この作品には、ヒロインの年齢設定がございません。
それはナミが、ほとほと困り果てた様子で言葉を口にしたのが始まりだった。最近海に出てないわと。
島に閉じ込めて長い事は自覚しているだけに、海を恋しがるその気持ちは分かる。なので、仕方無く私はナミを連れて海へと出た。
ナミは海に出ると嬉しそうに笑い、水を得た人魚のように生き生きとし始める。もう既に魚ではなく、人魚が正しいだろう。
どうやらこの歳若い恋人は、人魚であったらしい。呑気にそんな事を考えていた時、ナミが突然あの島……知らないわ、なんて言い出した。
「あの島?」
こんな所に島なんぞ見た覚えが無い。だが、言われて見れば確かにそこに島は存在しており、期待に満ちたキラキラと輝く瞳で降りたいと言われれば、私に逆らう力等ある筈も無かった。
船を浜辺に泊めている間に、ナミは測量してくると呟いてフラリと船を降りて行く。既に実力だけならば申し分ないが……はてさて、あの足取りで大丈夫なのか。
ついて行けばプライドを傷付けるのと、成長させるのに向かないと判断した。それでも心配で、見聞色の覇気を使ってしまう己の愚かさに自嘲する。
実際様子を見れば、ただ散歩しているようにしか見受けられない。しかしそれが充分な測量行為なのだから、やるせない気持ちにもなろうと言うものだ。
これでは世の中の航海士や測量士に、喧嘩を売っているようなものだな。才能の塊だ。
そう思いなから船に寝転ぶと、ナミが何かを抱き上げたのが分かる。それが小さな命である様子から、何やら嫌な予感がした。
この島……まさか……?
何時だったか、ロジャーの馬鹿が惚れた女に〝自分に似た子供〟を拾ってきて欲しいから、その島まで女を乗せて行きたいと阿呆な事を言われた事があった。だが、その島の情報は少なく、見つけられるのが〝愛情深い女〟のみであるとの事から諦めさせたのだ。
海を何も知らない、ただの女を船に乗せるリスクを犯せなかった。それにあの時は、ロジャーの時間も限られていたのだ。
……既に残りの時間は区切られていたんだ、仕方ないだろう。それが今になって……?
だが……まさか、な。……ロジャー、お前の悪戯か?
そんな事を考えている間に帰ってきたナミは、少し困ったような顔をして私に視線を向けている。その抱いているものを見て、ロジャーの来たがっていた島だと確信してしまう。
「ナミ、その〝子供〟は
問いかければ即座に空気の変化を感じ取ったらしく、表情を引き締めてその子供を守るように強く抱き締めた。その様子から、ならばこのままここに数日停泊かと空を見上げれば憎くなる程の晴天だ。
「レイさんに、似てるわ」
「……まさか、冗談、だろう?」
その言葉の意味するところを、ナミは知らないからだろうが、小首を傾げている。だが、だとしたら……私はなんと……なんと、幸福で残忍な男なのだろうか。
私は今これを、喜ぶべきでは無い。ナミに、私は何1つ与えてやれるもの等無いのだから。
喜んではいけないと、わかっているのに……。その時私にそっと触れてくる温もりがあり、視線を向ければ心配そうに見詰めてくる愛しい存在がいた。
「レイさん……?何か、問題があるの?」
「問題など……」
「なら、どうして……泣いてるの?」
言われて気付く。そうか、私は……泣いているのか。
申し訳ないとは、思う。だが、どうしてもこの若い命が私には愛しくてたまらない。
私に似ているという子供ごと、私は愛しい存在を抱き締める。自然と震える私の体を気遣うよう片腕を回して、それでもその胸に抱く存在を潰さぬよう守る姿に、本当にこの子は天使か何かなのではないかと思わされてしまう。
どれくらいそうしていたのか、胸の所で私を殴り続ける存在が私を正気に戻した。それからナミに、この島とその子供の正体について話せばその頬を赤く染めて、言葉を失ってしまう。
「……私を、愛してくれて嬉しいよ。ナミ」
「なっ……れ、い、さん……!」
「見せてくれるかい?私とナミの愛の証を」
「そ、その、言い方!!」
混乱と羞恥で言葉を話せなくなっているナミをそっと撫でてから、お包みの中にいるそれを開いてみる。そこには確かに私がいた。
