突如聞こえて来た音色に導かれて足を進めれば、室内には演奏者の他に先客が居たと気付く。ピアノの演奏をするナミの近くに腰を降ろして、優しい眼差しを向けるドラゴンさんだがその瞳に微かな陰りが見えた。
そうして遅れて気付いたのは、ナミの歌う歌詞に問題があると言う事だ。でも……これ、歌詞自体はそれ程暗くも重くもねェよな。
何故こんな悲痛な感じになってんだと、ナミの歌唱力に変な汗が流れる。ドラゴンさんには、この歌に込められてる想いが分かるんだろうか。
俺にはナミの思考とか色々分からねェ。なんでも上手く隠しちまうし、俺を弟としてしか見ないから弱さとか無かった事にしちまうから。
そんな事を考えてる間にナミの歌声は止んで、漸く話しかけられるかとドアに手をかけた時……俺はその隙間を覗いたまま動きと呼吸を止めちまった。だって、ドラゴンさんがナミを抱き締めていたから。
そのまま二人の顔が近付いて……その時背後から俺の背中を叩く手により悲鳴を上げれば、二人もこちらに気が付き振り向いちまう。それにより俺を叩いた犯人は何が起きていたのかを理解し……小さく舌打ちした。
いや、この場合まずは謝れ。俺に。
「……ねェ!ドラゴンさんとナミって、付き合ってるんですか?」
「ええ、私の話に付き合って貰ってるわ」
素直に頷くナミに、けれども俺とコアラは首を傾げちまう。何やらおかしな返答じゃないか?
「え?」
「だから、防災の日についての話を持ち掛けたから、それに付き合ってもらってる所……そうだわ!二人もちょっと付き合ってよ!!意見は多い方が良いわ!」
この、超ド級のストレートを躱すだと!?
どうやれば、コアラのこの質問躱せんだよ!って、こうやってだよな!!
脳内で大騒ぎする俺には気付かないまま、ナミは楽しそうに笑う。疚しい事は何も無いらしいその笑顔に、流石のコアラもそれ以上は何も聞けないでいた。
ドラゴンさんは全てをわかっている筈なのに無言を貫くから、今回も真実は闇の中だ。本当に、ドラゴンさんには勝てる気がしない。
「……でね、災害時の為の食事なら戦争で苦しんでる人達への救援物資にも使えると思うのよ」
「成程ね。それなら……」
俺がドラゴンさんを睨んでる間にコアラとナミは〝防災の日〟に関する事を話し合い始めていて、俺は追求する事を諦めてそれに参戦した。結局保存食なら魚の塩辛との案も出たが、救援物資としても考えるならそれはダメだろうと言う事で色々と白熱した。
粉物は虫が沸く上に湿気っちまう。そこで漬物との案が出るが、それも塩辛と同じで水分が貴重になりやすい時には不向きであると判断された。
そこで1旦休憩を挟み、各自何か思い付いたらそれを持ち寄ろうと言う事で話し合いは三日後に持ち越される事となった。無論それは、多忙過ぎるドラゴンさんとナミを慮っての判断である。
その翌日、俺は少し考える為に歩いてみるが、防災に役立ちそうな物と考えて、答えが中々見付からない現実に直面する。何せ常に戦っているのだから、つい武器や防具を求めちまうのだ。
「違うよな……わかっちゃいるんだが……」
ミスリルの鎧とか、そんなのを今回提案したら頭が可笑しいと思われるのは必須だろう。俺を含めた幹部は下手な物は何も要らないが、それ以外のメンバーには用意してやりたいと思うから余計に。
何が良いのだろうかと考えて、答えを出せないままに帰り着いてしまう。すると何処かから煙が上がってるのを見て、そちらに足を向ける。
「これなら攻撃にも使えるよね!」
「殺傷能力は無いから、便利っちゃ便利なのよね」
「そうだね。殺傷能力は正直欲しいけど、緊急時に使って使った人が死んでも困るもんね」
「だから、そんなに大量に火薬入れないで!ハバネロの粉末入れてあれば充分よ」
「唐辛子って話からハバネロに変えたナミちゃんも充分えげつないと思う……」
「でも、死にはしないわよ。それに、ハバネロも唐辛子である事に違いは無いわ」
「……何してんだ。二人とも」
怖すぎる会話に思わず突っ込みを入れながら顔を出せば、二人はゴーグルとマスク、手袋をした姿で振り向いた。既に誰だか分からない勢いだ。
「あれ?サボ君?」
「何かあった?」
「いや、二人は何してんだよ」
そうして話を聞けば、発煙筒を作ってるらしい。火薬を入れすぎると、発炎筒になるので注意が必要である。
