潜水中、娯楽の為にと誰かが演奏したりする事はよくある。航海の途中、娯楽と呼べるものがどうしても少ないからこそ、音楽家はどの船でも大切にされるというのは不文律だ。
楽器の演奏は、それこそ誰でも出来るというものでは無い。それなりに扱い方を知らなければ、演奏は不可能だからだ。
その中でも特にリクエストされた曲は何でも演奏してくれるなんて事になれば、その価値は跳ね上がる事となるし、自分で作詞作曲出来る人間は既にそれ自体が宝となる。それは異世界でも同じ事なのだから、当然この船でも例外では無い。
ただ、この船では演奏できる人間が1定数いる為、聞こえて来たピアノを最初は誰が演奏しているのか分からなかった。それでも少し聞いていれば、ピアノは弾き手の内面にある程度左右されるから誰の演奏なのかも分かる。
これがチェンバロだと分かりにくいのだが、そこは楽器の違いについての話になるので割愛しよう。簡単に言うなら、弦楽器と打楽器の違いだとだけ答えておきたい。
そのピアノの弾き手が、ナミだと理解するのと同時に歩き出した俺は、部屋の入り口でその歌声を楽しもうと決めた。だと言うのに、ナミの歌うその歌詞に、込められた想いに、楽しむ所ではなくなる。
どうして想いを伝えるような歌を歌いながら、俺を……信じてくれないんだ。どうして自分を認めない。
繰り返される歌詞には、俺に必要とされたいとあるのに、同時に己の醜さを嘆くばかり。だが少なくとも俺は、ナミよりも美しい存在を知らないぞ。
俺がナミの心の居場所だと言うのならば、どうか俺の言葉を素直に受け入れて欲しい。俺はナミの脆さも、強さも、美しさも、甘さも、全てを愛してやまないのだから。
歌が終わり、演奏が終わると、突然ナミが何かを思いついた様子で言葉にした。そんなナミへと足を進めながら、シッカリと扉は閉めておく。
それから1人頷いたナミが立ち上がるから、そっとその身体を抱き締めた。それに抵抗しないナミへと俺が向けた言葉は、情けない程に震えている。
「必要としてる」
「うん、ありがとう。私も防災の日は必要だと思うわ」
……あァ、うん。確かにさっき防災の日!!とか叫ぶ感じで言ってたな。
そうは思うけど、笑顔は可愛いけど、俺の想いは欠片も伝わってないと気付かされる。とりあえず心の底からこれだけは言いたい……この天然記念物にだけは、天然と呼ばれたくない。
そんな事を考えていたら、ナミは首を傾げて不安そうにする。だから口下手な俺は、ナミの言葉を否定せずに、でも俺の想いがちゃんと伝わるように、その唇を塞ぐ事にした。
そのまま抱き上げて唇を堪能していたら、ドアをノックする音が聞こえて唇を離す。するとナミは湯だり切った様子で、俺の肩に顔を埋めてしまう。
その仕草さえも可愛くて、愛しい。どうしてナミはこんなにも、常に俺を魅了し続けるのだろうか。
「コラさん、ナミ、近くの島に補給行きたいってキャプテンが言ってるから、来てくれる?」
「分かった」
「ナミ、具合悪いの?」
心配そうに首を傾げたベポに、俺は大丈夫だと答えつつもその身体を腕から解放してやるつもりは無かった。抱き締めたままローの元へ到着すると、話し合いにならないから解放してやれと言われちまう。
それにより渋々手放せば、ナミはベポの元へと逃げて行っちまう。急に温もりが消えた事で、素直に寂しい。
その後ベポとナミの意見を元に近くの島へと進路を変えれば、翌朝には人の住む島へと到着出来た。その日は自由行動と言う事で、俺はいつものように船番をしつつ待っていたが……どうやらナミがまた消えたらしい。
「ロー?」
「1人で行動するなと何度言えば覚えるんだ、あの馬鹿は!!」
「ンな大袈裟な。ベポかイッカクをいつもは連れて行くだろ」
「ベポは海図を描く練習を、イッカクは食材の買出しに既に出てたからと言って1人で降りやがった……!!」
苛立つローを見兼ねて、俺はそっと見聞色の覇気で居場所を確認してやる。どうやら買い物中らしい。
