海軍本部大将の執務室とは何だか分かるか?
それは誰かの私室では無く、事務室の1種だ。……いつも寝てる俺が言うと信憑性は無いが、とりあえず大佐でしかない部下の本で人命に危険が及びかねない状態になるのは、どう考えてもおかしい事である筈だ。
それにも関わらず、何故かセンゴクさんもおツルさんも、ナミのそれは必要な事だからと甘やかそうとするのだから堪らない。あの2人はナミにだけ異様に甘い気がするが、だからこそ俺への当たりが少しばかり強い気もする。
それでも他の人間……主に部下達からの苦情と言うか嘆願もあり、実際危険だというのもある為にナミには掃除を命じて、そろそろ終わった頃かと思って部屋のドアを開けた所で中から可愛い蜜柑が転がって来た。……食べ頃の蜜柑だと思わねェか?
「褒めてー!」
「ヨシヨシ、終わったんだな?」
言いながら頭を撫でてやれば蜜柑ならぬ恋人のナミが、俺に抱き着いた状態で頷く。でもねェ……抱き着いてる位置が悪いよナミ。
頭上って意味なら腹部に当たる位置だけど、胸がちょうど俺の急所に押し付けられてる事を自覚して欲しい。まァ、手をいつも出せずにいる俺への嫌がらせだと言うなら、納得したくもなるが……これは何も考えちゃいねェだろうからな。
「ナミ、片付いたんなら、もう帰るぞ」
「帰るって……?」
「1応言っとくが……ここは、ナミの家じゃなくて執務室だからな?帰る習慣つけなさいな」
「1人の家に帰るの、いや」
ふいっと顔を背けるナミに、そうだったと思い出して……そろそろ1緒に住むのもありかと考える。どうせ俺も殆ど寝に帰るかナミの家に入り浸ってる訳だし、変わらねェよな。
「んー……なら、年末年始は、俺の家で過ごすか?」
「……良いの?」
「ナミ1人にしとくのも、何となく嫌なもんでな。俺の我儘で悪ィけど、少し付き合ってくれや」
俺の言葉にナミは嬉しそうな笑顔を見せてくれてくれたので、俺はそれならと歩き出す。その時ナミが1度着替えとか用意したいから、家に寄っても良いかなんて聞いてきたから構わねェよと答えて着いていく。
正義を背負ったナミは、本当になんと言うか、優しいお姉さんで子供達からも絶大な人気を誇っている。甘いと言われるナミだが、だからこそある意味ではこの海軍という職業は天職なのかも知れねェな。
事務だとかの内勤だけで大佐にまで上り詰めたナミは、本来の戦闘能力を鑑みれば少なくとも准将か本来ならば少将辺りが妥当だ。だが、残念な事に戦う時に敵を傷付ける事に戸惑うようでは流石に将にはできねェし、何より本人が嫌がっているのと戦闘経験の少なさが問題だ。
実際内勤だけでは無いと、言えなくもない事はしてるんだがなァ。それはだが、航海士や測量士としての功績であり、やはり戦闘能力の高さを知る者はそう多くない。
そうなれば海軍という組織上、いくらセンゴクさんやおツルさん、ガープさんの後ろ盾があり俺の彼女であっても地位を上げてやるのは難しい。本人は余計なお世話だと怒りそうだが。
「クザンさん、あのね……」
そう言って笑うナミの耳には、俺がやったピアスが輝いていて……そんな事に満足してる自分に少しでは無い浮かれた気分を感じる。その時ナミがくるりと俺に振り向いて、妙な顔をした。
「どうしたのよ?」
「クザンさん、いつも正義背負ってないわね」
「そりゃァ、正義なんて面倒なもん出来るなら背負いたくねェからなァ」
「こら、大将さんでしょ?」
「俺は優秀だからな」
「……書類仕事私が全部やってるけどね」
「ナミは戦闘能力皆無なんだから、それは仕方ねェでしょうが」
「むー、クザンの意地悪ー!」
そんな事を言いながらも、ナミはそっと俺の腕に絡みつくようにしてくる。これが精一杯の甘え方だと言うのだから、可愛いもんだと思う。
家の前に着くと困ったような唸り声が聞こえて来て、覗いてみれば昨日帰った時に作ったらしいお節料理達が鍋にあるのが見えた。それなら俺がこっちに泊まればと思ったが、家具のサイズをナミは気にするからなと考えて……少し面倒だけど、運んでやるかと決める。
「その料理、鍋に蓋だけしときなさいな」
「へ?」
「運ぶのは俺がやるから、着替えとか纏めておいで」
頭をそっと撫でればナミはいいの?なんて言うけど、ナミを1人にはできねェし、折角なら作ってくれた物は食いたい、そしてこの家に泊まるには色々と家具破壊などを含めリスクがある。
「あー……それと、なんだ」
「ん?」
「今度、引っ越すつもりで荷物、暇な時纏めときなさい」
俺の言葉にナミは1瞬惚けたような顔をしたのに、その直後には顔を真っ赤にして赤べこよろしく頷くから小さく笑う。この可愛い子に、今夜と明日は手を出せない訳かと、少し残念に思うのと同時に同居前には手を出したいところだなと本気で考える。
「あー……なんだ、ナミは俺と住む事は……」
嫌じゃ無さそうだが、問題は何も無いのか?
