いつまでもナミに会わせろと言いながら帰らない赤髪に業を煮やした俺がナミを連れて、グランテゾーロを出発したのは5日程前の事だ。それに対してナミは何も知らず無邪気に笑っているが、なんだってあんな奴等と知り合いだと話さなかったのか。
そうつのりたくはなるが、聞くだけ無駄な事も理解している。ナミは単純に兄として慕っているだけなのだと言う事も、その態度や言動から既に理解しているからな。
そう、相手がどれだけナミを想っていたとしても、当の本人には全く理解されていないのだ。そう思えば、多少溜飲も下がろうというものだ。
それにその為に約半年ナミを監禁し、暇があれば抱いて過ごして来たのだから悪い事ばかりでもないのは分かっている。それでも頭で理解しても感情はそうはいかない……不快だという事実に変わりはない。
そんな中でナミが今日の夕方にはグランテゾーロに帰り着くと言い切ったので、そうかと笑みを浮かべたのはつい先程の事だ。だが今、部屋に帰りついたナミは机に向かい、作家モードに入っている。
執筆や作曲をする時にそうなる事が多いからそう呼んでいたが、思い返してみればナミは航海士や測量士としても恐ろしく有能なのだ。このグランテゾーロが新世界を安全に航海し続けているのも、ある意味と言うか、実質的にはナミの恩恵である。
その上で嬉しそうに海図を描いたりするのだから、それくらい構わないだろうと思っている。つまりそこ時点で、俺に勝ち目はねェ。
他の国の近くを通るとナミの為に2人でその島に寄る事をしていたのも、世界地図を描きたいと言っていたナミが喜ぶからだ。人の居ない島でさえ、ナミは嬉しそうに笑うから立ち寄ってきたのだ。
だが残念ながら、今回はそんな短期間の外出では耐えきれそうに無かった。だから2人で、見えてもいない島に遊びに行くという事をしたのだが……。
冷静に考えれば、それをやったらこうなるのはわかりきっていた。なのにも関わらず、俺は小さなストレスから開放された事で失念していた自分が許せねェ。
しかし良く見れば、ナミの側にある台に1通の封筒があるのに気が付き手を伸ばす。中から出て来た便箋は蜜柑の香りがして、小さな笑みが浮かぶ。
内容はグランテゾーロでも使えそうなイベントについて書かれているとわかり、即座に南瓜を大量に入荷するよう指示を飛ばす。これは根付かせればそれなりに効果のありそうなものだと、内容を読めば読む程楽しみになる。
折角だからナミにも何か仮装をさせるかと考えて、2人だけで楽しむなら猫に仮装させておくところだがなとその後ろ姿に思う。だが、幹部としては客の対応をさせないといけない事は分かりきっている為、猫は却下する他ない。
そんな誰もが襲いたくなる姿を、他人に見せられるか。今でも余計なのに狙われてるってのに。
どうしたものかと考えて、巫女服でも着せてみるかと思う。思いたてば即座にそれも南瓜と共に仕入れさせようと指示を飛ばし、ナミが見ていては出来ないような内容の仕事を片付けていく。
お人好し以外の表現法が分からない程にお人好しなナミがいては、仕事として成り立たない。全く困った奴だと、甘やかしてる風を装う。
そうしておきながらも、知られて嫌われるのを恐る臆病者なだけ。そんな事は、自分の事であるが故によく分かっている。
やっと終えた知られたくない仕事は、途中揉めたのもあり小鳥の囀りが聞こえる頃に漸く落ち着いた。お陰で船はグランテゾーロに帰り着いていて、即座に南瓜や衣装が無事に届いているかを確認する。
点検が終われば問題は無いとわかり、ナミを着替えさせる為に部屋に向かう。朝日は燦々と降り注いでいると言うのに、昨日と変わらない様子で机に向かっているのが見えた。
それには流石に、この馬鹿がと苦々しく思う。だが、こうなる事は予想出来た筈なのに対策を怠った自分にも、多少の責任はあるかと溜息を落とす。
その小さな音に気付いたらしいナミの肩がビクリと震えたのが、意識がこちらに戻っている何よりの証となる。俺はその体を無言で抱き締めると、そっと眼を伏せて柑橘類の香りのするそれに癒された。
食欲を誘うナミは、その性格故か限りなく甘く感じる事が多い。実際は柑橘類はそれ程甘くないと知ってはいるのだが、どうしても甘く思えて仕方ない。
「……心配かけて、ごめんなさい」
微かに囁くような声で呟くナミに俺は小さく笑うと、その体を反転させる。正面から抱き締めたその細く小さな体は、叱られる事への怯えからか少し震えているから怒りを持続させる事も出来やしない。
「反省してるならいい。もう、心配かけるな」
「……はい、ごめんなさい」
そっと額に口付けを落としてその体を解放すると、ナミの為に用意した衣装を差し出す。それを受け取ったナミは何処か懐かしそうにそれを見て、それから首を傾げた。
「これ、どうしたらいいの?」
「ナミの書いたイベントをグランテゾーロで行う。それを普及させる為に用意したから、着ろ」
「……なら、舞でも舞った方がいいの?」
「人に見せられるものなら、舞って貰いたいが……舞えるのか?」
俺の問い掛けに困ったような顔をしたナミは、確かに頷いた。それからいつも身に付けている鉄の扇子を広げると、波の音しかしない船内で静かに舞い始める。
さながら天女のようだとでも言うべきか?いや、そんな臭い言葉を思っているとはいえ、口にできるかと溜息を零す。
舞を終えたナミに俺が見事だと言えば、小さくお粗末でしたと悔しそうな声を出すから納得の出来ではなかったとわかる。ならば……と俺はナミに声をかける。
「Trick or Treat」
「へ!?」
「今日が本番だ。俺に悪戯されたくなけりゃ、舞台で今の数倍良い出来の物を見せてみろ」
こう言えばナミは頑張り舞台を成功させるだろう。ついでに赤髪達と会わせる事なく、赤髪達にナミの存在を確認させられるだろうと笑って、背を向ける。
どちらにしても、夜は俺の為だけにベッドで舞って貰うつもりだがなと、教えもせずに立ち去る。Trick or Treat……聖なる巫女も、強欲な怪物の前では単なる生贄と変わりはしない。