何かを作り出すのも、歌う事も、事務仕事も完璧。料理、掃除、裁縫となんでもこなして、唯一戦いにおいて攻撃する事は苦手なお人好し。
その評価に、恋愛感情の欠落とか、神がかった鈍さと言うものがマイナス要因としてプラスされるのがナミという生き物だと俺も皆も考えていたが……。追加だ、奴は本の虫、否!活字中毒者だ。
深い溜息を落としつつ、俺はドラゴンさんと共にナミの部屋に向かう。そして、ドラゴンさんがドアを開けた瞬間にナミが飛び出して来てドラゴンさんに抱き着いた。
その甘えたようなナミの行動に俺は息を飲む。だが、受け止めたドラゴンさんは何も気にしていない様子で、優しくその頭を撫でている。
「終わったか」
「はい。でも、少し疲れました」
「部屋を確認しても?」
「どうぞ」
そう言って笑顔を見せたナミは少し幼い顔をしていて、俺は言葉を口にする事が出来ない。そんな状態の俺を無視して、2人は部屋に入って行く。
ドアは閉ざされる様子が無いので俺を無視していると言う訳でも、俺の存在を忘れている訳でもないと気付いてはいるが……。なんなんだ、この2人の関係性は。
そっと部屋の中に入れば綺麗に片付いている室内に、驚きを隠せない。よくよく見てみれば本棚が増設されていて、いつの間にか天井まで本棚がその背を伸ばしている他、本棚の前にスライド本棚が設置されているのが分かった。
ドラゴンさんはその本棚を見て、思ったよりしっかり作られたななんて話しているから、どうやらドラゴンさんが本棚の増設を許可か指示したらしいと分かる。……甘やかすなよ!と、ドラゴンさんに言いたくなるのを堪える日が来るとは思わなかった。
「本棚の増設して貰わなかったら、入りきらなかったので助かりました」
「クリスマスプレゼントの礼だ。気にしなくていい」
「でも……私は外出時にいつも連れ出して貰うので、それだけでも充分……」
「莫迦な事を……それは俺のサポートだろう。航海士として着いてきてくれる事が礼にはなりえん」
「ありがとうございます。まだ本棚に少し隙間があるので、また本を書けます」
2人は仕事の話をしているのか、それともイチャついているのか。どっちなんだ。
それにしても、この2人はどうなっている?
その時背後からこっそり覗いている人の気配を感じて視線を向けると、その人物に耳を引っ張られて部屋の外に連れ出された。それが地味に痛いんだが、聞き入れても考慮しても貰えそうも無いなと内心で諦めの息を吐く。
「サボ君!邪魔しちゃダメ!あの2人は両片想いなんだから、見守って上げなきゃ!」
「コアラ……」
そう、コアラがこう言うから、余計に2人にはなんの関係性も無いのではないかと思わされるのだ。まァ、あの2人が例えば本当に恋仲だったとして、何か問題があるかと言われたら特に無いが……複雑ではある。
何だろうな、父親のように慕ってる相手と、姉と母親の間に位置しているナミだ。だから1緒になられて何も問題は無い筈なのに、本当に複雑な気持ちになる。
……部屋の中ではドラゴンさんが、ナミの書いた本について色々と話を聞いている。そんな状況下で、ナミはそれに楽しそうに答えていた。
……そうか、この違和感の正体はナミの表情だと気付く。何処か甘さを含んだ優しい顔は、俺やルフィ、エースに向けられるそれとどこか似ていて、だが似ているだけで異なるからこそ違和感となる。
そしてふと見れば、コアラがナミに貰ったゴーグルを頭に付けていて、俺もまた同じ物を身に付けているからまるでペアルックのようになっていると気付く。それが少し気恥ずかしく思えてしまうのは、まだまだ俺がガキだって事なんだろうか。
「コアラ、それ、いつも使ってるのか?」
「うん!ナミちゃんがくれた物だし、使いやすいのよ!」
同じ理由で俺も使ってるんだが……何だか照れ臭い。そんな時にコアラも俺が同じ物を使っていると気付いたようで、顔を赤くするとワタワタとし始める。
「あ!あの、でも……!そ、そうよ、ナミちゃんから貰ったんだから、お互い使わないとね!その……えっと……」
「コアラとお揃いってのも、良いもんだな。だけど、今度は俺が用意するから……それ迄はこれを使うって事で良いか?」
いつまでもナミから貰った物で〝お揃い〟とか言ってるのではなく、俺からコアラに何かプレゼントしてやりたいと思う。そう思わされるくらいには、コアラは可愛いし、大切だ。
「所でコアラ、何か用事があったんじゃないのか?」
「そうだった!蕎麦が出来たんだって!それで呼びに来たのよ」
コアラの言葉に俺は中を覗き込み、2人の様子を見る。それにコアラも真似して同じようにすると、どちらも声を失う事となる。
何故か本を数冊抱いたナミをドラゴンさんが抱き締めて、床に転がっている。ドラゴンさんが下になっているから、恐らくは何かあってナミを支えたのだろうが……。
「怪我は無いか」
「ご、ごめんなさい!私は大丈夫ですけど、ドラゴンさんは!?」
「この程度で怪我をする筈も無い」
「……私の事は、庇わないでください。私はどうなっても大勢に影響しませんが、ドラゴンさんに何かあれば世界が揺らぎますし……私は、ルフィやサボから〝父親〟を奪いたくありません」
「……それは、2人の〝姉〟としての意見か?」
緊迫しているように感じられる2人のやり取りに、俺とコアラは息を呑む。既に出歯亀である事実は無視だ。
それにしても、なんだってナミはあんなにも頑なに庇うなと言うのか。既にナミも革命軍として十二分に活動してくれていて、共にこうして行動している期間も4年を超えた。
なのにどうしてナミは自分を蔑ろにする?
