偶然の遭遇(光源氏14)side
ザワザワと騒ぐ部下達に溜息を落として、何事だァい?と声を掛けながら甲板に出れば、民間人らしい少女を追い回す見えない船。それに向けて軽く攻撃をすれば、姿を見せたその船は巨大。
それも民間船とは思えず、海賊なら拿捕しないとだねェーと、のんびり眺めていたら巨大船は自ずから沈み、残骸が浮かび上がる。その付近からは、樽に乗った少女が浮かび上がってきた。
見ればその体は赤く染まっていた。海水から出てきたばかりで、あの出血を確認できるのは不味いんじゃないかねェーと考え、その少女を引き上げる。
けれどもわっしを見た少女は警戒を顕にして、小さく声を出した。わっしは、そんなに有名人でもないと思うんだけどねェー?
「……まさか、大将まで海賊の手先になってるなんて事は、無いでしょうね?」
「……海賊のォー?」
「あぁ、ホンモノなのね。なんか、力抜けるわ……。なら、なんで私を助けたの?助けられる義理なんて無いし、信用なんか出来ないわ」
「海軍を信用出来ねェって?そりゃまたァ、どうしてかねェー?」
少女は表情の無い静かな瞳で、わっしにその視線を向けて来る。それから深々と溜息を落として、肩を竦めた。
「……私の故郷を海賊が支配してて、海軍がそれの手先になってるからよ。手先じゃない海軍は、情報を得ると戦いを挑むけど、身内からも情報漏らされてたら勝てるものも勝てない。結果何隻も沈んだわ」
「なら、お嬢ちゃんはなんだってこんな所にいるんだァい?」
問いかければ困ったように笑って、上着を脱いで左肩を見せてきた。そこに刻まれているのは……見覚えのあるマークで……。
そうか、奴等か。なら、東の海の海兵にゃァ手に負えねェかも知れないねェ……。
その場合、この少女が奴等のマークを入れられているのは、通常ならば仲間の証となるが、この少女が〝人間〟である限り、奴等に仲間として受け入れられたとは考えられ無いねェ。とォなると……。
「迷惑、かけちまったみたいだねェ……。故郷を教えてくれるかァい?すぐに、魚を始末して終わらせるよォー?」
答えを脳内で導き出せば、自然と言葉が落ちる。それに対して少女がふわりと微笑み、立ったまま意識を失った。
見れば足元には血溜まりが出来ていて……。こりゃァー……不味そうだねェー……。
「救護班、治療頼むよォー。海賊による被害者だからねェ……!」
少女は運ばれて治療を施され、その報告を受ける。腰にベルトがあり、鉄製の扇子と笛、それの上から長い腰紐、胸元に3本の棒と、足に海楼石で出来た短剣。
全身に拷問による暴行裂傷と、出血量の多さから1時命が危なかった程であると。軽い感染症に掛かりかけていて、それも薬と栄養剤を点滴で入れる形で対応中だと言う。
手にはペンダコがあり、首からは笛をかけていたとの報告とともに、運ばれて来た少女の私物。医療道具やら、ペンやらの他は先にあった報告の通りで、将来有望な容姿をした少女だとは思うが、それ以上では本来有り得ない子供。
だが、魚を始末すると言った時の笑顔が、脳裏に張り付いて離れない。そんな笑顔を見せておきながら、何故か……最後まで信用しようとしなかった少女に、申し訳ない気持ちになる。
……わしらに世界の全てを救うなんて事は、出来ねェのなんて分かりきってるんだがねェ……。こんなにも小さな少女がと思えば、やるせねェよなァと溜息が落ちる。
苦しそうな呼吸を繰り返す少女の傍に腰掛けて様子を見ていると、少女が譫言を呟く。全ては、聞き取れなかったが予想はつく。
「もう、誰も…………ない、で」
その声と共に零れ落ちた1筋の涙が……心に重石となる。何が、海軍大将か……こんな少女1人に、故郷とその住民の命を全て背負わせて……。
それも、あの時釈放された魚と来たもんだ。あの時は、同情の余地も感じられたんだけどねェー……。
少女の瞼が痙攣し、わっしはその様子を見詰める。そして、ゆっくりと開かれたその瞳は、わっしを映すと、即座に体を起こそうとする。
それはァ……無理な話でしょうが。そう思ってその背に手を差込み起こそうとするのを支えれば、戸惑ったような視線がわっしのそれと絡まる。
その視線が何故と問い掛けるのを無視して、水でも飲むかァいと聞けば、小さく首を横に振られる。点滴があるとは言え、喉は渇いているはずだけどねェ?
