初めてローとロシーに会った時、私は〝ローちゃん〟と〝ロシー〟と言いそうになった。それを必死で耐えて、フルネームで呼んだけど……それは幼い頃、毎晩のように夢で見て来たから起きた現象。
だけどどうやら、夢で見たあの雪の中で共に過ごすそれは現実で起きた事なのだろうと理解出来てしまった。夢で見て来た事と、持っていた知識から考えてロシーが生きている事が不思議だったけど、ローちゃんの病が治っている現実にホッとしたのは間違い無い。
でも、私って明らかに不審人物よね。そんな事を思いながら、楽器を手にして音を鳴らす。
どうやら未来の私とやらは、ローちゃん達の前でlemonを歌ったらしく、私が歌ったり奏でたりする事を拒んだり咎めたりはしない。そして、未来の私とは違い2人に助けて貰った現在の私は、どうにかして恩返しをしたいと熱望してる訳よね。
2人は未来の私に助けられたから、今の私を助けるのは当然だと言うけど、実質的に今の私は何もしてないし、その未来に進む確率は低いとみてる。そうなったらいつかもしかしたら来るかもしれないそんな未来の為に、助けて貰った恩を忘れる事は出来ないのだ。
どうして、わかってくれないんだろう。未来の私は、不確定要素の私でしかなく、今の私にはそれにより恩恵を受けるなんて権利は無いのだと。
「ロー……潜水艦ってだけでも高くて難易度高いのに、その中に手術室と検査室なんて無理だって!どっか妥協しないと永遠に船出できないぜー?」
「今実際、賞金稼ぎみたいな事してても、生活費貯めるのだけで精一杯じゃんかー!」
ペンギンとシャチがローに泣き付く様子を、最近はよく見かける。お金を貯めて、船を用意して海に出たから……タイミング的にルフィと同じ時代にルーキーと呼ばれた訳ね。
今ここで私が手を貸したら、運命は変わってしまうのだろうか。でも、皆の為にと貯めたそれは残して来たけど、執筆した事で得てるそれはそれなりに貯まっているのだから、それこそ恩返しに使わせて欲しい。
ローへの恩返しにお金でどうにかなるのなら、それはそれでいいような気がしてる。勿論、お金では解決出来ない事も多いけど、大半の事はお金が解決してくれるものだから。
「ローちゃん!あの……「誰がローちゃんだ」ごめん、言い間違えた」
初めてのミスである。初犯なので許して欲しい。
そう思って上目遣いに見れば、ローは困ったように笑って仕方ねェなと言い頭を撫でて来る。ナミだからななんて言うそれは、言い間違えても謝れば許してくれるという事かな?
「そうだ!そんな事より、お金……いくら必要なの?」
「あ?……そうだな、即金なら後2億ベリーあれば何とかなる。分割なら時間にも寄るし、生活費もあるからもう少し必要かもな」
「出せるよ」
「……それは……」
私が村の為に貯めた物だと思ってるのだろう。困ったような顔で、でも躊躇いながらも迷ってるのがわかる。
少しでも早く潜水艦と治療設備が欲しいだろう事は分かってる。何も、初めから海賊になりたくてお金貯めてる訳じゃないんだって事も含めて。
「ローとロシーには、私の村を救ってもらったわ。私を解放して貰ったもの。アーロンに支払う為に貯めてた分は残して来たけど、1人で航海を続ける為の予算として組んでた分でその位はあるのよ」
嘘では無い。クーちゃんに預けてあるのだから。
村にもお金は残して来た。と言うか勝手に置いてきた。そのせいで仕送りしたら敷居跨がせないと言われたけど、だからこそその後は恐ろしい勢いでお金が貯まってるのよね。
そう思って見上げた私をローは暫く無言で見詰めてから、貸してくれるかと言うので首を横に振る。やだわ、そんな大金、貸すなんてできない。
「あげる。今回のローとロシーの活動報酬だと思って、受け取って」
