バレンタインの日にナミから貰ったネクタイピンを、俺が愛用するようになったのは言うまでもない。ナミはそんな俺を見て、幸せそうに微笑むから俺はその笑顔さえ見られるならば充分だと感じていた。
だがこれ迄ナミ以外の誰かを喜ばせたいと思った事は無く、だからこそこれの礼をする為の日について悩まされている。過去に俺は、金が無くて全てを喪った。
だが、金があっても……それでも得られない物もあるのだとナミに教えられる。勿論金は必要で、無ければまた全てを奪われるだろう。
今ある平穏と言える日常も、金の上に成り立っている。失えない大切な者なんざ……もう、二度と持つつもりは無かったのに……な。
いつの間にか増えていた。大切な者達に、俺は傍にいて欲しいと願っている。
ただ金だけで繋がっている訳でも、信頼だけで繋がっている訳でもねェが、タナカもダイスも……ナミも、大切な者である事に違いはねェ。
先に舞台から帰っている筈のナミの様子を見に行けば、カモメに餌を与えていて相変わらず甘いなと思う。何処か触れ難いようなその光景に足を止めると、受け取った箱を嬉しそうに見詰めた後でナミはそれをゆっくりと開け始めた。
ナミにと名が記されたそれには、ナミの心を掴んで離さねェ姉の名がありその姉に妬きそうになる。自分の半分も生きてねェ小娘に、しかもその同性の家族だってのに。
情けねェと自分に絶望しながらソファに身を沈めると、ふわりとナミの香りが漂う。甘いだけではないその香りに、その香りと性格が似ているなと思わされた直後俺に触れるナミの指先。
少し冷たいその指先に、緊張しているらしいと知る。その指により口内に押し込められたのは、甘く柔らかな菓子。
「特別よ」
鈴が鳴るような声が耳朶に触れる。俺はそれに嫌味としか取れないような言葉を返すが、いつもがそうだからなのかナミは気にした様子も見せない。
それどころか甘かったでしょなんて言いながら飲み物を差し出される。それを口にすれば、簡易的なスポーツドリンクで驚いて顔を見れば、舞台で疲れたでしょなんて優しく微笑む。
渇いていた全てが潤うような気がした。俺は、ナミに何を求めているんだろうな。
誰にも奪われない為に妻にした。誰にも害させねェ為に、外部との接触を極力抑えている。
もう大人の筈だが、いつまでも何処か幼さの残る妻に俺は振り回されている。飲み終えた俺はナミに関わらせるつもりのない商談の為に、ソファから立ち上がるとナミの頭を軽く撫でてから部屋を出た。
14歳の時に拾いその直後から味見して、16歳で俺のモノにして、現在は20歳だ。俺がナミを育てたのか、俺がナミに育てられたのか、俺はそんな事を考えながら商談を進めて行く。
「テゾーロの旦那、そんな態度で先方を怒らせても知りませんよ?」
「ほぉ……?怒らせるとどうなると言うのかな?」
「……奥方が、ご無事で居られるといいですね?貴方が〝愛妻家〟である事は〝有名〟ですからね」
取引相手の言葉につい笑えば、相手は1瞬で青ざめる。それもその筈だ、俺がこの笑い方をした時は不愉快であると言うのはそれこそ〝有名〟な話だからな。
誰にでも逆鱗は有る。それが俺の場合は、僅か3人に集約されているだけだ。
金が無くなれば離れるような軽さではなく、だからといって信頼等という曖昧なものでも無い繋がりを持つ者達。その中でも俺の全てを掛けて慈しんでいる存在を……どうしようと?
「アレに手を出せば〝JOKER〟は勿論〝四皇〟の〝赤髪〟と〝白髭〟その他〝革命軍〟をも敵に回す事になるが、その覚悟は出来ていての発言かね?」
ドフラミンゴは尊敬も出来るし、共感も出来るが、事ナミに関しては邪魔者でしかない。そう思っていたが、意外と使えるな。
存在しない方が有難いナミの兄弟も、名前だけは有名でこんな時は便利に使える他、実際ナミの為ならば動くだろう。……心底気に入らねェがな。
俺の発言に怯えた男は、そこからは1切ナミの話題に触れず、こちらの言い分を全て飲んでの決着となった。命があっただけマシだと思っていろと笑い、先程とは逆に上機嫌で帰宅する。
……無性に、ナミが欲しくなった。乱暴に扱っても、困った人ねと言いながらナミは受け入れてくれるだろうという甘い考えで、理由も説明せずにナミをベッドに沈ませた。
驚いた顔をした後、案の定困った人ねと笑い、その頬を微かに赤く染めた。いつも通りに、俺を甘やかせ。
そうして迎えたホワイトデー当日。舞台を終えたナミに、短く来いとだけ言えば弱々しい表情をされる。
「少し、休ませて……すぐは無理」
「今回はそれじゃねェよ。シャワー浴びて来い。でかけるぞ」
俺が舞台の直後気の昂りを抑える為に抱く事が多いからか、そんな事を言われたのでシャワーへと向かわせる。まァ……実際良く抱くからな。
