幽霊船と遭遇したとの騒ぎがあった日の夜、幽霊船等ではなく単なる廃船がさ迷ってただけなのに怯えきったナミの様子に、コアラが1緒に寝ちまった。ナミはコアラを妹のように思って居るらしく、本気で可愛がってる。
ともすれば母親のような顔でコアラを見守るナミに、コアラのが歳上だよ馬鹿と何度言葉にして突っ込んだか。まァ……ナミのが基本的に歳上っぽいのは否定しないけどな。
そんな訳で1人寂しく寝ていたが、余りにも風の音が五月蝿くて目が覚めた。水でも飲もうかと甲板に出れば、先客が居た事に気付く。
その姿を見るまでもなく、それがナミなのはわかる。潮風に混じって届くのは、ナミが愛する蜜柑の香りだから。
楽しそうに島を見詰める姿は珍しく年相応で、こんな時だけは俺もナミが姉ではなく本来妹に該当するのだと思い知らされる。その時、ふと強い風が吹き抜けた。
即座に俺は自分の帽子を押さえたが、ナミはそれが間に合わなかったらしい。ナミの肩からフワリと空に浮かび上がったのは、最近お気に入りらしくよく身につけていたショール。
追い掛けて船縁まで行き、そのまま手を伸ばす姿は今にも落ちそうで、慌てて床を蹴ろうとしたが……それには及ばなかった。俺の代わりにそれを手にした人物が、当然のようにそれをナミの肩に巻き付けていたから。
「あ、ありがとう……」
珍しく上擦った声を出すナミに、ドラゴンさんが微かに首を傾げつつも安心したように笑った。その様子は上司と部下と言われれば、そうも見えるが……疑わしく思っている俺には恋人のそれに見えてならない。
だけど、年齢差とか色々考えたら親子なんだよな。それでも何か、違和感と言うか……。
「海に落ちなくて良かった」
優しく響くドラゴンさんの声の後に続いたのは、ナミの笑い声。穏やかで優しいナミらしいその小さな笑い声が、ある意味で真相に近付けさせてくれているのかも知れない。
そんな事を思った俺に反して、ドラゴンさんは不思議そうにしている。ナミが笑ってる理由に、思い至らない感じだ。
「ん?」
「私、甘ったれになったなぁって思って」
「……足りない」
ドラゴンさんの返事を受けて、動揺したのは寧ろ俺の方だ。ナミは何も分かってない様子で首を傾げてるけど
やっぱり、あの二人……そう言う関係なのか?
反対する気は無い。少し、複雑だけど、でも……。
そう思って見詰めた時、先程よりも強い風が吹いてナミを浮かび上がらせる。俺は即座に自分の帽子を押さえつつ今度こそ動こうとしたが、それもまたドラゴンさんが動く方が早かった。
当然のようにナミの腰に腕を回して、抱き寄せる形で助けちまう。その事に胸を撫で下ろした時、妙な言葉が聞こえて来た。
「そのショールにある刺繍は……サボとコアラか?」
「なっ!?そっ!?」
「その二人を示すだろう帽子に、龍が絡みついていたのは……俺か?」
「うっ……」
真っ赤に染まったナミが言葉を発せなくなるが、それを気にした様子もなくドラゴンさんは笑顔で言葉を紡ぐ。いやまァ、穏やかな笑顔なんてドラゴンさんにしたら珍しいけど、それよりも気になるのはこの会話だ。
「折角だから、それに蜜柑も入れておけ。サボとコアラの傍には、ナミも必要だ」
「……はい」
消え入りそうな声で頷いたナミは、完全に茹だってる。言われてから思い起こせば、確かにナミの持ち物には案外帽子の刺繍が入っていた。
ふたつのゴーグル付きの帽子が並んでいる刺繍に、確かに細い物が巻き付いていたが……。アレが、まさか、俺とコアラとドラゴンさんだなんて……考えもしなかった。
優しい顔で刺繍をしていたナミを思い出せば、俺の方が気恥ずかしくなる。なんと言えば良いのか分からない位の激しい感情に振り回されて、頬が熱くなる俺の目の前でナミが甘えるような声を出した。
「ドラゴンさんの、イジワル……」
「意地悪ついでに、朝一で買物に行って欲しいんだが……頼めるか?」
「備品ですか?」
即座に空気を変えて凛とした姿を見せるナミは、本当に優秀だ。俺の顔の熱は、今の所引きそうにない。
それは、ドラゴンさんが優しい表情のままで俺とコアラの事を気に掛けるからだろう。俺はきっと今、茹でられたタコみたいになっているだろうと誰に指摘されなくてもわかる。
「いや、サボとコアラの春物をな」
「……ああ、この間ダメにしましたもんね。でもそれなら、ドラゴンさんのも必要ですよ」
「……ナミが適当に「サイズが分かりません。面倒臭がらずに来て下さい」」
こうしてみると、ナミが可愛く甘えてたのは最初だけで、その後は普通に対応しちまう様子に溜息がもれる。この様子では、付き合っているか、ドラゴンさんの片想いな気がしてきた。
……ナミが鈍すぎて、判断が難しい。流石はコアラと二人セットで、ニブニブ姉妹と呼ばれるだけの事はある。
それにしても……ドラゴンさんを叱り飛ばせる女って、なかなかに貴重だよな。どっちかって言うと、厳つい系の顔してるドラゴンさんだから、怖がられる事も多いのに。
「……サボ、今日は空いてたな?」
突然視線と声をドラゴンさんから向けられて、俺は即座に〝はいっ!〟と返事を返しちまう。本当は書類仕事溜まってんだけど……な?