「……助けて、頂いて、ありがとうございます。私は」
そこまで言って咳込むから、水を差し出したけれど、少女はそれを見て1瞬何かを考えるようにしてから、頂きますと言ってその手を伸ばした。その指先が微かに震えているのを見て、咄嗟に言葉を口にする。
「毒とかは入ってないから、安心して飲みなよォー。んなもん入れてたら、わっしが部下を始末しないとならなくなるでしょーう?」
「……すみません、そんなつもりは」
グラスを持つ手が震えて、指先が白くなっている。無理に作った笑顔が痛々しくて……。毒を警戒しないと生きられない環境に居たのかと、何かを破壊したいような衝動にかられる。
それから1口水を飲んだ少女が、ホッとしたら様子でゆっくりとその水を飲み干したのを見て、切なくなる。本当にあの魚共は、なァにしてくれてるんだろうねェー?
それから少女……ナミはゆっくりと自己紹介と共に故郷の村がある諸島の名前と、島や村の名前を告げて、どういった状態に村が置かれているのかを切々と語った。けれども自分の事には触れる事なく、最後まで語り終えて微笑んだ。
「……私も、インペルダウンに?」
「手配書が出てないから、大丈夫だと思うよォー?」
確認した所に寄ると、通り名はあるのに手配書は無いという状態らしい。それも……通り名の由来が笑えない。
心をも盗み出す猫のような女だから、泥棒猫だ等と。海賊から宝を盗み出し、海兵の心を盗むと聞いて……盗まれたかも知れないなんて、どの口が言えるものか。
「大将って、奇人変人で偏屈で危険な人達だと思ってましたけど……普通に海兵さんなんですね」
ナミが突然そう言った時、あながち間違ってもいねェよォー?と言いそうになったのは、わっしも含めて平凡な人間は居ないからだろう。それに何も答えられないわっしを見て、小さく笑ったナミは大人びていて……とても14歳には見えない。
「なら、アーロン……魚人達が捕まった後は、私はどうなりますか?」
「……海兵にでもなるかァい?わっしの元で、事務の手伝いとかして貰えたら華やかで助かるよォー」
「戦わなくていいなら、海兵になるのも良いですね。海軍全体が腐ってる訳じゃないのは、分かってはいるので忌避感はありませんし……。ベルメールさんも、喜んでくれる、かな」
「お母さん、だったかァい?」
問いかければ優しく穏やかな微笑みを浮かべて、ナミは静かに頷く。どれだけマザコンなんだか……とその表情を見て思う。
それでも、家族の話をする時だけ見せるその優しい表情が気に入っているから、ついそう言った話を自分から聞いてしまう。愛情が溢れて止まらないと言うようなその表情には、少しの陰りも無い。
血の繋がりは無いのだと言いながら、祖父は医者で腕は確かなのだと告げる様子は誇らしげで微笑ましい。父は素直になれないけど、最後まで命懸けで助けようとしてくれた優しい人なのだと言った。
母は娘の為ならば命を捨てる事を厭わない、心優しき元海軍将校で、姉は世界一の美少女で賢く優しい自慢の姉で、性格は姉御肌なのだと言う。姉への心酔率が高過ぎる気はしなくも無いが……幸せそうだから良いかと思いつつ眺める。
治療の時部屋を出るべきか考えて、ナミを見たら1瞬縋るように見詰められて、背は向けてるけど部屋にいるよォと声を掛けていた。それにホッとしたような顔でお礼を言われては、部屋を出る事もできない。
治療の時、医療班は痛みますよとか、色々言うのにナミは必要な返事をする他は呻き声の1つも出さないから、相当上手いのかと医療班を評価していたら、突然怒号が聞こえて振り向いた。
「何してんだ!ンなことしたら痛みで意識が保て無くなるだろうが!」
「す、すみません!ま、間違えて……」
どうやら新人が使う薬品を1番強いものにした上に、直接傷口にかけたらしい。なァにしてんだかと思った時、ナミが明瞭な声でそれを制した。
「気にしなくて構いません。治療として間違ってはいませんし、命にも関わりません。続けてください。自分で応急処置する時はいつもそうしてますし、この程度なら慣れてますから……」
医療班と共にわっしが言葉を失っていたら、何も身に付けていないその姿でナミは微笑みを浮かべた。それから唇を動かして、ご心配なくと言った。
