明らかにナミはルフィを弟にしか見ていないが、ルフィは女としか見ていないからな。その上この船には、ニコ・ロビンを除けば全員男という状況下。
これ迄ナミの身近にいた男は、守る為にとナミから距離を取っていた村人達。そして、ナミを虐げ苦しめていた魚人達……これにハチが混ざっていたのは今も許し難いが、それは置いておく。
その上、本当に家族と呼べる存在が全員血の繋がらない相手である状態で育った事と、その家族が母親と姉と言う女だけの状況。こうなれば幼い少年達を弟として1度認識してしまった以上、その後は何を言われてもそこから動かすのは至難の業。
致し方ないとわかっていても、そんな危険な場所に最愛の恋人を残して行けるほど私はできた大人ではない。だが、どうやってルフィのクルーではなく、ナミと共にこの船に残れるだろうか。
「レイさん……なんで、泣いてるの?」
「え?私が?」
「涙は流してないけど、瞳が泣いてる。シャッキーに何かあったの?」
私の嘆きは、シャッキーに関わるもの。何故ナミがそう思うのかは不明だが、それが何故か切ない。
確かにシャッキーは大切で愛しい存在だ。喪う事等考える事さえ疎ましい程に。
それでも、それをナミに指摘されるのは苦しい。……私も、我儘なものだな。
「……いや、ナミと離れたくないと願っていただけだよ」
「……ルフィの、仲間になるの?」
小首を傾げるナミに、いいやと言えばそうよねと頷かれる。明らかに船長よりも強いクルーが居ては、1味としての体裁が伴わなくなりリーダーとして育つ事が難しくなるのは明白だ。
ルフィやその仲間達が私を頼ってはいけない。だが、タダ飯ぐらいが乗っているのは認められないだろう。
そんな事を考えて無言でいれば、ナミが勝手に答えへと到達する。本当に、賢い子だ。
「レイさんは、ルフィの仲間にならないで、この船に残りたいって事でいいの?」
「よく分かるね」
「相手がルフィだから、それって案外難しいと思うのよ。でも、それなら……」
「ん?」
何か思いついたらしいナミに首を傾げれば、困ったような笑みを返された。どうやら、あまり自信は無いらしい。
もしくは、私に提案しにくい事なのか。どれにしても、そんな顔はささたくないな。
「……私の恋人って枠か、ルフィ達の師匠の枠で乗るしか無いと思うの」
「それならばナミの恋人しか無いな。ルフィの師匠では頼りにされてしまう。私は、ナミを守る護衛でしかないと伝えれば良いだろう」
「……過保護。シャッキーに叱られるんだから」
ぷぅーっと膨れてみせるナミに、頬袋があるとは知らなかったと言いながら突っついてやる。猫には頬袋なぞ無かったと思うがね。
そうして逃げられないように抑え込んだまま、その頬を突っいていれば女部屋を開けた人物がいて、互いに視線を交わして頷き合う。そして私がナミに視線を戻し髪を指に絡めると、ふふっと笑われた。
「あけましておめでとう、冥王レイリー」
「あけましておめでとう、悪魔の子ニコ・ロビン」
「どうして、貴方がここにいるのかお聞きしても?」
「ナミに会いに来たら離れがたくなった……それだけだよ」
そのまま髪にそっとキスをすれば、ナミの頬が色付く。幾度抱き潰したか分からないというのに、いつまでもウブなナミに笑みが零れる。
上目遣いに私を睨むが、それがどれ程男を煽るか本気で理解出来てないのだろう。そんな危うい幼さが楽しくて、あえて教えずにここまで来たが……私が傍にいるのならば、永遠に教える必要は……あるな。
私の年齢を考えれば、ナミに自衛できる手段は必要だ。私はどう足掻いた所で、ナミが死ぬ迄守り続けてやる事はできないのだから。
「今年は、ナミの教育に力を入れようか」
「へ!?」
「大人の教育を……たっぷり、文字通り手取り足取りしてあげよう」
「レイさん!?」
わたわたし始めたナミに、優しくもないキスを贈ればニコ・ロビンから溜息を落とされる。その直後、ナミを堪能し終えるより早く足音が近付き突入して来る少年達の姿。
「レイリー!!本当にいた!」
「おや、見聞色の覇気ではなく、教えられて来るとは……まだまだ鍛え方が甘かったか」
「レイリーは、俺に会いに来たのか?」
私の言葉を軽く受け流し、ルフィは嬉しそうに笑う。どうやらルフィは、素直に私を慕ってくれているらしいな。
それが嬉しくないと言えば嘘になるだろう。それでも、甘やかしてやるつもりは無い。
「いや、ナミに逢いに来たんだよ」
「俺の仲間になってくれるのか!?」
「なる筈が無いだろう。それでも、この船には残るつもりだよ」
「なら、居候か?」
はにもの着せぬ物言いについ笑ってしまう。それから私はその問い掛けに答えてやる。
「ナミの護衛だよ。今の私は、ナミの為だけに存在している」
「もうっ!!レイさんの馬鹿っ!!」
そう言いながらポカポカと私を殴るナミに、キスが足りなかったから怒ってるのだねと笑いかけてそのまま唇を塞げば、次第に力の抜けて行く身体。それを支えつつ口付けを深めようとした時、ルフィの言葉がそれを止める。
「レイリーばっかずりィ!!宴やるか、ナミを俺にも貸すか選べよっ」
「……今、何を言ったかわかってるのか。ルフィ」
「おう!ナミを貸せって言ったんだ。ナミは元々、俺のだ」
「どうやらルフィには、教育が不足していたようだね」
そっとナミを片腕で抱きしめるだけに変更して、そのまま腰から剣を引き抜けばルフィも顔つきが変わる。しかし、その直後に腕に走った痛みを与えたのはルフィでは無かった。
「ナミ!噛み付くのは辞めなさい!」
「そうよ、ナミちゃん。ペッしなさい。お腹壊すから」
続いた言葉に視線を向ければ、そこに居たのはシャッキーで……私を見てニッコリと笑うそれが、恐怖を抱かせる。そのまま私はシャッキーに説教されつつ、新年の宴に参加する事となった。
それでもナミは離すものかと抱きしめていれば、ルフィやシャッキーがあの手この手で私からナミを奪おうとするから、余計に抱く腕に力が入る。そうしている内にナミを誘惑するようにニコ・ロビンやチョッパー君が呼びかけ始めるから、油断はできないなと心から思う。
そうして私は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい女を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。