誘拐に近い形で保護したナミは、恐ろしく優秀だった。幼い頃から優秀なのは分かっていたが、まさか航海士としての才能が天才と呼ぶ他ない程だとは知らなかったのだ。
その為に、船旅に行くならお守りとして連れて行きたいと挙って騒がれる存在となっていた。天候の変化には即座に反応して、普段の穏やかさからは1転して戦士のように鋭い声を響かせる。
その指揮に間違いはこれ迄1度もなく、どんな海も越えて見せるその手腕に何度も救われて来た。それが……14歳の少女だというのだから、末恐ろしいと言われても仕方ない事だっただろう。
暇があれば海図や地図を描いて、その正確性と美しさに息を飲まされる。更には歌や小説、レシピに医学書と何でも書いては出版するのだ。
そんな神に愛された天才は……恋愛脳だけ明らかに死んでいる。そうだ、ある時の食堂で、こんな事があった。
「お、俺!ナミさんの事がずっと好きでした!」
響き渡る声に流石のナミも驚いた顔をして、それから少し寂しそうに笑った。そして、ありがとう、ごめんなさいと言ったので、伝わったのかと期待した俺が馬鹿だった。
「私、嫌われるような事をした覚えは無いけど、何かをしてしまったのね。傷付けてごめんなさい。1時でも仲間として好きでいてくれたのに……それで、私にどうして欲しいの?」
「へ?」
俺も同じようにへ?と言いたくなった。なんだ、何語を返してるんだナミは、と。
「昔は仲間として好きでいてくれたのでしょう?なのに今は違うのだと、そう言ったじゃない。だから、何をして欲しいの?改善点を教えてもらわないと直せないわ」
不思議そうに首を傾げて、ナミは言う。そこで漸く気付いた。
確かに告白を過去形でしたよ、その男!〝好きでした〟という事は、過去形だから、今は嫌いだと。成程そう解釈したのかナミは……って、普通そんな解釈するか!?
激しい頭痛に襲われたのは言うまでもない。しかもこれは序の口で、更に悲惨な告白劇も多くあり、既に伝説と化している。
そんな姉との生活も2年、ナミはコアラとの親睦を深めて、ニブニブ姉妹等と影で呼ばれているが、どちらも気付いていない上に、双方があの子鈍いから心配とか言い合ってるのだ。手に負えない。
姉もコアラも違う意味で愛しいとは思うが、残念ながら俺はそれを口に出せる性格でもない。その為なのか、周りから見ていると俺の2人に対する扱いは違いが分かりにくいらしく、2人のどちらが本命かと聞かれる事も多くなって来た。
その中にはコアラからのものもあり、俺がナミに惚れてるのではないかと言われた時咄嗟に言ったのは、姉として愛してるだけだと言うもので……。それでも尚不安そうにするコアラに、俺は有り得ない嘘をついた。
そもそもナミには恋人がいると。……いや、どうやったらあのニブニブキングと、恋愛に発展できるのかは謎だがな。
だけどそれによりコアラは安心したような顔をしたから、それでいい。それよりも、その反応に少し、期待しても良いのだろうか。
コアラも少しは俺の事、気にしてくれてるのだろうか。そんな事を考え、心の片隅で期待する。
そんな訳で、どうにもならない感情の捌け口として、ナミに食事をさせる名目で部屋に行き話をする。その他、仕事の為に2人になった時ドラゴンさんに話していた。
どちらも対応の仕方は違っても俺の事を考えて、想ってくれている。それが分かるから……つい、甘えてしまう。
本当に、ドラゴンさんが父親なら良かったのにな。そういう意味では、ルフィが羨ましい。
いつも、俺の欲しいと願うものはルフィが先に手にしている。尊敬出来る父親と、優しく包み守ってくれる姉。
それでもそれを理由に嫌うなんて出来る筈もない程に、ルフィが可愛いんだよな。そんな事を考えていたら、コアラが仁王立ちしているのに気付いた。
「ちょっとサボ君!聞いてる!?」