「本当に!?なら、皆でお買物に行けるわね!良かったぁ」
ドラゴンさんとのデートじゃなくなったのに、無邪気に喜ぶナミを見れば、そんな事は言えない。内心で溜息を落としつつ、笑顔で頷いた俺はコアラを呼びに行くと言ってその場を離れた。
その後四人で出掛けてみれば、ナミとコアラは楽しそうに服を選んでいて、俺達は案山子かマネキンのように突っ立ってなされるがままになっている。初めは協力しようとしたんだが、趣味がおかしいだの、それどこに着ていくつもりなんだとか、そんな事を言われ続けた俺とドラゴンさんには気力が無くなっていた。
意思表示とか、状況説明のTシャツは何枚あってもいいと思うんだけどな。……センスないなんて、そんな事も無いと思うのによ。
だからと言って座るとサイズとか、似合うかも分からないから立ってろと言われているこの理不尽さ。その上店移動の時は、俺とドラゴンさんが荷物持ちである。
「なァ、少しはこの大量の荷物を持とうとか思わねェの?」
「「か弱い女の子に荷物持ちさせるなんてサイテー」」
「いや、か弱い女のなんざ俺は知らねェよ?二人とも怪力だ「サ・ボ・くん?なにか、言った?」いいえ、何も。俺は貝のように口を閉ざしてます」
声を揃えた二人に素直な言葉を放ったら、コアラがニッコリと笑って問い掛けてきたのでそれを全て無かった事にした。触らぬコアラに祟りなしだ。
そんな俺とコアラを微笑ましそうに見詰めるナミとドラゴンさんの視線に、あんた達は俺達の両親かよ!と叫びたくなったのは公然の秘密と言えるだろう。
「あら?」
そんな時、ナミが何かに気が付いて突然駆け出す。それにより嫌な予感がして追い掛けた俺達の辿りついた先には……花畑っぽい物が広がっていた。
肩から変な力が抜けて、でも怒る気にはならない。珍しく女の子みたいな行動だったなと思った直後、コアラまで目を輝かせるから、俺とドラゴンさんは無言で視線を交わして頷き合う。
そうして休憩と称してドラゴンさんに荷物の番をして貰いつつ、俺は人数分の飲み物と軽食を買いに向かった。持ち帰れる量には限界があるから、少し真面目に考えてみようと思う。
花でこんなに喜ぶなら可愛いもんだよな。とりあえず、軽食で昼までの繋ぎにして少し遊ばせてやろう。
そんな事を思いながら買った物を抱えて戻れば、何やら楽しそうに詰む二人。そうだよな、この二人……年頃の女の子だもんな。
鬼みたいに強くても、男達の心を気付かないままに踏み躙っていても、見た目は最高級だ。なにより、優しい事に間違いはない。
微笑ましくも花を詰んで楽しむ二人に頬が緩む。うん、俺の彼女と姉は世界一だ。
「ナミちゃん!これは!?」
「少し開きかけてるけど……まだ食べられるわ!」
……ん?
食べられる?
「こっちのツクシは!?」
「それは食べ頃よ!」
「待てコラ!何してんだ!?」
「「美味しそうなツクシがあったから、皆にお土産」」
そうだ、コイツら、そう言う奴だった。俺は何を期待していたんだろうか。
にしても、野菜なんかより肉が食いたいな。あ、なんか黄色の花も摘み始めた。
「ドラゴンさん……」
「楽しそうで良い」
「ドラゴンさんは、アイツらに甘すぎます」
「なら、その手にある苦味の強い飲み物でも貰おうか」
「……どうぞ、ブラックです」
「ありがとう」
そうして二人に文句を言ったり、ドラゴンさんに冗談を言ってみても、結局俺があの二人に勝てる筈もないんだ。そんな事を考えた時、風がツクシを抱える二人を浮かばせるから、ドラゴンさんと同時に大地を蹴って手を伸ばしていた。
何とか飛ばされる前に、腕の中にコアラを閉じ込める事に成功した俺は、そのまま花畑にコアラを押し倒していた。そんな俺達の上に、コアラの腕から零れていた花やツクシが降ってくる。
でも今は、そんな事どうでもいい。この腕にいる大切な人を、失わなくて本当に良かった。
春一番が春を連れて来る風だと言うのなら、俺からコアラを奪わないでくれよと思う。春の女神を思わせるコアラだからって、風が俺の春を奪わないでくれ。
「サボ、くん?」
「……花が降って、結婚式みたいだな」
「何言ってんの!?」
「悪い……もう少し、このままで……」
甘えるように頭を預ければ、コアラは無言で頭を撫でてくれる。その優しい手に、その場に他に人がいるという分かりきった事実さえ、この時の俺は忘れ去っていた。