カランと音を立てて落ちたクリマタクトを拾い、俺は湧き上がる怒りを笑う事で発散する。その笑い声を聞き付けたタナカとダイスが飛んで来て俺の姿を見て、サッと道を開けた。
正しい判断だ。さァ、show timeと行こうじゃねェか。
「グラン・テゾーロをこの島に向けろ。妻を、迎えに行く」
「「はい!」」
2人が飛び出して行き、俺はシャンパンを傾ける。さァナミ、どんなお仕置きが希望かな?
船が到着すると島は驚きと喜びに満ちる。客も拾えて丁度いいなとそれを見ながら島の中を眺めていれば、船の到着に気付いて慌てて近くの店に飛び込んだ女を見付けた。
白い肩まで髪を揺らして逃げたそれは、背格好はナミと似ていたが……まさか、あれ程のレベルで変装出来るのか。慌てて逃げなければ、恐らくは気付けなかっただろうその変装技術に舌を巻く。
これ迄知らなかったナミの特技に、少し体から力が抜ける。本当にいつもいつも、ナミは驚かせてくれるな。
店の前まで行きナミが出て来るのを待っていれば買い物をした事で船が到着したのを忘れたのか、それとも変装しているからと油断しているのか、ホクホクした顔で姿を見せたナミを捕まえてやる。腕の中でもがきながら、なんで分かるのよー!なんて言う阿呆を連れ帰る。
「この場で犯されたくなけりゃ、大人しくしてろ」
「テゾーロ……」
ビクリと身体を震わせたナミはそれから俺が何を言っても話を聞いてさえいなくて、部屋に暫く閉じ込めておく事を決意する。部屋に放り込むと床に倒れたナミがキッと睨み付けてきたが、そもそもお前が悪い。
「何故、駄目だと言ったのに1人で外へ出た?……金になりたいのか?」
「……テゾーロがそれを望むなら、そうしたらいいわ。私は逆らわないで素直に死んであげる」
「ナミ!」
「何よ。私だってたまには、1人で買い物に行っても良いじゃない!」
「そのたまにがよりにもよって、何であんな治安の悪さをウリにしてる島なんだよ!俺の到着がもう少し遅くなっていたら、どうなってたか考えろ!」
「……普通に買い物して、気づかれない内に帰宅する予定だったわよ」
ふんっと顔を横に向けるナミに、いい度胸だとその身を持ち上げてベッドに投げ落とせばビクリと震えた。いつまでも苦手として、ウブな反応を見せるナミには、こんなお仕置きが1番効きそうだ。
その時無粋にも電伝虫が鳴り、用事が出来れば仕方ないからと身体を起こす。いい子に反省してろと言い捨てて出て行く他に、俺に許された選択肢は無い。
ナミは俺の後ろで、そんなに怒る事ないのに、テゾーロのわからず屋!とか言っている。反省するつもりは無さそうだ。
本当に、ナミの事をどうしてやろうか。その怒りを新たな取引相手に向けて搾り取れるだけ搾り取ってやれば、また怨みを買った事だろうがどうでもいい。
弱い奴と、金のねェ奴が悪い。失いたくないならば、対応できるだけの力と金を持てば良いんだ。
暗い仕事の所をナミが何も知らないとは思わねェが、極力報せねェと決めている。ナミは、甘すぎる。
ナミが望むように運営していれば、足元を見られ全てを失うだろう。それに今更対応を変える事は出来ねェような、そんな相手とばかり俺は繋がっている。
無意味に悪人でも無い奴を陥れる事はナミが悲しむから辞めたが、勝手に堕ちて来る奴らの事までナミは守ろうとする。せめて本人だけにして欲しいと嘆く姿を見る度に、やるせない気分になるが俺は立ち止まるつもりはねェんだよ。
そう思って部屋に戻れば、部屋が甘ったるい匂いに満ちていた。どうなってるのかとナミを見れば楽しそうに何かをラッピングしていて、どうやら完成するところらしいと分かる。
「何してる?」
「テゾーロ!?あの、なんでもないの!気にしないで!」
この匂いで気にしないのは無理があるだろ。そうは思うが照れたような顔で必死に何かを隠しているから、隠されてやるかと思い指でナミを呼ぶに留める。
それに素直に従い近寄るナミを胸に抱き込めば、カカオの匂いが蜜柑の香りに混ざって感じ取れる。それによりバレンタインかと思い至り、本当にナミは俺をどうしたいのかと思わされて、会話のそれを変える為に口を開く。
「ナミ、反省したか?」
「……えぇ、反省したわ。ものすごく反省した!」
「そうか、反省してねェのか。そんで、またやる予定があるんだな?」
確認するように問いかければ、ナミは少しばかり落ち込んだような、いじけたような様子を見せる。それは可愛いが……な。
「だって、買い物くらい行きたいもの」
「タナカかダイスで良いから連れて行け」
「女の子には、男がいたらやりにくい買い物もあるのよ!テゾーロの馬鹿!」
「……ナミ、可愛いな」
「今の会話の何処で、そんな言葉が出たのか分からないわ」
呆れたような様子のナミに笑いながらやはりお前は特別だよと思いつつ、その体を強く抱き締めた。甘く優しい香りが俺を包み、今更この温もりを手放す事は不可能だと思い知らされる。
知らなければ、孤独だと気付かずに居られた。知ってしまえば、気付いてしまえば……耐えられるものじゃねェ。
愛を知ってしまえば、その愛を失う事が何よりも怖いのだと言う事を……たった1人の自分の半分も生きてねェ女に教えられる。何処までも、甘く暖かいばかりの優しい女。
無意識で甘やかし、包み込む甘く残酷な女に、俺は溺れている。喪う可能性を考えただけで、呼吸さえできなくなりそうな程に、ナミという名の沼に俺は囚われ抜け出そうという気概さえ既に無い。
それから数日後、ナミ的には必死に隠していた箱を差し出して来たので受け取れば、案の定チョコが入っていて、その他に何かが1緒に入れられている。なんだろうとそれに手を伸ばせば、ネクタイピンだと分かる。
「ナミ、これは?」
「指輪はいっぱいあるから、邪魔にならないで身につけられそうな物をあげたかったの。使って貰えたら嬉しいわ」
「……ありがとう、ナミ」
「喜んで貰えたなら良かったわ」
微笑むナミは、幼い頃に俺が抱いていた理想の母親のような温かさを俺に示す。そんなナミが視線を俺から外した瞬間、そのまま消えるような錯覚に襲われて、その身を掻き抱く。
驚きつつも直後に笑ったナミの身体を撫でれば、ビクリと身体を震わせたナミは、声を恥ずかしそうに押し殺す。……隠すな。
俺に何かを隠すなんて、そんな事は許してねェ。俺には、全てを見せて、全てを聞かせろ。
「ふぁ……!テゾーロ!まっ……て!」
「ちゃんと解さねェと、体格差があるからつらいのはナミだぞ」
「やァ!そこ、やめっ……!」
「弱いのは……分かってる。身を委ねてろ」
耳元で囁き、そのままその耳を舐めてやれば熱い吐息を吐き出して、俺に縋るような視線を向ける。それからそっと喘ぐように言う。
「優しく、して……」
俺を煽る天才かと恥ずかしそうに頬を染めるナミに思いながら、その身に喰らいつく。俺はお前無しではもう、生きられそうもねェよ。
Happy Valentine……口に出せない男の想いは溢れ、言葉にされない想いを受け止めるように女は笑う。お前が、貴方が、傍に居てくれる事、それだけが俺の幸福の条件。