突然ナミが、シャンパングラスをテーブルに置いて駆け出した。それを見た瞬間にタナカは姿を消して、俺はナミの後に続く。
その様子にパーティ会場に居た客達は席に着いたり、何かに掴まったりするのだから案内も楽で良い。この場に居た誰もがある意味で慣れていて、どうせ僅かな時の事……と考えたが、それは甘かった。
前もって異常気象がわかるナミの能力を持ってしても、これだけ同時に発生してはどうにもならない。サイクロンがどの位置に発生して、どう動くのかを静かに計算するナミは、恐ろしくなる程に美しく見える。
昔から佳人薄命というからか、美しく見える時程喪いそうで恐ろしくなる……と、言ったら笑うだろうか。俺はもう、二度と喪いたくはない。
不安を隠す為にサイクロンを乗り越えるそれを生中継して、ひとつのショーとしてしまう。そうする事で、船内でも娯楽に興じる事の出来ない理由を理解して貰えるのは、意外と重要だ。
そうして三つのそれを乗り越えたところで、慌てて駆け込んで来た部下にこのサイクロンで倉庫が駄目になり食料に不安が出たと言われちまう。そうなれば、客の入れ替えも兼ねて島に向かうのが良いだろうと判断する。
今回のサイクロンで客達も随分楽しんだだろうし、問題は無い筈だ。船で来るのが大半だが、島から島への旅行として使う客も居るから時に島に寄る事も必要だろう。
最悪天夜叉の野郎に繋ぎをつければ、簡単に問題は解決するが……。こういう時は法外な金額を請求される上に、最近はナミを狙ってるのが丸わかりなのだから極力関わりたくはない。
「ナミ」
「ここからなら……夜も動かすなら明日の昼過ぎにつけるわよ。夜は泊めるなら明後日の朝イチね」
「なら、朝の方が良いだろう。ナミは少し休め」
最後まで言わなくても通じる賢さ。……これが、恋愛系でも発揮されると嬉しいんだがな。
これまでの兄弟を名乗る阿呆共とのやり取りを思い出せば、まるで走馬灯のようだ。妻となって尚、安心感とはかけ離れた存在であるナミに何故こんな苦労しているのかと思わなくもない。
それでも……喪いたくないし……当然手放すつもりもない。苦労するだけで手元に置けるなら、充分だ。
元気に返事をした筈なのに、本に手を伸ばした馬鹿の腰を抱いて部屋に連行する。それを見た客が微笑ましそうに見詰めてくるが、当人はこの本読んだ事ないってキラキラしているばかりだ。
……本は取り上げてさっさと寝かせるしか無いな。腕に抱いてりゃ、寝るだろ。
時々、これがステラならばどうしただろうと思う時がある。仕事が忙しくなった時等は特に。
書類に埋もれる俺に軽食を持って来て、休まないと駄目よとお小言を言うんじゃないだろうかと思う。そうなればステラは、完全に癒し系だっただろうと予測出来る。
それに対してナミは俺の隣に立ち、共に仕事を請負ってくれる。普段は甘やかな癒し系だが、イザと言う時には並び立つ戦友のようになるのがわかっているからこそ……。
「ナミとステラは、似てるようで似てねェな」
「そりゃそうよ。別人だもの」
「……比べられて、怒らないのか」
「テゾーロの大切な人でしょ。私と髪型とか髪質が似てたなら、思い出して比べるの当然だと思うもの。気にしないわ」
そう言って笑うナミは、多分普通では無い。俺とて、ステラとナミしか女を知らない訳では無いからな。
寧ろ、ステラとはそういう事は無かった。ただ、そうだな……ナミもステラも、家族のようであった事は間違いない。
姉のようであり、母のようであり、愛しい女だったステラ。妹のようで、娘のようであった筈なのに、いつの間にか姉となり母となり、時に手のかかる娘になる最愛の妻。
どちらが良いのかと聞かれて即断は出来ないが……もう居ない人間には触れられないからこそ、この甘過ぎる温もりを傍から離すつもりは無いのだ。ステラもナミも、共通して甘過ぎんだよな。
「お人好しの馬鹿共が」
「ステラさんはそういうタイプだったのねー」
「ちゃんと聞いてたか?馬鹿〝共〟と言っただろう。ナミとそういう意味では同種だ。安心しろ」
「私、良いの頭だけなのに!!」
「……身体の具合も良い。安心しろ」
その瞬間真っ赤に染まったナミを寝室に連れ込んで、そのまま美味しく頂いたがそれは当然の流れだろう。そんな夜を過ごした翌朝、客の対応を俺がしている途中で買物!なんて言い訳して馬鹿猫が島へと遊びに行ったのは、その意趣返しだろうか。
「あんの、馬鹿猫。覚えとけよ……」
「スルルルル。この島には猫が多いので、それに惹かれたようですよ」
「……何匹かこの船でも飼うか。そうすりゃ、こんな事にもならねェだろ」
「変わらないかと思いますよ。ナミは動物好きですからね。スルルルル」
言われてみればそうだろうと思うが……。血統書付きの猫を俺は与えたいが、ナミは怪我してる雑種捕まえて来て、治療してそのまま居着くのが嬉しいタイプだろうとも知っている。
思い通りにならねェ女だよ。本当に。
それでも客の対応は必要だ。営業スマイルで仕事を続けて行く。
その途中でナミからと言う名目で届く大量の荷物は、本当に買出しを済ませてくれたのだと分かる。だからこそ、おかしさにも気付いちまう。
何を何の為に購入したのかを説明する為に、荷物よりも先にいつもは帰ってくるのに、ナミが荷物よりも帰りが遅いだと……?