「いや、聞いてなかった。なんだ?」
「また!?あのねサボ君人の話は……」
怒ってるコアラも可愛いよな。細いその腰にある手が俺の手ならば、永遠に離さないだろうと思える程に、無性に抱き締めたくなる時がある。
コアラはそれ程肌を露出してはいないが、体にフィットするような服装だから、体型がよく分かる。最近急激に女らしい体つきになったな。
「……って事なの。分かった?サボ君」
「悪い。何も聞いてなかった」
「サボ君!?いい加減怒るわよ!?」
いや、十分怒ってるだろ。とりあえず可愛いな、その赤い顔。
さて、そんな事ばかり言っても居られないからと立ち上がると、ミッションだけは済ませなければと動き出す。そんな俺の後ろを着いてくるコアラは、まだ後ろでもうっ!とか言っている。
そんな平和で代わり映えの無い日々に変化が訪れたのは、俺が新聞を片手に珈琲を飲んでいた早朝の事だった。俺の部屋に平気で入って来たコアラは、俺の肩を掴み思いっきり俺を揺さぶりながら大興奮で話し始める。
「サボ君!明日付き合って!大変なのよ、付き合ってなかったの!片想いでね、だからダブルデートって形にしたから!」
「待てコアラ、俺には何を言われてるか全く理解出来ない。落ち着いてくれ」
「だァかァらァ!ナミちゃんは誰とも付き合って無かったのよ!ナミちゃんの片想い!でも、私分かったの!あれは両片想いよ!」
暫し無言になった俺を責めるものはきっと居ないだろう。誰が片想いしてるって……?
ナイナイ。あいつに恋愛なんて出来る筈がない。
壊死してるか死滅してるぞ、恋愛の所だけ。そうでなければ、何故伝説が生まれる?
思い出されるのは、悲劇の瞬間だ。ペンを片手にメモを取っている所に話し掛けたのも多少は悪い所であったと言えるかもしれないが……いや、それにしてもだ。
「俺と、付き合ってください!」
「ん?あぁ、ちょっと待ってね。……えーっと、最短で6日後の17時から2時間なら、時間作れそう。そこでいい?その他だと……10日後の13時からなら3時間時間作れるわね。どっちの方が都合いい?」
告白してる相手を見る事無く、手帳を広げてそんな事を言うナミにその場の空気が凍り付く。告白した男を哀れに思った他の奴らが、それなら無理させるのも悪いしこっちでどうにかするよ、ありがとうナミなんて言って誤魔化しつつ男を回収した事もある。
そんなナミが誰かに片想い?
はっ!ちゃんちゃらおかしくて、へそで茶を沸かしちまえるぜ!って気分にさせられる。
だけど目の前に瞳を輝かせた暴走列車がいて、放置できるかと言われたら答えはノーだ。仕方ないかとそれに頷けば、ドラゴンさんの予定もバッチリよ!と言われる。
それからナミに明日の予定開けさせなきゃ!とか言ってるから、俺が誘い出すよと言って朝一であるにも関わらず、俺はナミの部屋に突入した。部屋では明らかに寝てなかったと分かる量の海図が干されていて、机には書きかけの原稿がありそれについて叱り飛ばしたが、まァそこは割愛する。
よくある事だ。本来あったらダメなんだけどな!
勿論先にドラゴンさんの元へコアラの話を断ってくれと頼みに行ったが、暖簾に腕押し糠に釘で、無駄だった。その事をナミに伝えれば、ルフィの父親だものなんて笑われる。
その笑顔が優しくて、やっぱりルフィは狡いなと思う。そういう相手を引き寄せるのもまた、才能なのだろうか。
それからナミも話についていけてない事から、諦めきれない俺はドラゴンさんの元へ2人で向かい、話をしてみた。そうしたら……何故か楽しそうな顔をしているドラゴンさんに諦めるしかないと溜息を落とす。
俺はギリギリまで説得しようとしたんだ。なのに、ナミは諦めなさいと笑うばかりだ。
そう言えばナミはドラゴンさんが何かを言い出した時、基本的に何でも受け入れるよな。……まさか、本当に!?
