偶然の遭遇(光源氏14)side
その日は偶然にも手に入った悪魔の実があり、俺は上機嫌だった。後程図鑑にてそれが何の実なのかを確認したいと思いながら、目的はあるもののその相手が見つからずにいた為、適当に海を移動していた。
そんな時少し離れた所で船が沈むのを目撃して、珍しい物を見たと楽しんでいたら、その沈没した船の残骸の1つが移動するのが見えた。残骸だけが移動するにしては異様な速度である為、何者かがその残骸を動かしていると考えられる。
面白いと思い、その残骸を動かしているのが何者か知りたくなり追いかければ残骸は何と樽であり、その樽に乗っているのは1人の少女。ただ、その横顔が1瞬……ステラに見えた。
年齢も違う、髪の色も違う、似ているとしたら髪のうねり具合いと長さ位だろう。顔立ちが整っているから、ステラと似ているように思えたのか。
樽が無人島に到着すると少女は当然のように樽を引き摺って波に攫われない位置まで運ぶと、そこで崩れ落ちるように倒れた。先程の重なって見えた面影を求めるように近付けば、檻の中で眠っていたステラとやはりどこか似ているように思えた。
だからだろうか、俺はその少女を抱き上げると何も考えずに自分の船へと運び込んでいた。船内で服を剥ぎ取れば、抱き上げた時点で大怪我をしているのは分かっていたが……それが拷問によるものであると嫌という程分かってしまい、余計に少女がステラに見えてくる。
ステラもこうして殺されたのだろうか。死んだという事しか俺には確認出来なかったが。
風呂場で、海水に浸かっていた筈のその傷口を洗い流して、簡易的な治療を行い鎮痛解熱剤を水と共に自らの口に含むと、少女の唇に自らの唇を重ねてそれを流し込む。素直に飲んでくれたのを確認して、俺は少女をそのままベッドに寝かせてこの先どうするかと考える。
「タナカ……この娘が目覚めたら教えろ。俺は風に当たってくる」
ダイスに任せるかとも思ったが、怪我人を任せるには少し不安が残る。そう言う意味ではタナカの方が安全だ。
取り敢えずは当初の目的通りトレジャー海賊団を傘下に加える為に
金があるのだから、今度こそステラを護れるのではないだろうか。実際はステラでは無いと分かっているのに、俺の中ではあの少女はステラの生まれ変わりであるような気さえしている。
ドフラミンゴから奪った実で得たこの力。それ故に本来ならば、弱点となり得る存在など無い方が好ましい。
つい数年前までドフラミンゴに命を狙われていたのだから。それでも、俺はあの少女が気になって仕方ない。
その時タナカの声が聞こえて俺は船内に戻る。意識を取り戻したらしい少女は、タナカから身を守るように自らを抱きしめながら、けれども決して攻撃的な様子ではなくベッドの端に逃げていた。
全力で毛を逆立てる猫のように逃げてはいるが、しっかりと助けられた事に礼は言っていたようでタナカは妙に機嫌がいい。俺は少女に視線を向けると、奴隷印では無いが体に刻まれているその刺青を見て、小さく舌打ちする。
それに反応して顔を上げた少女は、俺を見て少し考えるような素振りを見せた後頭を下げた。その仕草は少しばかりその見た目にそぐわない。
「お助け下さった、テゾーロ様でお間違い無いでしょうか?私はナミと申します」
頭を上げたナミと名乗った少女は、微かに微笑んでいてそれが更にステラと重なる。思わず手を伸ばして少女の頬に触れると、少女は不思議そうな表情で俺を見上げてきた。
「……熱は、出ていない様だな。……偶然通りかかって、見捨てるのも忍びなかっただけだ。気にするな」
「それでも、治療もして下さった事に、変わりはありません。ありがとうございました」
儚く微笑むナミと名乗る少女が、ステラと重なり……どうにか手に入れたいという欲望が芽生える。その為か俺は少女の手首を掴み逃げられなくしてから、その瞳を覗き込む。
「……お前を手元に置いておきたいと言ったら、どうする?」
「お戯れを。こんな小娘に、本気ではないでしょう?」
鼻で笑うように、勝気に答えた少女の顔を見て、初めてステラの面影が消えた。俺はそれに、何処かホッとしたような気持ちになる。
ステラの面影が消えたのに、何故かこの少女を欲しいと言う願望は消えないのだから、不思議ではあるのだが。少女は何も言わない俺に勝気な表情はそのままに、瞳だけを微かに……不安を示すように揺らす。
どうやら勝気な態度は演技のようだと気付けば、幼い少女なのではないかと気付かされる。並外れた航海術を持つ、謎の美少女か……。
「お前が手に入るならいくらでも支払うと言ったら、ついてくるか?」
俺の言葉に少女はその瞳を大きく見開くと、哀しそうにその瞳を揺らした後細く息を吐き出してから微笑んだ。それはさながら真面目に働いて欲しいと言っていたステラのようで、どうしようもない程に心が乱される。