「俺は、そんなつもりでナミを助けた訳じゃねェ!確かに航海士になりたいと言うベポを鍛えながら、今後共に進む為にもナミの知識は欲しいが……俺は、ナミが大切だから助けたんだ」
「未来の私の行動が無くても?」
「ナミ?」
不思議そうな顔をされるけど、実際今の私は何もしてないし、もし今の私の未来が助けるのだとしたら、それこそ恩返しだわ。だとしたら、それに恩返しする必要も、気にする必要も無い。
私の未来が、二人の過去。二人の過去が私の未来。
だから混乱するけど、私はその未来に行けない。なのにこれ以上それの恩で何かしてもらうなんて出来やしないわ。
「今の私は何もしてない。今の私は、ローとロシーに恩返ししたいの。恩返しがダメなら報酬よ。必要なんでしょ、どうして素直に受け取ってくれないの?」
その日は結局話し合いにならず、平行線のまま話は終わった。明らかに、ローとロシーは私に対して遠慮しすぎてるわ。
翌朝クーちゃんを呼んで現金で3億ベリー持ってきて欲しいと伝えつつ、いつものやり取りをしていく。原稿を渡して、前回の原稿の推敲されたのを再び確認して、契約書等を確認して問題無ければサインをする。
その中に次は何を出す予定なのかと言う質問書があったので、クーちゃんに声を掛ける。これ結構よくやるんだけどね。
「ねぇ……クーちゃんは次に読みたいの何かある?音楽か、読み物か、ご飯か……それとも何か違うのが良いかな?」
「クー……!!」
自分で決めろと言われても、決まらないんだもの。少しくらい協力してくれてもいいと思う。
長い付き合いじゃない。ケチ……!
「だって、特にリクエストがあるわけじゃないのよ?次に何が喜ばれるか分からないから、書く内容って困るんだから!」
「クー……」
呆れたぜ、俺は……って言われてムッとしてしまう。だからその嘴を掴むと、羽根をバサバサとして来た。
けど許してあげないんだから!何よ、クーちゃんのバァカ!
「ここに来る直前におじいちゃんから貰ったのがあるから、編纂して本にしようかな。だとしたら次の発行は医学書にな「ナミ、それはどういう事だ?」」
背後から突然聞こえたその声に驚き振り向くと、驚いたような顔をしてる皆と、無表情のローがいた。……え、なにその無表情、真面目に怖いんだけど。
咄嗟に助けを求めるようにロシーを見たけど、真剣な顔で考え込んでいて助けにはならなさそう。ベポはよくわかってない感じで可愛い。
「ナミ」
名を呼ばれただけで、ビクリと体が揺れる。でもでも、私何も悪い事してない!
そう思うのに、声が上擦る。無意識で後退ろうとしてしまう。
「な、によ?」
「まさか、本当に……ナミが宝玉なのか?」
「……予想、してたの?」
「外れてくれるのを願っちゃ居たがな。……ドフラミンゴに狙われるリスクが跳ね上がる。……ナミ、お前が宝玉で間違いはないんだな?」
真剣なその声に、逃げても誤魔化してもいけないのだと気付かされる。だから静かに頷くと、ローは私の前に膝をついた。
それは視線を合わせる為、対等に話をする為なのだと気付く。でもなんか、騎士が忠誠を誓うみたいになっててドキドキする。
スっと合わさる視線。そこに来て、本当に向かい合わずに逃げていたのは自分だったんじゃないかと気付かされた。
ローは私の姿が子供だからと、それを理由に話を聞かないなんて事はしてない。ちゃんと向き合ってくれてるのに……。
「ナミ、俺の求める船を造る為の資金を出せ。1刻を争う。その代わりと言っちゃなんだが……この先何があっても、ナミを守り抜く。ナミが傍に居てくれる限り、命にかえても」
「辞めて!」
聞きたくない。命にかえたら、その命は喪われるんだよ。
受けたくない。私はもう、誰にも死んで欲しくない……!
