何故私は今、こんな緊迫した空間に居るのだろうかと本気で考える。お茶出しして退出するのだけが私のミッションの筈なのに、回を重ねる毎にこの緊迫感は増し続けている気がしてならない。
目の前には怒りの余りマグマを滾らせる大将と、文字通り冷気を放つ恋人が居る。更には睨み合う三人の七武海と、頭を抱えるセンゴク元帥と、呆れを隠さないつる中将。
そんな中で唯一まともそうに思える熊は、我関せずで読書をしている。即ち、今この場に私の味方は存在しない。
全てはあの日、疲れ果てた様子で溜息を零すつる中将と、それを見て訳知り顔で頷く桃兎中将の間でお茶を飲んでいたのが始まりだった。
「どうしたんですか?」
「ナミかい……あァ、約束してたんだったね。今日は何を持ってきたんだい?」
「蜜柑寒天ですけど……本当に大丈夫ですか?」
寒天を切って器に入れながら問い掛けると、桃兎がお茶を入れてくれる。それぞれの椅子の前にそれを置いてくれるから、その横に私も寒天を並べる。
「あァ……馬鹿が居てね。会議が会議にならないんだよ。止めてその時は止まったとしても、暇になるとまた繰り返し操って遊び出すんだよ……。どうしたものか」
「嗚呼、天夜叉ですか?それなら、女性将校がお茶出しになればどうでしょう」
私の言葉におつるさんはどういう事だい?と聞いてくるので、私は小首を傾げて何となくのイメージで言葉を口にした。
「天夜叉って、おつるさんの前にいる時、女子供には手を上げないでしょう?なら、女がお茶出ししてたら〝悪戯〟も軽減されるかなと思ったんです。でも、平の海兵がセンゴクさんとか三大将の前になんて、緊張とか色々あっていられないかなって思ったんですけど……」
変な事言ったかな?とおつるさんを見たら、おつるさんはそれは使えるかもしれないねと頷いて、桃兎は解決してよかったわねと妖艶に微笑む。……彼女は本当に何歳なんだろう。
それに触れた人間はこの世から消滅するとまで言われる桃兎が、少し怖いから聞かないけどね。桃兎がおつるさんと
飾りに添えたミントの葉と共に、私は蜜柑寒天を口に運ぶ。アイス乗せても美味しいかな、次からそうしてみようかななんて考えながら、その日自分がどれ程危険な発言をしたとも知らずに、幸せを噛み締めていた。
その翌日、センゴクさんに書類を運んだ時、内示が降りた。会議のお茶出し係の第1回目を任せると。
毎回同じ人間では仕事も滞るからと、持ち回りになる事になったと言われて、更には発案者だからと言われてはそれに逆らう術は無い。私はやうやうしくその内示を受け、そのお茶出し当日には、何となくクザンさんと仲直り出来た事もあり、警戒心を忘れてお茶出しの準備を整えていた。
「ナミ、何か手伝おうか?」
「クザンさん?……あ、違った。大将青雉、ご心配には及びませんよ。それに、お茶が凍ってたら不味いでしょう?」
「……まァ、今日だけの事だから仕方ないか。俺としてはナミをアイツらに、会わせたくねェんだけど」
そう言って抱き締めてくれるその体は少し冷たい。でも私は、この冷たさに安心するのだからおかしなもの。
その体に擦り寄るようにしながら抱きしめ返すと、クザンさんは少し戸惑った様子を見せる。何処か痛めてて、そこを刺激でもしてしまったのかな?
「どうしたの?」
「……自分と戦ってただけだ。気にすんな」
能力の制御、得意な方だと思ってたんだけど、会議の前で緊張してるのかな?
