大晦日とはどんな日かと聞かれた俺は、暦の最終日だろうと答えていた過去を思い出しつつ、今はナミの作る蕎麦を食べる日だろうと思いそれを口にしたのが昨日。今日はそれにより蕎麦を作ってくれる事になっていたが、それ以前にあの本は片付いたのかと様子を見に向かう。
部屋のドアを開けると中から俺の愛妻であり、歌姫が飛び出して来た。俺だけの歌姫にして、閉じ込めてしまいたくなる事も多い女だが、それは他への示しがつかねェからと共に舞台で歌わせ続けている。
「どうした?誰かに虐められたか?」
俺に抱き着いて離れなくなったナミの頭を撫でながら問いかければ、掃除終わったけど疲れたから少し癒され中とか言い出す。お前のその行動に俺が癒されてるよとは、言葉に出来ねェが愛しい妻の行動に顔がニヤケない筈も無い。
頭をつけて甘えた仕草を見せるナミに、俺はいい子だと言って唇を重ねる。それにより、ピクリと反応するナミは抵抗だけはしない。
そのままナミが立っていられなくなるまで堪能すれば、真っ赤な顔で、潤んだ瞳を向けて来る。食べ頃な様子にそっと抱き上げてやれば、ナミが珍しくダメだと言う。
「何がダメなんだ」
「大晦日と1日はそういう事しちゃダメなのよ」
そんな決まり事を俺が守る筈ねェだろうと言いかけて、辞める。いつも俺の言う事に何でも従うナミに、そんな言葉を向ければ悲しそうな顔で俺を受け容れるのは目に見えている。
だがそんな事は望んでねェからな。俺はただ、ナミが俺の傍で笑っていればそれで良い。
ンな言葉を口にする予定も無ければ、勇気もねェが。それによりナミが不安になったとしても、なかなか言葉は音にならねェ。
「ナミ、正月に客とやれそうなイベントは何かあるか?」
「宿泊客の皆様に、朝食でお雑煮出すとか、2日になったら餅つき大会やるのはどう?その餅つき大会のお餅で、好きな味のお餅を食べられる形を取れば盛大になると思うけど」
そう言って案はくれたが、現実的な話では無いな。人数と天竜人の存在を考えるに難し過ぎる。
それを口に出した訳でもないのにナミは、少し考えながら別な案を口にする。その真剣な様子にいつも誰かの為ならば必死になるんだよなと思い、俺とは随分と異なる生き物だと痛感させられる。
「……後は、振袖と晴れ着用意して、参賀日はそれを着てると施設利用料金が割り引かれますが、汚したら弁償とか?」
「手軽で全体に即座に浸透させられる上に、身分も何も関係無く参加していようといまいと華やぎ気分は味わえるか。……晴れ着と振袖だな。それで良い」
「今日は大晦日だけど、間に合うの?」
ナミは不安そうに聞くが、金はある。金さえあれば、物質を用意する分には何も問題は無い。
ただそうだな、ナミにも何か着せてェな。……いや駄目だ、着せたいが誰にも見せたくねェ。
「テゾーロ?」
「和服はすぐに用意出来る。心配するな。それより着付けをできる奴が必要だな」
「私出来るけど、お客様全員って訳にはいかないものね」
「できる奴は給料を倍にすると言って集めるから、構わねェ。ナミは、俺の傍にいろ。……離れるな」
そう囁いてやればナミはほんのりとその目元を赤く染めて、小さく頷いた。それがまた愛らしく、毒されているなと思う。
俺がやるべき手配を終えて部屋に戻ると、もう少しで正月になろうと言う頃だったらしく、ナミが間に合って良かったと言いながら蕎麦を運んで来た。その蕎麦の器とは別に天麩羅が用意されており、好きな物を乗せて食べてと笑うのだからマメな奴だと思わされる。
こうして共に過ごすようになり、ナミがイベント好きなのは理解出来た。だからと思いそれを好きにさせていたが、イベント特有の食事を用意されるとこの趣味も良いものだなと思わされる。
俺の為にと料理をしてくれる存在など、ナミの他にはいない。仕事だから、注文を受けたから、そうやって作られた物か、その辺で完成品を売られているものを買うかしかして来なかった。
俺にナミはプロに作って貰ったの食べれば良いのにと言うが、俺がナミの作った物を食いたいのだと何故伝わらねェのか。その時、ダイスにやるよう言っておいた除夜の鐘割り108連発が始まった。
普通に打つのでは、彼奴は満足しねェからな。それをナミは何か違うといじけていたが、そこは我慢して貰うしかねェな。
「……ナミ、コレはなんだ?」
「春菊の天麩羅よ」
「花が、ついてるが?」
「私の育ててる春菊だからね。なんかね、育ててたら可愛くなっちゃって収穫し損ねて、育ち過ぎて花が咲いちゃったの。気にしないで食べて」
野菜とは、花が咲く物なのか。そうか、知らなかっ……て、おい待て、いつどこで育ててるんだ!?
「ナミ」
「そこの窓にあるプランターよ。窓の柵の外にぶら下げて育ててるの。雨の日はお水あげなくていいし、太陽にも風当たれる。良い位置でしょ」
最悪俺に抱き潰されて動けねェ時は、世話をしなくてもどうにかなるらしいと分かれば、成程と思う。その他にも忙しくても育てられる便利さがあるらしいと分かれば、暇潰しか癒しを求めてかと考えながら、それにしても、今まで気付かなかったなと思う。
「春菊はその名が示す通りに春に菊の花が咲くのよ。だから咲く前に頭を切って食べればまた成長して花を咲かせようとするの。それをまた切ってと繰り返す事で、晩秋迄ずっと定期的に収穫出来るのよ」
「今は真冬だろう」
「グランテゾーロで色々な気候の所へ行くから、雪の降るような時だけ中に入れてあげれば普通に育ち続けてくれるのよ。……自分で育てた野菜なら、買ってきた物より……あー……新鮮だもの」
最後の所で、安全だと言おうとしたのはわかるが、そこには触れずにおく。触れれば新年早々、血腥い事をしたくなるからな。
蕎麦を共に食べ終えたら、何故か眠くなる。何か仕込まれていたのかと疑いたくなる程の眠気にナミを見れば、同じ物を食べていたのに普通に洗い物をしているのが見えた。
それが悔しくて、洗い物を終えたナミを抱き締めてベッドへと引きずり込めば、ナミは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに俺に擦り寄り……寝た。世界で1番危険な場所を、世界で1番安全な場所だと勘違いして。
あァ畜生!そんなに無防備に信頼されて、手を出せるかよと内心で騒ぎつつナミの髪を指に絡める。
綺麗な色だと思うが、同時に珍しいとも思うその髪は、ナミに良く似合っている。この俺がこんな小さな女1人に、翻弄されるようになるとはな。
Happy new year……愛妻が笑うならばそれが世界の理であり、愛妻が嘆くもの等この世に無くていい。それ程の想いを抱かせる女だからこそ、今年も守り抜いてみせると決意する。
目覚めたら2人で共に食事をしよう。そんな〝当たり前〟の幸福を俺達は経験した事が殆ど無かったのだから。そんな事を考えながら、俺は愛しい温もりを強く抱いて眠りに落ちた。