赤べこになってんだから、平気なのか?
「わた、し……はね。クザンさんにいらないって言われる迄は、ずっとクザンさんの傍に居るつもりだから」
「左遷されても?」
「左遷されても、海軍を辞めても、私はクザンさんに着いていく。助けられたあの日から、それはずっと決めてるの」
……こりゃー、覚悟が決まらねェなんて言ってられそうもねェな。本気でそこまで想われてて、年齢理由に逃げるなら初めから付き合うなってとこだよな。
「……ナミ、あー……また、後でな」
流石に、突然2日になったら喰います宣言は出来んでしょうが。何を言おうとしてんのよ、俺。
「クザンさんが邪魔だと判断したら、凍らせてから好きにしてね。砕くなりなんなり」
「……飾っとくかねェ、そうなったら」
「悪趣味ね、人形が好み?」
クスクスと笑いながら荷物を纏めたナミの為に氷で即席の台車を作り、料理の入った鍋を乗せていく。そうしながら、笑いかける。
「ナミを俺が凍らせるとしたら、ナミが不治の病に掛かった時と、失血死仕掛けてる時だけだからな。治せる奴を見つける迄凍らせといて、確実に治してやる」
「……邪魔になったらって話なのに」
言いながら共に俺の家に向かうナミを見て、俺は不思議になる。どうしてナミは、こう自信がねェのかと。
この容姿と能力なら、もっと自信もって然るべきだろうに。年齢を鑑みても……今を盛りと咲き誇るべきだ。
「俺が捨てられる可能性のが高いでしょうよ」
「それは無いわ。私は、クザンさんしか見えてないから」
「……まだまだ、俺はナミの家族には勝てる気がしねェんだけどな?」
そんな事を言いながら、ナミを俺の家に誘い込む。ここのドアをくぐったら最後、3日の日が終わる迄は出られねェとは知らずに微笑むナミに、年越し蕎麦を食べたいとネダレば即座に用意を始めてくれる。
これが日常になる日も遠くないのかと思えば、なんとも幸せな気分になろうというものだ。傍に居させるリスクと、離しておくにリスク、精神的な負荷等を色々な観点から見て、ナミには常に傍に居てもらいたい。
「俺の天麩羅、多くしといてくれや」
「蕎麦じゃなくて天麩羅目当てなの!?」
叫ぶように言いながらも言葉に従ってくれるナミに、癒される。この子の瞳には、世界もきっと優しく映っているのだろう。
理不尽で汚くて横暴な事の多い世界で、その不条理に晒されて生きてきたのに、ナミは清らかなままだ。だから俺は、穢すのが怖かっただけで、それ故に逃げていたんだろう。
だが、年も変わる。これを期に俺も足掻いてみようじゃないの。
蕎麦を運んで来たナミと共にそれに手を出して、美味いと言えば嬉しそうに笑ってくれる。きっと俺が俺である限りは、何をしてもナミはこの笑顔を失いはしないのだろう。
鐘が鳴る。今年が終わり、新たな今年がやって来る。
Happy new year……今年は随分と変化の多い年になりそうだと、小さく笑う俺に変わらずに微笑んでくれている。だから俺はそっとその耳元で問い掛けた。
初出勤は随分先になると覚悟してくれるかと。それになんと返されたのかは、2人だけが知っていれば良いだろう。