「私は冷凍蜜柑になっても構わないけど、クザンさんが怒られちゃうものね」
「……冷凍蜜柑か、今度暑い日に蜜柑持って来たら凍らせてやるよ」
「ありがとう。あれ、結構好きなのよね」
この世界だとあまり見かけないけど、美味しいと思うのよ。冷凍蜜柑。
そうして名残りを惜しみながらお茶出しに向かえば、数回に1回しか居ない筈の鷹の目と、おつるさんが居れば必ず参加する天夜叉、そして、政府と取引をしている熊が海賊側としてはその部屋にいた。政府側には大将赤犬、センゴクさんがいて、海賊側の面々と仲良く言い争いをしていた。
それを呆れた様子で見ているのは海賊側のおつるさん。同じく海賊側では、我関せずで煎餅食べてるガープさんがいて、私の背後から入った大将青雉という錚々たるメンバー。
その中に入れば、それだけで気分が重くもなる。1応上座に座る人から順番にお茶を出していたら、突然鷹の目に手首を掴まれてしまう。
あれ……鷹の目は珈琲じゃ無かったの?
「……お茶が宜しかったですか?」
咄嗟に尋ねた私は、悪くないだろう。寧ろ正しかった筈だ。
それなのに何故か鷹の目には睨まれてしまう。まさか聞かずに察しろと?
会議にアルコールは不味いと思うんだけど。うーん。
海軍の側は基本的に緑茶を好む人が多いので、緑茶を用意してあるし、七武海の方は緑茶より珈琲かと判断したのに、どうしよう。
「……うちの子が何かしたかい、鷹の目」
「否、初めて見る者が突然手を近づけた故、反射的なものだ」
「なら、離してくれるね。怯えて泣き出しても困るだろう?」
おつるさんの言葉に鷹の目は私をチラリと見てから、フッと笑った。そして、社交辞令なのか妙に優しい声で妙な事を言い出す。
「泣き顔も美しかろうな。見てみたい」
「鷹の目、辞めろ」
センゴクさんの言葉に鷹の目は漸く手を離してくれて、ホッとしつつ珈琲を置いて立ち去る。何だというのかと思いながらも、威圧でもされたのか微かに震えそうになる体を叱咤して、珈琲を順次置いて行く。
天夜叉のところで珈琲を準備していたら、糸が飛んで来た。それを咄嗟に躱せば天夜叉が楽しそうに嗤う。
「ほォ……。おつるさん、こんな可愛い海兵がいるなんて俺ァ聞いてないゼ?」
「教えてないからね。〝私の娘〟みたいなものだ。手は出すんじゃないよ」
「おつるさんの?なら、この反応も分かるな。……美味そうな匂いもするし、持ち帰りたい所なんだがなァ」
「天夜叉、騒ぎを起こすな」
天夜叉の言葉に反応したのは鷹の目で、私は何故か逃げ出したい気分になった。なんでこんな殺伐としてるの?
まさかいつもこんな感じなの?
だとしたら本当に今回だけで本当によかった。身も心もこれじゃ持たないわ。
「……先に手を出したのは、鷹の目だったんじゃねェのか?」
「俺はお前と違い攻撃はしていない」
「あァ!?俺は少し操って、俺に抱き着かせようとしただけだ!」
……やめてください。私がクザンさんに殺されたら、どうしてくれるの。
クザンさんはコレで結構嫉妬深いのよ?……多分。
だって今もクザンさんの視線が突き刺さってて、結構痛くて怖い。私、何も悪い事して無いのにな。
とりあえず珈琲を天夜叉の所に置いて傍を離れると、漸く七武海の面々には配り終えたので、おつるさん達の元へ急ぐ。ガープさんにお茶を出すと、何故か頭を撫でられて煎餅を手渡されたけど。
おつるさんの所に行けば、おつるさんが盛大な溜息を吐き出した。そしてブツブツと何かを言っている。
「まさかアイツらの好みがナミだとはね。想定外だけど、確かにお茶出しは女がやった方が早く会議が始められそうだよ。ありがとう」
「好み?この珈琲が皆様お好き何ですか?」
「……アンタはそのままでいいよ。悪い虫は、追い払ってやるからね」
おつるさんはそう言って優しく笑うから、私はよく分からないまま、ありがとうと言って笑った。それから赤犬にお茶を出したけど反応は無くて、青雉に出したらそのタイミングで小さく、無事で良かったと囁かれる。
それが嬉しくて少し笑えば、何故か視線が突き刺さったような気分にさせられた。何だというのか。
内心で少し怯えつつ、ふっと微笑み何事も無かったかのようにお茶出しを続けて、それが終わると静かに退室した。そう、それが、初日の事。
女性将校の人数と会議の頻度を考えれば数年はもう回ってこない筈のそのお茶出しは、その後私では無い人が1度担当した。その後センゴクさんとおつるさんに呼び出された私は、何故かお茶出し係を永続的に続けてくれと頼まれてしまう。
理解出来ずにいたら、おつるさんが鷹の目と天夜叉が私を希望して、断ったら天夜叉が遊び始めて、鷹の目がそれに苛立ち会議室を切り刻んだのだとか言われる。……ねぇ、それ、私にどうしろって言うの?
