戦争に参加して、勝利をおさめたのは間違いの無い事だ。だけど……俺達はその勝利を喜ぶ事さえ許されない。
俺達が戦争を望んでる訳じゃない。それでも勝利は勝利なのだから喜ばせてくれよと、そんな言葉を飲み込む仲間達に苦笑した時、俺の横をすり抜けるようにして飛び出して来た蜜柑色の弾丸。
「総員!!」
その瞬間、誰もが従う。従わない選択肢は、この時誰一人として持ち合わせては居ない。
この後連続して襲いかかって来たサイクロンの連続攻撃に、けれどもナミは怯む事無く指示を飛ばす。……これで、自分は正規の革命軍の1員ではないと信じているのだから救いようがない。
俺の姉だから、ルフィの姉だから、結果的にドラゴンさんの娘みたいなものだから、コアラが親友と呼ぶから……それが理由だと信じているのだ。正直、巫山戯るなと思う。
ドラゴンさんとナミの関係性は今もって不明だが、革命軍の為にと内勤に勤しみ、ドラゴンさんのサポートをしている人間が、何故正規の仲間ではないと思えるのか。宝玉として出版した売上を使って、戦争の後飲食に困る人達を助けている事を知られてないと思う方がおかしい。
人の為なら、何でも投げ打っちまうお人好しな姉を守りたいと願うのは、家族として当然だ。俺は、ナミにそう育てられた。
仲間達もそうだ。能力を遺憾なく発揮して皆を支えてくれるナミに、いつも微笑んでくれるその暖かさに、どれ程救われているか……。
その上、船に乗船してると何が起きても沈まない守り神と化してるってのにな。……宝玉として世界に狙われているから、保護されてるってのは間違いじゃねェけど、それだけなら本部から出さねェよ。
深い溜息を落とした時、サイクロンの猛攻を全て乗り切ったのが分かった。ここからは俺達の仕事だと動き出しつつ、コアラに目配せする。
それだけでコアラはナミの元へとかけて行き、そのまま風呂へと連行してくれたから良かったと思う事にする。……コアラと風呂とか、ナミが憎い……なんて、少ししか思ってねェからな。
「サボ、ナミは何処にいる?」
「今、コアラに風呂へ連行して貰いました」
「ならば、後で構わないから俺の所へ来るように伝えてくれ」
「何か、問題でも?」
イレギュラーに風呂に入ってるって事は、それはイコールで身体が冷えてるかナミの精神バランスが崩れてる事を意味する。なのにその後、休ませるのではなく仕事をと言うなんて……。
ドラゴンさんが、無意味にそんな事を言い出す筈も無い。……俺の気の所為で無ければ、ナミには随分甘いって言うか……。
いや、時に厳し過ぎる位だから何とも言い難いか。前にナミの頬を叩いてた事あるもんな。
「あの波で瓶に入っていた食材、酒、インク、薬品等が全て割れた。航海士達の意見を聞きたい」
「なら、他の皆は既に?」
「他は仮眠を取っているから、三時間後に集まって貰えればいい」
ドラゴンさんの言葉に納得した俺は、頷いてから念の為にと航海士達の部屋の壁に、ドラゴンさんが集まれと言った場所と時間を書いて貼っておく。それから少しして風呂から出て来たナミにドラゴンさんが呼んでた事を伝えれば、空気が変わり颯爽と立ち去るからそれを少し微妙な気持ちで見送っちまう。
「お姉ちゃんが取られて、寂しいのォ?」
「コアラ……俺はずっと思ってたんだが、ナミって二重人格ってやつじゃねェのかな」
「それ、医学的には解離性障害って言って、1般用語でも多重人格障害ってものに変わ「そんな話してんじゃねェよ」分かってるわよ。でもナミちゃんのは単純にモード変化ね」
はじめは揶揄いの色が強かったが、俺の突っ込みを受けてからまともな返事を返して来た。だが、その言葉が俺の認識的には違いが無いので首を傾げちまう。
「違うのか」
「私も前にドクターに聞いたけど、違うらしいわ。戦う時と、仕事の時はほぼ同じでしょ?所謂オンオフの切り替えが極端なだけらしいのよ」
「そっか……。ならいいか」
やはり気になった事があるのか。そうだよな。
あまりにも極端な変化だから、人格が別にあるのを疑うのは当然だろう。その場合、記憶があるならば良いが、無いと役職的に困るから何事も無いのならば本当に良かった。
そう思っていたら、コアラがするりと俺の腕に絡み付いてきた。何とも可愛……い?
「うん。それで、サボちゃんは、寂しいんで「寂しいから、慰めてくれよ。コアラ」」
俺を揶揄おうだなんて甘いんだよ。その思いを込めて、コアラの腰を抱き寄せて唇を重ねればその先揶揄うような言葉が紡がれる事は無かった。
そのまま俺が、コアラを部屋に連れ帰って閉じこもったのは不可抗力だったと思うが、そのバチが当たったかのように数日後に到着した島で悲劇が待っていた。猫を見付けて飛び出した馬鹿な姉を追い掛けて、俺の恋人が飛び出して、あの二人だけにしては危険だと俺も飛び出す事になったのが切っ掛けだろう。
猫と戯れつつ買い物を進めるナミを見て胸を撫で下ろし、コアラに視線を向けたら変な男……?た、多分、男だと思う……球体にしか思えない存在に絡まれていた。
慌てて間に入ったら、何故か猫になった俺。……猫?
は!?何だこれ巫山戯んなよ!?
