多分平穏な日々なんだろうと思える。シャンクス達が去り、私に案内人として回す数が極端に減った他は、テゾーロと過ごしている幸せな日常。
舞台の為に話し合いをしている時は真剣な顔で向き合うけど、普段は1緒に食事とかお茶して笑ってるばかり。だからなのか……タナカさんはそんな私達を新婚みたいですねなんて揶揄って来るけど、それを除けば本当に平和だと思う。
その平和な日常の中で突如緊張した様子を見せたテゾーロに、何があったのと視線で問い掛ける。すると嫌そうな顔で、私を見て来た。
「大口の客が来た。だが……変なのに好かれるナミをそれの対応に回したくねェんだよ」
「人手が足りないので、諦めてください。テゾーロ様」
タナカさんの言葉にテゾーロは舌打ちして、今度の相手は白髭だと言った。それに私は、自分の瞳が輝くのを抑えられない。
「あ、エースに会えるかも」
「……待て、ナミ。誰だそれは」
「私の弟」
「……嫌な、予感しかしねェ」
「もう、10年会ってないの。会わせて、お願い」
テゾーロの腕を掴んで言えば、心底嫌そうな顔で溜息と共に了承してくれる。それに私が笑えば、テゾーロは小さく頷いた。
「……首輪、用意してやるよ」
「何がどうなってそうなったの!?」
私の悲鳴は空気に溶けて、タナカさんは困ったような顔でそれを見ていた。それから当然の事として、私は白髭海賊団の出迎えをしようとその船に近付く。
けれども私の体は突然降って来た物体により、押さえ込まれてしまう。その犯人には思い当たるのが居るので、思わず声を掛ける。
「エース、降りなさい。まったく……再会の挨拶もまともに出来ないの?」
「やっぱりナミか!逢いたかった!」
言いながらぎゅうぎゅうと押し潰されては、しっかりとした筋肉で覆われているエースから逃れられる筈も無く、抵抗しても無駄で……でも、能力は使いたくなくて……。
「エース、離しなさい!私は、エースに能力を使いたくないのよっ!」
私の言葉にエースは驚いた様子で手を離すから、漸く開放される。少しエースとの距離を置いて、それからマジマジとエースを見る。
20歳のエースは絵ではあったけど見慣れてた。でも今ここに居るエースは18歳で……。
記憶にあるエースよりも随分大きくなっている。でも、ルフィの前で見せていた〝お兄ちゃん〟の姿でも無くて……何だか妙に新鮮。
それで居て懐かしく思えるのは、可愛い弟だからなのかな。それとも、読者時代の感覚が抜けないのだろうか。
「エースは、大きくなったわね。あんなに小さくて、おマセさんだったのに……」
「ナミこそ、その……大きくなったな。1瞬分からなかった」
少し照れたような様子でそう言うから、私はエースにありがとうと言ってから白髭海賊団の皆様に仕事として顔を合わせる。エースはそんな私を驚いた様子で見てるけど、どうしたと言うのか。
「ナミは、俺が白髭に居る事に、もっと驚くかと思ってた」
「エースもサボも新聞を賑わせてるもの。チェックくらいしてるわ。寧ろまだ何も情報の無いルフィが心配よ」
「サボ、は……」
エースの顔は苦しそうで、今の言い方だと伝わらなかったかなと思い、言い直す。
「エースはスペード海賊団で、その後それの壊滅情報。となれば、その時に挑んだ相手の所に吸収されてるだろうなって事くらい分かるわよ」
「なんで、それが俺だって……」
「弟の顔くらい、見れば分かるわよ。サボも革命軍で頑張ってるみたいだけど、連絡はとってるの?」
エースはその問い掛けに硬直して、小さく生きてるのかと呟く。その様子に漸く伝わったと分かり、肩から力を抜く。
その瞬間感極まったエースが抱き締めて来て、私はまたもやエースの腕の中で苦しむ羽目になる。その時、背筋を冷たいものが走った。
「ナミ……」
名を呼ばれただけだと言うのに、どうしてこんなにも怖いのか。分かるのはテゾーロが恐ろしく怒り狂ってるのを、静かに抑え込んでいるという事。
「テゾーロ……」
「ん?ナミ、どうした?」
不思議そうにエースは私に問い掛けるけど、そんなの気にしていられない。テゾーロの怒りを鎮めなきゃ。
シャンクスの時のような、あんな事になったら今度こそ死ぬと思う。テゾーロの怒り方はあの日に、良く似ているもの……。
「ナミ、2択だ。分かるな?」
「テゾーロ、でもっ!」
エースから幸運を奪う事はしたくないし、でも、エースに力じゃかなわないし……。どうしたらいいの?