探ろうと思えばどんな店に入ってるのかとかも分かるが、そこまでは良いだろう。ナミにも、プライバシーという物はあってしかるべきだ。
「男がいると買えない物もあるんだ。許してやれ。……それに、ナミは強いぞ」
「……っ!知ってるが!そもそもコラさんが1緒に行けば良かっただろ!?」
だから、男が1緒では無理な……と言おうとして辞める。これは堂々巡りになると嫌でも理解しちまったから。
他の理由ときて思い浮かんだのは今朝の会話。こちらならば、納得させられるだろう。
「今日はついて来ないでって頼まれたから、船番買って出たんだぞ?」
「コラさんはナミに甘過ぎる!」
どうやらトラブルメーカーな姉を思って、弟は気が気じゃないらしい。……いつの頃からか、ローのナミへの想いは家族のそれへと変わっていた。
妹を想う兄のつもりでいるようだが、実質甘やかすのはいつもナミで、だからこそクルーは皆ローが弟だと認識している。それを認めていないのはローだけだ。
そんな事を思って笑っていたら、大荷物を抱えたナミが帰って来た。それを真っ先に出迎えたのはシャチで、抱きつこうとした瞬間にローによりバラされてしまう。
本当に懲りないよな。まァ、仲良くて良いとは思うが。
「そういや、何でナミを能力で連れ戻さなかったんだ?」
「俺が能力使うより早く姿隠しやがったんだよ!!移動したのか、何なのかすら分からなくてな」
流石は元海賊専門の泥棒。神出鬼没で、盗めない物は無いとまで言われた女だよなと思う。
クリマタクトで姿消してから、剃で移動したんだろうと思えば見付けられないのも理解できるし、捕まえるなんて以ての外だろう。
「……なら、心配いらないだろ」
「誘拐された時の事を忘れたのか?」
苛立つローを宥めながら笑えば、ナミが皆に何かを配り始めた。手渡された物を見て、皆が驚いたり喜んだりしていて何事かと思う。
全員分あるからと笑うナミは、防災の日とか言って緊急時に使える応急セットと、泥水を含む汚水を飲水に変えられると言う道具の入った小さなケースを配っていた。ただ、泳げない人には違う物をと言っていたから、俺とローには別な物が用意されるのだろう。
「ローちゃ……ローにはこれね」
「……キャプテン呼びに変えるか?示しがつかねェだろ」
そんな事を言いながらも、先程まで怒り狂ってた癖に渡された物を手に機嫌が治っているのだから安いものだろう。何を渡されたのかは教えてくれなかったが、どうやらローはそれが嬉しくて堪らないらしい。
後でナミに聞けば教えてくれるだろうか。そう思って視線を向けると、俺には背負えるようになってる鞄が1つ差し出された。
「なんだ、これ?」
「防災グッズよ?」
不思議そうにしながらも、当然の事として示されたそれには、災害時に必要と言われるセットが入っていた。更には鞄が浮き袋になるらしいが……。
なんで俺だけこれ?
「これなら背負っていられるから、いつ海に落ちても安心だし、服が燃えても着替え入れておけるし、ロシーには最適だと思って!!」
満面の笑みで悪意無く言い切るナミに、俺への信用が全く無いのだと思い知らされる。項垂れる俺に皆が耐えられないとばかりに笑い出すけど、これは酷いだろ!?
「ナミ~……」
「ロシー?」
「もう少し、信用してくれても良いだろ~……」
「信用してるわよ。ロシーはいい子で優しいわ」
穏やかに微笑むナミに、俺は永遠に勝てないのだと痛感させられる。ただ、ナミ自身の物は何も用意してないらしいと気付いた俺達が、お礼に何か用意してやらないとと決意したのもまた当然の事。
何も知らずに呑気に過ごすナミを中心に、穏やかな空気が流れて行く。そんな幸福を噛み締めながら今日も優しい時間が過ぎていく。
だからこそ俺達は、俺達の周りは笑顔と愛で満ちてると感じて笑い合う。そして、この幸福をいつまでも守りたい……と願って止まないのだ。