……それにしても、よく私だとわかったものだ。若い頃の私を知りもしないのに、金髪で目付きの悪いこれをどうして私だと思ったのか。
「……似てるかい?」
「そっくりじゃない。だから、レイさんが遊んでる相手の誰かが育てられなくて捨てたんじゃないかって思って……」
「…………今は、遊び相手は居ないよ」
「え?」
「私には、本命が2人居るからね。交互に顔を見ている他は、適当に海に出たりしているだけで、女は他にいないよ。……疑わしいだろうがね」
私の言葉にナミはその髪と同じ色の瞳に涙を湛え、信じると小さく呟いた。その涙が零れた時、子供がナミの頬に手を伸ばし、その涙を拭う。
幼くとも、私だと言う事か。……どうやら私は昔から、女の趣味が変わらないらしい。
「小さくても、レイさんね。私が突然取り乱しても、受け入れてくれる」
「ナミはもっと、我儘になっていいと思うがね」
小さな手だけでは拭いきれなかったその涙を拭おうと唇を目尻に這わせれば、ナミは儚く微笑んだ。それは少しも似ていないというのに、ロジャーの去り行く背を思い起こさせる。
「俺は死なねェぜ、相棒!」
聞こえる筈も無いそれが耳元で聞こえた気がして、私は思わず顔を上げる。……感傷的に、なり過ぎているらしい。
「ナミ、甘やかしてくれないか?」
「……困ったわ、今は甘やかさないといけない子が腕の中にも居るのに」
「おや、私よりも子供を優先するつもりなのかい?酷いな」
「当たり前でしょ。1人でトイレできる大人と、出来ない子供なら、子供を優先します!」
むうっと膨れたナミが可愛くて、胸が微かに痛む。それから私は、仕方ないなと笑いながら共に過ごせる様に拠点を造るように動き出した。
そんな私にナミは子供を抱いたまま何か手伝おうかと首を傾げるから、そっとその唇を奪い立てる力をなくしてから言葉を告げる。……ナミがいい子すぎて、私は何時までも悪い大人のままだな。
「私の息子を頼むよ。力仕事は任せておきなさい」
そんな私にナミは小さく頷き、その腕の中にいる子供は私を睨み付けた。余程私が気に入らないらしい。
だが……それは、お互い様だ。私のナミに愛されて、守られている等……気に入る筈もない。
「今だけだ」
「何か、言った?」
「ん?数日だから広さをどうしたものかと思ってな」
「3人で風雨を凌げたら充分よ」
サラリと3人と言ったナミに苦笑して、私は拠点を造る。日暮れまでにそれを調えると、ナミは片手で火を起こして魚をその近くで焼き始めていた。
謎の武器を用いて火を起こし、雷で魚を気絶させて得たらしいと分かれば、本当に賢いと思わされる。僅かな期間だが、食料を得る時の他は2人と子供と言うなんとも甘やかな時間を過ごす。
そうして訪れた別れの日、ナミは優しく小さな命を手放して微笑んだ。前に進めと、その背を押して……。
だが、その命が植物へと姿を変じた後、その場に崩れ落ちたナミは、それにも関わらず涙の1つも流しはしない。泣く事もできない程に、その心を砕きそうなのか。
強がりで、優しくて、気高く、儚い。矛盾した、矛盾しかないような、愛しい若い命。
私は、酷い男で、悪い大人だからな……。そう自嘲すると、そっとナミを抱き締め、その耳元で囁く。
「本物が欲しいかな?」
「え?」
「……薬を飲むのを、辞めて……もう1度会うようにしてみるかい?」
決めるのは、ナミだと言うようにしながら誘導する。……どうしたって私が先に逝く。
その時、ナミが私を追わないようにする方法として、この世に遺す為の楔として、気に食わない存在を産み出す事を推奨している。……そこで私は気が付くのだ。
私はこれ迄、私が愛した女に自分の子を抱いて欲しくなかったのは、我が子にも妬くからなのだと。そんな事を知らないナミは、シャッキーに悪いと泣くが、シャッキーは喜ぶだろうと悪魔のように甘言して、その首を確かに縦に振らせる事に成功した。
後にこの島は、宝玉の書いた手記によりカップル達で溢れかえる有名な観光地になるのだが、それはまだ、誰も知らない小さなこぼれ話。
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