それから数回の会議にて、お茶出し係をしたのだけれども、鷹の目と天夜叉が私に絡む事絡む事。その度に室内温度が比喩じゃなくて下がって、私は真夏でも冬の装備でお茶出しを余儀なくされた。
そんな会議が何度か行われていたら、その噂を聞き付けた英雄殿が、大嫌いな海に出てきちゃったのだ。英雄殿が来るのは悪い事ではなく、むしろ喜ばしいけど……。
その英雄殿までもが他の2人と1緒になって絡むようになり、赤犬が切れて……。その更に2回後が今回な訳で……。
寒くて熱くて、疲れて……本気で泣きそうです。もうやだ……。
「ほら、お前らが絡むから俺のナミが意識飛ばしそうじゃねェか」
「天夜叉のモノになったとは聞いておらぬ」
「俺も聞いてねェな。妄想もそこまで行くと病気だなァ?」
「お辞め!アンタ達!」
「おつるさぁーん……」
明らかに情けない声を出したと自覚してるけど、助けを求めるように出した私の声に室内が静まった。その直後砂と糸が動く気配を感じて反復横跳びの激しい奴をしながら移動すると、鷹の目は何故か愉しそうに嗤い、天夜叉と英雄殿が小さく舌打ちした。
……何がしたいのよー!と叫びたいのを我慢していたら、赤犬が立ち上がった。
「いい加減にしちょれ……。ここで海兵にちょっかい出すたァ、いい度胸じゃけェ」
「大将!」
庇ってくれるとは思わなくってごめんなさい。ずっと嫌われてるか、憎まれてると思ってました。
そんな事を思って視線を向ければ、はァと溜息を落とされる。
「ナミに責任のない所で責めたんは、わしが悪かった。すまんのォ。怯えさすつもりは……」
「怯えてないですから、何とかしてください。会議の度に、会議室破壊されたらいい加減困ります!」
「そこかい、アンタが気にするのは……」
赤犬からの謝罪と言う、珍しい事態に驚いてる余裕さえ無い。私はおつるさんの呆れたような声を無視して、深呼吸してから声を出す。
ストレスで頭がおかしくなりそう。もう、嫌!