「テゾーロ様、後は我々が対応しますのでナミの迎えに行ってください」
珍しくまともな様子でダイスから言われちまえば、俺も頷くしかない。まァ……マゾな所を除けば、ダイスは合理的な思考を持つ普通の男と言えなくもない奴なんだがな。
……いつだったか、ナミに蹴られて「もっと……」とか言ってたのには引きそうになったがな。その上ナミは全力でそれだったのか、悔しそうに〝気持ちぃって言わせられなかった〟と言っていたので、当人達の関係性に問題は生じていないらしい事も知っている。
配下も捜索に向かわせつつ、猫の多い辺りを巡り、酒場の裏手でも猫に餌付けをしていると聞いて足を向ける。どうしてあの姿で酒場付近を彷徨こうと考えたのか、甚だ疑問だ。
「ナミ、どこにいる!」
俺から逃げ回ってる時の他は、俺が呼んで帰らない事は無い。だと言うのに、姿を見せないとはどういう事なのか。
風に乗りナミの匂いがすれば、何かから身を隠している可能性に気付く。クリマタクトを使っているのならば、簡単に身を隠せるからな。
「どこだ?……近くにいるのはわかるんだが……」
「にゃー……」
「猫……?」
俺が探してるのも猫みたいなもんだが、本物の猫を探してる訳じゃねェんだよ。そう思いながら視線を向ければ、ナミと良く似た毛色の猫が樽の隙間から顔を覗かせている。
この猫を連れ帰れば、ナミも外に飛び出さなくなるかも知れないと気付いた。何よりも、この猫は何処かナミと似ているから、俺も邪険に扱わないだろう。
「似てるな。……おいで」
そっと手を伸ばした所で、ドーベルマンでさえ怯えて逃げる俺に近寄る訳も……と考えたのに、猫は俺に近付き擦り寄る。甘える姿は何とも愛らしく、本当にナミに見えて来る程だ。
そっと抱き上げるが抵抗もせず、それどころかつぶらな瞳で俺を見詰めるから、頬が緩みそうになる。毛色も、俺に対する態度もナミそのもの。
その上先程からナミの匂いが強く感じられ……ん?まさ、か。
「あれ?ナミ?」
「にゃ!」
その刹那、猫が光を放つ。それにより手を離せば光は形を変えて、人の姿を成す。
光が落ち着いた時現れたのは、いつものナミ……に、耳と尻尾が生えていた。想像した事はあるが、ここまで似合うとはな。
自分に起きた異変を触って確認しているナミに、これは早急に連れ帰り体調確認してやらねばと思う。無論、医者に見せるつもりは無い。
俺が直々に身体の隅々まで調べてやろう。妻の体調管理は、夫の責務だからな。
「わかってくれてありがとう。気付いて名前呼んで貰わないと戻れなかったみたいなのよ」
「……そうか」
戻れなかったとしても、猫の姿であっても、連れ帰っていたのは間違いないだろう。そうなれば、そのうちナミの事だから、肉球使って文字書いて来ただろうと思えば、解決はしたのもわかる。
だが、犯人は探し出そう。さて……見付けたらどうしてくれようか。
「この耳とかも暫くあるみたいだから、その間この島に停泊して貰える?安全の為に」
「……わかった」
大抵の事はショーにするが、流石にこの姿の妻を人前に出すつもりは無い。現状明らかに、誘拐される為に存在しているとしか思えねェ姿だ。
だが、自慢の為に部屋で写真は撮って、兄弟達に送り付けてやろうか。いやダメだ、手紙で情報だけ送り、写真は見せるだけで送るのをやめよう。
奴らの手元にナミの写真があると言うだけで、気に入らねェ。ナミをショーには出すが撮影禁止にしてるのは、何の為だと思ってやがるんだか。
「ありがとう!」
苛立つ俺にナミは笑顔を見せる。そして手を握るから、苛立ちが霧散するのを感じた。
本当に、ナミは可愛い。そっと頭を撫でれば伏せられた瞳。
……たまには、陸にあるホテルに泊まるのも悪くは無いな。そう思いナミをそっとエスコートして、近くに見える最高級のホテルへと足を進める。
途中に見えた掲示物から判断するに、今日は猫の日とやららしい。ならば、ここに居る猫の為の日であると判断していい筈だな。
今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?