案内人として悪人を陥れて行く。それが私の主な仕事だと頭ではわかってるのよ。
本当の悪人しか、テゾーロは私に対応させないのだからそれをとやかく言う事は出来ない。何より甘やかされてるのも分かってて、何かを言う権利も資格もある筈が無いのは理解出来てる。
そう言った事を行う中で、私に触れてこようとした相手には能力を使って逃げる事で、これまで生き延びさせて貰っている。その事に関してテゾーロに感謝もしてるし、多くの意味で信頼もしてる。
私との体格差を考えてか、テゾーロは拾ってくれた14歳の頃からずっと現在迄、ただ体を慣らして私だけを高めても、それ以上はして来ないし……。そう言う、見て楽しむのが趣味って訳でもなさそうだから、多分本気で大切にされてるのだろうとは思うけど……。
テゾーロを見ていて、なんとも言えない気持ちにさせられるのは、いったい何なんだろう。傷つき過ぎて自らが傷ついてる事にも気付けない、哀しい人だと思ってるからだろうか。
仲間を助けようと努力して、金の砂漠に落ちた男達を舞台の上で眺める。それを楽しそうに見ている観客にも、テゾーロにも、私は共感できない。
深く溜息を落とした時、観客席から鋭い視線を感じて咄嗟に……エンターテイメンターとしては許されない事だろう事は分かっているけど、テゾーロの影に隠れた。それを受けてテゾーロは私に視線を向けると、怒るどころか観客席に視線を向けて私を庇うように抱き締めてくれた。
テゾーロの緊張がそれにより伝わるのと同時に、観客席からステージに移動してくる男を見る。それはテゾーロと同じ位の身長を有していて、ピンクのもふもふとした羽根を纏っている。
突然の乱入に、けれどもテゾーロは慌てる事も無くそれをショーの1つに変えてみせると、さり気無く私を庇いながらその男の対応をする。その時乱入男……ドフラミンゴが私に手を伸ばして来て、咄嗟に〝素手〟でそれを振り払ってしまう。
それに慌てたのはテゾーロで、ドフラミンゴをステージの裏に引き摺るように連れ込み、それから私を珍しく叱った。でも、なんだか怒られてる気がしないのだ。
「舞台の上でこの男に恥をかかせたら、面倒な事になるだろうが!気持ちはわかるし、良くやったとも思うがダメだ」
「オイオイ、それは叱ってる事にゃァ、ならねェだろうが」
そう言うドフラミンゴは先程から有り得ないような悲劇が起きていて、その度にごめんなさいと謝る事しか出来ない私にテゾーロは口先さえもあんな様子。叱ってるんだか褒めてんだか、本気で分からない言葉を紡ぎ続ける。
その悲劇が落ち着いてから、テゾーロは漸くドフラミンゴをもてなし始める。その腕に、私を抱いたままで。
いや、私ぬいぐるみか何かだったかな?と言いたくなるのを飲み込む。……それを見たドフラミンゴが、テゾーロに問い掛ける。
「お前の娘か?」
「いや、俺の女だ。手を出すなよ」
「……ほォ、体格差的に難しいんじゃねェのか?」
下卑た笑みを浮かべて揶揄するように言ったドフラミンゴは、私の事を舐めまわすように見るけど……不快感より恐怖が強いのはどういう事か。テゾーロに縋るように抱きつけば、テゾーロが微かに笑った気がした。
「人の女で下卑た想像はしないで貰おうか、天夜叉の旦那。……悪いな。コレには、俺以外に触れられそうになったら、容赦無く能力を使うよう言ってあるもんで、迷惑をかけた」
先程の事があるので、ドフラミンゴは1瞬でその笑いを引っ込めるがどうにもその視線から嫌なものを感じて仕方ない。私の微かな震えをテゾーロは感じ取り、優しく抱き締めてくれるから、それにより何とかホッとして呼吸が出来るようになる。
覇気ならばこんな事にならない。ならばこれは1体、なんだと言うのだろうか。
「テゾーロ……」
「大丈夫だ。大人しくしてろ」
