おつるさんに公認されて、クザンさんと恋人だと認められた事で、とりあえずクザンさんの首が繋がった。それに感謝していたけど、そう呑気にもして居られない。
これ以上の騒ぎを起こさせない為にと、私を幽閉する話が浮上した程なのだ。結果的には、私は任務中でいないからと言って七武海の面々を誤魔化す為に、遠征に出される事になってしまったのだけど。
当然内勤しか出来ない事は自他共に認めているのだから、私が泣きつくより早く大将と共に行くようにと言われた。なので、クザンさんと共に海軍本部を追い出されたのが3日前の事。
そんな訳で現在私は甲板でのんびりと、海賊に出会わずに言われた期間が過ぎる事を願いつつ読書をしていた。そんな私に、クザンさんは呆れたような眼差しを向けて来ているけど。
「優雅だね、ナミだけ」
「そう言うクザン大将こそ、優雅にお昼寝なさってるじゃありませんか」
そう、甲板にいる私の背もたれは何を隠そうクザンさんである。1度やってみたかったのよ、大きいし冷たいから気持ちいんじゃないかなって思ってたから。
そうしたら予想通り!
そんな事を考えていたら、クザンさんは私の髪を弄り始めるから、何だろうと思いながらもそのままにさせる。そんな私達の様子を見ていた他の乗船者達には、私達が見えない様子だ。
「……すっげー、気を遣わせてるなァ」
「誰にですか?」
「その鈍さ、本当に凄いよなァ」
感嘆と呆れを綯い交ぜにした様な声音で言われては、私も何かおかしかったのかなと考えてみるけど、答えは出そうにない。考える事を放棄して本に視線を戻したら、後ろで髪を弄っていたその手が生え際を弄り始めて、それにより妙な気持ちになる。
やだ、嘘、待って……。何この感覚……。
ゾクゾクとしたそれに、けれども少し焦れったいようなそれに泣きそうになってクザンさんに視線を向けると、何故か突然動きを止めて深く深呼吸を始めた。それに首を傾げれば、困ったように笑われてしまう。
「船の上だから、非番はあっても休みは無いんだよなァ」
「そう、ですね?」
何を言いたいのか分からずに、けれどもそれは確かな事なので頷いておく。因みにだけど、非番とは休みでは無く自宅待機とか、室内待機って意味なので、何かあったら仕事してねって事なのである。
だから常に連絡を取れる状態にしていなければならず、自分の管轄地域から出る事は原則禁止されていると言うもの。その上、クザンさんは大将で私も大佐とは言え肩書き……いやいや、役職持ちなので、休みとか非番とかを同時に取ることは難しい。
これがマリンフォードならば話は別だけど、ここは船上で私達2人が1応は責任者だからどうしてもそうなる。とは言え、何事も無い時の船上での責任者とは、単なる暇人である。
特に軍隊とは規律があり、役割分担がしっかりとなされているのだ。なので余程の無能者や、新兵、訓練生等を乗せてる場合を除けば基本的に各自が己の役割を果たすので、上官は本当に何もしなくていい。
航海日誌等もそれの担当者がいるし、それを書くのがその人の仕事だから、私が勝手にやる訳にもいかない。執筆等を始めると集中し過ぎるからと、ペンは没収されてるのだから現状のこれは不可抗力である。
と、そんな雑学は置いておいて、そんな訳なのでクザンさんの言いたい事が全く理解できない私は、ただ、クザンさんの真意を知ろうとじっとクザンさんを見つめる。それに対して、クザンさんもまたじっと私を見つめ返して来る。
互いに見つめ合って、そのまま静止していたら少尉が咳払いしながら近付いてきた。それに視線を向けると、何故か数歩後退られてしまった。
「……お2人の仲睦まじさはよォく分かりましたから、少し船内にいて貰えませんか?お2人が気になって、仕事にならない者やそれに準ずる者が多数おりますので」
「……だから、気を使われてるって言ったでしょーよ」
クザンさんの言葉に視線をクザンさんへと戻した私は、首を傾げて問い掛ける。呆れたような、その視線の意味が本気で分からないわ。
「クザンさんの睡眠妨害しないように、気を使ってたって事?皆優しいわね」
「ナミ、呼び方」
「あ……」
「もう、どうでもいいので、船内に居てください。砂吐きそうです」
少尉に何故か叱られた私達は、船内の執務室でのんびりお茶を飲みながら待機する。何事もないって、素敵。
そんな事を考えていた私の視界が突然、見慣れた船を捉えてしまう。そして、無意識の内に呟く。
「シャンクス……」
その言葉に反応してクザンさんが横に移動して来るのと同時に、海兵が2人で飛び込んで来た。ノックを忘れる程に慌てている2人に、私は、まずは落ち着けとの意味を込めてその背を撫でる。
それを横目にかったるそうに表へと出て行くクザンさんは大将の顔になっていて、それなりにその立場に見合う仕事はするのだろうと分かる。問題は四皇であるシャンクスと、ここで戦うつもりなのかという事だけ。
……もし、戦うとなったら、私はどうしたらいいのだろう。師匠やベックに剣を向けるなんて、修行以外で出来るとは思えない。
微かに震えそうになるのは、己の優柔不断さに寄るもので、呼吸を調えた2人にはそのまま休むように言って私も部屋を飛び出して行く。……だから、ヒラでいたかったのよ。
こんな時ヒラなら…………。殺されてたわね、クザンさんに。
想像して小さく笑ってから甲板に出れば、クザンさんが面倒そうにベックと会話している。驚く程に双方が面倒そうにしているのだから、少しばかり笑えてくるのも仕方ないと思う。
しかし、笑えないのは私を赤髪の皆が知ってるところにある。その事を失念していたし、まさか普通に声を掛けてくるとは思わなかったのだ。
「ナミか!?大きくなったなァ」
「シャンクス……」
思わず脱力した私と、申し訳無さそうに私を見るベック、そして、やっぱり知り合いかと呟くクザンさんと、呆気に取られる他の海兵達。何とも言えない雰囲気の中で、ヤソップが追い打ちを掛けてくる。
「バッカ!お頭!ナミは今海軍だぞ!あの〝正義〟を見ろよ。将校だぞ。いいか、ここは他人のフリするくらいの事してやるのが優しさってもんだ!」
「なァに言ってやがる!ナミが、こォんなちっさかったナミが人間みたいなサイズになってんだぞ!」
私、子供だっただけでちゃんと人間だった筈なんだけどな……?
