先日愛妻が行方不明になった。それはなんとも、力の抜ける理由だったのだが……。
「島が見えたから。予定もなかったし、ちょっと測量しに行ってみたら街があったから、ついでに買い物してただけよ」
平然とした様子で帰って来たナミを問い詰めたら、こう言われたのだ。コレで本気で悪い事をしたとは思って居ないのだから、嫌になる。
どれ程心配したと思っているのか。叱り飛ばして部屋に閉じ込めたらこれ幸いと執筆を始めた新妻に、結婚していて良かったと何度思わされたか等、もう考えたくもない。
「テゾーロは、何か食べたい物ある?」
朝1で聞かれたそれに素直な気持ちでナミと答えたら、いつもでしょそれ!?と叱られたが、体力を考慮して何日か間は開けてやってる筈だろうに。食い足りるかよと心から思う。
俺はいつでも、ナミを求めて止まない。そんな俺の想いを知らず、ナミは真っ赤になってもう知らないんだからなんて言っていたが……この様子だと、どうやら今日は何かあるらしい。
仕方なく調べてみれば、ナミの書いた話にあったクリスマスが今夜から明日にかけてだとわかり、それはもう少し早く知らせろよと心から思う。タナカに指示を出してグランテゾーロ全体でクリスマスをやれるように、手配を1気に推し進める。
金も人も余っているから出来る強硬策だが、これによりクリスマスに彩られたグランテゾーロを後でナミに見せてやれば喜ぶだろう。……この俺が、自分の半分も生きていない女1人の為にこれ程1喜1憂する事になる等と、1体誰が考えただろうか。
ステラはこんな俺を知ったら……どう思うのか。
そう考えた時、何故か嬉しそうに微笑むステラの姿が見えた気がした。いつもの物悲しい微笑みではなく、穏やかな微笑みが脳裏に浮かぶ。
その穏やかな微笑みがナミのそれと似ていると気付いた時、俺の中で2人の女は既に色々な意味で混ざり合う程に大切な存在になっているのだと痛感させられ、笑いが込み上げる。振り回されているらしい、この俺が!
そんな事が出来るのは、死者ではステラのみであり、生者ではナミだけだ。その名の通りに星となった女を思い出しつつ、愛妻の為にとグランテゾーロを少し寒い地域へと進めさせる。
雪のひとつでも舞っていた方が、雰囲気も出るだろう。金を撒く事も考えたが、それではきっとナミは喜ばねェと分かってしまうから。
クリスマスとは大切な存在と共に優しい時間を過ごしつつ、贈物を渡し合うイベントのようだと話を確認して理解すると、ナミに何を贈れば喜んで貰えるかと頭を悩ます事となる。誰かを喜ばせたい等と考えるのは、それ程多くない経験である為にこんな時は困ってしまう。
ビブルカードを仕込んだチョーカーでも首輪代わりに与えておくか。何処にも行くなと、そういう意味を込めて。
だが……首筋に直接触れるのにそれは邪魔にも思える。俺に対して微笑み、テゾーロの名前は愛が込められてるわねなんて言い放つその強さ。
他の人間が口にしていたら、それは生きてはいないだろう。俺には……ナミとステラ以外から愛された記憶など、これ迄ただの1度たりとも無いのだから。
色々な準備を終えて帰った俺を、生足を晒したナミが出迎えた。1瞬珍しいなと思い、次の瞬間なんだその赤い服はと思う。
「テゾーロ?」
「その服はどうした?」
「クリスマスだから、作ったの。何かおかしい?」
「この部屋から永遠に出たくねェって言う話かと思ったが、違うのか?」
俺の言葉に驚いたような顔をしている事から、クリスマスの衣装としか考えていなかったらしい。なんとも手を出しやすい姿をしている。
「まったく、テゾーロは無駄に元気よね」
「ナミが枯れてるだけだろう」
「枯れさせてくれる?」
「枯れたら、薬を投与してでも復活させてやる。俺の横で永遠に咲き誇れ」
俺の言葉に無理ばっかり言うんだからと困ったように笑うナミは、暖かい。例えば今、もしも凍えていたとしても、それが〝寒い〟のだと言う事を知らなければ感覚が麻痺している状態を〝温もり〟であると思い込む事も出来ただろう。
だが……1度本当の暖かさを知ってしまえば、知らなかった頃には帰れない。1度得た温もりを失う事は、即ち身と心を守る為に分厚い氷の鎧を自ら纏い、近付く全てを攻撃しても止まる事等出来はしない状態になるという事だ。
その分厚くなった氷を溶かして、それでいてその氷を否定しない存在がどれ程貴重かを知らないのだろう。そして、俺をどれ程支えているのか分かってはいないだろう。