「会議をしないのでしたら、私は退室させて頂きます。そして、二度とお茶出しに来ません」
「なら、家まで押し掛けてやろうか?」
天夜叉の言葉に、私は冷たい視線を向ける。勝手にしたらいい。
「私が家に居るのに遭遇できるのは、砂漠で砂金見つけるのと同じ労力だとおつるさんが言ってましたが、それでも宜しければご自由に」
「まァ……居ないからね。空き家に近いよ、あれは既に」
「住んでますよ。たまには帰ってます」
おつるさんのツッコミに咄嗟に返せば、即座に鷹の目が反応する。……帰ってなかったら、蜜柑が枯れちゃうじゃない。
「仕事で帰れぬのか?要領が悪いようにも思えぬし、主は頭も悪くは無かろう」
あえて何も答えずに私はお茶出しの続きを行う。もう、勝手にして欲しい。
その時英雄殿が私の手を掴んだ。躱し切れなかったのは不味い。
特に英雄殿はミイラに出来る。ぞわりとしたものが身体中を走った時、咄嗟にクザンさんに視線を向けるのと英雄殿の腕が切れて、開放されるのとは同時だった。
そして、それとほぼ同時に私の体をひんやりとしたものが包む。ホッとして咄嗟に体を預ければ、それと同時にホッとしたような呼吸を感じられる。
それにより心配してくれたのだと分かれば、嬉しくもなろうというもの。だからつい、気の抜けた声が出てしまった。
「助かりました」
「……直属の部下だからね」
今のところ、私とクザンさんは年齢的な事もあって公には交際してる事を誰にも告げてないから、こんな時はクザンさんはこういう言い方をする。そうしないと場合によっては、クザンさんが処分されかねないもの。
後、1~2年隠せばいいと言う事なんだけど……。正直少し状況的に不安だったりする。
いつまでも甘えて居られないので、体に力を入れてクザンさんから離れると、上司と部下に戻り45度のお辞儀をする。でも、それを切っ掛けに英雄殿が砂を掌の上で回し始めて、クザンさんも体の周りに氷を張り始める。
やめて欲しい、切実に。助けを求めるようにおつるさんやセンゴクさんを見たら、センゴクさんが恫喝してくれて皆が席に着いた。
もう、私がここにいる意味無いと思うの。そもそも、平和的に会議する為の案だったのに。
深い溜息と共に役目を終えて退室しようとした私は、糸を避けそこなった。そして、操られるままに天夜叉の腕に囚われる。
「離してください!」
「ナミから抱き着いて来たんだろ?」
そう言って操られるままに、天夜叉の首に腕を回す私の体。私は何も考えられずに助けを求めていた。
「いやっ!クザンさんっ!」
その瞬間、器用に私を避けて天夜叉だけが凍り付き、私はクザンの腕の中に移動していた。それに気が付くのと同時に、私はクザンさんに抱き着いて、震える体を抑えられずにいる。
情けない。これで大佐だなんて……。
凍らされてもそれでどうにかなる相手でも無いから、天夜叉は笑顔で怒りを漲らせる。それに対して、クザンさんがいつもより少し低い声を響かせた。
「人の女にちょっかい出すの、いい加減辞めなさいな」
「人の女だァ?」
「クザン、さん?」
ここでそんな事言ったら……。
私の不安を分かってると言いたげに、クザンさんは私に視線を向けて、その瞳を優しく細める。ただそれだけで泣きそうになって、全て任せると言う意味を込めて頷いてから、その体に縋るように抱き着く。
「ん。まァ……こういう事だ」
「オイオイ、いつからだよ」
「……この子が海兵に入隊する頃か?手は出してねェから……まァ……なんだ……?そんなとこだ」
そこ、グダグダなんだ?
そう思ったら笑えてきて、やっぱりクザンさんだなぁと思う。そのやり取りを見ていたおつるさんが、溜息と共にいいんじゃないかい?なんて言い出す。
「1応ナミも結婚出来る歳だろう。構わないよ」
その言葉に顔を上げれば、おつるさんが困ったような顔で笑ってくれて、どうやらクザンさんは問題にされなくてすみそうだとホッとした。そのやり取りを見ていた鷹の目が喉の奥で笑うと、立ち上がった。
「俺は海賊だ。故に諦めるつもりは無い。……が、ここは引こう」
そうしてなんだか、グダグダなうちに会議は終了した。この先どうなるかは分からないけど、とりあえずのところ、1件落着なのかな?