このふたつの違いは、煙を噴射させるか、炎を噴射させるかである。その煙にある赤い色を出すのに、ハバネロを用いて居るらしい。
「赤だと空にある雲に紛れないから救援を求めるのにも使えるし、イザとなったら敵に向けて噴射すればそれなりに良い攻撃手段になるって話になったの」
その話の流れでナミは語る。それを纏めるとこうだ。
ハバネロは唐辛子の1種で、皆が唐辛子と呼んでいるのは鷹の爪と呼ばれる物。それの更に辛い物であり、少しフルーティーな感じがあるのがハバネロである。
ただ、注意が必要な物でもある。何故なら激烈な刺激性を持っており、飛沫したハバネロの野菜汁が眼の周辺、鼻、耳、皮膚の弱い部分等に付着した場合はすぐに洗い流す必要があるからだ。
暫く放置した場合、火傷のように爛れる場合があるので本当に油断ならない。と……ここまで聞いてお分かりだろうが、それを……発煙筒に使うって……コイツら……。
そんな事を考えていたらナミが首を傾げた。説明を終えたナミが、今度は質問する側になったらしい。
「試しの実験誰でやる予定なの?」
「あァ!それね、この間から海軍の密偵が入り込んでるから、彼にやらせてあげる予定。重要任務って言えば喜んで来てくれるわよ」
……本当にえげつないな。敵に回したくないよ、本当に。
コアラの返答を聞きつつ、そんな事を考えてた間に広げていた物の後片付けを始めた二人は、そのままその場を去って行く。今度は何をする気なのかと慌てて追いかければ、到着したのは倉庫で……大量生産された発煙筒を片付けに来たらしいと分かる。
ホッとした直後、その代わりに二人が食材を手にして移動を開始したので、俺はまたもや慌てて追いかける。ナミは兎も角、コアラの料理は少し怖い。
そのまま様子を見ていれば、時に手伝わされたりしながらも完成したのがクリームパスタだったのには驚かされる。それを乾燥、圧縮していく。
人をなんだと思ってるのかと思いながらやらされたそれが容器作りだったと知ったのは、その乾燥した物を入れて行くのを見たからだ。力自慢がいて良かったと笑うが……多分、コアラにも余裕で出来る。
密閉する形で蓋をして積んでいくそれは、なんとお湯を入れて戻してやればいつでも食えるアイテムらしい。因みに乾燥させたりしたのは、ナミのクリマタクトである。
武器の筈だが……なんでも出来るな、あの棒。そんな事を思いながら、楽しそうに作る二人を見ていれば、突然差し出されたのはふたつの同じ食べ物。
「なんだ?」
「それぞれ食べてみて」
コアラから試食だと言われた俺は、それぞれを口にして……驚く。見た目は同じなのに味が違う。
正確には味の濃さが違うのだ。どちらも恐ろしく美味いとは思うが、少し味の薄い方が食べやすい。
「何が、違うんだ?」
「乾燥させる前の出来たてが味の濃い方。それを乾燥させて、水で戻すから味が薄くなるの。だから薄くした時美味しいように調整して作ったのよ」
俺の質問にナミが答えてくれた。それを聞けば納得である。
そこで浮かぶのは財政事情だ。支援したりしてるのもあって、案外財政には余裕が無い。
「ヘェ……。これ、売れそうだな」
「革命軍のマークでも入れて、支援してみる?世界政府、怒るだろうなァ!!」
楽しそうに笑うコアラに、さり気なくコアラも戦闘民族だよなと思う。その時にふと、ひとつだけ赤い物があるのに気が付く。
他のは全て白いのに、なんでそれだけ?
「それ、なんだ?」
「潜入して来た人達に食べさせる為にと考えて特別に作った、ハバネロタイプ。クリームの代わりにハバネロ使ってるから、相当な辛い物好きでものたうち回る辛さよ」
げに恐ろしきは、俺の姉かも知れない。優しい微笑みを浮かべて、言うべき事ではないと思うんだよ。
確かに優しいナミだから、殺人はしないが……無邪気に何するか分からねェ。あァ……だから〝天使〟とか言われてんのかもな。
そんな事を思いながら会話をしていたら、ドラゴンさんが顔を出した。なので、そのまま二日後に行われる予定だった防災グッズに関しての話し合いが持たれる。
そしてそこで、侵入者を生贄にするような計画に頭を抱えたドラゴンさんが、結局許可を出すに至ったのはその数時間後。ドラゴンさんにも、この二人は止められないらしい。
優しい微笑みを浮かべる姉と、晴れやかな笑顔を浮かべる恋人を見て、俺の笑顔は引き攣った。それでも思う、今日もやっぱり、俺の周りは笑顔と愛で満ちてる。