シャンクスは指先を小さく縮めてこォんなとか言ってるから、私1cm無いと思うのよ、それだと。もしそれが事実なら、それは母胎に居る時の話になってくるわよね?
「……ナミ、俺と1緒にちょっとあっちの船で話し合いして来ようか。今四皇とぶつかるのは不味いし、過去でも何でも、もしも四皇と懇意だってんなら、見逃せねェからあちらさんも交えて話そうや」
クザンさんさんから冷たい空気が、比喩じゃなくて伝わって来て頷く事しか出来ない。他の海兵達も、ご無事の生還をお待ちしておりますなんて言い出す始末。
……怖いよ。誰か助けて。
おつるさぁーん!帰りたいよー!
内心でいくら叫んでも現実は変わらず、ずっと逢いたいと思ってはいたけど、なんだってこんなタイミングなのさと本気で思う。それから本当にクザンさんに連れられてシャンクスの船に乗り込むと、クザンさんが呆れたような視線をシャンクスとヤソップに向けた。
「ナミの立場も考えてくれや。これでも本部大佐なもんで、四皇と繋がりがあるなんて噂されると困るんだよ」
「……大佐レベルなら、過去にぶつかったとか、交渉したとか有り得そうなもんだろう」
ベックの言葉にクザンさんは肩を竦めて見せると、ダメなんだよと言葉を落とす。心底面倒そうなその様子に、内心で謝罪しておく。
「ナミは内勤の成績が良すぎて、内勤だけで大佐になった事で有名な子なもんでな」
「……ごめんなさい」
「まァ、ナミらしいな。海賊は嫌いだと昔言ってたから、こうなる事は予測できていたし、仕方ねェ事だろう」
私の謝罪を受けてベックがそんな事を言ってくれたけど、シャンクスは不満そうにしていて、そして……。当然のように私を抱き締めてくる。
その勢いのまま髪を弄り、上機嫌で私の肩に顔を埋めようとして……瞬間的に私から離れた。私の目の前に当る所には、当然のように氷の柱が出来ていて、不機嫌そうなクザンさんがいる。
「
「随分と乱暴な……
クザンさんの言葉に剣呑な雰囲気で返しかけたシャンクスが、不思議そうに私とクザンさんを見比べる。それを受けて私が頬を染めれば、珍しくベックが驚いたなんて呟いた。
それからすぐにクザンさんの元へ近付くと、少し下がってなさいなと言われるので、クザンさんの斜め後ろで成り行きを見守る。そんなやり取りを見ていたシャンクスがほォと言ってから、クザンさんを冷たい顔で見た。
その顔はたまにしか見た事が無いけど、よく知ってもいるシャンクスの〝海賊として戦う〟時の顔。冷酷な船長の顔。
「大将が家族や恋人を作る意味が、分からない程若くは見えねェんだがな……」
「……それでも欲しいと思うくらいには、溺れてるんだよ」
クザンさんの足元に氷が張る。でも、四皇とぶつかるのは不味いってクザンさんが言ってたのに、どうしちゃったんだろう。
ワタワタする私を見て、ベックとルーが顔を見合わせて笑うけど、笑ってないで止めてよと本気で思う。でも、シャンクスとクザンさんは睨み合っていて、そのまま多分二人的には小手調べレベルと思われる戦闘が始まってしまう。
そして双方が同時に吹き飛ばされてしまったのを見て、咄嗟にクザンさんの元へ走る。甲板にそれぞれが倒れているのを確認してから、クザンさんを背にシャンクスの方を見ればシャンクスが驚いたような顔で私を見る。
「二人共辞めて。戦争したいの?それに、いくらシャンクスでもクザンさんに何かあったら、私は怨んでしまうと思うから……もう辞めて」
憎みたくも怨みたくもない。シャンクスは私の師匠で、兄で、大切な人だから。
それでも、クザンさんはそれを越える大切な人だから。愛する人だから、喪えないの。
そんな事を強く思いながら、真っ直ぐにシャンクスを見つめていたら、シャンクスが頬をかいて溜息を落とした。そして……。
「兄貴としては、そんな歳上の男はやめて欲しいが……仕方ねェか。なァ、ベック?」
「見聞色で強い思考は読み取れるって事を、ナミは忘れたのか。戦いの中でそんな大っぴらに……」
ベックの言葉で口に出さなかった所が筒抜けになっていたと気付いて、私は声にならない悲鳴を上げる。それを背後から抱き締めてくる、大きな体によって止められたけど……ま、さか。
「……素直に、嬉しいけどさ。まァ、なんだ…………忘れた」
「忘れたの!?それは流石に落ち込むわよ!?」
慌てる私に、クザンさんは私を抱き締めながら楽しそうに笑う。そして耳元で、言い訳は俺が考えてやるからとりあえず大人しくしてたらいい、なんて言って誤魔化してくる。
そんな卑怯な提案に押し負けた時点で、私に勝ち目はないのだ。
そんな私とクザンさんを赤髪海賊団の人達が、生暖かい眼差しで見つめている事に私が気が付くまで後……?