ドラゴンさんを好きだからとか、そんな理由では無いのだろうと、ナミの瞳の色で分かる。ナミは〝大切な相手〟に基本的に嘘を付けない。
心底自分等どうでもいいと思っているのが伝わる。何が、ナミをそこまで……。
「……他に、どんな意見があると言うのですか?私は「ならば、ナミとしてはどうだ?姉としてではなく、ナミとしては、俺に助けられるのは迷惑か?」」
言葉を遮ってまで尋ねるドラゴンさんに、ナミは泣きそうな顔をする。それから無謀にもナミは、ドラゴンさんから逃げようともがき始めた。
それをドラゴンさんが許す筈もなく、ナミはドラゴンさんの腕の中に囚われたままだ。コアラは顔を真っ赤にして息を詰めて見入っていて、俺は何故だか2人が妙に心配になる。
取り敢えず、どちらも傷付かないでいて欲しい。俺にはどちらも大切な存在だ。
その時鐘の音が響いた。蕎麦を食べる事無く年を明けたらしいと分かるが、部屋の中ではドラゴンさんとナミの攻防が続いている。
「……っ!離してください!」
「ナミは助けられる事が迷惑なのかと、聞いている。答えれば離してやろう」
「……迷惑よ!」
「そうか……それは、すまなかった」
ドラゴンさんは傷付いたように瞳を僅かに揺らし、ナミはそれを見て泣きそうに顔を歪めた。その表情は明らかに18歳とは思えない程に幼い。
普段は母親や姉としての歳より上に見える顔しかしないから、余計にナミのその感情と動揺を強く伝えて来る。それからナミはドラゴンさんと距離をおいて、俯いた状態で言葉を紡ぐ。
「大切な人に、私なんかの為に傷付いて欲しくない。それなら、私が怪我したり、死んだりする方がずっといい」
「……いい加減にしろ」
俺は思わず、ドアを開け放ち俺が部屋に乱入する。だってそうだろう!?
何が〝私なんか〟だ!ナミが大切だと思う相手がナミを大切に思わないと思ってるのか!
「ナミは、俺が怪我をしそうになったら庇うだろうが!それにより、俺が庇われたら迷惑だと言って〝俺なんかの為に怪我をするな〟と言ったらどう思う!」
「サボは、この世界に必要だもの!何より私には大切な弟なのよ!そんなこと言わないで!」
「同じだろうが!」
「サボ君!」
コアラが俺の腕を掴む。ナミは驚いたような顔で俺を見る。
だけど俺は止まれない。どうして……自分をそんなにも無価値なものとして扱うんだよ。
「ナミにとって俺が大切な家族であり弟であるなら、俺から見てもナミは家族で大切な姉なんだって分かれよ!ドラゴンさんがナミをどう想ってるのかは正直わかんねェけど、ナミが大切だと想うそれと同じように大切に想ってると考えるのが当然だろうが!」
それに対してナミはそんな事ないと、震える声で言う。涙を堪えている姿はこれ迄に見たどんな姿よりも儚くて、そのまま消えてしまいそうに思える。
強いと思っていた。いつも、凛と立って、前を見据えていたから。
弱さなんて無いと思っていた。いつも、暖かく優しく、微笑み包んでくれたから。
なのに、1皮剥けば、中に居たのはこれだ。自分の事がどうでもいいから、誰の事も許せるだけだった……!