「……10億ベリー、何も言わずにプレゼントしてくれるなら、考えないでもないわ」
「その程度の額で良いなら、安いくらいだな」
俺は無意識で言葉を口にしていたが、聞いた少女は驚愕の視線を俺に向けて、泣き笑いのような表情になる。それから微かな声で、それが本当なら、東の海のコノミ諸島にあるココヤシ村まで私共々1度届けて欲しいと言った。
それを快諾すると少女……ナミは縋るような眼差しを俺に向けて、それから1筋の涙を流しながら微笑んだ。それを見て、あの時金が無かったから救えなかったステラを漸く救えたような気持ちにさせられた。
話をよくよく聞いてみれば、目指しているその島を牛耳る海賊に、その金を支払えば開放されるのだと笑うナミ。それに俺が待ったをかけたのは、至極当然と言えるだろう。
ここで金を持たせても恐らくは金を取られて、ナミも幽閉されて終わりだと悪人の立場から考えれば分かる。寧ろ何故ナミはこうも純粋に、そんな契約にもなり得ないようなそれを素直に信じて、1人で足掻いているのだろう。
そう思えば、このお人好しな所がステラと面影が重なった所以かと思わざるを得なかった。俺は溜息を落として、疑う事を知らないナミの頭を撫でてから、ダイスとタナカに命じる。
「……魚人を全員、始末して来い。報酬は、言い値で支払ってやる」
ダイスとタナカは迷う事無く、良く見知っている建物と類似したそれに向かって行った。後は吉報を待つだけである。
念の為金を用意しておけば、あいつらが負けたとしても金で解決できる。まァ、負けるとは思えんが。
「ナミ、お前は……俺の側にいればいい。悪いようにはしない」
「ギルド様、私は……「テゾーロ」」
ナミは俺の言葉に不安そうな表情で名を呼んだが、そんな呼ばれ方をしたい訳では無い。名で呼べと言葉を遮れば、ナミは困ったように笑ってテゾーロ様と呼んだ。
俺はナミの腰を抱き寄せて唇を塞ぐとその小さな体を折らないように気を付けつつ、吐息さえ奪うように深く味わう。今更愛も何もあったもんじゃないが、それでもナミから敬称をつけて呼ばれたくはない。
角度を変える為に離した唇の隙間で、ナミが苦しそうに俺を呼ぶ。……敬称をつけずに。
それがまた耳に馴染み、俺は続きの口付けを取りやめて笑う。気の弱そうな様子に、そんな顔も出来たのかと少し思いながら。
「そうだ、テゾーロと呼べ」
「私は、ですが、助けて貰ってる立場で……」
オドオドした様子でナミが言うのが珍しく年相応に見えて、今更子供だったのだと思い出させられる。ここへ来るまでの間にも嵐を予見したりして見せた。
どんな会話にもついてくる上に、花を贈るより本や新聞を与えた方が喜ぶなんて事もあったから、気付かなかった。ナミが幼い少女である現実に。
治療中に痛みがないなんて事は有り得ないのに、痛みに喘ぐ姿を見せる事もなかった。ただ遊ばせていただけでは無く、島まで案内させる為と言う名目で、試すように海図や地図を描かせたり、動かずに出来る事は何でもやらせたが、できない事が無かった。
原石の欠片かと思ったら、宝石そのものだったとわかり俺がナミを無意識のうちに可愛がってしまえば、タナカとダイスもまたナミを妙に甘やかした。奴らは、娘のように思っているのだろうか。
俺が何をしてもナミは殆ど抵抗らしい事はしなかったが、口調を敬語から変えさせるのだけは苦労している。恩人だと言うのはナミの中で随分と大きいようで、俺には何処か遠慮気味なのが気になっているのだが、それはまァ仕方ない。
年齢を聞けばまだ14歳だと言うナミに、35にもなった男が良くもまァ平気で襲えるものだと雇われているだけの雑魚が聞こえよがしに言っているのは知っている。だが……俺だとてナミが相手でなければ、こんな子供に手を出そうとは思わなかっただろう。
俺がナミと戯れている間に、ダイスとタナカがこの島の悪夢を終わらせたと報告して来る。こうなれば後は、俺はナミに俺のモノになれと言うだけでいい。
そう思った瞬間、ナミが俺に泣きながら飛び付いてきた。泣きながら、ありがとうと繰り返すナミに、家族との別れを惜しむ時間を与えてから、俺はナミを連れて船を出した。
まさか出逢ったあの時ナミが沈めたその船が、自らの目的の船だったとは知らないままに。そんなナミが自分の身を守れるようにと、悪魔の実を食べさせた事には今も1切の後悔は無い。
悪魔の実を食べたナミが必要に応じてずっと俺の側に居てくれるようになったのも、その恩恵のひとつだと考えている。俺が歌えばナミもまた、優しく笑う。
そんなナミが俺の知らない多くの歌を知っているのだと言う事に気が付くのは、これから数ヶ月後にグランテゾーロを創り上げた時になるとは、思ってもみなかった。俺が本当に側にいて欲しいのは、ナミ本人なのか、それともナミの中に見え隠れするステラなのかは、この時の俺には本当に分からなかったのだ。