「ナミ?」
「簡単に、命をかけないで!私、誰にも傷付いて欲しくない。死んでしまったら、そこで全てが終わっちゃうだよ!?」
「簡単に、言ってると思うのか……?」
低く、威圧するように発せられる声。でも、負けられない。
ここで引き下がったら、私はローちゃんを喪ってしまう。私はそんな未来ならいらない!
「……本気だったら、もっと嫌!そんなの、嫌よ!ローちゃんがもし私のせいで死ぬような事になったら、私……後追うからね!!」
「ナミ!!」
「譲らないわ!恩人だからとかじゃない。私、もう……人が死ぬの、見たくない。……私のせいで、人が傷付くなら、私なんかいなければいいのよ……」
「ナミ……」
ローが取り乱す私を抱き締めて、小さく震えた。そこで漸く思い出す。
そうだ、ローちゃんは……目の前で、私の何倍もの人数の死を見て来た。その中で1人生き残り、地獄のような日々をロシーに救われたんだ。
口にてはいけない言葉だった。でも、もう既に1度出した言葉は戻らない。
膝立ちのローちゃんと、立ってる私の身長が同じ位で、だからこそその頭に手が届く。こんな風に傷付けるなんて、私も駄目ね。
「ローちゃん、ごめん。ごめんなさい」
「ナミ……」
「でも、死なないで。私の為に、傷つかないで。お願い……」
震える声を響かせる私に、微かにくぐもった声が返される。なんだろう、そんなに長く共にいる訳じゃないのに、ずっと前から1緒に生きてきたみたいな気がする。
何処か過去が似てるからかな。大切な人を喪う事に怯えてしまうからかな?
「自分は、すぐに我が身を犠牲にする癖に、何言ってんだ。俺に無事でいて欲しかったら、傍にいて俺を安心させろ」
「うん」
ローちゃんの頭を撫でながら笑かければ、ローちゃんはそっと私の額にキスをする。それから、他の男なんか見るなよと無理な事を言い出すんだから困ってしまう。
どうやら私には、心配性な兄がまた1人増えてしまったらしい。その数日後に姿を見せたクーちゃんが現金を三億運んで来て、それを見たローちゃんは嫌そうな顔をする。
「本当に宝玉なんだな。こうなった以上……潜水艦以外、船として認めねェ。急ぐぞ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
何故か殺気立つローちゃんに、ペンギンとシャチがベポと声を揃えて見事な敬礼をした。それに笑った時、ローちゃんが私の頬を突然抓ってきたから、なんで!?と見上げてしまう。
とっても素敵な笑顔でローちゃんは言う。もう、魔王様も裸足で逃げそうな良い笑顔である。
「ナミ、俺をちゃん付けで呼ぶな」
「あ……」
「ナミは、何度言えば覚えんだかな。しかも〝ちゃん〟付で呼ぶのは、何故か俺にだけだし」
「
「何言ってるか分からねェなァ……?」
ローちゃんが虐めるよー!と思ってロシーに視線を向けると、微笑ましそうな顔で仲良しだなと親指を立てられた。結論……ロシーは役に立たない。
そうして私達は、自分達の船を手に入れる為に動き出した。宝玉であり、航海士であり、測量士、操舵手としてもそれなりの実力を持つ存在として、この日から私は漸く仲間として認めてもらえた気がしてる。
船が潜水艦なのは、ローが自分を守る為であり、ロシーと私を隠して守る為でもある。その事に気づけない程私は愚かではないし、そうする事でローが安心できるなら、喜んで中に引き篭ろう。
それでも初めての島の測量だけはやらせてねと願う私のその願いが叶えられたのかは、また別なお話。小さな真実と共に恐らく予定より早く手に入った船で、私達は航海を始めた。
波間の向こうを目指して、まだ見ぬ明日を求めて。私達は〝今〟を生きている。