テゾーロの言葉に頷くと、ドフラミンゴが聞こえよがしな溜息を落とす。それに対してテゾーロは鼻で笑うから、空気が無駄に緊迫する。
「俺は悪者扱いか?客だってのに」
「呼んでねェからな、今回は」
「呼ばれてきた時は、歌姫が何故か毎回不在だってんじゃ……呼ばれねェ時に来たくもなるだろう」
ドフラミンゴの言葉に、テゾーロはハッと馬鹿にしたように鼻で笑う。……正直怖いから部屋に帰りたいけど、そうも言ってられないから私はテゾーロに耳打ちする。
「そろそろ海賊のラストシーンよ」
それにテゾーロは頷くと、ゆっくりして行けと言い残しつつ私の腰を強く抱いてステージに戻る為に動き出す。その時ドフラミンゴが私の動きを阻害して、操り始めた。
テゾーロから引き離された私が咄嗟に縋るように声を出すと、テゾーロが迷わずにドフラミンゴに実の力で攻撃を仕掛ける。それにドフラミンゴは小さく舌打ちしてから、私を解放する。
開放された瞬間にテゾーロの元へ駆け出せば、少しつまらなそうに鼻を鳴らしたドフラミンゴが、けれども何処か楽しげに私とテゾーロを見る。それに寒気に似たものを感じて、震えそうになる体を押さえ込んでキッと睨み付ければ睨まれた筈のドフラミンゴは、独特な笑い方で肩を震わせつつ盛大に笑いだした。
「伝説の姫神も見られた事だし、今日のところは引き下がってやる。またな、お2人さん……次は、俺も楽しませてくれよ?」
「のんびり観客として楽しんでいて貰えるなら、呼んでやるよ。ドフラミンゴさん」
「フッフッフッフッフッ……!可愛い姫神の歌声を、別な形で堪能したいもんだ」
「俺の女だと言っただろう。触れさせる気はねェ」
睨み合う男2人は、どちらもその表情だけは笑みの形を作っていて……だからこそ、危険だと思う。この2人が本気でぶつかる事だけは、避けた方がいいように思える。
「それがビジネスだとしてもか?」
「必要に応じた金銭は、支払っているだろう。ドフラミンゴ」
「俺が求める対価として、ソレを求めるとしてもか」
「コレには、触れさせるつもりは無い」
そう言ってテゾーロは私の事を抱き上げると、いつものように唇を合わせてくる。それに無意識で応えれば、テゾーロがその途中で背中に軽く触れて来る。
それだけで甘い声が抑えられなくなる私に、テゾーロはいい子だと唇の隙間で言うけど、何が起きているのか分からない。テゾーロにそのまま高められる私は、何かを考える事も出来ずに熱い吐息を吐き出す事しか出来なくなるのだから。
「……このように、俺にだけは、決して逆らわないように躾てある。欲しいなら自分で育てろよ。ドフラミンゴ」
「誰にでも……じゃねェのか?」
「触れようとしただけで、幸運全てを奪い尽くされた男がそれを言うか?」
テゾーロが嘲るように笑えば、ドフラミンゴはその瞳を細めて、成程と言った。納得したかのようなその言葉に、けれども納得等してない事はよく分かるから、恐怖にうち震えそうになる。
ステージの方はタナカさん達が上手くやってくれてるらしく、歓声が聞こえてくるのに、それにホッとする事も出来ずにテゾーロにしがみつく。ドフラミンゴが去り、2人になった室内でテゾーロが珍しく弱ったような顔をしてくるから、流石に厄介事になってるのだろうと分かる。
また……迷惑を掛けてしまったのだろうか。邪魔になるつもりなんて無いのに……。
「ナミ、もしも俺がドフラミンゴに抱かれろと言ったらどうする?」
私は突然齎されたその言葉に息をのみ、言葉を失う。本来ならきっと、テゾーロがそれを望むならとか、必要なら構わないと、微笑むべきだろうと思うのに。
声が……出ない。言葉が……浮かばない。
「……泣くな。確認しただけだ。だから……泣かないでくれ……」
そう言ってテゾーロが私の目尻に、頬に、顎にと唇を落とすから、それにより漸く泣いていた事に気付く。泣いてるなんて、思ってもみなかった。
