空気の入れ替えと熱の放出、そして掃除の為に定期的に海面へと上がる必要があり、現在俺は甲板を掃除中。とは言え俺が部屋の片付けを手伝うと仕事が増えるからと、大概いつも甲板掃除に回されるからいつもの事なんだがな。
太陽の光が眩しいなと思いながら、鼻歌交じりに掃除をしていたらナミが窓を開けたのに気付く。蜜柑の香りがして来たのと、妙に白いその手がナミだと教えてくれる。
その直後突然霧が出て来れば、まさか魔の三角地帯に入ったのかと息を飲む俺。それに呼応するように慌てた様子で飛び出してきたナミが、霧を嫌そうに振り払おうとしているのが見えた。
当然霧が相手では無意味であり、その結果なのかナミは自分の身体を強く抱き締めるとそのまま蹲るように崩れ落ちる。それを慌てて抱き止めると離してと言わんばかりに、バタバタと手を動かして抵抗された。
その理由なんてのはそんなに多くない。ナミの場合は迷惑になるだとか、負担になりたくないだとか、そんな所だろう。
……この小さくて軽い女1人支えられずに、男を名乗る資格があってたまるか。意識のない人間は体重が約20%増えると言われているが……それでも軽い。
果物はご飯に数えません!なんて言葉を2日に1度はイッカクが言ってるのを耳にする。つまりは、ナミの粗食と偏食が問題だ。
「この程度、甘えには入らない」
困ったもんだと思いながら言ったからか、ナミは悲しそうに瞳を揺らすから……悪かったよと思いつつ抱き上げて部屋に運ぶ。そこですぐさまローに連絡を入れると、食料補給も兼ねてナミの休息を確保する為に近くの島を目指す事が決まった。
それが決まっても、ナミが心配で離れられない俺にナミが少し考えるような素振りを見せる。それから何か思いついたらしく、楽しそうに笑った。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんだ?」
問い掛けるとしょぼんとした様子を見せるから、慌てる俺。だがナミはすぐに気を取り直した様子で、言い間違えたと言うからそれに頷く。
何か説明しにくい事なんだろうとは分かるし、俺だって話したくない事はあるから、些細な事は追求するつもりもない。それに……ナミは基本嘘をついたりするのが苦手で、誰かを好んで傷付けるタイプではないから聞かなくても害はないんだ。
俺の中では憧れのお姉さんとか、優しい美女ってイメージがどうしても残ってるが……実際目の前にいるのは俺の半分程しか生きてない美少女だ。俺が、しっかりしないとな……。
頭を撫でながらそんな事を考えていたら、何やらモフモフの感触があり動きを止める。ナミもなにやら驚いた様子でいるから、想定外の事なのだとは俺にも理解出来た。
そっと手を離して様子を見れば、そこからピョコンと生えてきた耳……。耳!?
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
その言葉に反応してナミはバタバタと鏡の前に移動して、スカートをひょいと持ち上げるから待てコラ俺の理性に対する挑戦かと手を伸ばし、尻尾の存在を認識した。兎の耳と尻尾か……似合うな。
戸惑いを隠さずに、怯えさえ見せるその様子が本当に可愛い。その余りにも似合う姿により、俺の思考は綺麗に止まってしまう。
「やだ……何コレ……?何コレ!?」
「耳と尻尾だな」
「それはわかるけど!?そうじゃないのよ!!」
首を傾げちまうのは仕方ないだろう。ナミは何を怒っているのか。
あァ、動物の種類が分からないのか。それとも、何か不安があるのだろうか。
「兎の耳と兎の尻尾だ。……触られてるの分かるか?」
言いながら耳を触ったらビクリと動くから、そのまま尻尾に手を伸ばす。するとナミは目元を赤く染めて、俺の腕を掴んで止めさせようとする。
だが、それは余りにも力が弱くて、その上まるで縋るように掴まれているから妙な気分になる。この部屋に2人きりなのも、良くないのかも知れないな。
「やっ……わか、る、から……やめ……!ロシー……おねが、ぃ!」
これは俺の理性を破壊しに来てるんだな?よし、折角だからこのまま……。
その時ドアが開けられて中に入って来たローからの冷たい眼差しに、慌てて手を引っ込めるとナミがローに不安そうな眼差しで言う。何の病気なのかなと。