それからナミの治療を続けつつも東の海と向かい、食事を毎回不安そうにするのを見て居た。けれど、ある時わっしが他の仕事で食事を持っていけなかったその日、代わりに食事を運んだ海兵が困ったような顔でわっしの元を訪ねてきた。
「1口も、食べないんです。それどころか、水も飲みません。それで、同期が短気起こして口に無理矢理流し込もうとして……」
「それはァ……その怪我の理由かァい?」
「はい」
「わっしは、無理矢理食べさせろと、言った記憶はねェんだが、どうだったかねェ?」
明らかに骨を折られて居るのが、今回無理矢理食べさせた方で、脱臼もさせられていたらしい。今報告している方は、脱臼させられただけだったようで、既に問題は無さそうに見える。
「それで、今ナミはどうしてんだァい?」
「部屋の中で警戒心剥き出しの虎と化してます」
「子供1人に、情け無くならねェかァい?」
呆れを滲ませて言えば、ボソリと海賊だったんだから子供扱いなんか出来るかよと言う声が聞こえた。それは、負けた事への腹いせも入っているだろうが……情けねェなァー……。
「あの子は、被害者だよォー?あの子1人の肩に、250人を超える命が掛かってるってェのに、よく言えたもんだねェ」
「あ……!」
声に出していた自覚が無かったか、咎められるとは思わなかったか、どちらにしても浅はか。本部に居てもらっても、価値は無さそうだと判断する。
だが、こうした問題のあるのばかりを平和な海だからと東の海に送る為に、今回のような事になったのかもしれないと思えば、何ともやるせない。簡単に問題発言した相手を叩き潰して、ナミの部屋へと向えばその途中で妙な会話が聞こえる。
「大将も近くに居ないから、今なら襲えるとか言い出したの誰だよ!」
「お前だって乗り気だったじゃねェか!」
「「あんなに強いなんて聞いてねェよ!」」
「お2人さァん、何してたのかなァ?」
声を掛ければ顔面蒼白となり、ガタガタをその身を震わせる。おつるさんなら洗って干して終わりだろうし、センゴクさんやガープさんなら、ゲンコツと共に左遷か退官だろう。
サカズキならマグマで焼き殺してるだろうし、クザンなら凍らせてセンゴクさんに丸投げだろう。なら……わっしは……?
死なない程度に痛め付けて、治療を許さずに牢に押し込むよう指示してからナミの元へ向かう。ドアの前に立つと殺気を感じたので、開ける前にノックしてから声を掛ける。
それだけで嘘のように殺気が消え失せて、ドアを開けた時には怯えた子猫が部屋の隅で身を縮めていた。良く見れば傷口が開いていて、部屋は散々たる状態になっている。
わっしを見てホッとしたような顔をしたナミは、わっしが近付くと体をふらりと揺らして、倒れた。咄嗟に抱きかかえれば、その軽さと細さに心が震えた気がするが、震えたのは恐らく腕だろう。
この体で支えてきたのか、村人の命全てを。この体で戦ってきたのか、害する全てと。
誰も信用出来ないと全身で語っていた初日が嘘のように、警戒心を薄れさせていたナミ。初日は意識を失って尚、倒れる事のなかったナミが腕の中で震えている。それだけ、信頼されたという嬉しさと、部下の質の悪さに歯軋りしたくなる。
「……わっしが離れなければ良かったねェ……。あんなのがいると思わなくて、すまなかったねェ」
「……わ……った、です」
いつものように、気にしないでくださいと微笑むと思っていたナミの言葉に、動きを止める。震えているその体は、泣いていないのが不思議な程で……。
聞き取るのが難しかったそれは、けれども確かに『怖かったです』と紡いでいた。この軍艦ごと沈めたくなると言ったら、恐らく止めるのだろう優しい少女を抱えて、二度と傍から離さないと誓う。
魚を始末する時は家族に預け、その後すぐに荷物を纏めさせて誘拐するように海軍で保護と言う名目で海兵にした。本人の意思確認もまともにしないままに、事務につかせたナミが、実は本当に下手な海兵達より強いと知るのは、それから随分経ってからの事だった。
そして、心中にて渦巻くこの想いを伝えられたのも、それが届くのも……。随分経ってからの事だった。