夏だからこのグランテゾーロでも祭りを行おうと言う話になった為、ナミの了解を得ずに準備をしたが……さて、どんな様子かとドアを開ける。そこには少し顔色の悪いナミがいて、だがそれを差し引いても美しい。
……俺の隣に立つ事が許される程度には、美しいな。だが、どれ程言っても金の衣装は身に纏わないのが少し気に入らない。
「……行くぞ」
1声だけで立ち去る俺の後に続く足音。恐怖を与えている訳でも無いのに、従うのは魚を処理してやった恩に報いる為か。
悪魔の実を食べさせてからは、取引を円滑にする為にナミを連れ回したが、何を命じても困った顔はしても拒みはしない。……確かに金より白の方が似合うかと思わされるのは、その性格故か。
何を命じても拒まないが、出来ない事も多い。それどころか、誰かを傷付けたり殺したりする様な事を目の前で行うと、つらそうにその表情を歪めたり、場合によっては止められたりするのが少し……邪魔に思う。
それでも、そんな所がステラと重なるから、俺はそれを嫌う事が出来ない。足を止めて振り向けば、小首を傾げるナミに俺は命じる。
「……笑え」
それに合わせて困ったように笑うのを見れば、そうじゃないと言いたくなりやめる。笑った事に違いはないから、頭を撫でて歩き出す。
タナカがナミを娘のように可愛がっていて、ナミもタナカに懐いているから俺の周りはいつも円滑に動いている。ただ、だからこそナミのいない所でしか出来ない事も多いのだが……。
知れば、泣かれるのだろうか。俺を、蔑むだろうか。
小さく疼く胸に、らしくも無いと自嘲して会場へ向かう。会場の入り口で渡していなかった譜面をナミに投げれば、それを手に取ったナミが叫んだ。
「ちょっと待ってよ、テゾーロ!今渡されて、即歌えって言うの!?」
「観客が待ってる。すぐに目を通せ」
言えばテゾーロの馬鹿と言いながらも、即座に譜面を見て小さくリズムを取る姿を眺める。ナミがステラの雰囲気を持つだけのただの小娘ならば、ここまで執着はしなかっただろうが……。
これの脳内には何が詰まっているのか。世界の誰も知らないだろう音楽が詰まっていて、それを生み出しては世界に発信する。
実際に作詞作曲したナミが歌うのは、ここ……グランテゾーロだけだと言うのだから、人も集まって然るべきだ。その中にいくつかあるデュエット曲は、俺と共に歌うのがいつもで、男向けの物は俺に歌ってみるかと必ず聞いてくるのだから、手放せなくもなるというもの。
俺が眺めている間に確認を終えたナミが、俺に視線を向ける。気合いを入れ終えたらしい。
無言で先を歩けば、必ず少し遅れて着いてきた。俺は14歳の小娘に、何をこれ程までに期待しているのか。
先にステージに登場するのはナミで、大歓声が巻き起こる。グランテゾーロが誇る歌姫だ、当然と言えるだろう。
そして、俺が登場すれば更に歓声が上がった。主役の登場だからだろう。
悲哀を込めて歌うナミに、愛を囁くように俺が合わせる。ナミが微笑みながら歌えば、俺はその手を取って抱きしめる仕草をくわえながら、歌う。
そんな事をして、祭りは開始された。
2人で歌う物、ナミだけの物、俺だけの物、それらを合わせて20曲程用意していた曲を歌い終えると、ナミと俺は観客に礼をする。その直後にナミは俺の頬に口付けを落として下がり、俺は観客に言葉を向ける。
ゆっくりと楽しんで行けと笑う俺に、観客は盛り上がる。ここに居る人間の中に、価値のある者等存在するとは思えないが、それでも歓声に包まれる事に悪い気はしない。
昔望んで得られなかった全てが、ここにはある。俺に従う人間、歌いたい時に歌える環境、使い切る事の出来ない金、そして……失われた筈の儚い存在。
バックステージに下がり、ナミを呼べば汗を拭いながら近寄って来る。そのタオルを奪い投げ捨てると、その場でナミの肌を流れる汗を舌で舐めとる。
万が一にも聞こえないように、ナミは必死で声を押さえながらも抵抗はしない。人を殺す事、人を傷つける事の他は、基本なんでも俺に従うのだから、当然だが……。
これ以上やれば止まらなくなるのは俺の方かと、ナミを解放すればナミは俺を睨み付けて、直後に溜息を落とす。それから心配そうに俺を見詰めて来るのだから堪らない。
「テゾーロ、どうしたの?こういったイベント、好きでしょ?」
「……何故イベントだと?」
「夏だもの。夏祭りでしょ。曲も夏をイメージした物だけだったし」
言いながらナミは俺に近付き、そっと抱きしめる。それには親が子にするような、漠然とした親愛が込められていて負けたと思わされた。
実の親にもされた事の無い程の愛情を、ナミは当然のように俺に向ける。言葉ではなく、全身で愛を伝えてくるのだから、不思議なものだと思う。
優しく撫でるその手が、悪事をする俺を甘やかして、それを出来なくしようとして来る。……これは、暑さのせいでおかしくなっているのではなく、きっとあの出逢ったその日には堕されていた。
「ナミ、この後も歌うのだから、水分補給はしておけ」
「わかったわ」
そう言ってナミは笑うと小さく、もう大丈夫ね?と確認して来る。思い返せば俺が弱ったりするといつもナミは気付いて、こうして甘やかすのだ。
これ以上このぬるま湯に浸かっていたら……抜け出せなくなる。暑い今だからこそ、熱い湯か氷水を浴びたいところだというのに、ナミのソレは明らかにぬるま湯だ。
そう思いながらも手放せず、外からは夏祭りの熱気が押し寄せてくると言う状況。そんな中で、俺の言葉や思考とは裏腹にナミを抱き締める腕の力は弱まる事を知らなかった。
そのまま自然と唇を重ねた俺に、ナミが抵抗する事は1瞬さえ無かった。祭りらしい事は何もしてやれなかったが、きっとナミは文句さえ言いはしないのだろう。