「ドラゴンさんも、サボも、コアラちゃんも、革命軍に……いいえ、この世界に必要な存在よ。でも、私は違う。私は……本当はこの世に存在しちゃいけな」
その時バシンと言う音が室内に響いた。俺が何かをした訳じゃ無い。
コアラは俺を止めようと掴んでいるから違う。俺はドラゴンさんが敵以外の女に手をあげた所を、初めて見た。
頬を叩かれたナミはその衝撃で吹き飛び、本棚にぶつかり倒れた。咄嗟に本棚を庇ったらしいナミに少し呆れたのは俺だけでは無い様子で、コアラが小さくナミちゃんって……と呟いている。
お陰で本棚も本も無事ではあるが、その行動から本気で自分の価値を物質以下だと思っていると分かっちまう。ドラゴンさんに流石にそれはと言おうとして、けれどその手が微かに震えているのが見えて、俺は何も言えなくなった。
「ナミが、魚人海賊団になんと言われて育ったのかは知らないが……ナミは優秀な測量士であり、航海士。更には世界が求め続ける〝宝玉〟だ。革命軍にとっても重要であり、俺にとっても大切な存在だ。自分を蔑ろにするような発言は辞めなさい」
その瞬間、ナミが静かに泣き出した。涙をハラハラと落として、信じられないとでも言うように。
「私は……産まれてきた事、それ自体が罪なのよ。だから、せめて大切な人だけは、命にかえても守らないと存在する事が許されないって……ずっと……」
「ナミには……生きていて貰わねば困る。1人で、抱えるな。なんの為に傍にいると思っている」
そう言ってドラゴンさんがナミを抱き締めるのを、俺はただ呆然と眺め、コアラに服を引っ張られて部屋を出る。そして、コアラに促されるままにドアを締めると、コアラが泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
それにどうしたのかと思いながら抱き締めれば、コアラが喘ぐように言う。その泣き顔が本当つらそうだと言うのに、どうして俺は話を聞いてやる事しか出来ないのか。
「悔しい……よ。サボ君、私、悔しい。どうして……3年も、私そばにいたのに、もう4年になったのに……ナミちゃんが、あんなふうに思ってるの、気付けなかった……!」
「コアラ……」
「ナミちゃんが、何をしたっていうの?どうして……!ずっと、あんな想いを抱えて、今も14歳の時から変わらないで価値が無いなんて……そんな風に思わせてたなんて……それなのに、私、ずっと甘えて……!」
「能力が、高過ぎて、多分容姿も美し過ぎて、なのにそれに見合う性格じゃねェんだろうな。……コアラは、何も悪くねェよ」
寧ろ、気づかなかったのは俺も同じだってんだから、俺の方が罪深いだろう。守られて、愛されて、それを当然として甘受しながら、俺こそ何も気付けなかった。
そして、誰よりも大切な愛しい存在をその為に今泣かせている。腕の中で涙を流す最愛の恋人に、掛けられる言葉さえ浮かんでは来ない。
1枚のドアを挟んで、似たような状態にあるだろうナミとコアラ、そして、ドラゴンさんと俺。どうしたら良いのか……そう思った時、ドアが内側から叩かれた。
その現象に、外から返事をすると言う謎の事態に笑う余裕さえない。ドアから顔を覗かせたナミは、相変わらずの優しい〝姉〟の顔をしていて……目元が赤くなっていなければ、先程の事は夢だったのではないと思わされそうな程に穏やかだ。
「ごめんね、心配掛けて。折角のお正月なのに」
「ナミ、ちゃんっ!」
コアラは俺の手を離れてナミに飛び付き、苦しそうに泣き出す。それを優しいいつもの顔で受け止めて、コアラの頭を優しく撫でながらナミは謝り続ける。
「私ね、3人の事が大切なの。今年も、宜しくね」
「うんっ!うん!」
泣きながら頷くコアラに、ナミは微かに瞳を揺らす。それを困ったような顔で見詰めるドラゴンさんを見て、俺は今年ナミに〝俺達の為に死ぬ〟のでは無く〝俺達の為に生きる〟道を選択して貰えるように、しっかりと向き合って行こうと決める。
Happy new year……大切な存在を喪って初めてその大きさを知ると言う人がいるが、そんな事は無いと俺は思う。大切な人を守る為に、喪わない為に、俺達は戦っているのだから。
今年は取り敢えず、大切な人達に幸福になってもらう為の手段を考えようと決めて、俺はそっと自分の恋人を回収する。お前が泣くべき腕は、俺だろうとそっと囁きながら。