……無いな、ナミに恋愛とかある筈が無い。それより、意味のわからない付き合いだが、コアラと出掛けるのか……明日、か。
色々考えてみたところで、勘違いしてるコアラの暴走を止めつつドラゴンさんと会話する程度の1日だろうと思えば、自然と溜息も出る。ドラゴンさんとゆっくり話す機会なんてそんなに多くも無いから、幸いと思う方が良いかもな。
翌日食事等は4人でとなったが、他はコアラが俺の腕にしがみついて俺と共に物陰に潜んでいる為に、ドラゴンさんと話がまともに出来ないでいた。……それは、まァいい。
問題はコアラの胸が、俺の腕を挟んでる所にある。手首を反転させればいつでも美味しく喰えそうな状態に、俺の理性に耐えろと言い続ける。
思春期の男の理性なんて紙以下の薄さなんだぞコラ!止めろ、押し付けるな、縋り付くな!
「サボ君……」
耳元で人の名を呼ぶな!襲うぞ!
「見て……ナミちゃん凄く可愛い顔で笑ってる!」
ここで……お前のが可愛いぞ、とか、言えたら良いのか?
ンな事言えるか……!
「ほら、ドラゴンさんが穏やかに笑ってるの。あんな顔、ナミちゃんにしか向けてないじゃない!?」
それは、確かにそうだなと思う。ドラゴンさんは妙に、ナミを可愛がっていると思う事が多い。
何処かに行く時、基本的にはいつもナミを傍に居させている。当たり前すぎて特に気にしてなかったけど、もしかして、ドラゴンさんはナミを?
いや、流石に年齢的に……。でも待てよ、ナミも大人の方が好きだよな。
俺やエースの方が年齢的には上なのに、明らかに弟枠だ。だとするならば、ありえない事も無い、のか?
見ればキョトンとした幼い顔でナミはドラゴンさんを見ている。あんな幼い顔、それこそ見た事ねェよ。
その直後、ドラゴンさんが、ナミに……キスを、した。いや、待て、そう見えるだけって事も!
「サボ君!見た!?ねェ、見た!?」
コアラが横で俺に胸を押し付けながら大興奮している。俯いて羞恥に悶えているらしいナミなんかより、俺の腕にしがみついて顔を赤くしながらも笑ってるコアラの方が可愛い。
比べるまでもなくコアラの方が可愛いが、頼むから胸を押し付けるな!……と、口にできない俺の弱さ。
その後互いに優しげな顔で見つめ合う2人を見たコアラが、興奮のあまり俺の首を締めて揺さぶり始めた。待てコアラ、流石に死ぬから!
そう思っていたら、コアラが動きを止めたのでドラゴンさんに視線を向けてみると、楽しそうに笑うナミと、それを愛しげに見つめるドラゴンさんの姿が見えて……そのまま俺はコアラに思いっきり揺さぶられる事となる。目が回る!
それ程長くもない時間ではあったが、振り回された俺はコアラを支えきれなくなり床に倒れ込む。その上からコアラが降ってきて……唇が、重なった。
流石事故だと言いたくなる。歯がぶつかるなんぞ、これ迄経験した事が無い。
コアラはそのまま硬直しているし、どうしたものかと考えて……折角だから楽しませて貰おうとその腰に腕を回して、後頭部に手を添えると口内に舌を差し込み反応を見る。遅れて正気を取り戻したらしいコアラを、逃がすものかと蹂躙すれば苦しそうにしながらも逃げる気配は無い。
……ずっと、求めてきた温もりに、あえかなその声に、心が満たされる。俺の想いが全て伝わればいいと、想いを乗せて口付けを深めれば、コアラの方からも腕を回してくれる。
それから僅かに唇を離して、コアラに言う。コアラの瞳は、泣きだしそうな程に潤んでいる。
「コアラ、好きだ。これ以上の事もしたいくらいに、だから……俺の彼女になれよ」
「サボ君……」
答えはそれだけで充分だった。だから今度は事故ではなく、互いに想いを確かめ合う為に唇を合わせる。愛しい温もりから、1時でさえ離れたくないと言わんばかりに。