「フシャー!!」
「あら可愛い。珍しい毛色だから、捕まって売られないようにねん」
「フーッ!!」
「元に戻るには、名前を呼んでもらう必要があるから頑張ってね!私忙しいから、遊んであげられないのよ」
「シャー!!」
そうして抗議してる間に、コアラまでもが猫になっていて、互いに顔を見合せて困り果てる。何せ戻る条件が、名前を呼ばれる事なんだが……。
「にゃんにゃんにゃん」
「にゃーにゃにゃにゃん」
言葉が全て、鳴き声に変換されてるんだよな。……畜生め……。
仕方なくコアラに近付こうとする他の猫を、猫の姿で追い払いつつコアラを守っていれば、見慣れた人物が歩いているのを見付けて慌てて駆け寄る。その姿に、先に気付いてくれたのはナミの方。
「ドラゴンさん、もしかしてこの子達」
「他にも被害者が居たとはな。……サボ、コアラ、無事で良かった」
ドラゴンさんの言葉で人の姿に戻れた俺とコアラは、けれども見間違いではなく互いの頭に生えた耳を凝視しちまう。……これは、なんだ。
「あれ?二人は聞いてなかったの?この耳と尻尾、数日生えてるらしいわよ」
その言葉にコアラと共にナミへと視線を向けて、揺れる尻尾の存在に気付けば、何の拷問だと俺が崩れ落ちたのは理解して欲しい。自分から生えてる尻尾が、金色で……金色の猫がいてたまるかっ!!
それからふとナミとコアラを見比べて、おや?と思う。
「二人とも似てるのに少し髪色違うんだな」
「あ、言われてみれば確かにそうね。ナミちゃんは蜜柑で、私はオレンジって感じ」
「……それは、何が違うんだ?」
ドラゴンさんの言葉に二人は色の講義を始めるが、もうどうでもいい。そのまま五月蝿い二人を黙らせる為にと、俺は何か気を反らせる物を探して視線を動かした。
その時見付けた保護猫のイベントを知らせるポスターを見て、俺は二人にそれを示す。それだけでふたりの耳の尻尾が素直に反応を示すから、俺とドラゴンさんは互いに視線を交わして頷き合った。
そうして二人の後に続く形で向かった先には、ケースと言われれば聞こえはいいが、実際は小さな檻に閉じ込められた猫達の姿がある。そのケースの中で怯える姿は、奴隷販売の現場を思わせ俺の心に暗い影を落とすばかり。
「この子達は、どういう状態なのですか?」
「この島は、猫の島とさえ呼ばれる程に猫が多くて……」
そうしてナミの問い掛けに応える形で語られたのは、野良猫が増えすぎて怪我をしたり病気になったりは勿論、餓死する猫も後を絶たない事。そこから、弱った猫を拾って去勢手術を終えた子を島の内外問わず、飼ってくれる人を募集すると言う試みらしい。
現状猫が怯えて弱っているのは、元々の状態に加えて手術をしたからであり、虐待等はないとの話だ。その為に、猫グッズを販売して餌代や手術費用に当てていると聞いた二匹のメス猫は、俺とドラゴンさんに潤んだ視線を向けて来る。
どうやらこいつらは、姉妹猫だったらしい。そうだ、考えてみればニブニブ姉妹とか呼ばれてたんだから、今更じゃねェか。
「小物を揃いで買うか。……コアラはハンカチを、ナミはその他に揃いで持ってもおかしくなさそうな小物を見繕ってくれ」
上手く二人をあしらったドラゴンさんに、尊敬の眼差しを向けちまう。その後、ハンカチを選ぶコアラを眺めていればその尻尾が揺れている事で楽しんでいるのが伝わって来る。
それにしても、尻尾丸くて可愛いな。ピクピクと動くそれが妙に愛しい。
「ナミもコアラも、猫の姿の時は良く似ていた。コアラは尻尾が丸いが、ナミは長い……その程度の違いだな」
「それは、違いますよ」
「ん?」
思わず否定したのは何故なのか。違う形でどちらも愛しているから、違うのだと主張して両方を俺の傍にと願っちまってるのだろうか。
ドラゴンさんが煮え切らないから、それが気に入らないのか。自分の感情がよく分からない。
「コアラは瞳が青い。ナミは瞳も髪も同じ色だ。それに、ナミの方が少し、髪の色が濃いと言うか強い」
「……よく見てるな」
「大切な家族ですから」
そんな相手に手を出すつもりなら、ちゃんと弟である俺に断ってくれとの思いでドラゴンさんに視線を向ければ、ドラゴンさんはナミだけを真っ直ぐに見詰めて、優しく微笑んでいた。その時になって、気付く。
ドラゴンさんは、猫になっていた俺とコアラもちゃんと判断してくれた。つまり、区別とか比較とか、そういう事が不要なくらい個別にしっかりと認識してくれていると言う事になる。
「ドラゴンさん、ペン立てなんてどうですか?猫がペンを抱いてくれるデザインの」
そう言って示された物を見て、俺が無意識に手を伸ばしたのはコアラに似た猫のペン立て。それを見てドラゴンさんが、それぞれ好きな猫のペン立てにしようと笑ってくれる。
その時に戻って来たコアラに渡されたのは、猫の顔を象った刺繍が入ったタオル地のハンカチ。全員お揃いだからと笑う俺の猫をそっと抱き寄せて、ありがとうと告げれば何故かそのまま甘えて来る。
だから俺はペン立てを選ぼうかと笑いかけながら、その頭を撫でてしまう。猫でも人でも、雄を惹きつけてやまない俺の愛しい恋人が、他の誰にも見えないように隠しちまいたいと願いながら。
今日が猫の日だと言うのなら、俺は俺の猫を甘やかしたい。俺だけの猫を独占したいと願って、何が可笑しいだろう?