誰にも伝えるつもりは無いが、ナミに何かあれば俺は正気など保つつもりは無い。正気等保てば、苦しむだけだ。
それこそ、ナミが居ない世界なのであれば、その世界が滅ぶ事も厭わない。暖かく愛しいナミという温もりに、俺は何度も救われている。
だが同時に、それを守る苦労は恐ろしい程だがな。そう思うと、無邪気に笑うナミが時たま憎くなる。
「テゾーロ、夜ご飯食べる?それともまだ忙しい?」
「ナミが作ったなら、食ってから出掛ける」
「……テゾーロは、私を甘やかしすぎだと思うわ」
そう言って笑いながら食事を俺の前に移動させ、穏やかに微笑む。肉系の料理が多いからか、野菜も多く用意されており色も鮮やかだ。
それを食べ始めた時にナミが差し出してきたのは長細い箱で、それを受け取り開けてみると中からネクタイが出て来た。それはシンプルなデザインで、俺が仕事で使う事のないタイプの物である為に、多少の驚きがある。
「仕事用、舞台用、裏用は持ってるだろうから、なんでもない時に使えそうな物を選んでみたの。趣味に合うと良いんだけどね」
「ナミ?」
「メリークリスマス、テゾーロ。私の〝大切な人〟で何よりも大切な〝宝物〟であるテゾーロに、贈物よ」
「俺は……何も用意してねェが?」
「いつも、貰ってるわ」
そう言って笑うナミは、その表情に少しの陰りもない。本気でそう思っているのだろう。
だが俺はナミから奪ってはいても何も……与えて等居ない。束縛し、書いた物を搾取して、その身を、心を奪い尽くし、最低限しか他人と会わせないようにしている。
それでいてその事に欠片も罪悪感を抱く事も無く、その愛を甘受し続けているのだ。ナミは、誰にも渡すつもりは無ェし手放すつもりもねェ。
その時ナミが、食事の合間にポツリポツリと語りだした。それはこのクリスマスが生まれた理由で、なんとも聞いてみれば少しも優しくはない話だった。
寒いその地域では、子供が冬を越える事が困難であった。その為に、その冬を無事に超えられた子供にお祝いとして贈物をしたのがそもそもの始まり。
それにより生まれた空想の妖精が、良い子にも悪い子にも贈物をするファーザー・フロスト。彼は良い子には贈物をして、悪い子には死という名の贈物をするのだ。
無論諸説あるので、これが正しいとは言いきれないが、通説ではこれが起源でありその後に神様を信仰する宗教がそれを元に、子供達に贈物をするようになった事で名をサンタクロースと変えた。このプレゼントを配る行為をした人の名前から、サンタクロースの名が付けられたとも言われているらしい。
冬の森の妖精であった筈の彼は、緑と白の衣装を身に付けていた。しかし、とある飲料メーカーのイメージカラーを纏う事となり現在の赤と白の衣装で固定されてしまったのだそうだ。
だとするならば何処かで既にあった話を書き起こしたのかとナミを見れば、自分の発言が何を含んでいたかについて全く理解してない様子で首を傾げてくる。ナミは本当に、無防備だ。
「なら、俺の目の前にいる可愛いサンタからは何をくれる?」
「ネクタイあげたでしょ?」
「それは、ナミからだろう?」
問いかければそうかと言って悩み始める。それを見て仕方ないなと言いつつ食事も終わった事だしと、その細い体を隠すようにコートを巻き付けてから抱き上げる。
「俺にナミの全てを寄越せ。それで許してやる」
「それは初めから、テゾーロのものでしょ。私の愛しい旦那様」
そう言って笑うナミに、それなら俺からはグランテゾーロ全体がクリスマス仕様になっている景色を贈物としてやると呟いて外へ連れ出す。連れ出されたナミは俺の腕の中でその景色を見て、声を失った。
それからポロポロと涙をこぼして景色を見つめるから、ナミにとってこれは思い出深いイベントだったらしいと知る。構わねェから、今は好きなだけ泣いとけ。
無理に背伸びなんかしなくていい。俺の腕から何処へも行かねェなら、それだけで充分だ。
Merry Christmas……愛する人の温もりを感じて、失いたくないと抱く腕に力を込める。金が無ければ全て失う事は知っているが、金では得られない物がある事も本当はもう……知っている。
その為に、強欲で臆病な男は、失えない大切な存在を強く抱き締める事しか出来はしないのだ。震える腕は、寒さが理由であり、喪う事への恐怖等からでは無いのだと、己に言い聞かせながら。