「……テゾー……ロ、が、望むなら……誰にでもって、思ってる。だけど……それなら……その前に、お願い」
自分が情けないと思った直後に、言葉が口から音となって出た。震えるそれは、恐らくとても聞き取りにくいだろうに、テゾーロは黙って続きを待っていてくれる。
「他の人に、与える前に……私を、抱いて……。お願い、だから……私、初めては…………好きな人が、いい」
なんて、我儘なんだろうか。海賊が、望む事ではないと分かっているのに……。
助けられて、守られて、甘やかされてるのに……。他に差し出せるものもないから、この身を差し出す他ないというのに、どうしてこんな事を願ってしまうのか。
本当は、テゾーロ以外に触れられるなんて、嫌だと泣いて縋り付きたい。でも、そんなのは許されないと分かるから、最大限の我儘な望みを口にする。
「……っ!お前は、馬鹿だっ!」
テゾーロの声が震えて、私はテゾーロに抱き上げられて客間からテゾーロの私室に運び込まれると、そのままベッドに押し倒された。舞台用の衣装が簡単に引きちぎられて布切れとなるのを視界に収めながら、私は呆然とその成り行きを眺める。
「……抱いて、くれるの?」
「だから……ナミは、どうしてそうっ!」
テゾーロの声は途中で止まり、苦しそうにその瞳を揺らす。それから小さく、大切にするつもりだったのになと言う言葉が聞こえた後で、私はテゾーロに強く抱き締められた。
それから間も無くテゾーロは電伝虫を取り出すと、数日私と部屋に籠るとタナカさん達に連絡して、電伝虫を切る。それの意味が分からないような育てられ方はして無いから、私は驚いてテゾーロを見つめるしか出来なくなってしまう。
だけど、そんなに時間はいらない筈。やる気になれば、そんなもの1時間かそこらでも可能な筈なのだから。
なのに、時間を作ってくれる。忙しい筈なのに。
「いいかナミ、俺は俺以外の誰にもお前を抱かせるつもりは無い。だから……その身を犠牲にしようとしなくていい。だが……」
言葉を切ったテゾーロに私は黙って視線を向ける。だって、テゾーロは他の誰にも抱かれなくていいと、そんな夢みたいな言葉を口にしたのだから。
「……これから数日、寝られるとは思うな」
テゾーロの言葉に顔が赤くなったのが分かる。多分寝る以前に、体力持たなくて意識が保てないと思うと小さく返した私にテゾーロは優しく笑った。
「好きな相手に初めてを捧げてからがいいと、抱いてくれと誘ったのはナミだ。言葉には責任を持て」
微笑みは恐ろしくなる程に優しいのに、その声音は愛しさを孕んでるように聞こえるのに……。その瞳は欲望にギラついていて、その体は驚く程に熱い。
ドクリと心臓が大きく鳴る。それに嫌なものは感じないけど、妙に体が緊張してしまう。
「……ナミは俺にとって、特別な存在だ。そう何度もは言うつもりもねェが……今夜は仕方ねェ」
真剣な顔になったテゾーロが私の耳元で、掠れた声を発する。ただ1言……愛してる、と。
それから先、私とテゾーロに言葉は必要無かった。ただ、互いに言葉の代わりに体を、心を重ね合う。
2度と離れたくはないと、このまま溶けあえたら良いのにと思うような優しいものでは決して無かった。激し過ぎるそれにより、身体は悲鳴を上げたと言うのに。
けれど……それでも、想いは言葉を尽くすよりも雄弁に伝え合えた。触れ合う素肌が、交わされる熱が、隠されて然るべき部分迄伝えてしまう。
千の言葉を贈るよりも、万の言葉を紡ぐよりも、その深く繋がったそれにより、伝わる想い。互いに1歩どころか何歩も引いていた事までしっかりと伝わってしまえば、今更何も隠す事等無いのだと思い知らされる。
2人のそれは、まだ始まったばかり……。これから長く続くだろう蜜月の始まりである今は、それの終幕等見えはしない。