「エース、離してやれ。お前の〝大切な姉〟なんだろう?困らせてやるな」
その声に反応してエースが手を離してくれるから、私はエースの元を離れてテゾーロに駆け寄る。そんな私を躊躇い無く抱き締めて、そっと額に口付けを落としたテゾーロは、ホッとした様子で私を見てから声の主に視線を向ける。
「お初にお目にかかります。白髭海賊団の皆様!私の婚約者の家族がいるとは聞いておりましたが、そちらの青年がそれでお間違い無いようですね」
「……婚約者??」
初耳の単語に首を傾げると、テゾーロはその瞳を細める。それは無言であるのに、明確に黙ってろと伝えてくるから私は方便だと判断した。
だからそれに合わせる為にとテゾーロの腕に自らの腕を絡めて、甘えるように擦り寄る。すると何故か、エースが背後で雄叫びを上げるのが聞こえてきた。
「ナミ!?婚約ってなんだよ!?聞いてねェぞ!」
「……10年近く会ってなかったんだもの、伝えられないでしょ?」
そもそも私も初耳よ。そんな事を思いながらエースに視線を向けると、エースはその場で崩れ落ちた。
「昔っから、歳上好きだったもんな……」
「誤解を招く言い方しないで。明日の朝日を拝めなくなったらどうしてくれるのよ」
「……成程、昔から〝お兄ちゃん〟が大好きで、いつもああやって甘えてた訳か」
テゾーロがシャンクス達を思い出しながら言葉を紡いでいるのだと、何故か明確に分かってしまう。低く唸るようなそれに、私がいったい何をしたってのよっと叫びたくなるのを耐えて強くテゾーロにしがみつく。
「……ナミの兄弟は総じて面倒だな。後で兄弟の名前を全員書き出せ」
「どうして?」
「……殺してやる」
「そんな事言われて、教える訳無いじゃない!辞めてよ、大切な家族なんだから」
ムッとしてテゾーロに応えれば、そうだろうなと頷いたテゾーロからは、怒りの色は既に無い。それから少し諦めたような顔をして、私を見詰めてきた。
その後突然白髭海賊団に視線を向けると、少しお時間を頂きたい、その後にご案内致しますと言い出すから何かあったのかと少し緊張してテゾーロを見る。テゾーロはそんな私前で片膝をつくと、私の左手を優しくとりその甲に口付けた。
「ナミ、俺と結婚しろ。YESしか答えを聞くつもりはねェ。その代わり、俺が殺すその時まで死なせねェし、ナミの家族にも手を出さずに、式には呼んでやる」
……こんなプロポーズ、初めて聞いた。こんなにも横暴な発言をしてるのに、接客用の顔じゃないテゾーロが……言葉とは裏腹に少し切なそうに、不安そうにその瞳を揺らすから。
私は心から微笑む。この可愛くも孤独で、優しいのに上手くそれを伝えられない不器用な人と、共に居たいと想ってるのは私の方だから。
「……私の全ては、テゾーロのものよ。私は……テゾーロの事は〝何も知らなかった〟のよ。それでも、テゾーロなら信じられると思ったし、テゾーロのその不器用な優しさが愛しいの」
「ナミ……?」
「私が知識に頼って〝あるべき姿〟を意識しないで生きられるのは、多分テゾーロの前でだけなのよ。だから、そんなに不安そうにしないで。私はテゾーロを〝私として〟愛してるわ」
この言葉の持つ意味を、テゾーロにも本当の意味では理解出来る筈も無い。でも、伝えたかった。
ナミちゃんらしくなんて考えないで、ただ1人のナミとして……テゾーロを愛しているのだと。
テゾーロは私の言葉を受け止めて、1度強くその瞳を閉ざす。それからゆっくりと瞳を見せてくれた時には、その瞳に迷いの色は無くなっているのが確認出来た。
「死んでも外すなよ。今は仮だが、盛大な式を挙げてやる」
そう言って石が埋め込まれている指輪を、私の左手の薬指に嵌める。よくある石が上についてる形じゃない所を見ると、私がペンや紙を弄るのに困らないように配慮してくれたのだと伝わって来た。
その気持ちが嬉しくて、私は跪いたままのテゾーロに飛び付く。勝手に溢れ出す涙を止める事は、今は出来そうにない。
そんな私の顎を掴んで、優しいキスをしてくれるテゾーロに私は想いを伝えようと舌を絡める。それを受けてテゾーロが微かにその雰囲気を和らげたから、想いは伝わったのだと思う。
「……ナミが幸せなら、祝福するしかねェよな。っとに……ん?そういや、ナミの旦那って事は、俺の義兄さんになる訳か?」
そうエースが呆れた様子で声を響かせた事で、漸く周りに人が恐ろしく沢山居たのだと思い出す。羞恥が行き過ぎで声の無い悲鳴を上げた私が、混乱のあまりテゾーロにしがみついて離れなくなったのを、誰も咎める事は無かった。
そんな私の耳元で、テゾーロは囁く。懺悔するように。
「幸せにしてやるとは、言えねェが赦せよ」
なんて……。
そんなもの、私が幸せにしてみせるから気にしなくていいと、喘ぐように返した。その後は、はやし立てるような声が周りから聞こえて来た為に、混乱し過ぎて記憶が吹っ飛んだ。
なので、恐らくはテゾーロから離れられないひっつき虫のようになって、茹だりきっていたのだろうと推察出来る。推察できても、怖くて確認はして無いんだけどね。
その上このグランテゾーロ始まって以来の大き過ぎるイベントが、まさかタナカさんの計らいで全て放送されていたなんて事は、大分先まで知らなかったのだけれど。そう……つまりは、私だけが知らなかっただけで、これは計画的なプロポーズだったらしいのだ。
どちらにしても決まっている事は1つ。私はテゾーロを幸せにすると、この時決めたという現実だけ。