体格差を考えて連日にはならねェようにしてるが、何度抱いても初々しさや恥じらいの残るナミに、その滑らかな肌に溺れている。何処に出かけるのかを確認もしないナミ。
そんな様子に、少しは俺の事も疑えと言いたくなるが、実際疑われたら落ち込むだろう自分も分かっている。何ともならない矛盾に、苦笑がもれちまう。
カジュアルドレスを適当に用意して脱衣所に置いておけば、それを着てくるだろうと視線を外に向ける。カジュアルドレスは、ワンピースと大差はない。
とりあえず、たまにはここから離れて2人でゆっくり……苺狩りでもさせてやるか。それならナミも喰えるだろう。
先に俺が食べた物だったり、俺が手渡した物なら他人が作った物でも食べるが、どこぞのアホ共のように〝はい、アーン〟なんぞできるか馬鹿者と脳内で自分に言うのが精一杯だ。……蜜柑は実家のが良いと言うだろうから、今の時期なら苺狩りだろうと言うだけだが、案外喜びそうだな。
「テゾーロ、お待たせ!」
「……座れ」
「え?うん」
「どうしてお前、髪を拭くのだけ成長しないんだ?そんなに俺に構って欲しいのか」
言いながら髪を拭いて、ついでに髪をセットしてやればそれをされながらナミはゴメンねと謝る。髪をあげた為に項が見えて、色っぽくなったが……まぁ良いだろう。
何もしなくても、ナミの色気はだだ漏れだ。今更それ程変わりはしない。
ダイスに用意させておいた小船にナミと乗り込み、目的地をナミに伝えればそこからはナミが操舵してくれる。グランテゾーロが常に安定した気候の中に居るのは、ナミのお陰だ。
そうして到着した島でナミと共に苺狩りの出来る場所へ行けば、ナミはその瞳を輝かせるから正解だったと分かり内心で胸を撫で下ろす。
「テゾーロ、はい、アーン」
「っ!?」
突然苺を差し出されて、俺が動揺してる間に口に押し込まれる。入った物を出す訳にもいかずに食べれば、甘くて美味しいわねとナミは笑うが……これなら、何処かのレストランでも同じだったか?
俺はこの先も1生、ナミには勝てる気がしねェと心の底から思う。赤くなった俺に気付かずに、ナミは楽しそうに苺を詰んでは食べている。
土産に出来る入れ物を貰い、タナカさんやダイスにもお土産用意しなきゃと真剣に苺を選ぶ姿は、本当に民間人のそれだ。不意に立ち止まり俺を見て笑うと、また苺を詰む。
時々自分も摘みながら、俺にも当然のように差し出して来るが、俺が詰んだ苺は味が無いのに、ナミから渡されるのは甘いとはどういう事だ。苺までナミには甘いとか、ンな事言ったら流石に怒るぞ。
「テゾーロって、苺の見分けつかない?」
「つく方がおかしいだろ」
そう言いながらナミは苺の見分け方を教えてくれて、それに従えば甘い苺を自分でも選べたが……何をしているんだ俺は……!
乗せられて苺狩りを真剣に行っていた自分に気付き、ハッと我に返り羞恥に身悶える。そうしていたら、ナミが優しい顔で苺を見ていてどうしたのかと声をかけた。
「花弁を落とさないで苺になってるの。可愛いわね」
「こんな事があるのか」
「苺はあるのよ。花弁の真ん中に白い部分があるの分かる?」
言われるままに花を見れば確かにある。それに頷けば、苺はこの真ん中にある白い部分が成長して苺になるのだと言う。だから、基本的には成長過程で花弁は落ちるものだが、ヘタと実の間に花弁を残したまま苺になるケースも少なくは無いらしい。
「ガーデニング初心者が苺に挑戦するケース多いけど、実は苺って上級者向けなの。苺は薔薇の種だからお世話が大変なのよ。ベリーって呼ばれる種は皆そう。大切に甘やかされて、愛されて、守られて……そうしてやっと育つのよ」
笑うナミの説明は大半を聞き流したが、楽しんでくれたならばそれでいい。土産物屋に立寄り、苺の花と実を模した飾りのついた帽子を買って、苺に夢中なナミの頭に被せてやればナミが驚いた顔で俺を見た。
「ホワイトデーだからな。それに……」
「それに?」
「ナミは思い出のどうとかとか、好きだろ。苺の飾りがついてるから、今日の思い出とやらになるんじゃねェか」
「テゾーロ……」
呟くように俺の名を呼ぶナミを抱き締めると、ナミはふわりと笑って俺の頬に口付けて来る。だから俺は言うつもりのなかった帽子を被せた本当の理由をつい口にしてしまう。
「ナミのその可愛い顔を、他の誰にも見られずに済むのが1番の理由だ」
驚いた顔をするナミの唇を帽子で他からは見えないからと奪うように重ねれば、ナミから珍しく蜜柑とは違う甘味と香りを感じる。苺は、初恋の味とか聞いたのはいつだったかとそんな事をふと考えた。
ホワイトデーには君の笑顔を。他には何も望まない……そんな事は言えないけれど、男は常に願っているのだ。
愛しい女が自らの傍らで、微笑む暖かな日常を。