それからローにより検査が行われて、文献を読み漁りわかったのはこの海域では数年に1度動物の特徴を身体に体現する女が現れるが、1時的なもので害はないとの事。動物の種類はその年毎に異なるとあり、まさかと思って呼べばイッカクも兎の耳が生えていた。
「ナミは殺人級に可愛いのにな」
「コラさん、それ、どういう意味ですか?」
イッカクが俺の呟きに反応するから、恐怖でなんでも御座いませんと叫んだ。そんなやり取りにナミは笑い、尻尾の関係があるからとビキニ姿で、上にパーカーを羽織っただけという姿のまま歩き回る。
……俺の理性が、飛び立とうとしている。そんな事を本気で考えながら、イベントの準備を開始した。
俺とローはナミとイッカクの護衛兼船番として残り、皆が言われた物を買い出しに向かった。そしてナミとイッカクは、揃って楽しそうに卵の色付けについて話をしている。
「簡単なのはゆで卵に色付けする事なのよ。食紅と酢を入れたそれにゆで卵を入れておくだけだもの。そうね、2時間漬けておけば綺麗な色になるわ」
「柄はどうやって?」
「クレヨンで描いておくのが良いかな。まぁ、これは当日食べないといけないものになるけど」
本当にナミはなんでも知ってるよな。そう思って会話を聞いていれば、イッカクが首を傾げた。
「色々飾り付けしたりはできないのかな?せっかくのイベントだから、色々やってみたいけど」
「それはゆで卵じゃなくて、卵の殻を使って作る方がオススメかな。それだと例えばペンキとかも使えるから色々出来るのよ。中には玩具とか、色々入れられるから見付ける楽しみも増えるし」
「なら、2種類作る?」
「そうね、ケーキとか作るのに卵使うし、その殻に卵と同じ位の重さになるように、綿と1緒にベリーを入れたらいいと思うわ」
そんな話し合いの元ゆで卵に関してはコック達に色付けを頼む事になり、殻に行うペイントには俺達4人が行う事になった。それは、違いが分かるのは制作した人間だけとなるようにする為だ。
殻の方と、ゆで卵の方では重さを同じにしても明らかに色付けの素材が違う為に、見た目から中身が推察出来る。だが、それは作り方を知ってる場合だ。
知らなければ色毎に違う物が入ってるのかもとか、そんな事を考えるだろうと言う事で始まったんだが……。筆で器用に絵を描いたり、ペンキのベタつきを利用してビーズを飾ったりしていく3人を横目に、何故か俺の顔がペンキで汚れて行く。
手が汚れるのは分かるし、寧ろ汚さないローがおかしい。だが、何故俺はさっきから俺の顔ばかりにペンキが飛んでくるのか。
「ロシー、奇抜過ぎるお化粧になってるけど大丈夫?」
「大丈夫に、見えるか?」
「そうなる事を予見してたから、1応水性使ってるのよ。だからお風呂で落ちるとは思うけど……気をつけてね?」
そう言って、心配そうに俺を見てくるナミに心が和む。その時波で船が揺れて、ペンキを頭から被ればナミが慌てて駆け寄ってきた。
それから俯くように言われて、鼻と口の周りを拭かれると、そのままでいてなんて強く言われる。それは少し声が鋭くて、天候を相手に戦ってる時のそれとよく似ているから、本気で俺を思ってくれてると伝わってきた。
「ローちゃん、イッカク、ロシーをお風呂に入れてくるから、続きお願い。任せちゃってごめんね」
「ペンキは呼吸が止まるし、風呂は能力者には鬼門だ。コラさんを頼むな」
「折角だからナミも休んで良いよ」
イッカクがそう言うのに対してナミが何か言おうとしたのを感じるが、顔をあげるのはマズいと分かるので大人しく待つ。するとローとイッカクの声が揃った。
「「ナミ、隈が出来てる」」
それによりはぁいと情けない声で応えたナミが、俺を支えるようにして風呂場に向かう。服を脱ぐのは自分でやると言った俺に、気を付けてねと心配する姿は既に母親だ。
……母上より、母親やってるんだよな。そうか、これは基本的に誰に対してもそうなるナミの属性的なものか。
そんな事を思いながら風呂場に行くと、どうせビキニだからと言ってそのまま俺を洗い始めるナミに、警戒心の低さは飼われてる兎と同等かと溜息が落ちる。そうして俺は理性と戦いながら、ナミに洗われてペンキを落として行く事になった。
Happy Easter……。男が理性との戦いに完全勝利したのか、それとも理性に負けて兎を咀嚼したのかは……当人達だけの公然の秘密。